英国の外交政策の基礎が、この6カ月間の出来事によって崩されてしまった。国民投票による欧州連合(EU)離脱決定と、米大統領選でのドナルド・トランプ氏の予想外の勝利だ。英米の「特別な関係」について語られていたのが、動きの読めない同盟国と協力できるのかという混乱に一変してしまった。
メイ首相は、英国独立党(UKIP)のファラージュ暫定党首がトランプ氏と会談し、つかの間の注目を浴びるのを見せつけられた。だが、失望するのは早すぎる。トランプ氏の勝利はリスクとともに好機も意味している。
オバマ米大統領がEUを離脱すれば貿易交渉で英国は「列の後ろに並ぶことになる」と警告したのに対し、トランプ氏は新たな通商関係を取り持つと言い立てている。これはトランプ氏が独断で決められるものではなく議会も発言権を持つが、それでも今後のためにとっておくべきカードだ。
現時点でメイ氏が優先しなければならないのはEUとの自由貿易協定、あるいは2年間の離脱交渉完了後の移行措置に関する交渉だ。EUをあからさまに軽蔑するトランプ氏と性急に歩調を合わせれば、欧州に対する英国の真意を極めて疑いやすくなっているEUの同盟国を離反させる恐れがある。英国経済を守るうえで、可能な限り緊密なEUとの関係が必要だ。
もう一つの未知数は、トランプ氏が外交政策をどう運営するかだ。選挙中の過激な発言よりは軟化するだろう。だが、英国との関係はトランプ氏の優先課題と戦略によって決まる。対ロシア関係、イランとの核合意、北大西洋条約機構(NATO)に対するトランプ氏の捉え方は英国の国益と相いれない。リークされた米政府からの公電が示すように、英外務省はトランプ氏を従来路線寄りに動かそうと考えているが、助言を受け入れるという前提は浅はかだろう。相手が外国人ではなおさらだ。
メイ首相は、さしあたり中間の道を探ろうとしている。メイ氏は14日、初の外交政策演説で、英国が自由主義とグローバル化を断固として守ることに変わりはないが、EU離脱決定とトランプ氏の勝利を受けて「状況に適応し、思考を進化させる」必要があると述べた。妥当な論だが、そのためには欧米に広がるグローバル化の反動を制御する巧みな外交が求められる。12月のイタリア国民投票、来年の仏独の選挙によって危険はさらに増す恐れがある。ナショナリズムの亡霊が欧州大陸につきまとっている。
■大統領就任後の行動で評価されるべき
メイ氏は、米国との特別な関係が常に共通の利益だけでなく共通の価値観にも立脚してきたことを肝に銘ずるべきだ。1945年以降の全ての米政権にとって、同盟国としての英国の重要性は欧州で英国が果たす役割の大きさとおおむね比例してきた。米国の外交政策に対する支持のまとめあげ、米国の価値観との一体化、米国の経済的利益のための経路としての役割だ。トランプ氏もEU離脱も、それを変えはしない。
トランプ氏は、その粗野な発言だけでなく大統領就任後の行動で評価されるべきだ。大統領選勝利後、トランプ氏はいくつかの面で極端な立場から退く姿勢を見せている。それをさらに続けて旧来の同盟国を尊重するなら、英国は重要な役割を持つことになる。
トランプ氏は付き合いやすいパートナーではない。おそらく内政でも外交政策でも、自由と民主主義の価値観を守る英国政府に悪影響が及ぶ決定を下すだろう。国家に永遠の友や同盟国はなく、あるのは永遠の国益だけだというパーマストン卿の名言は、もはや事足りない。英国の価値観も問題になるのだ。
(2016年11月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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