といっても、英国があえて「トランプの当選」というすさまじいニュースにぶつけたわけではない。ことが決まったのは国会でのことで、国会での審議の日程はずっと前(米大統領選挙の前)に決められていただろうし、そもそも米大統領選は、結果が出るそのときまで、ほぼ間違いなく「米国初の女性大統領誕生」ということになると考えられていた。米大統領選から1週間も経過した時点で、英国で「民主的な法治国家」と個人のあり方を完全に変えてしまうような法律が成立すれば、「米国初の女性大統領」をトップニュースから落としていただろう。
それがそうならず、いつまで経っても「米国の大統領選挙」の話題がトップニュースに居座っているのは、ひとえに、結果がああだったからで、新たに大統領となる人物の側近・取り巻きが、そろいもそろってアレだからである。
というわけで、米大統領選が穏当な結果になっていたら、11月第3週に世界的トップニュースになっていたのではないかと思われる件。週が明けても、おそらく、少なくとも英国のメディアでは、各種論説記事などがごんごん出ていただろう。日本では2年前の「特定秘密情報保護法」のころのことを思い出せば、かなり近いのではないかと思う。
何だか棚ボタで首相になった感のあるテリーザ(テレサ)・メイが内相になったときからぶちあげていた「国家の権限の強化」という方針にのっとってまとめられた法案、Snooper's Charterが議会を通過し、法律になった。
通称Snoopers' Charterこと、Draft Communications Data BillについてはWikipediaを参照するのが手っ取り早い:
https://en.wikipedia.org/wiki/Draft_Communications_Data_Bill
個人的にも、これについて書こうと思っていたところで、米大統領選でそれどころではなくなってしまったのだが、せめてメモ程度は残しておこうというのが本エントリの主旨だ。
Mass Surveillance in the UK: Mehdi Shakarchi on the 3rd reading of Investigatory Powers Bill aka #snooperscharter https://t.co/vXPQKfo4xl pic.twitter.com/NulpJyeSC1
— The Justice Gap (@JusticeGap) November 10, 2016
In case ya'll missed it (judging by media coverage, you probably did), this has passed the Lords. https://t.co/xFRgR4LnMQ. #snooperscharter
— Ryan Jay (@ryanjaydavidson) November 11, 2016
Whilst we've all been going on about Trump; our government has passed the Snoopers Charter.
— Apesey (@dogcarpet) November 11, 2016
It's been fun, guys. pic.twitter.com/wROB2WuYYI
"With a distracted public and mediaa, this is quietly working its way onto the UK statute books" https://t.co/sVNiSuWVG2 #snooperscharter
— Jonny Williams (@jonnafon) November 11, 2016
Don't think I've seen anyone protesting the snoopers charter becoming law, when it does I'm routing all my traffic via a VPN
— Will (@Eons_after) November 11, 2016
グリーンズが早速「アンチ・トランプ」風味でフィードしているのも味わい深い。
#SnoopersCharter will soon be law and the UK Govt can hand all their data on you to #Trump. More than ever we'll fight for #CivilLiberties pic.twitter.com/dbdDvSwwkl
— Green Party (@TheGreenParty) November 15, 2016
They can know everything about you, but you can't know anything about them. #snooperscharter https://t.co/mbXvjtbCXF
— Graham Linehan (@Glinner) November 16, 2016
グレイアム・リネハンはこのように述べているが、恐ろしいのは、「政府があなたの行動をすべて把握する」ことではなく、「政府があなたの行動をすべて把握している気になる」ことだろう。
例えば私がオランダに行ったとする。前の年にはコロラドに行ってる。来年はカリフォルニアに行くよう航空券を取っている。そして最近、ネットである元女優さんのニュースを読み、詳細を検索している。(実際にはこんな程度でこうなることはないだろうが)その行動を把握した政府は、私のことをマリファナ愛好者の可能性がある人物だとみなす。そして私はマークされることになる。私の友人たちも。(※この段落は完全にフィクションなので心配しないでください。私はオランダにもコロラドにも行ってないです。)
こういうのが絵空事でないということは、英国では「えむあいなんとか」の行動によって、ある程度は広く知られていると言えるだろう。例えば、白人男性で極右と付き合いがありそうな人物を極右組織潜入スパイとして利用する、というパターン。
最近、最も有名になった具体例は、「えむあいなんとか」がスパイにしようとして失敗し、単にそのターゲットの人間関係を壊しまくって将来をつぶした西ロンドン出身のイスラム教徒の男性のケースだ。といっても当人に元々「過激主義」への傾きがあったからこそああなったのだが……詳しくは下記書籍参照。(私は英語版しか読んでいないが、ざっと見たところ日本語版の翻訳も読みやすくて優れていると思う。)
ジハーディ・ジョンの生涯 ロバート バーカイク 国谷 裕子 Robert Verkaik 文藝春秋 2016-07-15 by G-Tools |
Jihadi John Robert Verkaik Oneworld Pubns Ltd 2016-03-29 by G-Tools |
モハメド・エムワジはほっといても過激主義者になっていたかもしれないが、彼をその方向に駆り立てたのは、「えむあいなんとか」が彼を疑い、彼に付きまとい、英国外への旅行を妨害し、彼の婚約者の家族にその話をして婚約を破談にしたことだった、ということが、上記の本で検証されている。
むろん、「えむあいなんとか」のかかわりがなくても、いずれ奴はジハディストになっていた可能性が高いということは、どんなに強調しても強調しすぎることはないだろう。だが、当局の「安直な決めつけ」と、人権侵害の域に達する嫌がらせが奴に大きな影響を与えたことは確実だ。そして当局がそういうふうに動いたのは、当局がそのように判断するだけの「データ」を得ていたからだ。
そういう「データ」を、当局は、モハメド・エムワジのように疑いの余地があるとマークした人物についてだけでなく、英国内のすべての人(多分国籍は関係ない)について、完全に合法的に(法的なグレーゾーンなどではなく)得ることができるようになるのだ。当局が、膨大な量のデータを処理しなければならなくなることは、「ビッグ・データ」が当たり前になった今では何の問題にもならないだろう。そして少しでも疑わしい者はすべて、追跡され、調べられるターゲットとなりうる。何がきっかけで何について「疑わしい」と思われるか、疑われる可能性のある側にはわからない。
Devastating that #SnoopersCharter passed today but fight against surveillance isn't over. RT to tell Gov you'll be watching them watching us pic.twitter.com/6C3yOfpXBS
— Liberty (@libertyhq) November 16, 2016
#PressRelease Today, your government failed you.#IPBill #SnoopersCharterhttps://t.co/eOxKxHcfRQ pic.twitter.com/mQ0KPdnufj
— Pirate Party UK (@PiratePartyUK) November 16, 2016
Just in: Britain has passed the snoopers' charter, the "most extreme surveillance law ever passed in a democracy." https://t.co/n4w1uA1Pjt pic.twitter.com/FaINmYj6Eu
— Zack Whittaker (@zackwhittaker) November 17, 2016
Still no mention of #snooperscharter on major news sources. Care to explain, anyone??@BBCNews @SkyNews @itvnews
— AndyErased (@AndyErased) November 16, 2016
No? Didn't think so.
Britain just passed 'the most extreme surveillance law ever' https://t.co/hdnouom4Lo
— The Independent (@Independent) November 18, 2016
The Govt's #SnoopersCharter is the most intrusive system of state surveillance in history. We won't take this lying down. See you in court pic.twitter.com/tEbKBJ41XP
— Liberty (@libertyhq) November 18, 2016
I am deeply distressed as to why #Labour did not fight hard enough to prevent the #snooperscharter https://t.co/6WUCDksHAS
— Harry Leslie Smith (@Harryslaststand) November 19, 2016
Our indifference to privacy thro use of loyalty cards is why we have #snooperscharter a surveillance law that would make Soviet Union blush
— Harry Leslie Smith (@Harryslaststand) November 20, 2016
The Snoopers Charter is now law in the UK: "extreme surveillance" rules the landhttps://t.co/808yF4glJA pic.twitter.com/jbo6IS2Pgq
— Cory Doctorow (@doctorow) November 19, 2016
#snooperscharter - let's not allow blow to our hardwon liberties slip in without notice https://t.co/1KheG7Wide
— Natalie Bennett (@natalieben) November 19, 2016
Perplexed that this is'nt getting more attention... #SnoopersCharter passes into law; what it means https://t.co/GruCOW2GdG via @FT #Privacy
— Ali Ghezelbash (@aghezelbash) November 21, 2016
Theresa May is a sort of Darth Vader−UK surveillance bill goes far further than any law in the West: @Snowden #IPBill #SnoopersCharter pic.twitter.com/HyikZEp1qw
— Bean (@SomersetBean) November 20, 2016
Disaster! The Government just passed the most extreme surveillance law in history – say goodbye to your privacy https://t.co/GGAQTV3BEk
— Nathan House (@GotoNathan) November 21, 2016
Journalist seem upset now it's passed! Where were they before now!? There just wasn't enough coverage. #snooperscharter https://t.co/XrRHH3vWRS
— Nathan House (@GotoNathan) November 21, 2016
Why didn't #Labour fight harder!? #snooperscharter pic.twitter.com/EE4vI6btLR
— Nathan House (@GotoNathan) November 21, 2016
労働党はほんと、何をやってるんすかね。Brexit後にまず「コービンおろし」にかまけたと思ったら、その次がこの「ほぼ無抵抗」。コービンも、トライデントの件で明らかになったけど、「党首でいること」を優先していて、彼の主張を党の方針にすることはできていない(できているのはStop the War Coalitionのヘタレっぷりと重なる部分くらいじゃないかと。CNDなんか影も形もありゃしない)。
ともあれ、これが何なのかについては、FTがわかりやすいです。
Snooper’s Charter passes into law − what it means
https://www.ft.com/content/40d2ede4-adac-11e6-9cb3-bb8207902122
November 20, 2016
by: Madhumita Murgia, European Technology Correspondent
※FT記事を読めない場合は、記事の見出しをそのままGoogleで検索して、そのGoogleのリンクから入ってみてください。
※この記事は
2016年11月22日
にアップロードしました。
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