『The Stanley Parable』のようなメタ視点のナレーションを、2D横スクロールアクションに持ち込んでみよう。そんな遊び心満載のアイデアから生まれたのが、第四の壁を壊しにかかるメタアクション『ICEY』だ。開発を担当したのは中国のインディーデベロッパーであるShanghai FantaBlade Network。対象プラットフォームはPC(Windows/Mac)およびPlayStation 4となっており、国内ではSteamからPC版を購入できる。購入価格は1180円で、11月25日まで10%オフのセール中だ。
本作は「ゲームの中のゲーム」をプレイしているという設定になっており、操作キャラクターである「ICEY」の旅路を、Leeroy Rogersと名乗るナレーターと共に追っていく。なおナレーターが話しかけているのは「ICEY」ではなくプレイヤー自身である。プレイヤーはメタの視点から俯瞰して物語を追うことで「ICEY」のことを「I See(理解した)」と言えるようになるわけだ。こう説明すると駄洒落とおふざけの多いゲームであるように聞こえるが、ゲームプレイ自体はなかなかに硬派でスタイリッシュなハクスラ系アクションとなっている。
剣技による近接攻撃がメインとなる本作の戦闘アクションは、弱攻撃、強攻撃、HPを犠牲にする回転攻撃、カウンター、カウンターアタックといった豊富なラインナップとなっている。アッパーカットで敵を浮かせてからの空中コンボや、強・弱攻撃を組み合わせた多彩なコンビネーション技も用意されている。本作はスコアを争うアーケード型のゲームではないため、コンボ数によってスコアが伸びていくといった要素はないが、コンボ継続により一撃ごとに与えられるダメージ量が増えていく。
はじめのうちは利用できるコンビネーションの種類に限りがあり、新しい技を覚えるにはゲーム内の通貨を消費することになる。通貨は敵を倒したりマップ上に隠されているキャッシュボックスから手に入る。通貨を消費することで覚えられる技は全部で16種類。そのほかHP、シールド、カウンター攻撃力、カウンターアタック時のHP吸収量を強化することが可能となっている。なお操作キャラクターのリソースは体力とシールドのみ。スタミナ制ではないので縦横無尽に動き回ることができる。
基本動作である「ジャンプ」「2段ジャンプ」「ダッシュ」はいずれも機敏でストレスを感じさせない。それだけ戦闘もハイペースだということであり、「ダッシュ」による攻撃回避とカウンターを多用することになる。カウンターは敵の攻撃に合わせて「ダッシュ」することで発動し、タイミングが合えばわずかの間だけ戦闘がスローモーションになる。このスローモーション中にカウンターアタック用のボタンを押すことで大ダメージを与えることができる。
本作の舞台は「Judas(ユダ)」というサイボーグにコントロールされた近未来SF風の世界となっている。暗い設定なだけに「ICEY」が旅するエリアは沼地、下水路、地下鉄など鬱屈とした場所が多い。そんな中、ネオンブルーに輝く「ICEY」、そしてサイボーグ型のボスキャラクターたちのデザインがよく映えている。本作は3時間ほどで終わるコンパクトなゲームであるが、スタイリッシュな戦闘と豊富なコンボ技が用意されているだけに、もう少しボスおよび雑魚敵のバリエーションを見たかったという物足りなさを感じるかもしれない。残念ながら、アクションを発展させる余地を残しながら終わりを向かえてしまうのだ。そのほかにも、攻撃をヒットさせたときや、敵の攻撃を被弾したときのサウンドエフェクトが控えめであり、聴覚情報に頼りにくいゲームである点も指摘しておきたい。
幸いなことに本作の見どころはアクションだけではない。アクションゲームとしてのボリュームが少ない分、メタ要素の強いストーリー・テリングで楽しませようとしてくれる。その要となるのがナレーターのRogersであり、彼の語り口はナレーターおよび「ICEY」がゲームの世界にいることを自覚した内容となっている。ときにはナレーターがゲームの進行に介入することもある。たとえば右と下に道が分かれた分岐路で、下の道に進もうとしたときに「彼女は下へ向かおうとしたが、そちらには何もないので進まないことにした」と言い、「ICEY」を分岐路の前までワープさせるといった具合だ。あまりにしつこくナレーターの声に背いていると「そっちじゃないと言っているだろう!」と怒りを露わにすることもある。とはいえ、先述した『The Stanley Parable』のようにナレーターの指示に従うのも歯向かうのも基本的にはプレイヤーの自由である。それに、ナレーターが誘導してこない道にこそ秘密が隠されている。
本作の隠し部屋はいわばナレーターとプレイヤーが直接対峙する場であり、開発者のユーモアと本音が入り混じったような独白がはじまる。「このエリアの作り込みが甘いだって?こんな細部にまで目を向けるプレイヤーが何人いる?購入の決め手となるのは、せいぜい美しいビジュアル、有名なプロデューサー、それにレビューの数くらいだろう」「私はこのゲームに10年の歳月を費やしたんだ。だからゲームに満足していなくても5つ星評価をつけてくれたっていいじゃないか」といった心の叫びのようなセリフでプレイヤーの笑いを誘う。メタの笑いというのはセンスが問われるもので、やりすぎると寒くなる。本作の笑いを面白いと感じるかで評価は大きく変わってくるだろう。唯一確かなのは、ゲーム開発の嘆きやスタッフ目線の愚痴のほか、「君はアクションゲームが苦手なようだ」といってプレイヤーにほかのゲームをプレイさせたりと、ワンパターンな笑いにならないよう気を配っていることだろう。なおナレーターの声は中国語だが、字幕は英語・中国語両方に対応している。
スタイリッシュな2Dアクションと思わせておいて、その裏に痛烈なメタゲームが潜んでいる『ICEY』。だが実のところ本作にはもう一階層だけ別の物語が用意されている。シークレットルームでの独白が終わるとテキストメッセージが流れるのだが、それこそが「ICEY」および敵対するサイボーグたちの真実を語る物語となっているのだ。シークレットの先に別のシークレットが潜んでいることになる。テキストの中では「1984」やラヴクラフトの作品に出てくる「黄衣の王」を参照したエピソードが用意されており、本作にはそうした断片的な情報を繋ぎ合わせていく楽しみがある。悪の組織に立ち向かう単純明快な2Dアクション、ナレーターとプレイヤーのメタな関係、そしてそのさらに奥にあるキャラクターたちのバックストーリー。『ICEY』は一度に二度ならず三度おいしい体験を届けてくれるだろう。