過労自殺の問題点とは?事前に予防する方法と損害賠償請求について
2016/11/21
最近、過労死や過労自殺という言葉を耳にする機会が増えています。
先日、若い電通社員が過労自殺してしまったという痛ましいニュースも報道されたこともありました。
過労死や過労自殺を防止するためには、どのような対処をすることができるのでしょうか?
また、過労死や過労自殺が起こってしまった場合の損害賠償請求方法も知っておきたいところです。
そこで今回は、過労死や過労自殺の意味と予防方法、起こってしまった場合の損害賠償請求方法を解説します。
目次
1.電通社員の過労自殺事件について
過労死・過労自殺と言えば、どのようなケースを思い浮かべるでしょうか?
広告大手の電通の新入社員の痛ましい過労自殺の事案を思い出す方も多いかも知れません。
この事件は、当時24歳だった電通の女性新入社員が過労を原因として自殺してしまったというものです。
自殺した女性は、過剰な業務をこなす中、時間外労働が月100時間を超えることもあって、うつ状態になり、ついには女子寮で自殺をしてしまったのです。
この事件では、女性は労災認定を受けており、会社から女性側に対して1億円を超える損害賠償金の支払いも認められています。
2.過労死、過労自殺とは
それでは次に、過労死や過労自殺とは具体的にどのようなことなのか、その両者に違いがあるのかについて見てみましょう。
過労死や過労自殺については、過労死等防止対策推進法(過労死防止法)という法律に定義があります。
過労死とは、
「業務における過剰な負荷による脳血管疾患もしくは心臓疾患を原因とする死亡」
「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」
のことです。
前者のように身体に負担がかかって死亡することを過労死、後者のように過労によって精神疾患を患い、自殺することを過労自殺と言うこともあります。
過労自殺は広い意味での過労死の1種ですが、過労死も過労自殺も、ともに働き過ぎによって労働者が死亡してしまうことです。
3.過労死を防止するための国の施策
近年、過労による労災の申請が増えたことや過労死の事案が目につくようになったことから、国も過労死の予防に真剣に取り組むようになっています。
その1つのあらわれが、過労死等防止対策推進法(過労死防止法)の制定です。
過労死防止法は、行政や事業主、国民に過労死を防止するための努力義務を課しています。
具体的には
- 国や地方公共団体に対しては、過労死等を防止するための対策を推進すること
- 事業主には、行政の過労死防止の活動に協力するよう努めること
- 国民には、過労死の防止との重要性を自覚して、関心と理解を深めるよう努めること
を要請しています。
さらに、毎年11月に過労死等防止啓発月間を実施することも定められています。
また、労働安全衛生法も過労死の防止措置をはかっています。
具体的には、まず残業時間が100時間を超える労働者に対しては、医師の面接指導を要するとされており、企業は、面談指導の結果としての労働者の健康を守るための方法について、医師の意見を聞く義務もあります。
そして、必要に応じて、労働者の実情を考慮しながら、就業場所や作業の変更、労働時間の短縮や深夜労働の減少等の措置をとります。
また、同じく労働安全衛生法により、会社は労働者に対して定期的にストレスチェックを行うことも義務づけられています。
過剰労働によって労働者の心身に負担がかかったら、頭痛や腰痛、腹痛、睡眠障害などが起こったり、不安感や緊張感、抑うつ状態などが起こったりすることがあります。
遅刻や欠勤、早退が増えるなど行動の変化が起こるケースもあります。
ストレスチェックにより、このような変化を早期に発見することによって、過労死や過労自殺の予防をはかることができます。
4.過労死や過労自殺を事前に防ぐ方法
次に、過労死や過労自殺を事前に防ぐ方法について考えてみましょう。
労働者の周囲の人が注意をすることにより、痛ましい過労死や過労自殺をある程度防ぐことができます。
(1)時間外労働時間を制限する
過労死や過労自殺を防ぐために重要なことは、まずは労働者の時間外労働時間をチェックして過剰な労働をさせないことです。
一般的に1日4時間以上、1ヶ月80時間を超える時間外労働をすると、過労死のリスクが高まるとされています。
目安の数字ではありますが、これに近い量の残業をしている場合には注意すべきです。
過剰労働になっている場合、なるべく時間外労働を減らすべきですし、本人が自分から残業を減らさない場合には、周囲が注意して残業を減らさせるべきです。
(2)身体が出すSOSサインに気をつける
労働が過剰になって身体が限界を超えると、身体に変調が起こってSOSサインが出るものです。
たとえば、急に胸や心臓の部分に締め付けられるような痛みを感じたり、手足のしびれや冷や汗、ものをつかむことが難しくなってすぐに落としてしまうようになったりしたら、注意が必要です。
また、後頭部に頭痛を感じるときも、身体が悲鳴を上げているサインである可能性があります。
また、寝ているはずなのに疲れが取れない場合や全身に激しい倦怠感が続く場合も、それが過労死の予兆である可能性があります。
このような場合、時間外労働を減らして身体を休ませるなどの対応が必要です。
ただ、仕事が忙しすぎると感覚が麻痺してしまい、身体がSOSのサインを出していても本人は気づかないことが多くなります。
労働者自身に自覚がない場合でも、家族や周囲の人が気づくことができるサインがありますので、本人が残業で忙しくしている場合、様子がおかしいと感じたり調子が悪そうだと感じたりしたら、すぐに病院につれていって精密検査を受けさせましょう。
(3)家族が過労による自殺を防ぐ方法
次に、過労自殺の予防方法を考えてみましょう。
身体の病気の場合と同様、やはり残業が増えすぎると人間の精神は追い詰められます。
そこで、本人の労働時間が増えて精神的に参っている様子があれば、家族などの周囲の人がそれに気づいて対処をしてあげることが大切です。
人間は、心に変調を来した場合、食欲や元気、覇気がなくなったり、口数が減ったり趣味に関心がなくなったり、ため息が増えたり眠れなくなることなどが多くあります。
このように、本人の精神に変調を来している様子があれば、まずは
「安心させて休息をとらせる」
ことが大切です。
言葉をかけることも大切ですが、本人があまり自発的に話をしない場合には、無理に話させることはせずに
「話したくなったらいつでも話をして」
という姿勢を見せて、耳を傾ける態度を示します。
無理矢理対策をとるという態度より、周囲からそっと見守っているくらいが本人にとって居心地が良く、ちょうどいいこともあります。
このように周囲が本人の様子を見守っていても、いよいよ本人の状態が変わらず調子が悪そうな場合には、一度精神科や診療内科への通院を勧めてみましょう。
(4)上司や同僚が過労自殺を防ぐ方法
会社の上司としても過労自殺を防ぐ手助けをできることがあります。
まず、部下のこなしている業務量と内容が本人の能力を超えていないかを日頃から注意して見ておくべきですし、定期的や不定期的に部下と面談をして、調子が悪そうな点がないかチェックしましょう。
部下が過剰な量の仕事を1人で抱え込んでいないかや、業務の進め方に問題がないかなどを聞き取って判断しましょう。
問題があると考えられる場合には、本人が問題に気づいているかどうかも確認したうえで、本人と一緒に解決策を考えていく必要があります。
5.過労死、過労自殺が起こったら、労災認定を受けられる
周囲がどんなに過労死や過労自殺を防ごうと努力しても、過労死や過労自殺が起こってしまうことがありますが、この場合にも、労災認定を受けることができます。
労災認定を受けるためには、以下のような要件を満たす必要があります。
- 発症直前に異常な出来事に遭遇した
- 発症前1週間に特に過重な業務が課されていた
- 発症前6ヶ月程度の期間において、1か月平均で概ね80時間を超える時間外労働があった
労働者が忙しく働いていたと思っていたら、その矢先にいきなり心疾患や脳疾患で死亡したり自殺してしまったりした場合には、過労死を疑ってみることも忘れないようにしましょう。
6.過労死、過労自殺のケースで損害賠償請求ができる
(1)過労死、過労自殺での損害賠償請求とは
過労死や過労自殺が起こった場合、会社に対して損害賠償請求ができる場合があります。
会社と労働者は雇用契約を締結しており、会社が労働者の労働環境を支配するという密接な関係があるので、会社は労働者に対して安全な労働環境を確保すべき安全配慮義務を負います。
たとえば、会社が労働者に過剰な労働を課したり、労働者の健康への配慮を怠ったりした場合には、安全配慮義務違反となって、損害賠償が必要になります。
この場合、過労死した人自身は賠償請求ができないので、遺族が会社に対して損害賠償請求をします。
損害賠償請求は、労災とは全く性質を異にするものなので、労災とは別に請求することができます。
会社に対して損害賠償請求をする場合、その内容としては、慰謝料と逸失利益、葬儀費用が主となります。
慰謝料は労働者が死亡したことによる精神的損害であり、逸失利益とは労働者が死亡したことにより、得られなくなってしまった将来の収入のことです。
若い人や収入が多い人の方が将来得られる収入が高くなるので、逸失利益は大きくなります。
(2)損害賠償請求をする場合の注意点
会社に対して損害賠償請求をする場合、過労死や過労自殺と会社の安全配慮義務違反行為との間に因果関係があることが必要です。
心疾患や自殺があった場合、それらの結果と過剰労働に因果関係があることを示さないといけないことが、1つのハードルになることもあります。
また、損害賠償請求権には時効があることにも注意が必要です。
具体的には、不法行為を原因とする場合、過労死があった後3年で損害賠償請求権が時効になりますし、契約関係から発生する安全配慮義務を原因として損害賠償請求をする場合でも死亡後10年で時効にかかるので、損害賠償請求の手続きをするなら早めにした方が良いでしょう。
7.損害賠償請求の方法
次に、損害賠償請求をすすめるための具体的な方法をご説明します。
(1)まずは任意交渉を進める
会社に対して損害賠償請求をする場合、まずは会社と任意交渉を進めることが多いです。
この場合、まずは会社に対して内容証明郵便によって請求書を送ります。
内容証明郵便とは、郵便局と差出人の手元に、相手に送付した物と同じ内容の控えが残るタイプの郵便です。
このとき、死亡慰謝料と逸失利益、葬儀費用などの損害賠償金を計算し、その明細を示して合計金額を記載して請求する必要があります。
すると、会社から返答があるので、その返答内容に応じて話し合いをすすめていきます。
会社が話し合いに応じるのであれば、交渉をすすめて合意をして、示談書(合意書)を作成しましょう。
すると、会社から合意内容に従って支払いを受けることができます。
(2)損害賠償請求訴訟を起こす
会社が賠償金支払いの話し合いに応じなかったり、賠償金の支払い自体はすると言っても金額について折り合いがつかなかったりする場合には、訴訟を利用して損害賠償請求をする必要があります。
訴訟を利用する場合、自分の住所地か相手の住所地を管轄する地方裁判所において損害賠償請求訴訟を起こします。
損害賠償請求訴訟は裁判なので、支払いが認められるためには勝訴する必要があります。
そのためには、過労死や過労自殺の事実と会社の安全配慮義務違反の行為、死亡との因果関係や損害額などを主張立証する必要があります。
これらの主張と立証を適切に行うことができれば、裁判所が会社に対して支払い命令の判決を出してくれるので、その内容に従って会社から支払いを受けることができます。
訴訟の途中で会社と和解をすることもでき、その場合には和解内容に従って会社から損害賠償金の支払いを受けることができます。
8.過労死の損害賠償金額はどのくらい?
過労死や過労自殺の場合の損害賠償金の金額がどのくらいになるのか、見ておきましょう。
(1)JR.西日本社員のケース
まずは、平成27年のJR西日本社員のケースがあります。
この事案では、長時間労働が原因でうつ病になり、自殺してしまったJR西日本社員の男性の遺族が、会社に対して約1億9千万円の損害賠償請求をしました。
自殺した男性は、朝9時から休憩はあったものの翌朝まで働いたり、休日出勤が常態化していたりして長時間労働を強いられていました。
時間外労働時間が、毎月30~40時間程度になっており、亡くなる前月は162時間16分にも及んでいたとされています。
この事件で裁判所は、JR西日本に対して約1億円の賠償金の支払いを認める判決を下しました。
参考:JR西に1億円賠償命令 社員自殺で大阪地裁:日本経済新聞
(2)ワタミの社員のケース
次に、2008年、ワタミグループの従業員(当時26歳)が入社わずか2ヶ月で過労自殺してしまった事案で、遺族がワタミと当時の代表取締役を提訴した損害賠償請求事件があります。
この事件では、もともと遺族は会社と代表取締役に対して合計1億5千万円程度の損害賠償請求をしていましたが、最終的には和解によって解決しました。
具体的には、ワタミ側は遺族に対して損害賠償金として1億3365万円を支払い、過重労働再発防止策をとることも約束しました。
参考:ワタミ過労自殺:遺族と1億3365万円で和解 – 毎日新聞
(3)電通の社員のケース
1991年、電通において、長時間にわたる残業を恒常的に行っていた社員(当時24歳)がうつ病になって自殺してしまった事案があります。
これは、冒頭でご紹介した電通の新入社員の事案とはまた別の事件であり、ラジオ関係部署に配属された男性社員が恒常的に長時間労働を繰り返して、睡眠不足などもたたってうつ病になり、自殺したというものです。
遺族は電通に対して損害賠償請求訴訟を起こしましたが、最終的には、電通が自殺した従業員の遺族に対して1億6800万円の和解金を支払う内容で、和解が成立しています。
冒頭の電通の女性社員の過労自殺の事例でも、1億円を超える金額の損害賠償金が認められています。
以上のように、過労死や過労自殺が起こった場合、慰謝料や逸失利益を合わせると1億円を超える損害賠償金額になることも珍しくありません。
被害者の無念を晴らすためにも、過労死や過労自殺が起こった場合には、泣き寝入りすることなく会社に対して損害賠償請求を行い、正当な賠償金の支払いを受けることも大切です。
参考:[事例1-1] 長時間労働の結果うつ病にかかり自殺したケースの裁判事例(電通事件):事例紹介|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(うつ病・自殺対策を含む)|厚生労働省
まとめ
今回は、過労死や過労自殺が起こった場合の問題点や過労死の防止方法、過労死が起こってしまった場合の損害賠償請求の可否や方法などについて解説しました。
過労死を防止するためには、周囲が本人の様子に注意をして、変調があったらよく話を聞いたり病院に連れて行ったりしましょう。
会社の上司なら、定期的や不定期的に面談を行って部下の様子を把握しておくようにする必要があります。
過労死や過労自殺が起こってしまったら、労災認定を受けられますし、損害賠償請求もでき、賠償金額は1億円を超えることも多いです。
損害賠償請求をする場合、まずは任意で交渉を行い、それがダメなら損害賠償請求訴訟を起こす必要があります。
今回の記事を参考にして、痛ましい過労死や過労自殺が起こらないように皆が気をつけて労働環境を改善していきましょう。