子どもには、適度に「悔しさ」を感じる機会をもってもらいたいなー、と思います。
やはり人間、生きていると上手くいかない時って色々あります。上手くいかないと勿論面白くありませんし、時には落ち込んでしまうこともあるかも知れません。ただ、そこから再び浮き上がる、あるいはやる気を出す引き出しって、なるべく多い方が人生やりやすくなるんじゃないかなー、と。
「うまくいかなかった時」の感情をどう扱うか。それって多分、経験だと思うんですよ。
大人になってくると、「適度な失敗」「適度な敗北」って段々やりにくくなってきます。やってることが大きくなってくるだけに、失敗や敗北によるダメージが大きくなってきちゃうんですね。時には、子どもの頃になんでも上手くやっちゃった人が、大人になって軽い失敗をどう扱っていいかわからずに大ダメージ、みたいなことも発生しちゃいます。敗北から前向きに立ち直ることって、多分そんなに簡単なことじゃない。
だから、なるべく影響が小さい内に、上手いこと「失敗」出来る機会って多ければ多い程いいんじゃないかなあ、と私は思うわけです。
ところで、先日こんな知恵袋を見かけました。
楽しいはずのゲームなのに、ぶつぶつ文句を言い、時には地団駄を踏みながら悔しがる姿などが見受けられます。今までのゲームでこのようなことはありませんでした。スプラトゥーンをするとキレやすい子供になるというコメントを見つけ、これだ!という感じでびっくりしています。子供と話をし、没収することにきめました。
まあ良くある釣り袋のような気もしないではないんですが、丁度いい素材だったので覚えてたんです。
個人的には、「楽しいはずのゲームなのに、ぶつぶつ文句を言い、時には地団駄を踏みながら悔しがる」というのは、実にいいことだなあと思います。真剣に向き合うから、真剣に遊ぶから、地団太を踏むくらい悔しい。素晴らしいことなんじゃないでしょうか。
ゲームに負けても、実際のダメージなんて何にもありゃしません。けれど、負ければ悔しい。悔しいから何とかしたい。実に手軽に、「くやしさ」と「そこからリカバリーする経験」を摂取出来るツールなんじゃないかなあ、と思うんですよ。
「うまくいかない」「悔しい」からのリカバリー。真剣に、楽しくやっているからこそ、負けた時に超悔しい。超悔しいけれど、楽しいからやめたくはない。勿論ゲームばっかになっちゃうとまずいですけれど、適度に遊んでいる限り、こんなに絶妙な精神修養もなかなかないんじゃないかと。
長男も結構スプラトゥーンを遊んでいまして、凄く真剣に試合に臨みますし、負けると地団太踏む時もあります。けれど、それが前向きに「次は勝つ!!」になる限り、全然心配することはないと思いますし、実際私は全然心配していません。悔しさと、上手くいったときの嬉しさをたくさん摂取して、健やかに育ってくれるといいなあと思うばかりです。
だから私は、ゲームが適度に「くやしさ」を感じることが出来る遊びであり続けて欲しいなあ、と思っています。いや、時にはアクアノートの休日もいいですけれど、なんでもかんでも楽ちん、全然つまづく要素がない、みたいなゲームばかりにはなって欲しくないなあ、と、一ゲーマーとして、一ゲーマーの親として考える次第なのです。
今日書きたいことはそれくらいです。