あるリフレ派によるアベノミクスの評価:金融緩和と増税の効果が拮抗

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消費再増税決定前と変わらない経済状況

消費税率10%への引き上げを2019年10月に二年半、再延期する法案が先週18日の参院本会議で可決、成立しました。

私が当時与党だった2012年から民主党党内であるいは党を代表した参議院本会議での代表質問など国会での議論で大声で訴えていたことは、「消費税再引き上げ、つまり財政引き締めは日本経済の息の根を止めてしまう」ということでした。今年1月には、私が公然と消費税再増税に反対していることを聞きつけた与党議員がわが党国対筋に「けしからん!」と怒鳴り込んできたそうです。選挙でも、このことに関係してずいぶんと私にとって不利な動きがあったことは事実ですが、また時期がくれば語ることもできるでしょう。結果的に、私は今年の夏の参議院議員選挙で落選してしまい、今回の議論には加われませんでした。残念でなりません。

安倍総理による今年6月に行われた消費増税再延期の判断はそれ自体は正しいものでした。そもそも消費税を引き上げる目的は、霞が関が国民に信じ込ませようとしている「社会保障を充実強化する」ことではありません。むしろ社会保障を犠牲にしてでも「国の借金を返す」ことが目的です。今、消費税率が8%になって年間約8兆円の税収が増えましたが、消費増税の増収分の4/5、つまり6兆円以上が国の借金の返済、つまり過去に発行された国債の償還に回ってしまいます。借金の返済ならいいとお考えでしょうか。しかし、今のような経済状況で消費税中心に財政再建を行えば、われわれの暮らしにばかり重みがかかってしまう。これは避けなければなりません。残念ですがこのことを理解した上での政策を訴える声は与野党を問わず大きくありません。

前回2014年4月1日、8%への消費増税が行われた日にはこのような発言をしました。

また、産経新聞の依頼に応じて3月に消費再増税に反対するエッセイを書き、掲載していただきました。私の意見は以前から変わりません。

私は、政治の世界に入る前は、経済企画庁やOECDなどで景気動向指数作成や、経済対策の取りまとめなどの仕事をしていた霞が関の役人でした。参議院議員に当選し、政権交代直後の2010年3月に、旧・民主党内で「デフレ脱却議員連盟」を結成し、事務局長になりました。そこで「日銀による国債購入によって金融緩和を行い、年率2~3%程度のインフレ目標を実現して景気回復とデフレからの脱却の実現」を提唱しました。同時に、党内の消費税論議では「消費増税を慎重に考える会」の事務局長として、仲間の議員とともに、景気が悪くなると予想されるときには消費増税を延期できるという「景気条項」を増税法案の中に入れることになんとか成功しました。

経済企画庁(現・内閣府)、OECDパリ本部などで官庁エコノミストとして勤務した経験から考えても、まだまだ経済が本調子ではないのに、消費税を引き上げて無理やり国の借金を返そうとすることは将来のわが国経済の成長を損なってしまう。つまり早すぎる財政再建は日本経済を破壊してしまう。そのことにはまったく疑いはありません。

繰り返しますが、私は、わが国経済の将来を考えればデフレから脱却しない間に増税を強行すればわが国経済は、生活者の消費という最大の基盤から崩れ落ちるだろう、だからこそ2014年の消費税増税は完全に誤った政策だったと考えています。

アベノミクス第一の矢、「大胆な金融政策」は成功

私は前職の国会議員として野党に所属していました。となれば「アベノミクスは終わった!」と例に漏れず金切り声をあげて批判するのではないかと思っておられるかもしれません。世の中に政府の経済政策、アベノミクスを批判する野党系の人々は多いのですが、ありがちな『アベノミクス崩壊論』は、最近の個人消費が大幅に悪化したことが、2014年の消費増税が原因であることについては知ってか知らずか目をつむり、原因を日銀による「異次元の金融緩和」の副作用に押しつけるものです。まったく賛成できません。

意味のない批判の例を挙げれば、金融緩和をしても、日本経済の「経済の実力」というべき潜在成長率が上がらないからダメなのだという「量的緩和は偽薬のようなものだ」とするものがその一例です。これは財政を切り詰めることしか考えていない霞が関官僚やそのレクチャーを受けた政治家や評論家が異口同音にする批判です。私は後にも書きますが、失礼を省みずに申し上げますと黒田日銀総裁ご自身に対しては就任当時からさほど高い評価をしていません。しかし彼を含む日銀の政策担当者は、だれも金融緩和で「成長率の天井」つまり「経済の実力」を上げることができるとは考えてはいません。だから、実はこの議論はまったく当たらないものであり、それゆえ政府日銀にとってもまったく痛くもかゆくもない批判です。

経済指標を見れば実態はこうしたありがちな批判とは逆です。一言で言えば金融緩和は2013年春以来機能しているのですが、2014年4月からの消費増税が原因となって国内で深刻な消費不況が起きてしまったというのが実態です。

そこで、この間の経済の動きをみてみましょう。まずわが国の景気は、金融緩和の副次的作用である円安ドル高がまず輸出産業にもたらした「円安メリット」で回復しました。政府が景気動向指数に基づいて定めた「景気の谷」(最悪期)は2012年11月。これは野田内閣が解散を決め、それと同時に市場が反応して一気に為替レートが円安方向に向かった月でした。そこを境に企業の業績によって代表される景気指標が回復しはじめました。有効求人倍率、失業率などの雇用状況も大幅に改善しました。株価も、日経平均はいまでこそ世界経済の混乱を反映して1万7千円前後ですが、昨年夏には15年ぶり2万円に乗せました。株式が上がるだけでは庶民には関係ないと嘯く人も多いですが、公的年金の積立金の一部約140兆円を運用する基金であるGPIFにも上限25%という大量の国内株式が組み込まれています。だれが考えても、わが国経済のために喜ばしいことだとしかいえません。

やはり国債など債券を主に買い入れ、株式を含む実物資産に民間資金をシフトさせる日銀による金融緩和の力は、少なくとも企業活動には大きな効果があったというのがすなおな評価です。少し以前の話ですが、国内大手主要122社に対して行われたアンケートでは、安倍政権に対する政策評価の中で最高評価を受けた項目は「金融緩和」でした。正当な評価だと感じます。

金融緩和については、われわれが民主党デフレ脱却議連としてまったく同様の政策を打ち出していました。具体的には2010年7月から「デフレ脱却プログラム」の中で提言したとおり、民主党政権でこの政策を実現していれば、わが国経済の回復はより早かったでしょうし、政権を失うこともあるいはなかったかもしれません。仮に民主党政権が現実よりも2年以上早い2010年の時点で金融緩和に踏み切っていれば、あの異常な$1=¥80という異常な円高ドル安はおきなかったでしょう。2年間実質経済成長率が仮に1%でも高くなれば、日本のGDPが500兆円ありますから、年間5兆円、二年間で合計10兆円以上の国富が失われずにすんだことでしょう。当時の政権与党の一員としてまさに慚愧に堪えません。

景気がいいというのは半分本当で半分ウソ

では、国会で今の野党が政府に対して行っている批判は、全部まとはずれなのでしょうか。実はそうとはとてもいえません。今、景気がいいというのは半分本当で半分ウソなのです。企業の収益はよいのですが、その企業で働くわれわれサラリーマン・消費者の景気が悪いのです

確かに従来からの景気動向指数で測れば明らかに景気はよい。雇用指標も好調です。しかしこれは主に製造業中心に生産する側である企業の好不況をとらえた指標にすぎません。サービス業の動きはこうした指標ではとらえきれませんし、また製造業は、のちほど述べますが国内で空前の「消費不況」がおきていても、輸出によって大幅な利益を生むことができます。だから企業の生産が順調であることだけ見て、「日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は良好」などと政府や日銀の幹部がうそぶいている余裕はまったくありません。

ここで、サラリーマン、消費者の側のようす、つまり個人消費を見ましょう。実は2014年4月から厳しい「消費不況」が続いています。もちろんその原因は、その月から行われた消費税の5%から8%への引き上げだということはいうまでもありません。

消費税は、われわれがものを買うこと、お金を使うことに対するペナルティとなります。そして最終的に消費者が負担するものである以上、そのしわよせは消費者がこうむることになります。だからこれからの政府経済対策ではサラリーマン、消費者の消費へのてこ入れが絶対に必要となるというのが結論です。

空前の「消費不況」の実態

私が、消費税再増税を批判する第一の理由は、2年前の消費増税がすでにサラリーマン・消費者のふところを直撃し、賃金が目減りしてしまったことです。

今、日本を覆っている「消費不況」はどのようなものでしょうか。今、特に自動車、住宅、家電などの耐久消費財が国内で売れなくなりました。

105円出して買えていたものが増税で108円出さなければならなくなりました。その一方で、われわれの給料はどうなったのでしょうか。例をあげれば、昨年2015年の春闘で、日産自動車は大手製造業最高の賃上げを記録しました。そのベースアップ(基本給の賃上げ分)を含む1人当たり平均賃金改定額は1万1千円、年収増加率は3・6%。しかしベースアップ分だけなら、月5千円で、2%を切ります。他にも物価上昇が起きている中で、これでは消費増税分すらまかなえません。日産という自動車大手最高の賃上げでもこういう状況でした。日本中のサラリーマンの給料が実質的に目減りをしてしまったわけです。これが2014年4月から続く「消費不況」の大きな原因です。

これに加えて、政府や日銀の発言はサラリーマンの懐具合など見て見ぬふり。これでは生活者の心は不安でいっぱいになり、将来への予想を厳しくし財布の紐を固く締める一方になります。

日本全体の経済活動を示す国内総生産(GDP)はどうだったでしょうか。今年6月の消費再増税延期前のデータで見れば、増税から一年半以上たった昨年10~12月期の実質GDPは前期比0.4%減。個人消費が同0.8%減で年額換算額304兆円。これは消費税引き上げ直後の14年4~6月期の305兆円をも下回ってしまったことになります。

もっと細かく「消費者が使うお金(個人消費支出)」を総務省「家計調査」で見てみましょう。この統計は、全国約9000世帯を対象に、家計簿と同じように購入した品目、値段を詳細に記入させ、毎月集めて集計したものです。

個人消費は消費増税以降構造変化を起こした

個人消費は消費増税以降構造変化を起こした

増税から一年半以上たっても消費税引き上げ直後の“反動減”の時期に当たる4月95.5、5月92.5とほとんど変わらない数字です。特に2015年11月は91.8と増税後最悪を更新しました。グラフを見ていただければ、L字型となっていて、数値が底ばい状態であることが判ります。これは反動減などではなく、構造的な減少だとしか考えられません。現時点でも、2015年の平均を100とした指数で90台の後半をさまよい続けています。データでみれば一向に個人の消費が上向く兆しはありません

では、霞が関官僚はこうした個人消費の指標の悪さをどう言いつくろっているのでしょうか。彼らの最近の言い回しは「消費増税からもうすでに二年たっているので、反動減の影響は終わった」とするものです。もう少し説得力のある言い回しを考えればいいと感じるのは私だけでしょうか。経済財政担当相によれば、今年はじめの個人の消費の弱さは、「記録的な暖冬が原因で、景気の先行きは緩やかに回復する。」などとしています。暖冬だから冬物衣料などの季節商品が売れなかったというのです。その後の今まで続く消費不振に対して特に説明はありません。彼らは個人の消費に大きな変化が起きてしまったことを覆い隠そうとしているのです。

旧・経済企画庁では、私は景気動向指数を作成するなどの経験をさせてもらいました。ちょうど今、月例経済報告などで理由付けをしている側の仕事をしていたわけですが、そのときの記憶では、昔から天候不順を景気が悪い理由にするときはほとんどがこじつけでした。それとも政府は消費税増税後二年半もずっと気候不順だったとでもいうのでしょうか。これが経済の客観的状況です。

ここまで見てきたとおり、金融緩和は効果を発揮しています。だから企業の収益は黒字です。しかし、財政政策のひとつである消費増税がわれわれサラリーマン、消費者の懐を直撃してしまいました。だから個人消費は冷え込んだままです。これはアベノミクス3本の矢と表現される第一の矢、金融政策と第二の矢、財政政策の間に矛盾があるということを意味しています。上手なコーディネーションが必要なのです。

黒田日銀総裁の利益相反

確かに、2%のインフレ目標は未だに達成されていません。黒田日銀総裁が就任したときには「消費者物価を年間2%引き上げるという物価目標は2年で達成する」としていました。約3年半以上経ついまもなお達成されていないことは事実です。しかしその理由は、もはや明白です。8%への消費増税があったからです。

物価は需要が供給を上回ることで上がります。だからこそ物価上昇率がプラスになることが好景気のめやすになるのです。消費増税という誤った政策が、需要を減らしてしまい、徐々に回復しつつあったわが国の景気の腰を折ってしまったのです。それが低い物価上昇率に表れています。

では、金融政策の当事者である黒田日銀総裁はなぜ「2%の物価目標が達成できないのは消費増税のせいです。金融政策だけに負担をかけないでどうか財政も出してください。」と発言しないのでしょうか。欧米の中央銀行総裁なら当然そう発言するところです。ここが問題です。黒田総裁は出身官庁である財務省の意向を無視できないのです。

私は黒田さんが日銀総裁に指名されたときに次のように発言しました。

まさに当時、危惧していたことがあたってしまいました。

黒田総裁は、財務省が推進している政策である消費増税には賛成しています

黒田総裁は記者会見で、予定通りに来春から2段階で増税しても、14年度、15年度ともに1%台の実質経済成長率を保てるとの見方を披露。「脱デフレと消費増税は両立する」と語った。

黒田総裁は日銀が「2年で2%」の物価上昇率目標の達成に向けて進める巨額の長期国債の買い入れは「政府の財政再建と関連している」とも指摘した。消費税率上げを巡る論議が混迷するなどして、「財政規律の緩みや財政ファイナンス(穴埋め)などが懸念されると、長期金利にはね返り、せっかくの金融緩和の効果が減殺される」との懸念を表明。政府が予定通りに消費税率を上げることへの期待をにじませた。

引用:日銀総裁「消費増税でも成長」 先送り、緩和効果そぐ  :日本経済新聞

とまで発言しています。こうした意見にはまったく賛成できません。まさしく財務省による誤ったロジックです。こうした発言を行うということは、金融政策の当事者として景気を悪くする財政引き締めに本来なら猛反対しなければならないのに唯々諾々と受け入れてしまうという一種の「利益相反」が生じてしまっているということを意味します。金融政策の当事者が、財政政策を司る省庁の出身者であることは国益を損ねるものだと考えます。

しかし、黒田総裁が特定の官庁の影響下にあることと、これまで日銀が採ってきた「異次元の金融緩和政策」の有効性は別の問題です。

「異次元の金融緩和」そのものは確かに有効でした。しかしまだわが国には景気回復、日本経済の再生のために解決しなければならない問題が山積みです。それは政府と日銀が協力しなければ解決できないものです。

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