ワインと同様、アニメ映画にも「当たり年」があるようだ。ヒット作「君の名は。」に、聴覚障害者の世界を描いた「聲(こえ)の形」。これに今月公開された「この世界の片隅に」が加わった。上映館では満席や立ち見も多く、若者に交じり高齢の観客たちが涙を流している。
▼太平洋戦争末期の呉と広島が舞台。資料などから町並みを精緻に再現したという。淡い色づかいや、自然と生活のこまやかな描写、ほんわかした会話。だからこそ後半、そうした日常に割って入る暴力や悲劇が際立つ。戦争の悲惨は戦場だけではなく、普通の人から家族、友人、故郷、夢を奪っていく。そのことが伝わる。
▼エンドロールで出資した個人の名がしばし流れる。昨年春、ネットで資金を集めるクラウドファンディングで協力者を募り、原作漫画の読者などが応じた結果、8日間で目標の2000万円を達成した。制作費の一部をまかなっただけでなく潜在的なファンの多さがわかり、残りの資金を調達する呼び水にもなったそうだ。
▼戦争体験者が減り、勇ましいばかりの娯楽作で若い世代が戦争を理解する心配がある。日常という目線で戦争を描く作品の意味は大きい。派手な戦記物に比べ地味になりがちだが、ネットによる資金集めや口コミの広がりが応援団になる。映像文化の今後の道を示したという意味でも、当たり年にふさわしい1本となった。