そう考えると、突然の大失速にも説明がつく。
皆さんはトランプが批判の集中砲火を浴びたビデオについて、少し疑問に思われなかっただろうか。
確かに、下品極まりない内容だ。放送禁止用語の連発である。しかし、11年前の「ロッカールーム・トーク」が、これまで散々、暴言を吐いてきたトランプをここまで追い込むものだろうか。「輪姦は元気な証拠」、「女性は産む機械」等々、日本の政治家だって失言を繰り返してきたではないか。
このトランプのロッカールーム・トークに関する、ハーバードの男子学生たちの見解は興味深い。
トランプが移民を差別し、中国人を敵視しようと、コアなトランプ支持層(主に白人男性)にとって、それは「他者」に対する攻撃だ。どこかの知らない誰かが、トランプの餌食にされているくらいのことだった。
だが、今回は違った。
既婚女性を誘惑したことを、実名を出して告げ、その直後、ブロンドの美しい白人女性にエスコートされる。彼女の肩に手を置くトランプの締まりのない顔を見た時、彼らは一様に生々しさを覚えたらしい。
ギラギラとしたトランプの視線の先にいる白人女性が、自分の恋人や妹、妻や娘と重なった。その瞬間、トランプのむき出しの欲望が自分の愛する家族に向けられたような気持ちになった。彼らはそれに生理的嫌悪感を禁じ得なかったと言うのである。
トランプの「他者」に対する攻撃は、ポリティカル・コレクトネスに疲れ切った人々にとって、ある意味で爽快だったのかもしれない。しかし、「自分の守るべき家族」がトランプの欲望の射程に入っていると知ったとき、共和党のインテリ層の知的な思惑は、「気持ち悪っ……」という感情的な反発の前に、脆くも崩れ去ったのである。
トランプ現象の爆発的な広がりと、あからさまな失速はこう説明できる。
アメリカの行き過ぎたポリティカル・コレクトネスに反発したインテリ層は、自分たちが決して口にできない言葉を連発するトランプに喝采を送った。しかし、結局は、著しくポリティカル・コレクトネスに欠けるトランプの俗物性に耐えられなかった。
トランプを支持した、ハーバードのインテリ層の思惑は、彼らの人間としての感情に勝てなかったとも言える。
移民や女性への差別、格差問題に加え、インテリ層の抱える苦悩まで炙り出したトランプ旋風。
果たして、アメリカが抱える闇を余すところなく暴いたのだろうか。
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特別読物「民主党の牙城『ハーバード大学』にも吹き荒れた『隠れトランプ』旋風――山口真由(弁護士)」より
山口真由(やまぐち・まゆ)
1983年生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験と国家公務員1種に合格。首席卒業し、財務官僚を経て2015年夏からハーバード大学ロースクールに留学し、2016年8月に帰国。著書に『いいエリート、わるいエリート』など。
「週刊新潮」2016年11月10日神帰月増大号 掲載
新潮社
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