★ 『植民地期満州の宗教』その4 / 地の声 |
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日本帝国主義が精神上において中国人民の民族意識を破壊しようとするのに、仏教の教義は確実に利用できる重要な道具であった。そして、仏教総会の日本僧や中国僧たちは惜しむことなくその仏教教義を放棄し、教義にある”悲観厭世””逆来順受”(劣悪な境遇や理不尽な待遇を耐え忍ぶ)の観点に偏ってこれを強調し、その統治を強化しようとした。 日本人の指示の下、如光(傀儡仏教会「満洲国仏教総会」会長:地の声注)はしばしばハルビン、瀋陽、常口などの地を訪れ、寺院や居士林で講演を行った。そして、説法を通して群集に向かい”因果論”を植えつけ、「現世の果報は過去に原因があるため、人生の第一義は耐え忍ぶことである」のであり、「信仰のある者は菩薩親怨平等的做法(菩薩道による「親」も「怨」も平等であるという考え方)を学び、自分の父母を殺めた仇をも自分の父母としてみなければならない」(仁信、澍培「偽満洲国仏教総会会長如光」(『長春文史資料』1984)などと説いた。愚かにも中国人民の精神を麻痺させ、父母や同胞を惨殺した日本侵略者に我慢し、反抗しないように企んだのである。
(pp30-31 程舒偉「植民地時期満州の諸宗教抑圧」) |
No.481 2007/11/07(Wed) 09:40:59
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