PLAYNOTE 映画『この世界の片隅に』

2016年11月14日

映画『この世界の片隅に』

2016/11/14 22:34
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観終わってすぐ、Twitterにはこう書いた。

今年ナンバーワンどころか、今まで観たあらゆる「戦争モノ」の中でナンバーワンだった気さえする。それはこの映画が、いわゆる「戦争モノ」ではなかったからだ。

「いわゆる戦争モノ」と言うのは、大別すると2つある。

  • 罪のない一般市民が戦争に巻き込まれ、「もう戦争なんて嫌だ!」と泣いたり怒ったりする、反戦のための反戦映画
  • 特攻隊をはじめ日本軍の兵士や将校を過度に美化して感動的なストーリーに仕立て上げる、愛国心映画

自分は戦争には絶対反対だし、今回この映画『この世界の片隅に』を観てさらに反対になったし、アメリカの原爆投下はとんでもない戦争犯罪だと思うし、昭和天皇の戦争責任もきちんと追求されるべきだと思うし、一言で言えば「左翼」にくくられる類の人種だろうが、上に挙げた「反戦のための反戦映画」や演劇・小説・漫画その他は大嫌いだ。そういうのはもう見飽きるほど観たし、リアルじゃないと感じる。普通の人が普通に戦争に加担したり肯定したり、それどころか狂信的に様変わりしていくことこそが恐ろしいと思うし、戦時中に突然「やっぱり戦争なんて、間違ってる!」とか言い出すヒロインは、やっぱりどうしても戦後の視点から作られた戦争モノに見えてしまうんだ。

この映画『この世界の片隅に』は、上述のような突然ヒロインが「戦争なんてやめよう!」とか言い出す類の映画じゃない。ただただ一生懸命、精いっぱい、普通に頑張って暮らしているヒロインの生活を描いており、日常モノと言っても過言じゃない。たまたまそれが戦争中で、たまたまたそれが日本最大の軍港のあった呉が舞台で、たまたま彼女が広島出身だったというだけで、これは徹底的に「日常」を描いた日常映画だ。

だからこそ恐ろしい。今こうして書いていても、また背筋がゾゾゾとして、目頭が熱くなってくる。……ここから若干ネタバレするが、たとえば彼女が不器用なりに炊事や縫い物に挑んでいて、夫や家族とのちょっとした軋轢にまごついたりもして、少しずつ食べ物も手に入らなくなる中それでもなんとかおいしいごはんを作ろうと奮闘して、そういう日常の光景を見ていると、もう、泣けてきてしまうのだ。きっとそれは私の想像力が、私の涙腺を攻撃するんだ。だってここは呉だし、彼女の実家は広島だし、昭和20年の8月に、彼女は里帰りを考えている。こんなに普通に日常を生きている彼女の未来を、俺はちょっと、いやかなり、知っているんだ。

制作者陣はとにかく描写の緻密さ、小道具や衣裳・町並みのリアルさにこだわったという。そしてそれはパーフェクトな効果を映画にもたらしていた。戦前の呉の風景なんて、俺は知らない。知らないはずなのに、まるで一緒にこたつを囲んで、街を歩いているような、家族のような気さえしてくる。ノスタルジーすら感じた程だ。それも「昔は良かったなぁ」なんていうノスタルジーじゃない、「この家、俺のばあちゃんちにそっくりだ」とか、「小さい頃、こういう風景見たなぁ」とかいう、もはや錯覚に近い移入だった。はっきりとこの映画は、俺のふるさとに似ていたんだ。どういうことだろう?

アニメ映画だが、芝居もいい。主演の「のん」がまずハマり役もいいところで、最初の台詞を聞いた時点で主人公のことが好きになっていた。のんびり屋さんで、ぼーっとしていて、抜けているけど一生懸命で。そんな女の子に萌え萌えアニメ声の声優が声をあてたら「狙い過ぎ」で興ざめもいいところだが、「のん」の朴訥とした演技は「かわいい」というより「田舎臭い」とか「どんくさい」印象が先立って(笑)、素晴らしい効果を発揮していた。またキャラクターの表情がよく動くし、微妙な葛藤を感じさせてくれる。説明臭い動きや表情が少ない分、人物の内心を実写映画やいい舞台作品を観るように、想像して観れた。

べた褒めじゃないか、と思われそうだが、べた褒めなんだ。泣けたからいい映画と言っているわけじゃない。これは本当に恐ろしい、ある意味ではひどく悪趣味な映画だとさえ言える。だって本当に普通の、何でもないただの人が、戦争の犠牲になっていくんだ。戦争に反対したわけでもないし、共産主義にかぶれていたわけでもない。本当にただの人、むしろ何の個性もないと言っていいくらい平凡な人たち。それが傷ついたり死んだりする。悪趣味な映画だろう? しかし戦争とはそういう、悪趣味なものなんだ。

そんな普通の塊のようなキャラクターたちに、何故こんなにも感情移入ができたのか? やはりディテールの細かさと芝居の巧みさだ。本当にいる家族のように思えたのは、本当の街を描こうとして、本当に当時の街の地図や店の名前、住んでいた人たちのことまで調べ尽くした制作陣の努力の賜物というほかない。観客としても手放しで絶賛だったが、同じクリエイターの端くれとしても手放し絶賛、頭が下がる、爪の垢を煎じて飲ませて欲しい、素晴らしい作品であった。

もう一度映画館に行こうかなとさえ思うが、そんなことは初めてかもしれない。演劇が良すぎて二度三度観たことは何度かあるが、映画では初めてだ。しかしこれは是非DVDじゃなくて映画館で観たい。淡々と平凡に描かれた日常に突如、空襲の爆音が鳴り響くあの瞬間の驚きと恐怖は、映画館でなければ味わえまい。兵器描写まで緻密なんだ。それに前半一時間はとにかく、とにかく静かな日常なので、あの爆撃の音と言ったら……。

不尽。是非もう一度観たいし、観て欲しい。ある程度歳を重ねた大人の方が楽しめると思います。お見事でした。