トランプ氏の勝利にともなう混乱
米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利は多くの人々にとって大きな驚きであったが、その影響ははかりしれない。今や正当性を獲得したと考えるトランプ氏への投票者たちによって広がる人種差別的発言、一方で「トランプ氏は我々の大統領ではない」「人種差別と戦う」などといったプラカードを掲げた多くの人々の抗議行動。ひいてはカリフォルニア州のアメリカ合衆国からの独立を提案する「Calexit(カレグジット、カリフォルニア州の米国からの独立。実現すれば、世界で6位の経済圏が成立する)」の動き──。現在、同時多発で起こっている混乱がすべて収束する見通しはまだ立っていない。
このような激しい反応は決して驚きでもなんでもない。公の場で人種差別や女性蔑視の発言を連発するような人物である、ドナルド・トランプ氏が来年1月20日には世界一の大国の指導者になるからだ。
テクノロジー産業に敵対的なトランプ氏
米決済大手ペイパル共同創業者でシリコンバレーの投資家であるピーター・ティール氏(トランプ氏の政権移行チームに参加)を除けば、おおむねテクノロジー業界は一致してトランプ氏への反意を表明してきた。シリコンバレー企業のイノベーションのカギは移民による多様性にあり、移民規制策を実施されれば悪影響が出るという現実的な理由も背景にはある。
トランプ氏は大減税を実施して鉄鋼や自動車など製造業の拠点を米国に戻し、雇用を増やすと語ってきたように伝統的産業を持ち上げる。一方、「アップル製品は敵だ」などと、ITなどテクノロジー企業、シリコンバレーなどに対して、トランプ氏は冷淡で敵対的な発言をすることがあった。大統領選が終わりトランプ氏の勝利が決まった後、アップルCEOのティム・クック氏が社員たちに送ったレターのトーンは、シリコンバレーの重苦しい先行きを物語っている。
「iPhone」のボイコットを主張
トランプ氏は、アップル社がFBIの協力要請を拒否したために「iPhone」のボイコットを主張した。さらには、テクノロジー分野の外国人労働者へのビザ発給システムの差し止め、東南アジアからの輸入品への課税の引き上げ、インターネットの中立性への介入などを主張してきた。トランプ氏はテクノロジー分野の政策を明示していないこともあり、これまでのトランプ氏の言動から警戒を強めた米インターネット協会は、大統領選後の14日にトランプ氏に対して要望書を送っている。
トランプ氏は指導者にはふさわしくない差別的発言のほか、気候変動の問題も意に介さずに「パリ協定」(産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑えるなどといった内容)からの脱退を唱えている。次期米大統領は、震えるほどの不安を人々に与えている。トランプ氏が、テクノロジーカルチャーへの深い知識や洞察を持ち合わせていないことも最悪だ。
ともあれ、トランプ氏を非難するのはこれ位にしておこうか。テクノロジー業界も、ここで一定の内省が求められるべきだということを指摘しておく。テクノロジー産業の拡大、とりわけSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の浸透によって出現した社会の深い「分断」や「溝」がある。それが今回のトランプ氏勝利の要因の中でどれぐらいの比重を占めているのかについて、考えなければならない。