音楽シーンを襲う異変
「最近のヒット曲って何?」
そう聞かれて、すぐに答えを思い浮かべることのできる人は、どれだけいるだろうか? よくわからない、ピンとこないという人が多いのではないだろうか。
かつてはそうではなかった。
昭和の歌謡曲の時代も、90年代のJ-POPの時代も、ヒット曲の数々が世の中を彩っていた。毎週のヒットチャートを見れば、何が流行っているのか一目瞭然だった。テレビの歌番組が話題の中心にあった。
でも、今は違う。シングルCDの売り上げ枚数を並べたオリコンのランキングを見ても、それが果たして何を示しているのか、判然としない。流行歌の指標がどこにあるのかわからない。それが今の日本の音楽シーンの実情だ。
果たして何が起こっているのか?
「音楽不況だからしょうがない……」
そんなことを言う人もいる。確かにCDの売り上げは右肩下がりで落ち込んでいる。
しかし、音楽の〝現場〟には、今も変わらぬ熱気がある。それは、音楽ジャーナリストとして20年近くロックやポップ・ミュージックについて取材と批評を続けてきた筆者の正直な実感だ。音楽フェスの盛況、ライブ市場の拡大もそれを裏付ける。
ヒットをめぐる構造的な問題
では、なぜヒットが生まれなくなったのか?
(PHOTO: Getty Images)
実は、それは音楽の分野だけで起こっていることではない。
ここ十数年の音楽業界が直面してきた「ヒットの崩壊」は、単なる不況などではなく、構造的な問題だった。それをもたらしたのは、人々の価値観の抜本的な変化だった。
「モノ」から「体験」へと、消費の軸足が移り変わっていったこと。ソーシャルメディアが普及し、流行が局所的に生じるようになったこと。
そういう時代の潮流の大きな変化によって、マスメディアへの大量露出を仕掛けてブームを作り出すかつての「ヒットの方程式」が成立しなくなってきたのである。
本書は様々な角度から取材を重ね、そんな現在の音楽シーンの実情を解き明かすルポルタージュだ。
ミュージシャン、レーベル、プロダクション、テレビ、ヒットチャート、カラオケなど、それぞれの現場の人たちが時代の変化にどう向き合っているのか。その言葉は、たとえ音楽に興味がない人にとっても、あらゆる分野で「ヒット」が生まれなくなっている今の時代を読み解くためのキーになるのではないかと思う。
ヒットは聞く人が作る
本書の構成は以下のようになっている。
第一章では、90年代から現在に至るまで、音楽ビジネスを巡る状況がどう変わってきたかを解説する。日本の音楽シーンを代表するヒットメーカーとして、音楽プロデューサー・小室哲哉と、いきものがかり・水野良樹という二人の作り手に話を聞き、それぞれのスタンスと、ヒット曲についての考え方を探る。
第二章ではヒットチャートの変化に迫る。極端な結果を示すようになったオリコン年間ランキングから、「AKB商法」とも言われる特典商法がヒットチャートを〝ハッキング〟してきた経緯を示す。そして、当のオリコン側にそのことをどう捉えているのかを尋ねる。
また、複合的な指標を用いた新たなヒットチャートを掲げるビルボードの狙い、そしてカラオケランキングから見えるヒット曲受容の変化を解き明かす。
第三章はテレビの音楽番組をテーマにしている。10年代になって民放各局で放送されるようになった「超大型音楽番組」の登場、そしてその長時間化は、果たして何を意味しているのか。制作者の意識を問う。
第四章はライブ市場の拡大の背景にあるものを解き明かす。なぜフェスは盛況を続けているのか。そして大規模な演出を用いたワンマンライブやコンサートが増えてきているのはなぜか。「動員の時代」となったここ十数年の変化、そしてその向かう先を探る。
第五章では、ビジネスやマーケットではなく、音楽の中身について論じる。00年代以降、日本のポピュラー音楽の潮流はどう変わってきたのか。海外への憧れとコンプレックスから解き放たれて独自の進化を果たした「J-POP」という言葉の意味合いの変化、日本発のポップ・カルチャーとして海外進出を果たしているその原動力を分析する。
そして第六章では、大きな転換期を迎えている世界全体の音楽市場の動向を見据え、日本の音楽シーンの先行きを探る。ストリーミング配信が普及し十数年ぶりにレコード産業が拡大基調となった海外で、ヒットはどのように生まれるようになったのか。
ロングテール以降の時代にグローバルなポップスターが君臨するようになった経緯、そして新たな「モンスターヒットの時代」の仕組みを解き明かし、この先に訪れる未来の可能性を示す。
日本のロック/ポップス史に大きな足跡を残したミュージシャン・大瀧詠一は、かつてこう語った。
歌は世につれ、というのは、ヒットは聞く人が作る、という意味なんだよ。ここを作る側がよく間違えるけど。過去、一度たりとて音楽を制作する側がヒットを作ったことはないんだ。作る側はあくまでも〝作品〟を作ったのであって〝ヒット曲〟は聞く人が作った。(『大瀧詠一Writing & Talking』白夜書房)
とても鋭い洞察だと思う。
しかし、いつの間にか「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉自体を、あまり耳にしなくなった。歌謡曲の時代には一つの定番だったフレーズは、今はその意味合いが薄れてきている。
かつて、ヒット曲は時代を反映する〝鏡〟だった。
果たして、今はどうだろうか?