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第1回「CSRと人権」2004年5月24日

<写真>寺中誠氏

寺中誠氏
アムネスティ・インターナショナル日本
事務局長

アムネスティ・インターナショナル日本とは

世界人権宣言(*1)が守られる社会を実現するために、国境を越えて活動するNGO。人権侵害の予防・根絶を目指し、人権問題に関する啓発や政策提言に取り組む。国連やヨーロッパ評議会で協議資格を持ち、140以上の国に100万人を超える会員を擁する。

(*1)世界人権宣言とは:1948年、国際連合総会で採択され、すべての人民とすべての国とが達成すべき基準として布告された宣言。

契約社会の基礎は人権

<写真>寺中氏

河口:
人権問題は、まだ日本ではなじみが薄い感があります。そもそも人権とは何か、ということからお話いただけますか。

寺中氏:
人権は契約社会の基礎となるものです。契約社会はお互いに対等な個人を前提にしていますが、現実の社会では強者と弱者がいて人間は平等ではありません。人権問題を解決するためには、弱者をどう保護するか、弱者の権利をどう保障するかが課題になります。人権を保障するための手段の一つとしてアファーマティブアクション(*2)がありますが、それ以外にも支援基金の設置やカウンセリングの提供などさまざまな救済措置があります。

(*2)アファーマティブアクション:不当な差別を受けてきた人々(女性・少数民族・障害者など)へ、積極的な優遇処置をとること。例えば、雇用や教育の機会均等などが挙げられる。

公権力の問題性とCSR

<写真>河口

河口:
日本では最近、国歌斉唱の強要を批判した元教諭が家宅捜索されるという事件がありました。これは言論の自由の侵害という側面があるように思います。通常日本では人権は保障されているのが当然という印象がありますが、細かく見るとこういった問題がある、というのが現状でしょうか。

寺中氏:
表現の自由や言論の自由に関して、まさに今おっしゃるような状況が生まれています。ポストに自衛隊のイラク派遣反対を呼びかけたビラを入れただけで逮捕、起訴された事件もあります。ただ、それ以外にも、権利が本当に認められているかどうか疑ってみる必要があります。日本では公権力(*3)に大きな権限が与えられており、それによって個人の人権が侵害されることがあります。本来であれば公権力は社会の構成員の権利を守るものですが、実際には逆に働いてしまう場合もあるのです。
日本では人権を保障する法的枠組みがまだ十分には整備されていません。例えば憲法が保障する対象は「国民」で、その文言のままでは外国籍の人は含まれません。この法的枠組みの下では、時に応じて外国人の権利が認められたり、認められなかったりすることになります。法の遵守は人権を守ることとイコールではありません。

(*3)公権力:国または公共団体が、国民に対して一方的に命令、強制し、法律関係を形成しうる権力。またはその力を行使する機関。

寺中氏:
「外国人研修生問題」(*4)がよい例です。日本には途上国から派遣された研修生が全国に約7万人います。彼らは研修生という名目で来日していますが、彼らのなかにはパスポートや預金通帳をとりあげられて、帰国が難しい状態に置かれ、安い労働力として酷使されている人もいます。彼らは研修生であることから労働者として認められないため、労働基準法の適用外とされ、適切な残業代も支払われない状況に置かれています。
こうした状況は一種の強制労働です。外国人研修生を受け入れているのは多くの場合中小企業ですが、彼らは大企業の2次、3次のサプライヤーでもあります。大企業としてもこの問題を見過ごしてはならないと思うのです。

(*4)外国人研修制度:外国人労働者を日本の企業・団体で受け入れ、1年以内の期間で技術・技能・知識の修得を支援する制度。入国管理法の下で実施され、財団法人国際研修協力機構(JITCO)が制度の実施に携わる。

河口:
企業が国に法律を変えるよう働きかけることがCSRの人権対応ともなりえる、ということですか。企業にとってはかなりハードルが高い話のように思えますが。

足元にある人権問題 日本社会を支える外国人労働者

<写真>寺中氏

寺中氏:
ハードルは高いかもしれませんが、日本社会の最底辺では、実際に多くの外国人労働者が人権を保障されない状態で様々な作業に従事しています。私たちが日常使うモノのなかにはそうした労働によって生み出されているものもあり、日本の多国籍企業はサプライヤーを通してこのような問題に関わっています。少なくとも日本経済が彼らの労働に支えられているという事実は認識すべきでしょう。
グローバル化のなかで多国籍企業は、人件費を削減するために日本国内では雇用調整を進め、途上国に拠点を移しています。職を失った日本人の不満は外国人労働者に向かいます。このような構造のなかで、外国人差別が助長され、不寛容な社会が形成されているのです。
外国人労働者の日本経済への貢献を考えれば、日本政府は彼らを締め出す政策をとることはできません。日本経団連でさえ、外国人労働者を受け入れるべきだと主張しています。しかし、彼らを単なる安い労働力として受け入れ、人権は保障しないという論理では、「日本残酷物語」が拡大するだけです。外国人労働者の権利を保障しながら、グローバル化の時代に入っていかないといけないと思います。

河口:
「CSRと人権」というと海外での労働問題というイメージがありますが、実際には国内にも同じ問題があるということですね。これはなかなか気づかなかった視点ですね。

寺中氏:
現在のCSR論議は、ともすると頭でっかちな観念論的なものになりがちです。実際には人権問題は足元にあるのですから。例えば、国内の外国人労働者問題を解決するためには、労働市場の全体的なコントロールが必要です。一企業が解決できる問題ではありません。国内的にも国際的にも様々なかたちで基準作りを進める必要があるでしょう。

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