『モアナと伝説の海』はハオリの映画か
http://www.disney.co.jp/movie/moana.html
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ハワイでの大学在学中キャンパスに併設されていた『ポリネシアカルチャーセンター』というテーマパークで一時期バイトをしていました。
☟ここです
南太平洋の様々な島の文化体験ができるこのテーマパーク、目玉は夜のナイトショーでした。現在はナイトショープログラムの変更に伴いなくなりましたが、以前はパフォーマーの一人がショーの冒頭で必ず「Friends and cousins Aloha!(友人そしていとこみなさんアロハ!)」と挨拶をする下りがあったのです。一度親しくなれば家族身内同然に接するポリネシアらしい挨拶でした。そして現地に暮らす人のこうしたフレンドリーさに魅かれる旅行者は珍しくありません。
その一方でハワイには『haoli(ハオリ)』という現地語の単語があります。意味は『よそ者』。そして今日では特に『白人』を指す言葉として使用されています。ハワイ現地人と白人の間にある普段は見えにくい壁の存在をふとした瞬間に白人に知らしめるために。この様な余所者への忌諱はフレンドリーなパラダイスでもショーのスポットライトが届かない場所に確かありました。
この単語、大学卒業後久しく見聞きすることもなかったのですが先日久しぶりに見かけました。ディズニー新作映画『モアナと伝説の海』内でのポリネシア文化の描写に不満を持つ2人の女性のインタビュー記事。うち1人がハワイ人の女性で、彼女の発言の中にハオリという言葉が紛れ込んでいたのです。
☟作中におけるポリネシア文化や物語のキーともなるマウイというキャラクターの描写に関して寄せられた批判については前回記事をお読みください。
彼女はディズニーが西洋文化視点(ハオリ視点)で映画を制作した、と主張しておりそれに強い不満を感じているようでした。彼女のこの主張はわたしのポリネシア人友人何人かとも同じものでした。友人たちの投稿をフェイスブックで読んだ時、普段であれば大切な友人である彼らの主張に共感し、支持していたかもしれません。彼らの投稿に「いいね!」を付けて、自分のアカウントでも拡散していたかもしれません。若くして自国文化を深く学び尊重する姿に在学中より羨望の気持ちを抱いていたわたしはそうしたいとも思いました。しかしできませんでした。
Disney's Moana: First International Trailer - Dwanye Johnson 4K
売れていないとはいえわたしも漫画家の端くれとして自分の制作物を世の評価の目に晒す者です。本来愛されることを願って世に出した作品が嫌われる辛さは知っています。だからこそ制作側の立場や気持ちに多少寄り添いたくなったのかもしれません。しかしそれだけではありません。映画の予告編に映し出されたビーチの既視感が音楽が、この映画が如何に南太平洋の文化に敬意を払って作られたものかを告げているように思えて仕方ないのです。そこで今回の記事はディズニーがどのように『モアナと伝説の海』を制作したかをまとめました。映画公開前ということもあり情報はある程度限られていることを予めご承知おきください。
5年にわたる文化研究
制作にあたりジョン・マスカー 、ロン・クレメンツの両監督及び映画制作チームは5年にわたって南太平洋の歴史と文化を研究しました。研究の一環としてチームはサモア、フィジー、タヒチ、そしてニュージーランドの島々を一定期間訪問もしたそうです。
☟訪問の様子
Moana Featurette "The Way To Moana" (2016) New Disney Animation Movie HD
島を訪れた制作チームを迎えたのはサモアのマタイ(族長)達、フィジーの古代航海術マスター、モーレア島の長老、またそれぞれの文化の中に生きる人々。そして彼らは幾千年の時を経て先祖より伝えられた文化の歴史とその意味を制作チームに伝え託したのです。
サモアでの厳粛なカヴァセレモニー、
広大な海で現代の計器によらず航路を見出すフィジーの航海術、
モーレア島の長老より送られた「何年もの間我々はあなたがた西洋人の文化に飲まれてきた。だから今回は我々の文化に飲まれてくれまいか?」という言葉
(http://www.thewhatitdo.com/2016/10/12/disneys-moana-the-ocean-is-calling/)
これはただ知識を教えられているのとはわけが違う感じがします。現地の人が伝えようとしているのはむしろ文化の精神とそれを継承する立場としての責任といったもっと重いもの。
その証拠にこうした経験を経たマスカー氏は、教わったこと体験したことを忠実に作品内で描写することに対して責任を感じるようになった、と言います。また島で出会った人々が誇れるような作品を作りたいと思うに至ったようです。(https://www.youtube.com/watch?v=oomEctfUNhg)
文化アドバイザーチームの設立
文化リサーチトリップでの経験を受け、ディズニー制作チームは文化面の各分野で制作チームを指導する人物を選出しこれらのエキスパートを『Oceanic Story Trust(オセアニック・ストーリー・トラスト)』としました。やはりトリップでの経験は「これは間違えられないぞ」という緊張感をもたらしたのでしょう。
New Look at Disney's 'Moana' Unveiled
デザインに関してはオセアニック・ストーリー・トラストの承認なしで決定することはなかった、と『モアナと伝説の海』プロデューサーオスナット・シュラー氏は述べています(http://www.nytimes.com/2016/11/20/movies/moana-and-how-maui-got-so-big.html?_r=1)。
例えば上図マウイの体中に施されたタトゥー、小さな柄一つ一つまでサモア人タトゥーアーティストにして6代目マスター・タトゥーイストのスア・ピーター・スルアペ(Su'a Peter Sulu'ape)がチェックしています。
そして前回記事で話題にしたマウイの大きな体ですが、実はこれにもオセアニック・ストーリー・トラストのアドバイスが反映されているのです。というのも初期デザインではマウイは今より背が低く、さらに髪がなかったとか。しかしこれに対して「マウイはスーパーマンのように強いヒーローであるべきだ」からとより大きな体のデザインにするようオセアニック・ストーリー・トラストのメンバーが提言したのです(髪の毛は誰のアドバイスで生えたのかな?)。加えてアニメーションではキャラクターの個性・性質が一見して分かるようにデザインされます。(http://www.nytimes.com/2016/11/20/movies/moana-and-how-maui-got-so-big.html?_r=1)
というわけで西洋人の偏見によって太った体にデザインされたと思われたマウイでしたが、実は「マウイを誰よりも強く見せたい」というポリネシア人エキスパートの提言の結果上図のデザインに落ち着いたようです。
ポリネシア文化圏出身の制作参加者たち
『モアナと伝説の海』制作に参加したのは上述のエキスパート達だけではありません。ポリネシア及びオセアニア文化圏出身者は映画音楽制作や声優としても多数参加しているのです。その一部を紹介します。
・パシフィカボイシス(Pacifika Voices)
Pasifika Voices -Some Behind the Scenes for Moana Soundtrack Recording in FIJI
☝Pasifika Voicesの歌声は2:57辺りから
フィジーにあるThe University of the South Pacificの大学クワイヤ。作中音楽のコーラス隊として参加。彼らの起用は地元フィジーでも話題になる。
Pasifika VoicesのFacebookページ☟
https://www.facebook.com/Pasifika-Voices-106419092838618/
・ニコール・シャージンガー(Nicole Scherzinger)
Moana: Nicole Scherzinger "Sina" Behind the Scenes Movie Interview
ハワイ出身のシンガーソングライター、ダンサー、モデル、女優。主人公モアナの母親シナ・ワイアリキ役声優。監督たちのポリネシア文化に対する深い理解と情熱に感銘を受けたという。「この映画に参加できて光栄」、「自分の文化を代表していることを誇りに思う。誇りをもって世界に向けて発信したい」と語る。
・レイチェル・ハウス(Rachel House)
Moana: Rachel House "Gramma Tala" Behind the Scenes Movie Interview
ニュージーランド出身でマオリ族の子孫。女優、ディレクター、演技指導者。本作ではモアナの祖母タラ役声優を務める。マウイのデザインについて「地域によって異なるマウイの伝承を少しずつ採り入れて創られた。だから(ディズニーのマウイは)わたしたち(南太平洋地域出身者)皆のマウイ」と語る。
彼らのインタビューを見て印象に残ったのは彼らが如何に作品込められたメッセージとポリネシア文化の高い再現性に自信と誇りをもっているかでした。
伝えるべき本当の文化とは?
今回ディズニー側の制作に対する姿勢を調べようと数々のソースに目を通しました。ソースの正確性が分からない限りあまりはっきりとしたことは言えないかもしれません。しかし2000年前の南太平洋地域を舞台とした作品を制作するにあたり、同地域を訪れたことで現地住民たちからの並々ならぬ期待とプレッシャーを受けたことは想像に難くありません。それほど文化とは彼らにとって先祖からの遺産であり、神々を賛美する神聖な儀式であり、彼らのアイデンティティーそのものだからです。そしてディズニーの制作サイドはそれぞれできる限りその肩に課せられた責任を果たそうと努力をしたのではないかという印象をもっています。
ポリネシア文化を西洋の一方的な偏見で捻じ曲げようとしていると酷評される一方で、ポリネシア文化を忠実に再現していると称賛される新作映画『モアナと伝説の海』。しかし蓋を開けてみれば異なる2つのグループのポリネシア人エキスパートがそれぞれ違う見解を持っていたというオチでした。文字によらず口伝により先祖代々継承されてきた文化は一族、一家族、あるいは一個人の数だけその形があるといっても過言ではないでしょう。それでいてどれも正解なため、場合によっては共通見解を持つのは難しいのかもしれません。今後も社会に広く文化が伝わればその過程でますます認識の方向性が変わったりオリジナルの要素が薄まるケースは増えると思います。または他の文化と混ざり合い新たなスタイルが生まれることだってあるでしょう。それでもリアルなモアナやマウイ達は道を見失わずにいられるでしょうか。
きゃとらに🐈
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