2016年9月10日、オランダのINGグループ傘下ING銀行がルーマニア・ブカレストに設置していたデータセンターで、極めてまれな障害が発生した。ガス消火設備の定期試験で発生したガス噴射音のため、サーバーとストレージに障害が発生。この結果、ルーマニア国内でのカード取引、ATM取引、インターネットバンキング、Webサイトなどが影響を受け、約10時間にわたって多くの取引が処理できなくなった。
今回の障害の原因と目されるのが、消火ガスの噴射で発生する「騒音」だ。ルーマニアのデータセンターに何が起きたのか。日本のデータセンターでも発生し得る事象なのか。専門家の解説を基に読み解く。
飛行機のエンジン並の大音量
ING銀行のブカレストのデータセンターは9月10日午後1時(現地時間)、データセンター内の火災発生に備え、ガス消火設備の定期試験を実施した。ガス消火設備とは、化学反応を起こしにくい不活性ガスをフロア内に充満させ、燃焼反応を抑制して消火する設備のことだ。
定期試験では実際にガス管が通気しているかを調べるため、ノズルから短い時間だけガスを噴射したと見られる。これがシステム障害の引き金となったようだ。
ING銀行は、ガス噴射が障害につながった理由の詳細を明らかにしていない。米技術系ニュースサイトのMotherboardが報じたING銀行関係者の証言によれば、不活性ガスの噴射で130デシベルの音が発生し、数十台のHDDを破損させたという。130デシベルは飛行機のエンジン音を間近で聞いた場合の音に相当し、人間の聴覚に異常をきたすレベルである。
データセンターのガス消火設備は日欧で普及
ガス消火設備は、水や泡を使わず、不活性ガスをフロアに充満させることで燃焼反応を抑制し、火を消し止める設備である。精密機器は水や泡がかかると故障の原因になるため、1960年代から電話交換機が置かれた局舎や電算機室で使われ始めた。
当初は不活性ガスとして、二酸化炭素(CO2)が使われていた。二酸化炭素を大量に放出し、部屋中の酸素濃度を10%近くに半減させることで、燃焼反応を抑制し、火を消し止める。
ただ高濃度の二酸化炭素には人体への毒性があるため、1970年頃にはハロンガス(ハロン1301)に切り替わった。同ガスは燃焼反応を抑える触媒作用があり、少量でも消火できる。
ところが、ハロン1301はオゾン層破壊物質に指定され、1994年に生産が禁止された。1990年代後半以降は、不活性ガスに窒素ガス、あるいは窒素やアルゴンを主成分とする「イナージェンガス」が使われるようになり、今に至っている。ING銀行が使っていたのもこのタイプである。
窒素系ガスはハロン1301と比べて数倍の噴射量が必要となる。そのため短時間で大量に噴射しなければならず、その分ノズルから発生する音も大きくなった。
ちなみに、ガス消火設備が主に日本と欧州で普及した一方、米国では消防設備の規格の違いから、水あるいは霧を使った消火設備が今も主流である。ガス消火設備はようやく普及が始まった段階という。