ヒットチャートの崩壊が生み出す「懐メロの空白」

10年代の音楽マーケットに即した複合チャートを打ち出しているビルボード。チャート・ディレクターは「共感性の高いチャート」を作ることを目指しているという。なぜその必要性があるのか?
音楽ジャーナリスト・柴那典さんがその実情と未来への指針を解き明かす新刊『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)。本日発売の本書から特別公開します。

1位の曲を思い出せるか

 こうしてビルボードは10年代の音楽マーケットに即した新しい形のヒットチャートを打ち出している。開始当初は知名度も低かったが、地上波テレビ各局での露出も増え、共同通信社がそのランキングを報じるようになるなど、徐々に認知も広がっている。

 その理由の一端には、オリコンランキングに対する人々の認識の変化がある。CDの売り上げ枚数を上から並べたオリコンのランキング上位の曲と、人々の実感値としての「流行っている曲」が乖離しているのが感じ取れるからだろう。ビルボード・ジャパン、チャート・ディレクターの礒崎誠二はこう語る。

 「いろいろな人にオリコンさんのランキングを見せて『どのあたりから曲を思い出せなくなりますか?』と訊いたことがあるんです。そうすると、世代にかかわらず、00年代の後半あたりから上位の曲が思い出せなくなっていくんです」

 実際のところはどうだろうか。次に示すのは、1995年から2015年にかけて、20年間のオリコン年間シングルランキング1位曲を並べたリストだ。

 どの時代を懐かしく思うかは世代によると思うが、こうして見ると、チャートの変質は明らかだ。00年代の中盤から後半に一つの断絶があり、2008年と2009年は嵐が1位となる。
 そして10年代はAKB48が1位を独占する。もちろん嵐やAKB48が国民的なグループとして君臨しているのは間違いない。

 しかし楽曲自体の波及力はどうだろうか。「世界に一つだけの花」や「瞳をとじて」や「千の風になって」などの曲はサビのメロディやフレーズがリリースから数年経った後も広く記憶され、多くの人が口ずさむことができるが、それ以降の年間チャート1位の曲はそうであるとは言い切れない。

 数年後から振り返ったときに、ランキング1位の曲をどれだけ多くの人が思い出せるか。それはヒットチャートの有効性を測るための一つの目安と言えるだろう。

懐メロの空白

 ビルボードは「共感性の高いチャート」を作ることを目指している、と礒崎は語る。共感性が高いというのは、多くの人が上位の顔ぶれを見て「今話題になっている、流行っているのはこの曲なんだ」と納得できるようなチャートだ。

 週間チャートを比べると、オリコン週間ランキングに比べてロングヒットの傾向が表れやすいのがジャパンHot 100の特色だ。
 ラジオのオンエアやYouTubeの再生回数、ツイッターの言及回数がカウントされるため、人気アーティストの楽曲は発売前からチャートに登場する。リリースされた後も、テレビの歌番組などで披露され話題が続けば、数ヵ月にわたってチャート上位に残り続ける。

 たとえば2014年に発売されたにもかかわらず、2015年の年間ランキング1位になった三代目J Soul Brothersの「R.Y.U.S.E.I.」は、そういったロングヒットの代表である。

 そして、ヒットチャートは決してリアルタイムの人気や流行を示すためだけのものではない、と礒崎は言う。

 「共感性の高いヒットチャートがあれば、たとえ何年経っても、それを見て『この曲、流行ってたよね』と思い出せる。共通項としてのヒット曲を懐かしむことができる。そこにヒットチャートの意義があると思います」

 単に楽曲の売れ行きやアーティストの人気を示すだけでなく、後から振り返った時に、その時の時代性を示す一つの指標となる。未来から今を懐かしむための道標になる。それがヒットチャートの果たすもう一つの大きな役割と言えるだろう。

 ただし、「懐メロの空白」が生まれる危惧はやはり残されている。00年代後半から10年代の前半にかけての期間は、ビルボードも日本での説得力あるヒットチャートを作るために模索を繰り返していた時期だ。

 未来から振り返るならば、おそらく10年代前半は「ヒットチャートから流行歌が見えなくなった時代」と位置づけられるだろう。その理由の一端が、チャートの機能不全にあったことは明らかだ。

流行を最も反映するランキングとは何か?

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ヒットの崩壊

柴那典

「心のベストテン」でもおなじみ音楽ジャーナリスト・柴那典さん。新刊『ヒットの崩壊』では、アーティスト、プロデューサー、ヒットチャート、レーベル、プロダクション、テレビ、カラオケ……あらゆる角度から「激変する音楽業界」と「新しいヒットの...もっと読む

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