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07:00
「情熱大陸」がどこに落としどころを見出したのか!

大好きなスポーツ系ドキュメンタリーの二大巨頭である「情熱大陸」と「バースデイ」。どちらもTBSで放映される似たような番組ですが、そこには決定的な違いがあります。「情熱大陸」は成功した人間にスポットを当て、「バースデイ」は挫折した人間にスポットを当てるのです。光と影、人生のどちらを切り取るかに決定的な違いがあるのです。

そんな「情熱」がひとつの情熱問題作を発表しました。20日に放映された「山口蛍/密着1年!ハリルJのキーマン26歳〜価値観は自分で決める」の回です。山口蛍さんを採り上げるという時点で、まず正直に心に去来する想いは「バースデイ案件やん?」というものです。

確かに、蛍さんは日本を代表するサッカー選手であり、人気・知名度・実力とも兼ね備えてはいます。しかし、それはある意味スタートラインであり、そこからどんな成功をするかで大陸への入国を許可されるわけです。はたして蛍さんに大陸入りの要素は何かあったでしょうか。何かに勝ったとか、何かを受賞したとか、そういうのは。

密着1年というと、ちょうど昨年冬にドイツ・ブンデスリーガのハノーファー96に移籍した頃。そこからの蛍さんはというと、試合にはなかなか出場できなかったり、顔面に大きな怪我を負ったり、チームも結局降格したりと散々でした。結局は、現地の水になじめず、完全移籍から半年で古巣に復帰する始末で、「レンタルより早く帰ってきた」「TSUTAYAで買った中古CDをTSUTAYAに返しに行く感覚」「短期留学」と茶化されたもの。

復帰したセレッソでもちろん活躍はするわけですが、それって以前と何も変わってないですよね。この放送日はJ2の最終順位が決定する日ではありますが、セレッソ大阪はすでに4位が確定しており、この日は絶対に「昇格」も「昇格失敗」もなかったのです。そもそもシーズン途中までの流れを見れば、プレーオフが終わるまではセレッソがどうなるかはわからないことは、わかりそうなもの。

「いつ大陸入り資格を得たんでしたっけ…?」

僕の中の名探偵コナンは言います。「あれれー、これ、損切りじゃない?」と。1年前からわざわざドイツまで行って取材をしたのに、何もしないで帰ってきたことで、取材費その他が完全に無駄になってしまった。せめてセレッソがどうにかなればと思ったが、煮え切らない成績でハッキリしない。「蛍に使った金、どうすんだよ!」と取材班に対する圧力も高まったことでしょう。

そんな中で、蛍さんは日本代表としてワールドカップ最終予選に出場し、10月6日のイラク戦で値千金の決勝ゴールを決めました。日本を救う活躍でした。その瞬間、上層部は決めたのです。「ココじゃん…?」と。これまでに撮りためたVTRを放出しつつ、かかった経費に大義名分を添えて精算する最後のチャンスをココと見たのです。

もちろん、J1昇格を果たしたのちに歓喜の中で「チームを救った英雄」として採り上げる案も考えたでしょうが、万が一にも昇格できなかったら、ますます出しどころがなくなってしまう。昇格できなかったら「お前が半年遊びに行っていたせいや」となるのは必定ですからね。むしろ、結果が出る前に精算してしまいたい。小さな上げ場のチャンスに打ち込んだ損切りの一手、それが今回の「情熱」なのではないかと。

はたして僕の邪推はあっているのか。いないのか。

情熱は蛍さんのどこに大陸資格を見出したのか。

とくと見せていただきましょう。

ということで、最後はJ2最終節のVTRを入れて「やっぱりこの男には笑顔がよく似合う」とかフワッとした締めにするんだろうなと予測しつつ、20日のTBS「情熱大陸」をチェックしていきましょう。


◆いっそ密着取材ごとすべてお蔵入りにする勇気はなかったのか!

まずは予告編の確認から。この予告編の時点でグッとくる損切り感。「情熱大陸」が何故情熱大陸であるかを考えたとき、葉加瀬太郎さんのバイオリンと、窪田等さんのナレーションは絶対に欠かせないもののはず。ていうか、このふたつが乗っていれば、大抵のVTRは「情熱大陸」になります。しかし、情熱大陸・山口蛍編の予告はというと…

↓うわ、コレ窪田等ナレーションじゃない!全然情熱大陸っぽくない!



何だろう、この急場しのぎみたいな映像は…!

「日本を救った男」って言ってるから、10月6日以降に作った映像であるわけで、まさしく急造品ではあるが…!

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まず冒頭では蛍さんのCM撮影の模様に密着するところから本日の「情熱」はスタート。蛍さんはパンツ一丁の姿で日焼けした肉体をさらし、エッチなビデオの男優みたいな感じでご登場します。実際に耳には「H」のピアスもつけてきました。裸を隠すように動く蛍さんに、スタッフは「裸を見られるのはイヤなんですか?」と問い掛けます。

すると蛍さんは「ムキムキやったらいいっすけどイヤっすよ」「そんなバキバキすぎっていうのもアレっすけど」「ある程度なってるほうがいいかなって思います俺は」というカタコトの日本語で応答。ムキムキとバキバキで韻を踏むあたりは、ジャパニーズラップDJっぽくもありました。

建前としては、裸を隠す蛍さんの様子を映すことで、控え目で自己主張の薄い「黒子」としてのキャラクター性を印象づけようという狙いです。最終的には「蛍の光のような小さな情熱の光だが、それがこの男ならではの黒子精神なのだ」という持っていきかたで、どこをどう切り取っても情熱っぽくない出演者をフォローするのが狙いのシーンです。

しかし、それなら別に「裸を隠す」でなくてもよかった。メシ屋で大人しいとか、家から出ないとか、「黒子」にこじつけられそうな生活態度はいくらでもありました。それでもあえて「裸を隠す」を選んだのは、深い意味があります。それは情熱スタッフからの嫌味です。1年も密着し、ドイツに行ったりしたのに、全然情熱っぽく仕上がらない空振りの取材に苛立ち、本日の放送に全面的に嫌味を込める狙いで、あえてこの場面を入れてきたのです。

サッカー選手の情熱大陸と言えば、何と言っても遠藤保仁さん出演回。自宅の風呂場と試合場のロッカールーム、そして回を改めて都合三度見せた「ケツ」こそが、サッカー選手のあるべき情熱大陸なのです。視聴者がケツを期待していると知りながら、パンツを決して下ろさない蛍さんを映すことで、「ケツの穴の小さい男やのぉ」という印象を描き出しているわけです。非常に高度な嫌味技術です。コッチが同じくらい下衆だからわかりましたけど、相当にスタッフも下衆ですね。

↓嫌味であることを示唆するように、遠藤保仁さんが直後にゲスト出演!

遠藤:「危機察知能力(が高い)」
字幕:「危機察知能力」
遠藤:「あと全力で走って、止まれる」
字幕:「全速力から止まれる」

普通に考えたら、長谷部さんに聞くべきでしょ?今まさに組んでるんだから!

でも、あえてヤットさんに聞いたのは、「ケツ」のことを思い出してほしいからなんだよね!


ヤットさんの発言にかこつけて「ドイツで自身にふりかかる危機についての察知能力全然ないやんけ」という嫌味と、「全速力で完全移籍したのに立ち止まって古巣に復帰できる能力はすごいですねぇ」という嫌味を字幕つきでぶつけてくる情熱スタッフ。その後も、ネチクチと嫌味を言いつづけるように悪意に満ちた編集をつづけます。

蛍さんが移籍の理由を「これを逃すとチャンスはないと思う、今しかない」と語る場面をわざわざ映して、「結果、そのチャンスすぐに捨てたけどな」という気持ちを込めたり。蛍さんが「自分の限界近くにきてると思うんで、そこからさらに伸ばしていけるか」とドイツでの成長への意欲を語る場面をわざわざ映して、「限界でアレかぁ…」という冷ややかな視線を送ったり。さらにそこに「海外に出れば自分もレベルアップできる。そう信じていた」というナレーションを重ねて、スラムダンク風味の嫌味を被せたり。取材が無駄骨に終わったのが、よっぽどムカついていたんでしょうね。

↓そして、どうでもいいメシの場面を映し、本人が語る自分のダメなところを箇条書きで紹介した!

スタッフ:「乾杯の音頭をお願いします」

蛍:「難しいっす(笑)」

蛍:「わざわざありがとうございます」

蛍:「頑張ります」

(※飲んでちょっと酔う)

蛍:「人と関わるのが結構苦手」

蛍:「普通に人見知りっす」

蛍:「向こうからこなければ自分からも行かない」

蛍:「別にずっと独りでもいいし」

蛍:「マシーンって呼ばれます」

蛍:「言われたことに、ちゃんと動く、みたいな」

蛍:「そういうの、ドイツではマシーンって言う」

蛍:「(デザートのチョコアイスを食べて)うまっ」

ナレーション:「ドイツへの移住から始まったこの1年」

ナレーション:「それが波乱の年になることを」

ナレーション:「このとき山口はまだ知る由もなかった」

字幕:「時にほのかに、時にあやうく 光る」



「時にほのかに、時にあやうく 光る」って字幕は、建前上は「蛍の光」を表現している言葉だけれど、本心は「まともに光ってない」っていう嫌味だからね!

この番組って、基本的に「ギラッギラに光ってる人」を紹介するヤツなもんで!

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このように威勢よく移籍を果たし、それに乗っかって密着取材を敢行した情熱大陸ですが、この取材は苦難の道を歩みます。引っ越したばかりなので当然ですが、密着取材が許された自宅にはまったく生活感がなく、荷物自体も少なく、情熱っぽい要素はまるでありません。仕方ないので「掃除機:ダイソン(イギリス製)」「コーヒーメーカー:デロンギ(イタリア製)」「洗濯機:バウクネヒト(ドイツ製)」と、買った家電の紹介を始める始末。

また、女の影もなく、結婚願望をたずねても「なくはないっす」「(でも予定は)全然ないっす」「すぐしたいっす」という、雑な想いしか引き出せません。ついには、ニンテンドー3DSを持ち出してゲームに興じるところを映すハメに。語学に取り組むとか、街の人と触れ合うとか、前向きにドイツ生活を楽しむ様子が一切ない本人に、相当イライラした結果の編集なのでしょうね。

↓「ゲームをやるのはいいが、密着したんだからドイツでしかできないことを見せてくれよ!」というスタッフの怒りの編集!


僕も同じタイプだから、わかる!

このタイプの人間は、「慣れ親しんだ職場」でしか活躍できない!

もう本人もわかったと思うけど、「一生セレッソ」だぞ!

「一生セレッソ」が自分のためだぞ!


そこから蛍さんは試合に出られなかったり、試合に出ても本来のポジションとは違う位置で起用されたり、ボールをもらえなかったりする微妙な働きぶり。それでも10試合中6試合に出場するなど、レギュラー当落線上には残っていたのですが、そこに日本代表戦で負った顔面骨折の負傷が追い打ちとなります。約11日の入院は蛍さんにも「せっかく俺、慣れてきたところだったのに」と愚痴らせるだけの痛手ではありました。

しかし、それ以上に負傷が「静かな環境でじっくりとサッカーについて考える」機会を与えてしまった。ケガをした意味、昇格争いで苦しむ古巣の姿。いろいろな出来事が、蛍さんにいろいろなことを考えるキッカケを与えてしまった。これにはテレビ視聴者も「うわ、じっくり考えるの早っ!」「いや、移籍前に考えるべきことを今考えているという意味では遅いのかもしれんが」「とにかく今は、じっくりのタイミングちゃうで!」とビックリ。

以降、番組ではしばし思い出を振り返ります。

父のこと、家族のこと。

セレッソで育った少年時代のこと。

ここはもちろん番組的には「蛍さんのセレッソへの熱い想い」を紹介する狙い。蛍さんの想いが熱すぎるので、通常なら考えられないような結論に至ったとしても仕方ないということを印象づけるための映像群です。これだけの過去映像を流せば、視聴者も「愛するセレッソが2部で苦しんでいるなら、帰国も仕方ないわね」と思ったに違いありません。出国する時点で「もうすでに2部で苦しんでいた」なんてこと、今日だけ見た人にわかるはずはないのですから!

↓そして蛍さんはセレッソ大阪へ復帰した!12月に完全移籍して6月に復帰するスピード帰国!

ナレーション:「自分を育ててくれたクラブを」
ナレーション:「もう一度1部リーグに押し上げたい」
ナレーション:「山口のプレーは」
ナレーション:「よりアグレッシブになっていた!」

ドイツで自分と古巣を見つめ直した結果、よりアグレッシブになったことにされたwwwwwww

根拠もないし、本人のコメントもないけど、ナレーションで押し切るつもりwwwwwwwwww


そして、情熱は本日唯一の情熱っぽい場面として、10月6日のワールドカップアジア最終予選・イラク戦での、決勝ゴールの場面を紹介します。「偶然こぼれてきたボールを思い切って蹴ったら偶然入った」が実態だと知りつつも、ココを思いっきり持ち上げないと、何故1年も密着し、今ここでテレビで放映しているのかわからなくなってしまうので、スタッフも全力です。あのゴールはドイツでの苦難と、それによる成長が決めさせたゴールなのです!アグレッシブになったことで決まったゴールなのです!どう考えても絶対に!情熱はあるよ!あるある絶対にある!

↓体裁が整った手応えを得たか、情熱は11月16日の練習の模様を紹介して、逃げるように番組を締めた!
ナレ:「今年最後の代表戦を終えた山口は」

ナレ:「所属するセレッソ大阪に戻った」

スタッフ:「代表戦の翌日なのに」

スタッフ:「もう練習ですか?」

蛍:「いつもっす、いつも」

蛍:「代表もう活動終わりましたし」

ナレ:「ドイツに行ってわかったことがある」

ナレ:「サッカー選手にとって」

ナレ:「海外移籍ばかりがすべてではないはず」

ナレ:「これからも自分の道は自分で選ぶ」

(※エトピリカが流れ始める)

スタッフ:「どんな一年でした?」

蛍:「いや、まぁ、ホントいろいろあったんでね」

蛍:「今までで一番濃い一年じゃないすかね」

蛍:「26年間の中で、と思いますね」

蛍:「苦しみもすごく多かったすけど」

蛍:「それと引き換えに」

蛍:「成長もすごくできたとは思いますけどね」

蛍:「静かに生きてるタイプなんで」

蛍:「ありがとうございます」」

ナレ:「山口蛍、ほのかな光は、熱く輝く」



待てぇぇぇぇぇぇぇ!!番組を締めるな!!

このあと、J1昇格のプレーオフがあるだろ!!

そこで、チームを1部に導いたら、ようやく「放送決定」やん!!

何で、そうなる前に放送しちゃうんだよ!!

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放送を見終わって感じたのは、「情熱大陸のスタッフに、山口蛍さんに対する情熱がない」ということ。蛍さんもまぁ大概ですけど、それは本人の生き様なんでしょうがないところ。しかし、「情熱」をウリにするスタッフが、全編的に嫌味全開の構成をするのはいかがなものか。

ましてや、本人が世間から総叩きになることを覚悟のうえで「愛するセレッソをJ1にあげる」ためにくだした決断の行く末を見守らずに、放送してしまうなんて。放送する=密着が終了する、じゃないですか。つまり、情熱のカメラはもうJ1昇格プレーオフにはいかないのです。

「どうせ昇格せんやろ」
「行くだけ面倒臭い」
「ようやく手離れできた」

そんな想いが漏れ出してくるかのよう。これだけ密着しておいて、「古巣愛がアグレッシブに成長させた」という方向性で蛍さんを解釈しておきながら、J1昇格プレーオフを見ないで放送するなんて、あり得ない構成だと思います。当日行なわれたJ2最終節の映像もなく、タダの練習風景で締めるあたりも「面倒臭い感」が露骨。近年の「情熱」の質の低下も極まったなと思います。

本来あるべき「情熱」は、これぞと見込んだ人物にひたすらに密着をつづけ、本当に素晴らしい情熱がほとばしったときに初めて放送を決めるのです。たとえば、次のJ1昇格プレーオフでセレッソがどうなろうと、とりあえず密着取材はしたうえで、放送するかどうかを検討するのです。昇格を果たして放送するもヨシ。昇格できずに失意を放送するもヨシ。あるいは、昇格できなかったので、放送を見送って、来年から再来年の昇格を待つもヨシ。

しかし、情熱が選んだのは「もういいや、ここでコイツの密着は打ち切ろう」という損切りでした。それでは、本当の名場面…「ずっと密着していたからこそ撮れた名場面」は撮れないでしょう。何もなさそうな時間に、どれだけ労を惜しまずに密着できるか、それこそが「情熱大陸」の価値のはず。スポンサーがスーパードライだからって、密着までドライになってどうするのか。

「ダイオウイカを10年追いかけた先生」と「先生を10年追いかけたNHK」と比べたら、あまりにも質が低い。ただのスポーツバラエティならこんなこと言いませんが、「情熱大陸」ってのはそういうものじゃないでしょう。蛍の光くらいにしか見えない情熱なら、蛍が虫かごいっぱいにたまるまで密着しつづけるのが「情熱大陸」のはず。襟を正して、「情熱」に取り組んでもらいたいものです。お願いしますよ、熱い「情熱」を…!


ま、昇格するかしないかで言えば、しないとは思いますけどね!