本社と支社に一斉強制捜査—ここまでの大事になると、電通幹部の誰も思っていなかった。ひとりの社員の死が、天下の電通の足下をグラつかせている。社員の逮捕、それが最悪のシナリオである。
「今回の強制捜査は、スピード・規模ともに『異例中の異例』といえます。昨年末に過労自殺した新入社員の高橋まつりさんの母親が記者会見を開いて電通の過重労働問題が取り沙汰されるようになってから、わずか1ヵ月で東京本社と中部、関西、京都支社と大規模な強制捜査が展開されました。ここからは、官庁や官邸が電通を本気で叩くという姿勢がうかがえます」(経済ジャーナリスト・磯山友幸氏)
11月7日午前、厚生労働省は計88人の大所帯で電通本社および3支社の「強制捜査」に入った。
「捜査官が入ってくると知らされたときには愕然としました。我々はなす術なく、表口から列をなして入り、オフィスの資料を片っ端からピックアップしていく彼らの捜査に応じるしかありませんでした。強制捜査に入られることは、本来企業としてはあってはならないことです。クライアントにどう説明するべきか、今はわかりません」(電通幹部)
厚労省が「異例」のスピードと規模で捜査に踏み切った背景と内実について、専門家たちは次のように分析している。
「電通はもともと何度も労働基準監督署から是正勧告を受けていたにもかかわらず、改善は図られず過労死が起きた。そこで10月に一度、労基署はその上部組織の東京労働局と共に電通本社へ『臨検監督』に入ったのですが、ここでは是正を求めるというより、強制捜査に乗り込むために是正されていないことを確認しに行った、というほうが正しいでしょう」(元労働基準監督官・篠原宏治氏)
また、日本労働弁護団常任幹事の渡辺輝人氏は次のように語る。
「『異例』なのは、支社も含め強制捜査を一斉に実施したこと。労働局は都道府県単位で設置されていて、これを一斉に動かすためには、結局本省の労働基準局が動き、各局の連携を取る必要がある。本来であれば労基署の監督官が単独で取り締まりや捜査ができるのに、本省まで関わってきているのです。
厚労省が総出で動いているのには、やはり先の臨検監督で、電通が労働基準法に違反している『証拠』を掴んだからだと思われます。本腰を入れた厚労省は差し押さえ令状が必要な強制捜査に踏み切った。これは彼らが電通を『容疑者』とみなしたということです」
差し押さえ令状は裁判所が発するもの。つまりある程度の容疑があることが前提で、強制捜査を実施したにもかかわらず立件しない、ということはほぼありえない。
電通に対する追及が今後どこまで及んでいくかについては後で詳述するが、その前に厚労省がなぜこれほどまでに総力を挙げて捜査に臨んでいるかを明らかにしよう。
前出・磯山氏は「塩崎恭久大臣は是正勧告に応じなかった電通に激怒している」と明かす。
「電通は'14年には関西支社が、'15年には東京本社が労基署から是正勧告を受けているのにもかかわらずこのような事態を招き、塩崎大臣は厚生労働大臣としてメンツを潰された格好になった。
それに、いま官邸は『働き方改革』を進めていますが、この現場を司る責任官庁は厚労省。このまま企業の過重労働問題を野放しにすれば、安倍総理の不興を買うことにもなりかねない。そこで、塩崎大臣は官庁としての『本気度』を示そうとしているのです」