歳を重ねれば、死ぬこと自体は受け容れざるをえない。だが、苦痛を伴う死に方は勘弁してほしいと思うのが人情だ。「痛い死に方」と「理想の逝き方」を研究する。
「当時71歳だった父の膵臓がんが発見されたときは、すでにステージⅣで、医者から余命半年と言われました。このステージでの5年生存率は10%以下だとわかっていたので、それなりに腹は決めていた。
ですが、その後の苦しみは想像を絶するものでした。背中や腰の痛みがだんだん激しくなり、本人は息をするのもつらいと言っていました。
体重はすっかり落ちて痩せこけ、身体や眼の白目の部分が黄色くなる黄疸が出た。また、父は糖尿病を患っていたのですが、インスリンを出す膵臓をやられたことで、血糖値のコントロールができなくなり、病状は悪化していきました。
結局は、生きる気力も奪われて4ヵ月ほどで亡くなりました。俗に『がんの王様』と呼ばれる膵臓がんとの闘いは、こんなにむごいものかと思い知りました」
こう語るのは、山下雅史さん(仮名、57歳)。膵臓は体の奥のほうに位置し、周囲を胃や十二指腸、大腸、肝臓といった多くの臓器に囲まれているため、がんの発見が難しい。発見時の8割近くが手術不能の進行がんだというデータもある。しかも、強い痛みを伴うがんの典型例だ。
戦後、日本人の寿命が延びるに従い、どのような病気によって終末期を迎えるかは大きく変化してきた。最終ページの表にあるように、現在では、約3割の人が、がんで亡くなっている。
最近では早期発見すれば手術で完治するがんも多いし、緩和ケアも広がってきているので、昔ほど痛くてつらい病気ではなくなったがんもあるが、部位によってはやはり「いっそ殺してほしい」と思うほどの痛みを伴うこともある。
日の出ヶ丘病院のホスピス相談医、小野寺時夫氏が語る。
「がんになったすべての人が痛みを感じるわけではないですが、およそ7割の患者には身体的苦痛があります。命に関わる病で最も苦痛が大きいのが、がんという病気なのです。とりわけ膵臓の後ろ側には腹腔神経叢があり、がんがここを圧迫すると激痛があります。さらに肝転移を伴うと強い吐き気が出てくる」
このような苦しみが絶え間なく、朝から晩まで、しかも数ヵ月以上にわたって続くのだ。
今回、本誌は30名を超える現役医師たちに、「痛くてつらい病気」についてアンケート調査を行ったが、半数を超える医師から、膵臓がんの名が挙がった。
山王メディカルセンターの鈴木裕也氏が語る。
「がんの骨転移に伴う痛みはどれも強いですが、とりわけ膵臓尾部に発生した膵臓がんは、腰椎周辺の太い神経に影響しやすく、激しい腰痛に悩まされることもあります。
肉体的な痛みを取り除くにはモルヒネの使用がありますが、モルヒネを使ってもその量や状況判断の誤りで、痛みが緩和されないこともあります。その原因の一つに、日本人の医者はモルヒネの使い方が下手だということがあります。技術を持つ医者が少ないのです」
NTT東日本関東病院緩和ケア科部長の鈴木正寛氏が、がんが引き起こす痛みについて解説する。
「腫瘍の痛みは、骨や筋肉、靭帯の痛みである『体性痛』、内臓の痛みである『内臓痛』、神経の痛みである『神経障害性疼痛』に分類できます。それとは別に、手術や抗がん剤、放射線治療によって出る痛みやしびれもある。
確かに膵臓がんは比較的強い痛みが出やすく、薬の効きも悪い場合もあります。緩和ケアでは、そういう痛みには鎮痛剤だけではなく神経ブロック(一種の局所麻酔)を使って対応します」
次から次へと襲いかかる痛みと、病を治療するために生まれる新しい痛み——その両方と向かい合いながら命を永らえようとするのが、がんの闘病生活なのだ。