「トランプ外交」で世界のパワーバランスはどうなるのか?

シリアをめぐりロシアとの協調姿勢を示す一方で、同盟諸国との協力を見直す考えも示したトランプ氏。数々の過激発言で物議を呼んだ新大統領だが、その政策実現性は未だ不透明なままである。トランプ政権の下で、世界のパワーバランスはどう変化するのか。国際政治と安全保障の専門家の方々に伺った。2016年11月11日(金)放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「トランプ氏の大統領選勝利で世界のパワーバランスは今後どうなっていくのか?」より抄録。(構成/増田穂)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

不透明な外交方針

 

荻上 本日のゲストをご紹介します。放送大学教授で中東情勢、アメリカ外交政策がご専門の高橋和夫先生、中京大学教授、アメリカ外交政策や日米外交がご専門の佐道明広さん、ロシア情勢に詳しい、軍事アナリストの小泉悠さんです。よろしくお願いします。

 

高橋佐道小泉 よろしくお願いします。

 

荻上 まず、高橋さんに伺います。ムスリムやメキシコに対する強い敵対心が目立ったトランプ氏ですが、彼の勝利をどのように受け止めていますか。

 

高橋 グローバル化の大きな変化に取り残された白人労働者階級を、トランプ氏がうまく取り込んだと思います。グローバル化は恩恵ももたらしましたが、それについていけない人も数多く生み出した。民主党も共和党も、これまでこうした人々に対して具体的な対策をしてこなかった。そのツケが回ってきたと思います。

 

トランプ氏は経済的には1930年代、世界恐慌に対しニューディール政策を展開したフランクリン・ルーズベルト氏同様、雇用の促進を掲げて労働者階級の支持を得ました。今後の公共事業を期待して、すでに日米の建設業界では期待が高まっています。

 

一方外交面では、第二次世界大戦が迫り、イギリス支援のため積極的な介入政策を展開したルーズベルトに対し、トランプ氏は孤立主義を掲げて当選しました。過激な発言は選挙戦中のパフォーマンス的な面もあり、公言した全ての孤立主義的・排外主義的方針を実行するとは考ていませんが、これだけ煽って当選した以上、ある程度の政策はすると思われます。

 

荻上 佐道さん、トランプ氏の勝利が日米関係に与える影響についていかがお考えですか。

 

佐道 選挙期間中のトランプ氏の発言は、80年代の貿易摩擦を背景にした批判が目立ち、現状の理解に欠ける印象がありました。専門家に指摘され、その時々で説明を修正してきた。対する日本側も、安倍首相が14日に河井(克行)補佐官をアメリカへ派遣し、トランプ氏周辺の人脈などを調査させると言っています。お互いに情報が足りていない状況です。今後双方がいかに情報交換、共有をしていくのかが、日米関係の課題になるでしょう。

 

荻上 トランプ政権の誕生でアメリカの後退的な外交政策に拍車がかかり、急速なパワーバランスの変化が懸念されています。日本への影響も大きそうですね。

 

佐道 その通りだと思います。オバマ氏もアメリカは「世界の警察」ではないと発言しましたが、現状の国際秩序の維持に果たす米軍の影響力や重要性は認識していました。2000年代以降のロシアや中国の実力行使での秩序変更の動き対しても、周辺国との連携など、一定の努力を惜しまない姿勢でした。しかし、トランプ氏は孤立主義を公言していますし、選挙戦中の発言を見る限り、トランプ氏がこの現状を認識しているようには見えません。

 

日米外交への影響も重要ですが、アジア重視を唱えていたアメリカが一転してプレゼンスを低下させるとなると、各国が独自の政策を模索することになり、情勢が不透明化します。日本外交は包括的に戦略を練り直す必要が出てくるでしょう。

 

荻上 日本政府はトランプ氏が大統領になる想定はしていなかったのでしょうか。

 

佐道 全く考えていなかったわけではありません。トランプ氏との繋がりを作ろうとする動きもありました。しかし、具体的な対策はクリントン氏が当選することを意識したものが多かった。トランプ政権にどう対応するのか、今後早急に情報収集をしなければなりません。

 

 

米露協調路線が進む?

 

荻上 小泉さんに伺います。トランプ氏が大統領になることで、ロシアとの関係はどうなると思いますか。

 

小泉 トランプ氏が選挙戦中の発言を全て実行するなら、彼の当選はロシアにとっては願ってもないニュースです。トランプ氏の外交方針は孤立主義ですから、東欧や旧ソ連諸国など、ロシアの勢力圏への介入は減る。さらに、現在ロシア経済は原油価格の下落と経済制裁で非常に厳しい状況ですが、ウクライナ問題への介入に否定的なトランプ氏が政権を担うことで、同問題をめぐる経済制裁が緩和されることが期待されます。

 

荻上 ウクライナ問題は「冷戦2.0」とも言われましたね。

 

小泉 はい。しかし実際、今のロシアにはアメリカに対抗するだけの力はありません。現在ロシアのGDPは名目ベースで世界16位ほどです。どう考えてもアメリカを相手にして欧州やアジアで再び冷戦が出来る状態じゃない。

 

ロシア外交は現状変更を目的としているように見えますが、ロシア側からすると現状維持を目指したものです。これまでロシアの影響下にあった旧ソ連圏に、徐々に欧米が影響力を増している。これに対抗するため、厳しい経済状況にも関わらず強行姿勢をとっています。したがって、トランプ氏の孤立主義でアメリカが東欧などから撤退し、ロシアの影響力が保障されれば、強行姿勢は緩和されると考えられます。ロシアのトランプ支持にはこうした期待があるでしょう。

 

荻上 トランプ氏はエネルギー輸出にも積極的な考えです。ロシアの天然ガス輸出などに影響はあるのでしょうか。

 

小泉 ロシア内でもその懸念は指摘されています。アメリカがエネルギー輸出を行うと、ようやく持ち直しはじめた原油価格が再び下落してしまう。現在ロシアはトランプ政権の都合の良い面だけ見て期待を膨らませていますが、実際政権が始動すれば、浮かれてばかりいられないでしょう。

 

荻上 トランプ氏とプーチン氏の間には対話のムードもあるようですが。

 

小泉 プーチン氏はインテリ嫌いで、オバマ氏とはどうも馬が合わなかった。対してトランプ氏の自由奔放な物言いは、プーチン氏の性格と合う。加えてトランプ氏は経営者で、理念どうこうより目先利権で話がつけられるイメージがある。旧ソ連諸国の権威主義的な指導者に似たタイプで、ロシアとしてはこれまでのノウハウが通じる、やりやすい相手といった印象があるでしょう。

 

荻上 今後のシリア情勢に関してはどうでしょう。

 

高橋 シリア情勢に限定して言えば、トランプ氏が当選して安心した部分もあります。クリントン氏は難民の安全保護のため、飛行禁止区域の設置を提唱していましたが、そのためにはアメリカ空軍の配備が必要です。そうなるとロシアが黙ってはいない。実際、ロシアは最新式の地対空ミサイルを配備してアメリカの介入に備えていました。何らかのかたちで両軍が衝突すれば戦争になりかねない危険な状態です。トランプ氏は同地域における外交戦略の最重要課題をISILの討伐と考え、この点でロシアとは協力するという考えです。介入も限定的になり、米露衝突の可能性は低くなる。

 

一方で、トランプ氏はイランとの核合意に批判的で、大統領就任の暁には合意を破棄すると言っています。イランは再び核開発を進めかねず、それを実力行使で止めるとなると、イランと協力関係にあるロシアを刺激しかねません。トランプ氏は方々でいろいろな方針を示していますが、辻褄が合わないことも多い。政策を実践する上で、どう整合性をつけていくのかが重要になるでしょう。

 

荻上 難民問題の背景にはアサド政権の存在が指摘されています。ISIL掃討作戦が成功しても、政権がある限り問題は続くと考えられますが、いかがですか。

 

高橋 トランプ氏の立場では、難民問題はあくまで中東と欧州の問題です。問題の当事者性から考えて、アメリカが難民を受け入れる必要はなく、テロ対策の観点から受け入れるつもりはない。難民問題解決の鍵となるのは、最大数の難民を受け入れているトルコですが、トルコ大統領のエルドアン氏は、プーチン氏やトランプ氏と似たタイプの指導者です。うまく話をつけてトルコにどうにかしてもらう目論見かもしれません。

 

荻上 シリアに安全地帯を作り、プールするという話もありましたが。

 

高橋 トルコとしては、諸外国がいくら負担するのかという話です。アメリカ主導の安全地帯ではなく、トルコの協力でシリア内に避難区域を作る話もありましたが、アサド氏は主権国家として、他国が勝手に自国の一部を使用するなど認めません。実力を行使してでも止める。ロシアからアサド氏に受け入れを働きかけてもらうなど、可能性はありますが、どちらにしてもロシアとの連携が重要になってきます。そもそも難民問題に関してはトランプ氏は具体的に考えていない。今後どういった戦略を執るのか、先行きが見えません。

 

 

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荻上 リスナーからの質問です。

「欧州各国で極右政党が躍進しています。トランプ氏と協調する可能性はあるのでしょうか」

 

高橋 その懸念はあります。事実、イギリスのEU離脱派はトランプ氏との連帯感が強い。それぞれ難民問題に対する認識はありますが、「アメリカ・ファースト」に言い表されるように、国家の最たる責任は自国民の生活を守ることだと考え、積極的な対策には否定的です。

 

荻上 冷戦直後のような積極的な介入姿勢の限界は以前から認識されていましたが、オバマ政権は各国とのパワーバランスを調整しながら、ネットワーク型の協力体制を築くことを目指していました。この動きは変化するのでしょうか。

 

佐道 選挙戦中のトランプ氏の発言はうけを狙ったパフォーマンス的なものが目立ちました。政策提案は断片的で整合性がなく、今後有識者の意見を聞き、具体的な方針を打ち出すまでは、正確なことは予測できません。しかし、彼が早急に対応すると公言している政策の大部分は経済的なものです。彼の中で、安全保障政策の優先順位が低いことは明確です。経済政策に大きな影響がない限り、外交面で急激な方針転換をする可能性は低いでしょう。

 

話題になっている米軍駐留経費の問題に関しても、経費負担の増額など厳しい交渉をしてくる可能性はありますが、極東での各国との関係を大きく崩すことは避けると思います。日米同盟はアメリカにとっても有益なわけですから。それにもし駐留費を全額日本に負担させることになったら、米軍は単なる「傭兵」となることになり、軍隊を海外派遣して外貨を得ようとしているという批判を浴びかねない。理念を重視してきたアメリカ外交の根幹にもかかわることであり、トランプ氏の掲げる「偉大なるアメリカ」のイメージとも乖離することにもなる。現状を維持する方が都合がいいと解釈する可能性はあります。

 

ただ、政治経験がないこと、現状の変革を売りにしているトランプ氏としては、既存の政策の革新をアピールするしたい。その過程で現在の安全保障体制の見直しは行うでしょう。トランプ氏にとってはアジアよりも中東の方が早急な課題ですから、費用対効果を考慮し、アジアへの影響力が限定的になる可能性はあります。【次ページにつづく】

 

 

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