待ちに待った“わが子”
その受け渡しは駅前で絶え間なく人が行き交う、駅前のタクシー乗り場。現れたのは生後1か月の赤ちゃんを抱いた20代の母親だった。
「ミルク、すごく飲みます」。待ち構えていた夫婦に母親はそう言って赤ちゃんを手渡した。10分にも満たない立ち話のあと、夫婦は赤ちゃんを抱いてその場を去った。泣きながら立ち尽くしていた母親の姿も、やがてみえなくなった。
母親と夫婦をつないだのは、あるNPOが運営するサイトだ。
“産んだら200万円”の衝撃
NPOのホームページを見た多くの人は、その表現にたじろぐのではないだろうか。妊娠に悩む女性に、『子どもを産んで託してくれれば最大200万円を援助する』と呼びかける記述。NPO全国おやこ福祉支援センターの代表、阪口源太さんにその真意を尋ねてみた。
「人身売買って特別養子縁組にとってのタブーじゃないですか。クリックしてもらうためにそういう表現をあえて使う戦略です」。
現状への不満に突き動かされて
自身も養子を迎えて育てている阪口さん。みずからあっせん事業に乗り出したのは、そのとき感じた強い不満が理由だったという。
特別養子縁組のあっせんは主に、児童相談所や民間のあっせん事業者を介して行われる。児童相談所の場合は、定められた研修や面談を経て「養子縁組里親」に登録する必要があるが、0歳児の委託は行っていないところも多い。一方、民間のあっせん団体は全国に22団体あるが、希望者が殺到して長期間の待機を余儀なくされるところもあるという。増加傾向にはあるものの、1年間で成立する特別養子縁組は544件(平成27年司法統計)にとどまっている。
こうした現状について阪口さんは語気を強める。「2週間に1人の赤ちゃんが日本のどこかで遺棄されている現状があるのに、行政が本気ですすめてないのがいちばんの問題なんです。僕は年間1000組の特別養子縁組あっせんをこの3年でやります。その目標達成したら辞めますから。あとは維持することが得意な公務員の方たちにさっさとお渡ししますので」。
現状への憤りから阪口さんが考えたのはマッチングのプロセスを大胆に簡略化する仕組みだ。希望する夫婦は、月3000円の会費を支払って登録。専用のアプリに年齢や収入、資産状況や教育方針など60項目を入力し、住民票など必要書類も画像を登録すればよい。マッチングが成立すれば、実の親が必要とする医療費や生活費を全額負担するほか、NPOにも事業運営の負担金として50万円を支払うことになる。
NPOのスタッフと顔を合わせるのは、基本的にはあっせんされる赤ちゃんが決まった後の家庭訪問1回のみだ。ほかのあっせん団体では複数回の面接や研修が課しているところも多いが、阪口さんはこのプロセスに自信をもっているという。
「メールの文面で人柄って結構わかるものなんですよ。過去にいろんな苦労されてきてるんで、そんなにおかしい人はいない。希望者の70%は大丈夫。ぶっちゃけどこに行っても子どもさんは幸せになれますよ」。
ウェブサイトが最後のよりどころに
NPOの利用者はどんな思いで阪口さんにコンタクトをとったのだろうか。
「職場のデスクに貼ってあるんですよ。かわいくてかわいくて」。都内に暮らす30代の斎藤さん夫婦(仮名)。見せてくれたのは養子に迎える予定の胎児のエコー画像。20代の実母がNPOに送ってきたものだ。
妻は結婚直後にがんが見つかり子宮を摘出。養子縁組を希望して、児童相談所で養子縁組里親の登録を済ませた。半年以上待機していたが「いつまで待てばいいのか教えてもらえない」と対応に不満を感じて阪口さんのNPOに登録したという。
神奈川県在住の吉崎さん夫婦(仮名)も既存の仕組みの中では養子縁組が難しかったケースだ。妊娠を諦め不妊治療を終えた時、夫はすでに43歳。民間団体をいくつか回ったものの、年齢がネックになり門前払い。″最後の賭け″と阪口さんのNPOに登録した。娘がやってきたのはそのわずか4か月後のことだった。
「批判があるのは分かってます。でもどうしても子どもが欲しかった。きっかけがどうであれ、大切に育てていくことが肝心なわけですから。後悔はないです」。妻は言い切った。
“産んでくれたらお金”の引力
わが子を託す女性はなぜ、このサイトを利用することを選んだのだろうか。
近畿地方で暮らしている優花さん(25)。子どもの父親である男性は「堕ろして欲しい」の一点張りで、ほどなく別れてしまったという。「自分で育てたいけど、子どもが幸せになれると思えない」。スマートフォンで「妊娠 養子縁組」と検索していちばんに目についたのがNPOのウェブサイト。相談の電話をして数日後には阪口さんが近くのファミリーレストランに会いに来た。
「今何がいちばん困ってますか?って聞かれたんで、ぶっちゃけお金ですよねって言ったら、そうですよねーって。それからはもう、淡々とお金の話をした感じですね」。その場で月20万円の支援金を受け取ることが決まり、同意書にぼ印を押した。
妊娠に悩み、NPOに相談を寄せる女性はすでに200人に上っている。そのほとんどが生活費や住まいなど、経済的な支援を求めているという。
簡略化したあっせんプロセス、金銭的支援を前面に打ち出すPR方法など、これまでになかった手法で利用者を増やす阪口さんに対しては、有識者やほかのあっせん団体からも批判の声が寄せられている。
日本社会事業大の宮島清准教授(児童福祉論)は、「問題だらけだ。養親希望者の選定には複数回の面談や家庭訪問が不可欠で、子どもを家族に迎えるための研修も必要だ。生みの親への経済的な支援は必要だが、子どもをお金と引き換えに受け渡し、後戻りできなくさせてしまうリスクも高い。子ども、生みの親、養親の人生を左右する極めて重大なことだということを忘れさせ、簡略化こそ善だと誇張する戦略は悪質だ」としている。
しかし、日本では営利目的のあっせんが禁じられてはいるものの、あっせんのプロセスについては明確なガイドラインなどはなく、運営は各事業者に委ねられているのが現状だ。
子どもを手放す親、その子を求める夫婦双方のニーズを巧みにすくい取る形で生まれたNPOのウェブサイト。一方で、記憶もない時期に実の親との縁を絶たれる「子どもの人生」はどこまで顧みられているだろうか。“究極の選択”特別養子縁組はどうあるべきか。真剣に向き合う時が来ている。
このテーマについては、11月21日(月)夜10時放送の「クローズアップ現代+」でお伝えする予定です。
http://www.nhk.or.jp/gendai/
- 首都圏放送センター
- 宮崎 亮希 ディレクター