「90億円の簿外債務を、私ひとりで処理できるわけはない。会長も知っていたことです」
フィリピンからの国際電話で、千葉在住の日本の知人にこう訴えているのは、佐川印刷元役員の湯浅敬二氏(63)である。
湯浅氏は、未上場ながら連結売上高1000億円を誇る京都の印刷大手・佐川印刷で、2015年1月まで財務担当取締役を務めていた。同社では、外部からの通報により、湯浅氏による約90億円の資金流用が発覚。会社は内部調査の末に刑事告訴したものの、湯浅氏は京都地検の捜査が本格する前の同年2月末に東南アジアに向けて出国し、その行方は杳として知れなかった。 その間、京都地検は、約4億円の子会社資金を知人口座にインターネットバンキングで入金してだまし取ったとする詐欺容疑で湯浅氏の逮捕状を取り、海外でもすぐに身柄を拘束できる「国際海空港手配」の手続きを取った。
83年の佐川印刷入社以来、32年間、財務畑を中心にコツコツと勤め上げ、事件発覚の3年前に取締役に就任した湯浅氏は、海外に人脈があるわけでも、語学が堪能なわけでもない。にもかかわらず、1年8ヵ月に渡って逃げ続け、民事訴訟での裁判所の呼び出しにも一切応じることなく、一時は死亡説まで流れていた。
フィリピンでの拘束は、何者かによる通報によるもので、金銭トラブルが原因のようだ。マニラの地元紙によれば、首都圏タギット市の入管拘置施設にいる湯浅氏は、日本への送致を待っている段階。帰国次第、逮捕されることになる。
京都地検が描いている事件構図は、大胆かつ不可解なものである。
湯浅氏は、経理担当の部下を抱き込む形で、07年から14年の7年間に、子会社・エスピータックの口座から約90億円の資金を横領、簿外で出金・処理していた。
主な支出は、シンガポールに国際的なサーキット場を建設する計画があり、その資金などに約54億円、京都府のゴルフ場買収資金に約13億円、元横綱が関与するモンゴルの金融機関に約4億円、湯浅氏が関わったとされる事業に約16億円、その他支出に数億円である。
送金が70数回もほぼ同じ手口で繰り返されていたのは、「大胆」というしかない。同時に、簿外での流出ということになれば、あるハズの現預金が存在しないわけで、決算や監査で預金口座の残高を調べれば、すぐに判明する。なぜ、7年も見過ごされたのか。いかに湯浅氏が経理担当役員とはいえ、「不可解」というしかない。
その不可解さゆえ、「共犯者」の特定が難しい。湯浅氏には、複数の協力者がいるといわれている。
佐川印刷は、湯浅氏の刑事告訴とともに、湯浅氏と資金流出先のこの協力者らを民事でも訴えているのだが、彼らは「これだけの巨額資金が、佐川印刷の同意なしに引き出されているとは思えない」と、反論している。
読み込み中…