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自己紹介
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「ほくほく(HOC2)」とは、平和、お好み焼き、カープなどひろしま大好き「広島応援くらぶ」の略です。
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作品
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こうさてん
もしかしたら広島は日本で一番『こうさてん』の多い街かもしれません。
と言っても人や車が交差する辻ではなくて、人と鳥や魚など動物たちが交差する場所。つまり、ここでの『こうさてん』は、橋です。
出勤途中、橋を渡ると頭上すれすれをサギがわき目も振らず通り過ぎます。
街灯の上では、いつものようにカモメが眠そうな顔で大きな口を開けています。
帰宅時には、ウの群れが琴柱を組んで帰路を急いでいます。
足下では、カモたちが川底を突きながらガーガ-とくだを巻いています。
春は出会いと別れの季節。
もうすぐ北へ引越しする鳥たちもいます。
もし『こうさてん』で彼らと出会ったら、たまに「おはよ!」と声をかけてみてはいかがでしょう。
もちろん、「忙しいんだよ!」と無視されるかもしれませんが…。
(ひろしまファンクラブ 平成18年4月20日号掲載)
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写真撮影
ひろしま市民パブリシスト
北野 正昭

写真撮影
ひろしま市民パブリシスト
神頭 正明

写真撮影
ひろしま市民パブリシスト
有田 武志
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きになるカニさん
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じっとりとした空気が肌にまとわりつく梅雨の雨上がり。
ちょっと気分を換えて、青葉茂る木々を眺めに行きましょう。
そこで目にするのは、鳥でもなく虫でもなく、もしかするとカニさんたちかも知れません。
木登りカニさん。
苔むした木肌をハサミで突いたり、ウロで休憩したり、中には、二匹手をつないで愛し合っているラブラブのカップルもいます。
こんなカニさんたちに出会えるのは、人里離れた山林や渓谷…ではありません。
広島の街の真ん中、ビルやマンションが建ち並ぶ川沿いの木々。
梅雨の一時期、普段水辺にいるカニさんたちがたくさん木になって(?)います。
もしかすると、これも「水の都」ならではの光景かも。
今回、カニさんたちが登っていたのは桜の木。残念ながら、柿の木ではありませんでした。
でも、こんなに木登りが上手なら、もう「猿蟹合戦」のようにいじめられることもないでしょう。
ただし、梅雨が明ける頃には、その場所を譲らなければいけません。
ミンミンと夏を謳う次のお客さんたちが、地中でずっとお待ちかねですので。。。
(ひろしまファンクラブ 平成18年7月20日号掲載)
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虹を見に行こう
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1「カープもサンフレも、なかなか波に乗れないですね。」
2「広島には、もうちょっと頑張ってもらいたいな。」
最近、県外の知人2人と話をする機会がありました。
2人の会話には、共通点と相違点があります。
相違点。
広島に居住経験があるかないか。それは「カープ、サンフレ」と「広島」という呼び方に表れます。県外の方の“広島度”を量る一つの楽しいものさしです。
共通点。
2人とも、広島のこととなると必ずカープやサンフレの話をします。
それはこの街を表現する大切な要素。他都市以上に大きなウエイトを占めているかもしれません。
終戦からたった4年後、この街で生を受けたカープ。
創立期は大変な資金難だったそうで、試合が途中で雨天中止になると、「本日の試合はごらんのとおり中止となりました。なお、本日の入場料はカープの強化費に当てさせてもらいます。」とアナウンス。
観客も、どうせ今日も勝てんかったんじゃろうから、負け試合と思って寄付くらいしちゃろう!と苦情もほとんどなかったそうです。
そんなカープやサンフレは、子どもからお年寄りまで多くの市民とずっと一緒にこの街で育ってきました。
最近はなかなか優勝争いができませんが、でも止まない雨はありません。いつか必ずまた美しい勝利の虹がかかるでしょう。
虹は、赤橙黄緑青藍紫の七色。カープ(赤)からサンフレ(紫)の色です。
時には、この街にかかるいろんな虹を見に出かけてはいかがでしょうか。
(ちなみに、虹は光が奏でる色彩のシンフォニーと呼ばれるそうです。三大プロのもう一つ、広響ももちろん虹の一員ですね。)
(ひろしまファンクラブ 平成18年9月21日号掲載)
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来訪者倍増へ ひろしま魅力探訪
(広報 ひろしま市民と市政 平成19年2月15日号掲載)
珈琲香る街
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「広島は珈琲の街」、知っていますか?
総務省が発表した平成15~17年平均の家計調査品目別データで、1世帯当たり年間の珈琲の購入数量が都道府県庁所在都市の中で第一位。購入量は2,891g、全国平均の約1.5倍です。
ちょっと意外な気がします。その理由は?
喫茶店の数が多いから、茶道を嗜む人が多いから・・・等々、多彩な意見があります。
そんなちょっとした謎を考えるのにぴったりの場所があります。
それは、「まちカフェ」
最近、広島市内のいろいろなところで、思いおもいに珈琲を楽しむ人たちが増えています。
平和大通り、基町ポップラ通り、二葉の里・・・。
手づくりのテーブルやイスで、持参のスイーツなどを摘みながら歓談。
通りがかりの人たちにも気軽に珈琲をふるまいます。
木々や川面を眺め、陽を浴び風に吹かれながら、出会いのひとときを楽しみます。
大手珈琲チェーンの店員さんが訪れ、「原点を思い出しました」と、珈琲豆をプレゼントされたことも。
珈琲を楽しむコツは、『おもてなしの心』だそうです。
もしかして、広島にはそんな珈琲を愛する人々やお店や家庭がいっぱいで、全国一になったのかもしれません。
まだ本当の理由はわかりませんが、いろんな謎があれば街は一層魅力的です。
みなさんも、珈琲の香りに包まれながら、ゆったりと謎解きを楽しんでみたらいかがでしょう。
ちょっと、もう一杯
広島にはもう一つ意外な全国一があります。それは、「茶わん・皿・鉢」。もしかして、珈琲カップ?
(ひろしまファンクラブ 平成19年2月1日号掲載)
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~広島と東京を結ぶ~ 広島の東・東京の西
第1回「ポプラの木のゆい」-夕凪の街 桜の国-
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【広島の東】
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「中太郎」
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東京都中野区に「平和の森公園」という公園があります。
もともと中野刑務所があった場所で、広大な敷地内には芝生広場や野球広場とともに、東京大空襲関連の平和資料展示室や、旧広島市役所庁舎の被爆敷石を使った平和のモニュメント、被爆アオギリ2世もあります。
そんな公園の片隅に、ひっそりとたたずむ一本のポプラの木。
まだ3mくらいの幼木ですが、「中太郎」という名前(中野区なので。。。)で、他の木々に囲まれながら元気に風と遊んでいます。
実はこの「中太郎」、2006年3月に広島市内のとある場所から広島市民の手で移植されたもので、当日は中野区役所主催で大々的な植樹式までやってもらいました。
では、その「中太郎」のふるさととは…。
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【東京の西】
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ポップラ通り(ポップラが倒れる前)
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2004年9月、猛烈な強風を伴う台風18号が広島市内を襲い、平和公園の被爆アオギリや平和大通りの木々が倒れました。
その中に、中央公園西側の基町環境護岸(愛称「ポップラ通り」)にそびえ立つ一本のポプラの木があります。
これが「中太郎」のお父さん(愛称「ポップラ」)で、「中太郎」はそのベビーに当たるヒコバエ(根元から出た芽)です。
倒れたお父さん「ポップラ」を市民と行政の協力で立て直す時、伐採されそうになったベビーたちは市民グループの手で希望者へ配付され、現在広島県内を中心に各地で里子として育っています。
そんなベビーの一人「中太郎」が東京へ行くことになったきっかけが、『夕凪の街 桜の国』という作品です。
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【ゆい(広島∞東京)】
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「夕凪の街 桜の国」
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こうの史代さんの原爆をテーマにした漫画『夕凪の街 桜の国』(双葉社刊:文化庁メディア芸術大賞等受賞)は、広島のポップラ通りと東京の中野区を舞台とした作品です。
作品中にポップラを描いたこうのさんの橋渡しにより、ベビー「中太郎」の上京が市民の手で実現しました。(ちなみにその活動は「こうのとりプロジェクト」と呼ばれました。)
その作品が映画化され、7月に全国上映されます。それに先行し、草刈などでロケに協力した市民グループによる野外上映会がポップラ通りで開催されます。
ポプラの木が結ぶ広島と東京。
みなさん、漫画や映画を一度ご覧になり、広島・東京とその舞台へ足を運ばれたらいかがでしょうか。
(その際は、ぜひポップラ親子に声をかけてあげてくださいね。。。)
(ひろしまファンクラブ 平成19年6月28日号掲載)
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~広島と東京を結ぶ~ 広島の東・東京の西
第2回 「8月6日のゆい-夕凪の街 桜の国その2-」
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広島を舞台にした映画『夕凪の街 桜の国』(配給:(株)アートポート)が7月28日から全国公開されます。
ロケは広島と東京のお隣り埼玉県で行われましたが、そこには不思議な結(ゆい)がありました…。
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【広島の東】
映画の前半『夕凪の街』の主なシーンは、埼玉県川口市に復元された1950年代の広島(基町環境護岸など)のセットで撮影されました。
映画の公式ブログには、佐々部清監督の次のようなインタビューが載っています。
「『夕凪の街』のなかで、皆実が自分の被爆体験を、恋人の打越(吉沢悠さん)に語る重要なシーンがあるんですが、本当はこれも7月中に撮っていなくちゃいけなかったんです。だけど、雨のせいでズルズルと撮影が延びて、結局、撮影したのは8月6日でした。
8月6日といえば、広島に原爆が落ちた日—。
僕はこの偶然に、思わず「“映画の神様”が舞い降りた」と感じました。
撮影前に、皆実役を演じている麻生久美子さんに「今日、8月6日だって知ってた?」と聞くと、彼女の顔がスッと変わった。それだけで、気持ちが入り込めたんですね。
映画を観ていただければわかりますが、その結果、あの素晴らしい表情が撮れたんです。」
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【東京の西】
2006年8月6日夕刻、広島市中区の基町環境護岸(愛称:ポップラ通り)で、一人の女子高校生が芝居を演じました。
当時、島根県立津和野高校の三年生だった青木香奈絵さん。演じた芝居は『夕凪の街』。
広島市の市民グループの招待により平和記念式典に参列し、そこで感じたことを胸に秘めながら、作品の舞台で一人見事に演じきりました。
芝居のラスト。皆実の最期のセリフ、「ああ、風…、夕凪が終わったんかねえ。」
青木さんがそれを口にした瞬間、それまで炎天無風だったポップラ通りを、突然一陣の風が吹き抜けました。
観客のある方は、自分のブログに次のように書かれています。
「不思議だった。一緒に観ていた人は“何かのお計らいですね”とつぶやいた。」
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【ゆい】
一人芝居を演じた青木さんは、翌週、映画の広島ロケにエキストラとして参加しました。そして、平和記念資料館内の1シーンで登場します。(ほんの一瞬ですが。。。)
同じ年の8月6日に同じ役を演じた2人の女性が、同じ映画に出演しています。
お互い知りもせず、各々違う場所で演じていた2人。でも、演じているときの思いはきっと同じだったのではないかと思います。
いつか2人が「夕凪の街」広島で(ポップラ通りで)出会う、そんな時がくるような気がしています。
(注 2007年7月21日映画の広島先行上映日に、麻生さんと青木さんの二人の皆実は、映画館で出会えました。今度はポップラ通りで共演???)
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<参考> 映画『夕凪の街 桜の国』公式ブログ http://blog.eigaseikatu.com/yunagi-sakura/
写真協力:(株)アートポート、土居郁夫、広島フィルムコミッション
(ひろしまファンクラブ 平成19年7月26日号掲載)
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~広島と東京を結ぶ~ 広島の東・東京の西
第3回「9月17日」
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「9月17日」って、どんな日か知っていますか?
その日は、広島にとって本当は忘れがたい日であったのかもしれません…。
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【広島の東】
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気象庁「気象科学館」
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東京都千代田区大手町にある気象庁の一区画に 「気象科学館」というコーナーがあります。そこには気象庁の前身である中央気象台の昔の写真や古い観測機器などが展示されています。
そして、その隣にある 「天気相談所」、そこである一冊の資料を閲覧することができます。
『中央気象台彙報』第33冊『枕崎 阿久根 台風調査報告書』(昭和24年3月刊行)。
戦後最大級の被害(全国6千人以上の死傷行方不明者)をもたらした 「枕崎台風」に関する記録が掲載され、その中には広島での記録が証言などを交えて詳細に残されています。
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【東京の西】
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「枕崎台風調査報告書」
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鹿児島県枕崎に上陸し九州を縦断した 「枕崎台風」は、その後、 広島を直撃しました。
広島での記録は、最低気圧721.5mm(959.6hPa)、最大瞬間風速45.3m、一時間最大雨量57.1mm。
夜半9~11時頃にかけ、太田川下流域では1m近くの川波が生じ、梅林-古市間で1~2mの洪水など 広島市全域がほぼ浸水し、また宮島や大野町では大規模な山津波が発生しました。
結果、広島県内で実に、3千人以上の死傷行方不明者(死者1,229人、負傷者1,054人、行方不明783人)、約6万世帯の家屋、各千ヶ所以上の橋・道路・堤防の損害という未曾有の被害が発生しました。
「広島市は原子爆弾被害の直後の事ではあり相続いた水害の惨状は言語に絶した」と報告書には記載されています。
この日は 1945年9月17日。
原爆投下の日からわずかに42日後のことでした。
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【結(ゆい)】
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広島市江波山気象館
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広島市西区には原爆の傷跡を一部保存した旧広島気象台である江波山気象館があります。
旧広島地方気象台は、原爆と枕崎台風の二重災害に立ち向かう気象台職員の姿を描いた 『空白の天気図』(柳田邦男著、新潮社文庫)の舞台にもなっており、作品には1945年8月6日~9月17日の広島の様子が明確に描かれています。
その一節、後に広島市長となる 浜井信三氏(当時配給課長)のコメントが紹介されています。
「市役所の屋上から市中を見渡すと、全市が湖になっていた。瓦礫や倒れた家、ガラクタがすべて水の底にかくれ、一見美しい眺めであった。“原爆砂漠”が一夜にして“原爆湖水”にかわっている。これで一切合財が、徹底的に葬り去られた。私はヤケッパチな気持ちで、いっそ水がこのまま引かなければよい、と思った」
…そのような状況から現在の美しい広島の街が築き上げられたのです。
広島の街に刻まれたいろいろな歴史(原爆以外も)を大切にしていきたいものです。
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<参考>
・広島平和記念資料館ホームページ「平和への歩み-広島の復興」
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/Peace/J/pHiroshima1_4.html
・江波山気象館ホームページ
http://www.ebayama.jp/
(ひろしまファンクラブ 平成19年9月20日号掲載)
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広島と東京を結ぶ ~広島の東・東京の西~
第4回 「絵職人」
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今回は、ヒロシマを描いたある絵職人の紹介です。
きっと、みなさん一度はこの方の絵を見たことがあると思いますよ…。
【東京の西】
『第二楽章 ヒロシマの風』(角川文庫)という本があります。
1997年、原爆詩の朗読を続ける女優の吉永小百合さんは、もっと多くの人たちに詩を知ってもらい、原爆や核兵器について考えてほしいと、広島の被爆者が残した約600編の詩の中から12編を選んで、その朗読をCDにレコーディングしました。(『第二楽章』ビクターエンタティメント)
CDは全国の小学生や高校生などの間で大きな反響を呼び、その後、長崎編、沖縄編がつくられ、2000年春、8編の詩を加えた20編の作品集が一冊の本となりました。
その本には、各ページに広島の風景が挿絵として描かれています(CDにも描かれています。)
それは、吉永さんが望んでいた「やさしく、温かい絵」、「飾ってもらえるような美しいもの」。そんな絵を描く画家をずっと探し求めていた吉永さんが出会った人、それが男鹿和雄(おがかずお)さんでした。
【広島の東】
現在、東京都江東区にある東京都現代美術館で男鹿和雄さんの作品展が開催されています。(主催:東京都現代美術館、日本テレビ放送網(株)、2007年10月1日まで)連日多くの親子連れが訪れ、入場まで1時間以上の列ができるほどの人気です。
作品展の題は、『ジブリの絵職人 男鹿和雄展 トトロの森を描いた人。』
そう、男鹿さんはあの『となりのトトロ』の住んでいる森やメイの家などを描いた人なのです。
会場には、そのほか『平成狸合戦ぽんぽこ』、『もののけ姫』などスタジオジブリの作品を中心に、男鹿さんの緑いっぱいの美しい背景画が数多く展示され、まるで突然都心に現われた夢のオアシスのようです。
【結(ゆい)】
展示の中には、『はだしのゲン』(1983年マッドハウス)や『夏服の少女たち~ヒロシマ・昭和20年8月6日』(1988年NHK特集)などのアニメーション作品でヒロシマの風景を描いたものがあり、もちろん『第二楽章』の絵もあります。
作品展のカタログの中で男鹿さんは、「以前、『はだしのゲン』で広島を描いたからこそ、この『第二楽章』の仕事を受けることができ、何か縁があるのだなと思っています」と述べられています。
みなさんも、絵職人である男鹿さんのすばらしい絵と一緒に、一度原爆詩に接してみてはいかがでしょうか。
<参考>
東京都現代美術館「男鹿和雄展」ホームページ http://www.ntv.co.jp/oga/
(ひろしまファンクラブ 平成19年9月27日号掲載)
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広島と東京を結ぶ ~広島の東・東京の西~
第5回 「広島を訪れるということ-夕凪の街 桜の国その3-」
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この夏、全国で公開された 映画『夕凪の街 桜の国』(配給:アートポート)は、東京に住む主人公たちが広島を訪れる物語です。他の街から広島を訪れることとは・・・。
【広島の東】
映画の後半 『桜の国』で、主人公の石川七波と友だちの利根東子は、父親の後をつけて東京から長距離バスで広島を訪れます。
広島に到着後、路面電車の中で、東子は 「広島に来るの、初めて。」と言います。
そして、ストーリーが展開し、再び長距離バスで帰京するシーンで、彼女は 「広島に来てよかった。こんどは家族で来る!」と笑顔を見せます。
彼女にとって広島訪問とはどんな体験だったのでしょうか。
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【東京の西】
1989~90年に、広島市の原爆ドームを永久に保存するための第2回目の補強工事が行われました。
工事費約2億円のうち半分は国内外に募金を呼びかけ、結果として1万件以上約4億円もの募金が集まりました。
その時一緒に添えられたメッセージを一冊にまとめた 『平和への願いをこめて-原爆ドームに寄せられた手紙-』((財)広島平和文化センター発行)という本があります。
その中の一つのメッセージ。大阪府の男性の方です。(抜粋)
「高校を卒業し、就職しましたが、世間や社会の厳しさに挫折してしまい、家出をしてしまいました。30,000円程しかお金を持っていなかった私でしたが、なんと気がつけば、広島に来ていました。
(中略)
原爆ドームの周辺を歩いたあと、資料館(だったと思いますが)に入り、戦争の恐ろしさを実感しました。それから、毎日を、この平和記念公園で過ごしました。修学旅行の児童さんや生徒さんが歌を歌ったり、花や、おりづる、詩などをささげたり、また、旅行者が思い出を語り合ったりしているのを見ているうちに、今、自分がなんという情けないことで家出をしているのかということに気付き、家に帰ったということがあります。
今では、元気に、まじめに働いています。人から、「立ち直ったな」などと言われると、私は、胸を張って答えています。「5日間の広島での生活で広島が、原爆ドームが、また、その平和記念公園に来られる人々が、私を立ち直らせてくれた」と。
今日、私がこうして健在なのも、広島原爆ドームのおかげだと思っています。私は、とてもぜいたくななやみをしていたんです。皆さんが願う世界平和とは、くらべものにならないくらいのなやみでした。それを目ざめさせてくれました。」
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【結(ゆい)】
もしかすると、映画中の東子も、広島で何かに目ざめたのかもしれませんね・・・。
一人でも多くの方々に、 ぜひ一度広島を訪れてもらいたいものです。
<参考> 写真協力:(株)アートポート
(ひろしまファンクラブ 平成19年11月1日号掲載)
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広島と東京を結ぶ ~広島の東・東京の西~
第6回 「広島国会議事堂【前編】」
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来年秋、日本で初めての「G8下院議長会議」が広島市で開催されることになりました。世界の主要国の国会(下院)議長が一堂に会し、平和と軍縮をテーマに意見交換が行われるそうです。
広島と国会…。なんだか縁遠いような感じがしますが、実はちょっと意外な結びつきがありました。
【広島の東】
みなさんよくご存知、国会議事堂。
東京のまん中、千代田区永田町に位置し、北東方向には緑豊かな皇居が見えます。
その反対側、南西方向にはまだ新しい首相官邸(首相公邸)があり、その前の歩道には一つの案内標識が立っています。
そこには江戸時代の復元地図が表示されていて、その中に打たれた一つの青い点。
それが示す現在の国会議事堂の場所は、幕末期には安芸広島藩松平家、つまり芸州藩浅野家の中屋敷の敷地だったのです。
(注 ちなみに、「中屋敷」とは、隠居した藩主や当主の子女などの住居のこと。また、政治・経済活動などを行う浅野家の「上屋敷」はすぐ近くの霞ヶ関にあり、その「赤い門」は、福岡藩黒田家上屋敷の「黒い門」と並び、当時江戸の名所として有名だったそうです。)
残念ながら、なぜそこが国会議事堂の建設地として選ばれたのかよくわかりませんが、もしどなたかご存知ならば教えてください。
さて、その国会議事堂は、昭和11年(1936年)11月に建設されました。
地上3階(中央部4階)、地下1階の鉄骨鉄筋コンクリート造り、長さ206.36メートル、中央部の高さ65.4mで当時は日本一の高さを誇り、完成までに実に17年の歳月を要しました。
美しい“みかげ石”(花崗石の別称)で装われた議事堂は、「白亜の殿堂」と賞賛されましたが、その資材として、実は広島県倉橋島の花崗石が使用されたのです。
建設当時の様子を記録した『帝国議会議事堂建築の概要』(昭和11年大蔵省営繕管財局編纂)によると、一階部分には山口県の黒髪島の花崗石を、二階以上の外壁全部には倉橋島の石を使用。花崗石を用いた理由として、各国とも国会議事堂の建築にはその国の代表的な石材を使用しており、それが日本においては花崗石であったため、と説明しています。
そして、「我が国では、風光明媚な世界的楽園たる瀬戸内海の美しい小島の石で、その建築の永遠の衣が作られることになったのである」と誇らしげに述べられています。
このように、何かと広島に縁のある国会議事堂ですが、現在の議事堂が建設される以前に、仮の議事堂が4回建てられました。そのうちの1つが、実は広島市内にあったのです。
「広島臨時仮議事堂」
後編は、広島にあった国会議事堂について取り上げます。
(ひろしまファンクラブ 平成19年11月15日号掲載)
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広島と東京を結ぶ ~広島の東・東京の西~ 第7回 「広島国会議事堂【後編】」
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「広島に国会議事堂があった!」と聞いてどう思いますか?
前編で紹介したとおり、現在、東京にある国会議事堂は、昭和11年(1936年)、旧芸州浅野藩の敷地に 広島県倉橋島の花崗石を多数使用して建設されましたが、それ以前に仮の議事堂が4回建てられました。
そのうちの3つは東京に、そして残る1つが実は広島市内にあったのです。
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【東京の西】
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広島臨時仮議事堂全景

広島臨時仮議事堂貴族院議場
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明治27年(1894年)9月22日、 「第7回議会を広島に召集する」との詔書が公布され、急遽、臨時の仮国会議事堂の建設が広島市内で始まりました。
場所は当時の西練兵場内(現在の中区基町)で、同年10月14日に木造板葺洋風平屋建ての臨時仮議事堂が竣工しました。
そして、翌15日に召集された 第7回帝国議会で使用され、臨時軍事費予算案などを可決した後、4日間の会期を終えました。
広島に議事堂を建設した理由は、全国で最初の市の一つとして広島が市制を施行した明治22年(1889年)に大型船が利用できる宇品港が開港、また明治27年(1894年)6月には山陽本線が広島まで開通し軍事輸送が容易になったことにより、日清戦争の大本営が広島に置かれたため、だそうです。
<「広島臨時仮議事堂」の規模>
位 置:広島市基町第五師団練兵場一隅
建築年月:明治27年9月起工 同年10月竣工
敷地面積:25,258平方メートル
建物面積:2,912平方メートル(附属建物を含む)
構造:木造 板ぶき 掘建 洋風 平家建
建物諸費:25,114円(貴族院12,728円80銭5厘、衆議院12,385円74銭3厘)
注 現在の物価では、1億5千万円程度?
設計・監督:内務技師 妻木頼黄
注 妻木氏は日本橋や横浜赤レンガ倉庫などに携った建築家で、広島の仮議事堂を短期間で完成させた功績により叙勲を受けたそうです。

錦絵「広島国会仮議事堂の図」 明治27(1894)年 (広島市中央図書館所蔵)
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【結(ゆい)】
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「臨時帝国議会仮議事堂跡」案内碑
(広島市中区基町)

大本営跡(広島城内)
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明治23年(1880年)の第1回帝国議会開催以降、国会が東京以外の都市で開催された唯一の事例が広島です。
現在、広島では当時の議事堂の面影を見ることはできませんが、建設地であった中区基町の広島市水道局近辺に 「臨時帝国議会仮議事堂跡」という案内碑が建っています。
また、同時期に建設された大本営は、原爆で倒壊したその基礎石を広島城内で見ることができます。
みなさんも一度現地へ足を運んで、戦前の広島での国会審議の様子などを想像してみてはいかがでしょうか。
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<参考>
○広島臨時仮議事堂の写真2点は、『帝国議会議事堂建築報告書』(昭和13年大蔵省営繕管財局編纂)から転用
○参議院ホームページ「国会を体験しよう・議事堂竣功70周年」
http://www.sangiin.go.jp/japanese/70/70.htm
○広島平和記念資料館「キッズ平和ステーション-サダコと原爆-」
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/kids/KPSH_J/hiroshima/sadako/subcontents/02hirotosenso_2.html
(ひろしまファンクラブ 平成19年12月27日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~
第8回「新年に古式を游ぐ-神伝流泳法体験-」
今年は北京オリンピックの年。種目にはありませんが日本古来の泳法が全国には12流派(日本水泳連盟公認・全国大会も開催)あり、その一つが広島にも伝わる神伝流(しんでんりゅう)です。
広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第9回「語り継ぐもうひとつの話-カープ昔話-」
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平成20年1月11日、わしらが「ミスター赤ヘル」こと山本浩二さんが見事「平成20年野球殿堂入り」されました。
忘れられない初優勝からの黄金期、でも、広島カープにはそれ以前に、ぶち弱くてぶち貧しい…じゃが広島市民にとって何物にも代えがたい物語を紡いだ大切な時代がありました…。
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~広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西
第10回 「カープとドジャース -カープ昔話その2-」
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今年、広島東洋カープから初のメジャーリーガーとなった黒田博樹投手。その活躍が楽しみですが、入団チームは名門ロサンゼルス・ドジャース。実は、カープとドジャースには今も残る古い結びつきがありました。。。
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【東京の西】
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広島市民球場 正面入口
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今年は、ドジャースが本拠地をブルックリンからロサンゼルスへ移転してちょうど50周年。
そして、昨年50周年を迎えた広島市民球場でのカープ公式戦最後の年です。
広島市民球場の正面入口。その壁には1994年開催のアジア競技大会の記念プレートと並んで、古ぼけた小さな銅板が一枚掲げられています。出入りする観客はほとんどそれに気づきません。
よく見るとそこにはこんな文字が…、「ブルックリン・ドジャース 1956」。
一体なぜ、このようなプレートがこんなところにあるのでしょうか?
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【広島の東】
東京都文京区の東京ドームの一画にある「野球体育博物館」の図書室には、プロ野球やその他スポーツに関する書物が約5万冊あり、プロ野球草創期の雑誌なども閲覧することができます。
『野球界1956年12月号』(恒文社)には、来日したブルックリン・ドジャースと日本プロ野球チームの全国での親善試合の戦績が特集で組まれています。
本文中、1956年11月1日広島総合球場(現在の広島県営球場)で行われたドジャースと全関西との試合の様子が写真で紹介されています(試合は10対6でドジャース勝利)。
超満員で隣のビル屋上にも溢れる観客の様子や日米国旗を手に進軍ラッパを鳴らす“広島球場お馴染み”の応援の姿があります。
そして、ページの中央、日米関係者7名が何か四角いものを持って記念撮影。
説明文には、「原爆の悲劇をくり返すなと“ノーモア・ヒロシマズ”と刻みこんだ碑をカープ伊藤社長に贈ったドジャース」と書かれています。(ユニホーム姿はオルストン監督とリーズ主将)
そう、これこそが翌年オープンする新球場(現在の広島市民球場)のために寄贈され、現在、正面入口に掲げられているドジャースの記念プレートなのです。
注 野球体育博物館には、同来日時のメジャー初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンのバットやサインなども収蔵されています。
「野球界」1956年12月号
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広島での試合記事(「野球界」)
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【結(ゆい)】

ドジャース寄贈プレート
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ドジャースから贈られたプレートには、次の文字が刻まれています。
「WE DEDICATE THIS VISIT IN MEMORY OF THOSE BASEBALL FANS AND OTHERS WHO HERE DIED BY ATOMIC ACTION ON AUGUST 6, 1945.
MAY THEIR SOULS REST IN PEACE AND WITH GOD’S HELP AND MAN’S RESOLUTION PEACE WILL PREVAIL FOREVER, AMEN. 」
(私たちは、1945年8月6日この地において、原爆で亡くなられた野球ファンや多くの方々を追悼し、この訪問を捧げる。
その魂が安らかに眠り、神のご加護と、人々の決意により平和が永遠に広まりますように。)
2009年以降このプレートがどうなるかわかりませんが、ぜひ今年、メジャーリーグのファンの方と一緒に広島市民球場を訪れてみてください。
注 現在、「ありがとう市民球場」想い出の作品・写真を募集中です。詳しくは下記ホームページで。
<参考>
○広島市民球場ホームページ
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1177396065223/
○(財)野球体育博物館ホームページ
http://www.baseball-museum.or.jp/
(ひろしまファンクラブ 平成20年2月28日号掲載)
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~広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西 第11回
「桜とポップラ-夕凪の街桜の国その4-」
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広島市民や広島フィルム・コミッションなどが協力し、昨夏公開・先日DVD発売された感動の映画『夕凪の街 桜の国』。その原作(こうの史代さん作)の舞台を桜の季節に訪ねてみました。
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【広島の東】
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みずの塔
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原作の後半『桜の国』は、東京都中野区に住む主人公たちが広島を訪ねるストーリー。
彼女たちが住む中野区新井薬師界隈では、印象的な風景がたくさん登場します。
帯のように連なる中野通りの桜並木に、主人公が花びらを風に流す陸橋(片山橋)。主人公たちが幼少時代に遊んだ公園にある「みずの塔」(野方配水塔)、など。
「みずの塔」は、1930年(昭和5年)に完成した高さ33.6メートルの配水塔で、関東大震災後、東京郊外の水甕として60万人の2時間分を貯水できるものとして使用されていました。その外壁には、東京大空襲で被弾した痕も残っているそうです。
現在では街のランドマークとして親しまれ、ドーム状の屋根といい重ねた歴史といい、その姿はどこか広島県産業奨励館(現:原爆ドーム)を連想させます。
とにかく街中に桜が咲き誇る中野区は、まさに“桜の国”でした。
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【東京の西】
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片山橋

2007野外上映会
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その中野区の主人公が訪れた広島の場所の一つが、広島市中区の基町環境護岸(愛称:基町POP’La通り)。
すっかり老いたポプラの木の背後では春を謳うように桜が並んで咲いていました。
昨年7月、作品ゆかりの地であるこの場所で、広島の市民グループ「ポップラ・ペアレンツ・クラブ」のみなさんによる、映画『夕凪の街 桜の国』の野外上映会「ポップラ劇場2007」が開催されました。
ボランティアで集まったスタッフが草を刈り、虫よけスプレーを散き、シートを張って会場設営。心地よい夜風に吹かれながら、水の都の草原でスクリーンに見入った約300人の市民の方々はみなさんとても満足そうでした。
そして、今年も5月31日(土)に「ポップラ劇場2008」として再上映されます(参加無料・要申込)。
今年は、何と!原作者こうの史代さん、映画監督佐々部清さん、主演女優麻生久美子さんも駆けつけ、一緒に観賞される予定だそうです。
(注 5月14日現在 応募者が定員に達し、募集は締め切っています。)
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【結(ゆい)】
中野区の桜と広島のポプラ。一つの作品が結ぶ二つの街と木々。
みなさんも、すばらしい原作を手に、中野区の風景や広島の野外上映会などを見に行かれてはいかがでしょうか。 |
(ひろしまファンクラブ 平成20年5月15日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~
番外編 「広島の西・パリの東」
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今年は、1858年の日仏修好通商条約締結からちょうど150年目、日仏交流記念の年です。
個人的に、広島の街の魅力を知ってもらうために、時々、パリの街を引き合いに出すことがあります。
「花の都 パリ」、そして「水の都 広島」。
今回改めて二つの街の魅力を並べてみたいと思います。
以下、まったく独断偏見で、半分はユーモア、でも残り半分は大いにまじめな想いでもあります。(多少、過剰な郷土愛も加味されていますが。。。)
【パリ & 広島】
| ≪パリ≫ |
≪広島≫ |
| 花の都 |
水の都 |
| セーヌ川(ポンヌフ、バトムーシュ) |
太田川(京橋、すいすい、雁木タクシー) |
| シャンゼリゼ通り |
平和大通り |
| モンマルトルの丘 |
比治山 |
| 凱旋門 |
平和の門 |
| エッフェル塔 |
仏舎利塔 |
| ノートルダム大聖堂 |
世界平和記念聖堂 |
ルーブル美術館、オルセー美術館、
ポンピドゥ・センター |
広島県立美術館、ひろしま美術館、
広島市現代美術館 |
| ベルサイユ宮殿 |
広島城、縮景園 |
| モン・サン・ミシェル |
宮島、厳島神社 |
| ボルドー(ワイン) |
西条(日本酒) |
| ブルターニュ(牡蠣) |
広島湾(牡蠣) |
| メトロ |
広電 |
| オペラ |
神楽 |
| パリコレ |
ゆかた祭り |
| ルノー |
マツダ |
| ツール・ド・フランス |
全国都道府県対抗男子駅伝 |

京橋川(⇔セーヌ川)

平和大通り(⇔シャンゼリゼ通り)

車体広告
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など、など。。。
【結(ゆい)】
2006年、世界最大の旅行ガイド出版社といわれるLonely Planet社が出版した「The Cities Book」では、世界の都市ランキング200のうち、パリは見事第1位。そしてわが広島は133位でした。(ちなみに日本からは東京、京都と3都市のみランキングしており、これだけでも立派じゃが…。)
ということで、こんな風にパリと広島を比べるなんて、へんくつなヤツもあんましおらんじゃろ、と思っていたところ…。
今年4月、フランス政府観光局と独立行政法人国際観光振興機構(JNTO)は、「観光交流年」の観光キャンペーンで、日仏を代表する風景として、モン・サン・ミシェルと厳島神社のデザインをパリの街などでお披露目しとても評判がよいそうです。
広島にはパリにも負けない素晴らしいポテンシャルがあると思います。
今後それらがより一層磨き上げられ、将来、パリのように世界中の人々が憧れ訪れる街になればいいな、と大いに期待しています。
<参考>
「フランス政府観光局」日仏交流150周年特設サイト
「独立行政法人国際観光振興機構(JNTO)」
フランス語ホームページ
http://www.tourisme-japon.fr/
(ひろしまファンクラブ 平成20年6月19日号掲載)
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広島と東京を結ぶ ~広島の東・東京の西~
第12回 「plum essence」
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「鯉が恋を運ぶ伝説があるという、新己斐(こい)橋の壁画前。アートてんこ盛りの、ココロ温まるショートムービー」 広島市立大学生たちの、“いくつもの「伝えたい」想いが、ひとつの映画を生みました。”
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【広島の東】
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東京・広島上映会チラシ
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2008年9月3日東京の高田馬場で、『plum essence』の上映会が開催されています。
当日は、トークショーやアコースティックライブも予定されていて、広島からも市立大学の自主製作映画研究会のメンバーなど数名が参加します。
この映画の監督は、こだまこずえさん。
こだまさんは、広島出身で市立大学油絵科を卒業。現在は東京で、油絵・壁画の絵描き、女優、ライブぺインターなどなど幅広く活躍中。
「後輩たちと一緒に広島でがんばって生み出した映画が、東京などで少しずつ評価されてきました。あの作品が広島の街と繋がっているのがうれしい…。」
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【東京の西】
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新己斐橋壁画前シーン
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今年3月1日夜、メンバーは映画の舞台となった広島市西区己斐本町の新己斐橋河川敷で、地元住民の方々と一緒に野外上映会を行いました。
その近くの橋脚には、都市再生モデル事業として、こだまさんが広島の街を描いた壁画(第11回ひろしま街づくりデザイン賞受賞)があります。
「以前、新己斐橋にはたくさんの落書きがされていました。この落書きを消して、もっと子どもたちの環境学習の場所として、地域の憩いの場として、きれいに再生させたいという願いを込めて、昨年2月末に巨大な壁画が制作されました。己斐の街の新スポットとして広島に観光に訪れる方に、もっともっとこの壁画まで足を運んで欲しい。そんな思いをこの映画に込めて制作し始めました。」(今回上映会チラシより)
この9月23~28日には、広島でも上映会が予定されています。(詳しくは下記ホームページを)
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【結(ゆい)】
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上映後挨拶(撮影者:三井)
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Q:広島でも若いアーティストが東京と同じような活動をやっていくことは可能ですか?
「できると思います。ただ、そのためには広島の中だけでなく、東京や海外などといろんな繋がりを持つことが必要。広島の街にはそれを可能にする強い力があると思うので。」
最後に…
「今後、自分も含めて後輩たちがいろんな分野の第一線で活躍して、『さすが(広島)市大卒だね』って言われるようになりたいですね。」
<参考>
「plum essence上映会」ホームページ http://www.ko-zue.com/plum/plumindex.html
(ひろしまファンクラブ 平成20年8月21日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~
第13回「カープ語り部-カープ昔話その3-」

広島市民球場前で昔話をする「カープ語り部」さん

東京のカープファン(神宮球場)

語り部のテキストブック?
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熱い鯉の季節が終わりました。
我らがカープは残念ながら今年もBクラスでしたが、その戦い振りは広島市民球場最後のシーズンを飾るにふさわしいものだったと思います。特に9月の地元最後の連戦では…。
【東京の西】
2008年9月23日、超満員に膨れ上がった広島市民球場。試合前、カープの優勝記念碑などがある「勝鯉の森」には大きな人の輪がありました。
その中心には70歳代の男性二人、長谷部稔さん(カープOB会会長)と渡部英之さん(元球団職員)。お二人は、広島市二葉公民館や修学旅行などでカープの昔話を語り継ぐ「カープ語り部」さんです。
(詳しくはメールマガジンひろしまファンクラブ129号で)
そして、市民球場の生い立ちなど語り部さんの話を熱心に聞いているのは、旅行会社のツアーに参加した方々。そう、カープのファンは広島だけでなく、もちろん全国各地にもたくさんいらっしゃるのです。
【広島の東】
2008年11月6日、東京広島県人会のお世話で、語り部お二人の講演会が東京で開催されます。
(午後6時半からJR山手線田町駅近くキャンパスイノベーションセンターにて。申し込み等は下記県人会ホームページ参照)
語り部さんのお話では、カープが誕生し資金面などで苦労をしていた頃からずっと、東京でも県人会のみなさんをはじめ多くの方々にいろいろと支援してもらったそうです。
たとえば…
・貧しかった選手たちのために、県人会から○○をプレゼントしてもらった
・初優勝の日、両国のホテルで祝勝会を準備中、突然巨人ファンが押しかけ○○と言われた などなど。
そのような昔話を東京の方々にも聞いてもらい、カープのDNAを広島だけなく東京でもぜひ語り継いでもらいたい、そうです。
【結(ゆい)】
そんな語り部さんたちの思いを形にした、テキストブックとも言える一冊の本『カープ昔話・裏話-じゃけえカープが好きなんよ-』(トーク出版社)が出版され、増刷される人気だそうです。
著者の西本恵さんは、あとがきで次のように記されています。
「数々の苦難の歴史を乗り越え、カープを支えた市民県民の汗と涙をもう一度結集することができれば、第二の黄金期がつくれるにちがいないと信じています。原爆により何もない廃墟と化した町で、広島を愛する人々のエネルギーを集結させ、カープをつくりあげたことからしてみれば、決して難しいことではないはず・・・」
みなさんも機会があればぜひ一度語り部さんの昔話を聞いてみてください。
<参考>
東京広島県人会ホームページ http://hiroken.gr.jp/
「カープ昔話・裏話」ホームページ http://www.f3.dion.ne.jp/~talk-s/index.html
(ひろしまファンクラブ 平成20年10月16日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第14回「“ダマー”ってなんじゃろ?」
広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~
第15回「『東京にも広島がある!』んじゃけん!!」
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7月15日(水)から新宿の東京都庁2階で広島県・市の観光物産展が始まりました。その名も、「新宿にも広島がある!」
会場には、県特産品やザ・広島ブランド、マツダスタジアム・カープグッズなどの紹介販売コーナーがあり、ええじゃんレディ登場や広島神楽の衣装試着体験など盛り沢山。 初日は、都庁の職員の方々(約2万人いるそうです!)や都民・観光客等、お好み焼きの写真などに魅かれて来場、大盛況でした★
7月21日(火)まで開催されています。詳しくは下記ホームページを参照下さい。
◇
さて、今回のお題≪広島⇔新宿≫の縁って何?
ちょこっと調べてみました。
・林芙美子記念館 (最近女優森光子さんの国民栄誉賞で話題となった「放浪記」の作者は、尾道の女学校卒業後上京、新宿区中井に終の住処)
・鈴木三重吉旧居・「赤い鳥」社跡 (広島市出身で現在の歌舞伎町辺りに終の住処、痕跡なし)
・広島お好み焼き店 (下記「東京お好み焼き店情報」参照)
こんな程度かな…。他にご存じの方は教えてください。
◇
でも、現在東京暮らしの広島人にとって、「新宿」にはどこか親しみを感じます。
なぜ?それは、JR新宿駅南口サザンテラスに広島県アンテナショップ「広島ゆめてらす」があるからじゃろ!!そこへ行けば、日頃飢えている、広島お好み焼き、もみじ饅頭、牡蠣、尾道ラーメン、西条の酒、熊野筆…などなど特産品をいつでもたっぷり買えて味わえます。
かつ、わしらがカープやサンフレのグッズも揃い、観光情報もたくさん。 お客さんは目を輝かせ、指をしゃぶりながら(?)嬉々として“わが広島”を物色しています。
「The HIROSHIMA@東京!」、「治外法権の広島大使館!」といった様相で、縁故者やカープファンなどにとっては、魂の安らぎを感じエネルギーを補給する聖地・パワースポットなのかも!?
◇
そんな「ゆめてらす」も出店する今回の都庁物産展。会場で5%割引のチラシを配布中です。
考えてみれば、新宿の象徴であり東京の本丸であるこの都庁も≪広島⇔新宿≫の一つ! 旧制広島高校卒で広島平和記念公園・資料館の設計を手掛けた戦後日本建築の第一人者、故・丹下健三さんが設計した建物。やっぱり「新宿にも広島がある!」んじゃけん!!
ということで、東京のみなさん、期間中にぜひ新宿の都庁と「ゆめてらす」をのぞいてみてください!
▼詳しくは▼
・「東京都庁全国観光PRコーナー」ホームページ http://www.kanko.metro.tokyo.jp/tourists/info/center/pr.html
・「ザ・広島ブランド」ホームページ
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1220339996153/
(ひろしまファンクラブ 平成21年7月16日号掲載)
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観光物産展会場(東京都庁2階)

「ザ・広島ブランド」コーナー

「マツダスタジアム」コーナー
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第16回「少年『くでん』隊」
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「くでん」という言葉を聞いて、パッと漢字や意味が浮かんできますか? (恥ずかしながら私は?でした。) ここでの「くでん」は「口伝」と記し、「言語で伝えること」を意味します。 (実は最初私は「口伝」を「こうでん」と読んでしまいました。)
1945年(昭和20年)8~9月頃、広島で原爆被害にあった地元・中国新聞社は、市内のあちこちで紙面の代わりに口頭で市民にニュースを伝えていたそうです。それが「口伝隊」です。
2009年9月18日(金)~20日(日)、東京の新国立劇場・小劇場で上演される『朗読劇 少年口伝隊一九四五』は、『父と暮らせば』や『紙屋町さくらホテル』など被爆地広島を舞台とした作品を手がけてきた劇作家・井上ひさし氏が書き下ろし、栗山民也氏の演出で昨年初演されたものです。 横一列椅子に座った出演者は、交互に立ち上がり台本を朗読。8月6日の原爆投下から9月17日の枕崎台風までの間、少年口伝隊となった三人の少年の運命を、ギターの音色に合わせ、静かに、しかし強く、強く語りかけます。
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第17回「ハッチョウボリ・カミヤチョウ」
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「次は、ハッチョウボリ、ハッチョウボリ」
ああ、そっか。(ウトウト…)
「次は、カミヤチョウ、カミヤチョウ」
ふん、カミヤチョウねぇ…。え!ええ!ここはどこなん???
【広島の東】
広島から物見遊山で上京し、上野公園から六本木ヒルズへでも行ってみようかいのう、と東京メトロの日比谷線に乗り込みます。人の多さに疲れ果てシートでウトウトしていると、冒頭みたいな感じに。。。
日比谷線上野駅から6番目の駅が「ハッチョウボリ(八丁堀)」。さらにそこから6番目の駅が「カミヤチョウ(神谷町)」です。
広島で広電(広島電鉄)をいつも利用していたので、その馴染みのある車内アナウンスを東京で初めて耳にした時にはちょっとドッキリ、体が勝手に反応してしまいました。
以下、東京メトロと広電の「ハッチョウボリ・カミヤチョウ」をちょこっと比較してみます。(ホントどうでも良いことなんじゃが…。各社ホームページ等参考)

「ハッチョウボリ」(上:メトロ、下:広電) |

「カミヤチョウ」(上:メトロ、下:広電) |
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【東京メトロ】 |
【広 電】 |
| 駅名 |
「八丁堀⇔神谷町」(日比谷線) |
「八丁堀⇔紙屋町(西・東)」(本線) |
| 駅間距離 |
約5km |
約0.5km |
| 駅間駅数 |
5駅 |
1駅(電停) |
| 所要時間 |
約12分 |
約4分 |
| 運行頻度(平日日中) |
約5分間隔 |
約2~3分間隔(平均) |
| 運賃 |
大小人共160円 |
大人150円、小人80円 |
| <路線全体では…> |
| 開通年 |
1927年(昭和2年) |
1912年(大正元年) |
| 開通区間 |
浅草~上野間(銀座線) |
広島駅~紙屋町~御幸橋等 |
| 総路線営業距離 |
195.1km |
35.1km |
| 1日平均輸送人員 |
約636万人 |
約16万人 |
| ちょっと面白いデータ |
日比谷線車両全長約144m(18m×8車両) |
「八丁堀-胡町」駅間距離0.1km |
| 注 つまり、もし東京メトロを広電の線路に走らせたら、八丁堀と胡町の駅に同時に到着するんじゃね。。。 |
ということで、各々個性的でかつ至極対象的なんですが、一つ共通しているものがあります。それはそれぞれの都市の機能・象徴として、今やなくてはならないものであり、都民・市民にとても親しまれている、ということです。
【東京の西】

広電(相生橋付近)
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毎年10月14日は「鉄道の日」。
最近は、筋金入りマニアの「鉄ちゃん」「鉄子」さんたちだけでなく、一般の方々にも鉄道旅行が大変人気で、旅行メディアなどはネタに困った時には鉄道特集を組めばOKだそうです。
もちろん、日本一の路面電車である広電も全国的にとても注目されています。
そんな中、10月30日(金)~31日(土)に、『LRT都市サミット広島2009』が広島市で開催されます。
(LRTとは、Light Rail Transitの略で、定時性・速達性・快適性などに優れ、人にも環境にもやさしい路面電車にすること)
地球環境にやさしい都市づくりを目指して、路面電車のLRT化 に取り組んでいる全国11都市の首長が広島に集まって意見交換をしたり、人気俳優の関口知宏さんの記念講演などが開催されます。また、関連イベントとして、路面電車まつりやレトロ電車の運行、路面電車が走る都市の物産展なども予定されています。(詳しくは下記ホームページで)
日頃、メトロ日比谷線を利用している東京のみなさんも、この機会にぜひ一度、広電の「ハッチョウボリ・カミヤチョウ」のアナウンスを聞きに広島へ来てみんさいや!
<参考>
・「LRT都市サミット広島2009」ホームページ
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1240898005823/index.html
(ひろしまファンクラブ 平成21年10月8日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第18回「"最高の遊び"を広島で!」
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「学問は、最高の遊びである。」(by 広大)
このキャッチフレーズのもと、広島で世界の教育・研究拠点を目指す国立広島大学。そのオフィスが東京にもあることをみなさんご存じですか?今回ちょっと訪ねてみました。
【広島の東】
東京都港区芝浦の、JR山手線田町駅から歩いて1分というアクセスの良い場所に「キャンパス・イノベーションセンター(CIC)」というピカピカの施設があります(詳しくは、東京工業大学付属科学技術高校敷地内。)
その建物の中には全国30校以上の大学のオフィスが入居し、静岡大学のお隣の5階の507号室に「広島大学東京オフィス」があります。整然としたコンパクトなオフィスには3名の職員。まず何と言ってもテーブルの横にある大きなテレビ画面に目が行きます。
「これはテレビ会議システムで、東広島市にある本部との学術的打ち合わせなどで頻繁に利用してますよ。」
と教えてもらったのは、東京オフィスの大前所長。広大OBで広大を卒業後、東京で民間企業に勤務された後、2年前から現職に就いています。
東京オフィスの役割は、広大の研究活動を首都圏の企業等に紹介し技術移転などをコーディネートする産官学連携活動、講義やセミナーを開催する教職員活動の支援など多岐に渡ります。
「最近力を入れているのが、学生さんたちの支援です。」大前所長のお話では、首都圏での就活(就職活動)を支援していて、上京した学生の駆け込み寺になっているそうです。そう言えば、私が以前オフィスを下見した時、一人で上京した女子学生が『都内の宿泊先や交通手段が分からない』ということで相談にのってもらっていました。
さらに年明けには「就活支援バス」を広島から走らせ、東京での就活イベントやOBとの懇談会に参加できるように企画しているそうです。
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広大東京オフィス(入口)

オフィス内(右は大前所長)

広島大学パンフレット
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実は広大の卒業生の就職先は、広島県内より東京都内の方が多いのです(広島県480人、東京都601人:平成19年度学部・大学院生実績。)一方、東京都から広大へ入学してくるのは平成20年度で10人ほど。東京オフィスではもっと首都圏から広島へ来てもらえるように、毎年合同の入学説明会を開催していますが、今後は都内高校を個々に訪問する計画もあるそうです。
「広大の良さを知ってもらうためには、大学だけでなく広島という地域の魅力もPRしていきたいですね。」
そのためでしょう、オフィスにはマツダスタジアムやサンフレッチェのポスターや観光パンフレットなどもたくさんあって広島の香りがいっぱいです。
そんな広大東京オフィスが、次の日曜日10月25日に地域の「芝浦運河まつり」にブースを出展予定です。ブースでは大学のPRだけでなく、広島で地域連携をしている市町の特産品を販売したり、カープやサンフレッチェなどの魅力を紹介するコーナーなども予定されています。
広島は昔も今も教育県で、山あり海あり島あり、平和・スポーツ・文化・食…とあらゆることが学べる地域です。全国のみなさん、ぜひ広島で「最高の遊び」を学んでみてはいかがでしょうか。
【参考】
・広島大学東京オフィス ホームページ
(ひろしまファンクラブ 平成21年10月22日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第19回「“ダマー”ってあれじゃろ?」
広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第20回人を生み出す街・広島は女性の時代!?
女優の綾瀬はるかさん、音楽ユニットのPerfume、映画監督の西川美和さん、漫画家のこうの史代さん等々…、様々な分野で全国的に大活躍する広島出身の女性たち。 広島の街には色々な魅力がありますが、その一つはカープやサンフレの選手等様々な才能を持った「人を生み出す・育て上げる」こと。そして最近目立つのが女性の活躍。
その中に、今東京で大きな注目を浴びるミュージカル女優がいます。広島市安佐北区出身、高野菜々(こうのなな)さん。弱冠20歳。
11歳の時から広島市の市民ミュージカル団体「ミュージックシアターASAKITA」で主演の経験を重ね、2008年から東京の「音楽座ミュージカル/Rカンパニー」に参加。いきなり「マドモアゼル・モーツァルト」の主役に大抜擢。その後も次々と主役を務め、新人離れした圧倒的歌唱力と大胆な演技が絶賛されています。現在ラジオ番組のパーソナリティ(TOKYO‐FM「Dream Theater」)も務めるなど活躍中!
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「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」での高野さん |
Q ミュージカルを志した動機は?
A 小学5年生の時から叔父の影響で市民ミュージカルを始め、その頃は「歌って踊れる建築士」になりたかったんですが、中学2年生の時「キャッツ」を観て衝撃が走りました。
Q 市民ミュージカルの経験は?
A 今の私をそれなしでは語れません。「舞台に立つ喜び」「歌う喜び」「踊る喜び」、そして「みんなと何かを創る喜び」を感じていました。夢の一歩へ背中を押していただいた場です。
Q 広島凱旋?公演(詳しくは下記ブログで)への思いは?
A 東京(3/26~30)、大阪(4/17・18)、そして5月1日に故郷・広島で上演する「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」のテーマは「dream=夢」。今の私は広島時代に描いた夢で出来ています。それをお届け出来る事は本当にうれしいです。
Q 将来の夢は?
A 人としても舞台人としてもキラキラと輝く人になること。常に「夢」を追いかけていたいです。
Q 最後に、なぜ広島は人を生み出す街だと思いますか?
A 夢を追いかけている人を応援してくれるパワーが凄いから。故郷に帰ったら、出会う人出会う人が「がんばりんさいよ」と温かく、いや熱く!励ましてくださいます。そんな広島が大好きです!
すばらしい「人を生み出す街」には、その街自体に何かすばらしい魅力があるはずです。 みなさんも、多くの才女を生み出している街・広島を訪れ、その魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
<参考>
・「高野菜々」公式ブログ
・「音楽座ミュージカル/Rカンパニー」ホームページ
(ひろしまファンクラブ 平成22年3月18日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第21回カープと東京と女子大生
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ただ今奮闘中の我らが新生野村カープ。
「頼むからええかげん優勝して~!」こんな願いは地元広島だけでなく全国のカープファンが抱く真っ赤な夢。もちろん東京のファンも無茶苦茶熱い!
今回登場するのは、ともに都内の大学4年生、高場ゆみさんと水永成美さん。2人は、今年2月首都圏でカープを応援するフリーペーパー『Capital』(首都圏という意味を込め)を自主的に作成し、1,000部を都内の広島お好み焼店などに配付しました。
「私たちは東京ドームのビール売りのバイトで知り合った仲です。それぞれ緒方選手と前田智徳選手の熱狂的なファンで、オジサン好みなところも一緒ですごく盛り上がりました。」と、ご自慢の手作り選手写真入り手帳を笑顔で見せる二人。
「カープ選手の頑張っている姿と関東のファンの熱さを見て、自分たちも何かできないかな?じゃあフリーペーパーを作ろう!ってことに。」
作成費用約7万円を捻出するため、スポンサー探しでお好み焼店など約70店に飛び込み、たくさんの温かい協力を得ることができたそうです。
輝く創刊号の目玉は、石井琢朗選手へのインタビュー。ほとんど押しかけ状態で取材に行き、それでも親切に応対してくれた石井選手に感激。インタビュー中に思わず涙がポロリ。
石井選手「インタビューで泣かれたの初めてだなぁ。」(さすがオジサン好み?!)
そんな彼女たち、実はただ今、就活中なんです。
「まだ決まっていませんが、どんな仕事についても、今回フリーペーパー作りで経験した『人と出会いの大切さ』を忘れないようにしたいです。」
最後に編集後記から。
「とは言え、カープの長い歴史の、ほんの一部しか見てきていない私達が、このようなことをするのは、出過ぎているのではないかと躊躇したこともありました。また、完成度も部数も決して満足できるものではありません。それでも私たちは、いつか本誌が、関東のカープファンをつなげられる媒体になることを信じています。そのためには、皆様のお力が必要です…」
次回発行予定は半年後。カープという球団は、つくづく幸せ者じゃの~。
【延長戦】
その後、彼女たちにとって嬉しいことが2つありました。一つは、カープフリーペーパーの先輩である広島の『月刊ホームラン』(発行(株)ザメディアジョン)からコラボ企画のオファーが。そしてさっそく5月号から「東京鯉物語」として掲載。まず東京ドームでの木村拓也さんの追悼試合をレポートしました。
そしてもうひとつ一つは、都内の他の学生たちから、自分も参加したい!との連絡が続き、現在メンバーが12人に増えました!今後はカープともに彼女たちの活躍も応援したいものです。
【参考】
『Capital』ホームページ http://capital21.web.fc2.com/
『月刊ホームラン』ホームページ http://www.mediasion.co.jp/?cn=100019&bct=1017
(ひろしまファンクラブ 平成22年5月13日号掲載)
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カープを応援するフリーペーパー『Capital』は
都内のお好み焼き店に配布しました

協力してくれたお好み焼店へ完成報告

フリーペーパー『Capital』と
『月刊ホームラン』
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第22回「銀座と八丁堀」
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【広島の東】
「ここが、あの、♪楽し都、恋の都、夢のパラダイスよ~、の銀座かいの!」
広島から上京してきた知人にせがまれ、柄にもなく銀ブラぶらぶら。おっちゃん二人が当てもなくさまよいながら、四丁目交差点へ…。そこには、時計台で有名な和光ビルが鎮座。
「これこれ!テレビでよう見る場所。これぞ“THIS IS GINZA ! ”じゃ!」
そう言って、嬉しそうに写真を撮っていた知人。でもしばらくすると、ふと首をかしげ…。
「じゃが、初めてなんでもっと感激するかと思ったが、何か妙に見慣れた感じがする。なんでかのう?」
ということで…、
右に掲載している2つの写真。これを見くらべてどう思いますか?
(1)は、上記の東京の銀座四丁目交差点にある、和光本館(旧服部時計店)。
(2)は、広島市中区の八丁堀交差点にある、福屋八丁堀本店。
実は、この二つは共に渡辺仁氏の設計で、和光は1933年、福屋は1938年に竣工した建物。まあ兄弟のようなものです。そして、共に繁華街一等地の交差点にあります。そう言われたら、銀座と八丁堀、どことなく似ているかも?
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(1)東京・銀座(和光本店)

(2)広島・八丁堀(福屋八丁堀本店)
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近年、「インバウンド」と呼ばれる海外観光客の誘致が国を挙げ行われています。銀座にも、中国・韓国などアジアからの観光客が大挙して押し寄せショッピング三昧。
そんな中、ちょっと意外に感じますが、欧米からの観光客には日本の近代建築がとても人気だそうで、それを見るために来日する人たちも結構多いとのこと。都内にある外国人用観光案内所では、銀座や表参道にある有名建築家の近代建築物(個性溢れるファッションブランドのビルなど)を紹介したマップを配ったりしています。
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【東京の西】
広島市内にも、戦後建築物として初めて国の重要文化財に指定された広島平和記念資料館や世界平和記念聖堂など、日本を代表する近代建築が多くあり、今それを見直そうという市民の動きがあるようです。
市民グループ「アーキウォーク広島」が、10月16日に広島の建築を巡る建築公開イベント「open! architecture HIROSHIMA 2010」を開催し、見学ツアーやトークセッションを行うそうです。(詳しくは下記ホームページで。★9月16日参加申込期限!)
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建物見学の様子 |
そのキャッチフレーズは、『建築を巡って、知らなかった広島を探しに行こう!』
「そう!いつも行ってる八丁堀に、あの銀座と兄弟の建築物があったとは知らんかった。ちょっと誇らしくて感激したわい!」(by 銀ブラ知人)
<参考>
・「アーキウォーク広島」ホームページ http://www.oa-hiroshima.org/
(ひろしまファンクラブ 平成22年9月16日号掲載)
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~
番外編「広島の東・京都の西」
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近年、日本は観光庁を設置し、国を挙げてインバウンド(海外からの観光客誘致)に積極的に取り組んでいます。
全国的に見れば、お隣の中国や韓国などアジアからのお客さんの割合が断然多いのですが、中には欧米など世界中から万遍なく人々が訪れる街がいくつかあります。
その代表的な街が、日本の観光首都?「古都 京都」、そして我が「水の都 広島」だそうです。
平成20年の全国の国別外国人観光客数の上位は、韓国、台湾、中国ですが、京都市は、アメリカ、台湾、オーストラリア、広島市はアメリカ、オーストラリア、中国(以下、韓国、ドイツ、フランス、イギリス等)。
2年前、このコーナーで「パリと広島」の魅力を勝手に比較していましたが、今回は、「京都と広島」を、相変わらずの独断偏見で記してみようと思います。(異論などあればゴメンナサイ。)
【京都 & 広島】
| ≪京都≫ |
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≪広島≫ |
| ・古都 |
⇔ |
・水の都 |
| ・旧首都(平安・室町時代など) |
⇔ |
・臨時首都?(1894年大本営・国会設置) |
| ・世界遺産(古都京都の文化財) |
⇔ |
・世界遺産(原爆ドーム・厳島神社) |
| ・鴨川・琵琶湖疏水 |
⇔ |
・太田川 |
| ・比叡山 |
⇔ |
・比治山 |
| ・哲学の道(日本の道100選) |
⇔ |
・平和大通り(日本の道100選) |
| ・大文字焼き(五山送り火) |
⇔ |
・高松山大文字焼き・とうろう流し |
| ・保津川下り |
⇔ |
・リバークルーズ・雁木タクシー |
| ・錦市場 |
⇔ |
・広島駅前市場 |
| ・能、狂言 |
⇔ |
・ひろしま神楽 |
| ・千家(茶道) |
⇔ |
・上田宗箇流(茶道) |
| ・伏見(三大酒処) |
⇔ |
・西条(三大酒処) |
| ・山紫水明處(頼山陽書斎) |
⇔ |
・頼山陽史跡資料館(旧居) |
| ・旧京都市電 |
⇔ |
・広島電鉄(旧京都市電が現役活躍中) |
| ・全国女子駅伝 |
⇔ |
・全国男子駅伝 |
| ・京都議定書 |
⇔ |
・ヒロシマ・ナガサキ議定書 |
など、など。。。

頼山陽史跡資料館(広島) |

広島電鉄(旧京都市電「清水」)
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【結(ゆい)】
そんな京都と広島が、昨年から一緒に海外で観光PRを行っています。今年もアメリカでの旅行イベントに共同で出展するとか。
京都に比べると広島の観光客の数はまだまだですが(平成20年国内外総数:京都市約5千万人、広島市約1千万人)、広島には京都にも負けない素晴らしいポテンシャルがあると思います。 今後それらがより一層磨き上げられ、将来、京都のように観光のゴールデンルートと呼ばれるような魅力ある街になればいいな、と期待しています。
<参考: 「広島市観光動向」>
(ひろしまファンクラブ 平成22年10月14日号掲載)
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京都と広島の
共同観光PRパンフレット |
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広島と東京を結ぶ~広島の東・東京の西~第23回「輝け俺たちの誇り!」
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沸き立つ紫の波!輝くトロフィー!
11月3日、東京・神宮外苑にある国立競技場に、我らがサンフレッチェ広島の晴れ舞台を見に行ってきました。
2010Jリーグ・ヤマザキナビスコカップ決勝、対ジュビロ磐田戦。 念願の3大タイトル初獲得を信じ、アウェイ側スタンドには全国のサンフレサポーターが集結。魂を込めた熱い熱い応援で紫色の炎がはげしく燃え上がっていました。
その中の一人、森拓也さん。サンフレ応援のために全国を飛び回っている熱心なサポーター。 この日も特別に用意した必勝のコレオ(コレオグラフィ)を、早朝から仲間と一緒に一枚ずつ客席にセット。 「見ていてください、ビックリするようなコレオですよ!」 そう言って、さわやかな笑顔を見せる森さんは、埼玉県出身で横浜在住。実は広島にはまったく縁もゆかりもありません。
そんな森さんが熱いサンフレサポーターになった理由は… 「2007年のJリーグを観ていて、一番楽しく素晴らしいサッカーをしていたのがサンフレでした。それなのにその年J2へ降格してしまった。その時、ヒサト(佐藤寿人選手)が涙を流しながら『絶対に1年で復帰する』とファンに約束して真っ先に残留宣言をした。その姿を見て何とも言えず胸が熱くなってしまいました…。」
今日の晴れ舞台、選手たちと一緒に悲願のタイトルを!そんなサポーターの想いを載せ、コレオは見事に花開き、その中で栄光のトロフィーがまぶしく輝いていました。
◇ ◇ ◇
試合は延長にもつれ込む熱戦の末、無念にも敗退。ヒサト選手も出場の機会はありませんでした。あとほんの数分のところで栄光のトロフィーが…。 「結果は残念でしたが、最後の最後まで必死に走る選手と応援を諦めないサポーターとともに闘えたことは、とても誇りに感じています。次こそ悲願のタイトルを勝ち取れるよう、みんなでまた闘っていきたいと思います。」(by森さん)
今日もどこかのスタンドでサンフレサポーターの熱い声が…
「♪さあ、行こうぜ、どこまでも~、走り出せ!走り出せ! 輝け俺たちの誇り…。」
【参考】 サンフレッチェ広島ホームページ
ひろしまファンクラブ 平成22年12月2日号掲載)
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俺達の誇り!
紫の戦士たち

輝くトロフィー(見事なコレオ)

沸き立つサンフレ・サポーター
(国立競技場
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がんばろう東日本!支援・ボランティア情報~広島市下水道局
(施設部・山田部長、管路課・池庄司課長補佐)
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3月11日に起きた東日本大震災。未曾有の災害に対して、私たち“ひろしま”ができることは何か、それを考える参考として各方面で災害支援に携わっている方々にお話しをうかがいました。
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●どのような支援をされたのですか?
3月18~25日に仙台市で下水管の被災状況の調査を行いました。全国の政令指定都市と東京都が災害時の支援等について協定を結んでいて、広島市下水道局からは第1次部隊として11人の職員が現地で活動を行いました。下水道局ではこの後も順次支援部隊を派遣しています。
●状況はいかがでしたか?
幸い下水管自体に大きな被災はなかったのですが、仙台市内の下水処理施設は壊滅状態でした。家屋や車が瓦礫と化している街の姿には言葉が出ませんでした。
●市民のみなさんの様子は?
とにかく食べるものがない、住むところがない、といった中、わずかに開店していたコンビニの前には大行列ができていました。そのような過酷な状況でも、【災害支援 広島市】という腕章などを着け活動している私たちに、『ごくろうさまです』『わざわざ遠くからありがとうございます』といった温かい声をかけていただきました。」
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局長室での打ち合わせの様子

出発時の様子 |
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お話いただいたお二人は、距離的には遠いが個人としても何らかの支援やボランティアなどができれば、と口にされていました。
私たち“ひろしま”の一人一人ができること、それをしっかり考えて実行して行ければと思います。
(ひろしまファンクラブ 平成23年4月7日号掲載)
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鯉城のコスプレは五月晴れ!
広島城でコスプレ!?
新緑が目に染みる皐月、日ごろ四十肩に悩むおっちゃんは、なんとも言えない不思議な高揚感に誘われて、オールジャンルコスプレイベント「コスカレード鯉城」に足を運んでみました。いったいど
カープ侍見参! |
んなんじゃろう…。
<分析>
その1「なんだ、この若者たちの数は!」
⇒10~20歳代を中心にした約300人のコスプレイヤーさんたちが、広島だけでなく、大阪、福岡、高知…、果てはアメリカから参戦したとのこと。今時、自主的に若者たちがこんなに集まることってあるのだろうか…。
その2「なんだ、この若者たちの礼儀正しさは!!」
⇒正直コスプレに変なイメージがあったおっちゃんは、「こんにちは!」「ありがとうございました!」って、写真撮影をお願いすると、きちんと挨拶してくれるコスプレイヤーさんたちの姿に感激しました。(黙って撮り逃げしていく大人の方がよほど恥ずかしい…)
<コスプレイヤーさんや来場者を撮影するときは必ず被写体に声をかけるのがマナーで、動画撮影は禁止だそうです。みんなで守りましょう!>
その3「なんだ、この楽しさは!!!」
⇒写真を撮り合う以外特に何をするわけでもなく、各自勝手気ままに楽しむそのゆるゆる感が何とも心地ええ!広島城の観光客や修学旅行生なども自然と笑顔で集まってきて、思わずコスプレ体験コーナーへ…。(総来場者約1,200人、うち外国人約50人)

「薄桜鬼」かっこええのう・・・。 |
会場の様子(広島城二の丸) |
<結論>
“風薫る、鯉城のコスプレ五月晴れ!(四十肩も忘れそう…)”
※今後も「コスカレード」は広島のいろんな場所で開催されるそうですので、ぜひ一度足を運んでみてください!
オバQ?ではなくて、「エリザベス」だそうです。 |
「コスカレード」ホームページ http://cosquerade.jp/
(ひろしまファンクラブ 平成23年5月19日号掲載) |
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