【ワシントン=河浪武史】米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長がトランプ次期米大統領の主要政策に異論を唱え、次期政権と距離を置き始めた。トランプ氏が主張するドッド・フランク法(金融規制改革法)の撤廃に強く反対。巨額減税やインフラ投資策も「財政拡張の余地は大きくない」と不安視した。次期政権との溝が深まれば、金融政策運営が不安定になるリスクもある。
「金融規制の時計の針が巻き戻されるのは見たくない」。17日、米議会証言に立ったイエレン氏は、トランプ氏が主張するドッド・フランク法の撤廃に強く反対した。
2010年に成立した同法は、金融危機の再発を防ぐため、巨大銀行の監督を強化し、高リスク取引も禁じる。トランプ氏は同法で経済成長が鈍化したとして「撤廃する」と主張している。
イエレン氏は議会での質疑で「同法は金融危機の防止に重要だ」とトランプ氏に反論した。ただ、トランプ氏は選挙戦でウォール街を批判するなど、銀行規制の緩和一辺倒ではない。共和党も中小銀行を中心に規制緩和する考えを示しており、実像が見えるまで時間がかかりそうだ。
「米経済は完全雇用に近く、大規模な需要喚起策が必要なわけではない」。イエレン氏はトランプ氏の巨額減税やインフラ投資策にも異論を挟んだ。財政支出の拡大でインフレが進めば「FRBも考慮しなくてはならない」と利上げペースを速める可能性も指摘した。
トランプ氏の巨額減税策は10年で4~5兆ドルの歳入不足が発生するとも指摘されてきた。イエレン氏は既に連邦政府債務が膨らんでおり「財政の拡張余地はあまり大きくない」とも指摘。「我々は議会がどう判断するか注視している」と徹底した議論を求めた。
イエレン議長が公の場で政策方針を語るのは、8日の大統領選後で初めてだ。トランプ氏への異論を隠さなかったのは、中央銀行の独立性に危機感があるためだ。トランプ氏は選挙戦中に「イエレン氏はオバマ政権を支えるために利上げを避けている」などと批判を繰り返してきた。
共和党の一部議員はFRBの金融政策を議会が監視する「FRB監査法案」を用意。トランプ氏も賛意を示したことがある。イエレン氏は「政治が中銀に圧力をかけた国は、経済環境が非常に悪くなる」と述べ、ハイパーインフレに突入するリスクにまで言及した。
オバマ政権下で金融規制の旗振り役だった米証券取引委員会(SEC)のホワイト委員長は、トランプ氏が次期大統領に決まり、早々に辞任を表明した。後任には規制撤廃派のポール・アトキンス元SEC委員らが挙がっており、次期政権の金融監督体制は大きく変わりそうだ。
イエレン氏も質疑で辞任の可能性を問われたが「18年までの4年の任期を全うする」と即答した。ただ、トランプ氏はイエレン議長を「再任しない」と述べており、2期目は見えていない。FRBは議長を5期務めたグリーンスパン氏を筆頭に、長期政権で金融政策の安定運営につなげてきた。次期政権との溝が広がれば、利上げペースなどが見通しにくくなる可能性もある。