民間給与実態統計調査からわかること
毎年、国税庁から民間企業の年収調査の報告書が出ています。いつ読んでも新しい発見があり、興味深いものです。国税庁から出ているというところがミソですね。
源泉徴収票が出る前に改めて読んでみました。
平均年収、過去10年間の推移
年 | 万円 | 伸び率 |
平成17年分 | 436,8 | ▲ 0.5 |
平成18年分 | 434,9 | ▲ 0.4 |
平成19年分 | 437,2 | 0.5 |
平成20年分 | 429,6 | ▲ 1.7 |
平成21年分 | 405,9 | ▲ 5.5 |
平成22年分 | 412,0 | 1.5 |
平成23年分 | 409,0 | ▲ 0.7 |
平成24年分 | 408,0 | ▲ 0.2 |
平成25年分 | 413,6 | 1.4 |
平成26年分 | 415,0 | 0.3 |
平成27年分 | 420,4 | 1.3 |
※民間給与実態統計調査から作表
原資料では「平均給与」としていますが、つまり年収ということです。これは、男女、雇用形態、年齢、すべて押しなべての数値です。平成17年が436万円だったのに対し、平成27年は420万円です。リーマンショックの影響があった平成21年には-5.5%、およそ406万円まで落ちています。
ただ、この下落率は株式などの金融商品の下落率に比べればまだ軽いものです。このことは継続して勤務することの大切さ、労働収入の安定感を教えてくれます。
つまり、投資を生活の基盤にするには、よほどの腕前かスケールメリットが生かせる資産額が無いと不可能だということです。一時的に買ったとしても、凄腕の投資家以外は運によるところが大きく、継続的に収入を得続けることは期待できません。
しかし、労働収入は年齢による微増にとどまる人が多くを占めます。
そして、これからも劇的に平均給与が伸びることはありません。伸びるとすれば、劇的なインフレとセットになってくる時です。縮小経済に生きるということはそういうことであり、縮小経済社会を生き抜く投資術が必要になっている所以でもあります。
日本円だけでなく、ドルなどの外貨も持っておくこと、日本株だけでなく米国株など外国株を持っておくこと、こういった分散投資での防衛は有効な手立てです。ドル建て収入が得られるからです。
年齢階層別の平均給与はこうなっている
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2015/pdf/000.pdf
平均年収が全業種、男女、全年齢層押しなべてのデータなのに対し、これは年齢階層別の平均給与です。
男性の場合50代前半にピークが来ていることが読み取れます。これは、日本社会がまだまだ年功序列を基本とした給与体系になっていることと無縁ではありません。多くの人にとって労働することの最大の対価は50代前半にあると言って良いでしょう。
そういう意味では昨今よく聞くアーリーリタイヤというのはこの黄金期を手放すことを意味します。黄金期を手放しても良いほどの資産形成ができていれば全く問題ありません。しかし、それは簡単なことではありません。
このようにして、一生労働し続けなくてはいけないシステムが出来上がっていることが実感されます。
それに対して女性は30歳前後にピークが来ていることがわかります。これは、結婚や出産を機に退職せざるを得ない現状を示しています。日本総活躍社会は女性労働力の活用もテーマになっていますが、説得力を持ちます。
正規、非正規雇用の厳然とした平均給与格差
正規、非正規についてみると、1年を通じて勤務した給与所得者の1人当たりの平均給与は正規 485 万円(同 1.5%増)、非正規 171 万円(同 0.5%増)である。
これを男女別にみると、正規については男性 539 万円(同 1.2%増)、女性 367 万円(同 2.2%増)である。
非正規については男性 226 万円(同 1.7%増)、女性 147 万円(同 0.2%減)となっている 。
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2015/pdf/000.pdf
※上記資料13ページから。適宜改行、句点を入れて改編。
正規雇用か非正規雇用で倍以上の給与格差があります。
また、男女によっても給与格差があります。
正規雇用は重い責任を背負わされたり、拘束時間が長いケースがあります。過労死問題が騒がれて久しいですが、ほとんどはこの正規雇用者から発生しています。いわば、時間と精神を犠牲にしつつ、給与を得ているともいえるわけです。
非正規雇用は時間給であることが多く、サービス残業も少な目です。そういう意味では契約関係がよりはっきりしていると言えます。しかし、社会保障面や給与面で貧弱な契約が多く、経済的に課題を抱えるケースがあります。
「仕事の半分はがまん、もう半分はあきらめでできている」
という名言?があります。それだけ仕事で自己実現している人が稀有だということでしょう。逆に言うと、仕事が楽しく、充実している人は幸せです。プライベートを知らず知らずのうちに犠牲にしている人も多いですが、今はまあ良いのでしょう。
よりよく生きるために、雇用者と労働者の関係をどのように想定した働き方をするのか、自分はどのような生き方をしたいのか、しっかりしたビジョンを持たないとそれぞれのマイナス面に振り回される社会人生活になってしまいます。
私は人生とはみたらし団子のようなものだと考えています。例えば仕事、趣味、地域、家庭、など大事にすること、それぞれのバランスが良くて初めておいしい団子になります。ややもすると仕事の団子ばかりが大きい、いびつなみたらし団子になります。人生終わりに差し掛かってそのことに気づいても「時すでに遅し」です。
当たり前ですが雇用者である会社は、人生のすべてを面倒見てくれるわけではありません。仕事のおもしろさに埋没するとこのことを忘れ、退職後になにもすることがない、という空虚感を味わうことになります。
たった一度しかない人生をどのように描くのか。それはとりもなおさず自分自身の生き方、在り方そのものということになります。