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生涯広布&広布一筋様

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年11月13日(日)23時59分11秒
  数日前の米国・トランプ氏に関する 投稿ありがとうございました ご指摘の通り 日本でもネガティブキャンペーンでした そのなかにあって 東京から広島に転居した 詩人アーサー・ビナード氏(中原中也賞・受賞)や 国際ジャーナリスト堤未果さん(国連・アムネスティ・米国野村証券勤務後独立)は トランプ氏の勝利を予測しておりました 「強欲な1%から アメリカをとりもどす」というトランプ氏からメッセージを受け止めたものと思います 「強欲企業VS国家」のTPPが当面頓挫したことに安堵しています  

ワシトコの行動

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年11月13日(日)23時44分2秒
  全部は言われへんけどな、
そら、ヨコハマの会合でっか?

そこにも、ワシトコの枝が行ってるわな。

その枝からに報告によるとやな、
「やっぱり会って話した方がエエ」


ワシ、いろいろ、あるから、反応せんといてや。

昔しからワシのコト、知ってる連中なら、分かると思うけど。

ワシに関わるとやな、ヤケドするしな。

京都乃鬼新聞(裏)は今も健在やで。

シロウトさん(小作人と言う小賢しいガキも含む)は
反応不要やで。

Ciao

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月13日(日)23時37分36秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
皆様が健康でありますように
おやすみなさい
 

お見舞い申し上げます。

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2016年11月13日(日)23時31分47秒
  ネットで知ったんやけど、
六甲近辺の大学にやな、
小作人とやらという加齢クサイアホが、
「昔し昔し、創価学生部してたんたけど」
というだけで、先輩ぶって
神戸のある大学の文化祭に行って、
先輩風吹かせて、本人はエエ気分かもしれんけどな、
さぞ、迷惑してたんとチャウかな?(鬼笑)

ま、こんな内容を、この掲示板に書くだけで、
コイツがどんなヤツか分かる気がしたワ。


アイツ、以前、ネットでこう言うてたしな。

ワシトコの京都乃鬼一家の「京都乃西京区の虎」がやな、

「皆さん会いませんか?」というコトを提案したけど、
コイツ、必要以上に反対してたな。

>加齢臭ただよってそうなジジババばっかで会っても面白くないんよね。

と言うコトはやな、小作人と名乗る、
このステハンのカスはやな、
オノレの境涯の小ささがバレるのがコワイさかい、
若い衆限定で、しかも、お呼びでないのにも関わらず、
勝手に大学祭に行きよったんやね。

ま、行くのは自由や。

でも、ワシら一家が行くで、とネットでいうてた
神戸学院大学の文化祭には来てへん。


いずれは、ケジメが付けるけどな。

自慢げにやな、先輩風吹かせてココに書くのは
如何かと思うで。

境涯がちっちっな、小作人とやら江

 

追記

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年11月13日(日)23時17分25秒
  当板参加の皆様。
ほんと今の若い人たちは皆しっかりしてはります。侮ってはなりません。

・御本尊のニンテーって、誰が何の権限で進めるの? わけワカメ。
・勤行からどうして諸天供養なくすん? なんで日目上人消すの?
・会則にわざわざ「先生」って呼ぶとか、外部の購読者もいるのに聖教紙面で「先生」呼称で統一するとか、やっぱ変やん。
・公明党、言うことコロコロ変わりすぎやで。。

男子もですが、女子はもっと率直です。みんなちゃんと欺瞞を見抜いている。激しく違和感を覚える。まことに聡明です。

だからよ、信濃町界隈と八王子方面とそれに連なる食法餓鬼どもよ。そして配下のヒンシュク板のパッパラパー工作員どもよ。
おまえらがどうヘリクツこねて、それが効かんかったら問答無用でドーカツしようがね、無駄な足掻きやって。。
アホこけばこくほどてめぇの足元に墓穴掘るだけやで、のお弓谷クン、脳みそプリンな森井クンよ。

・・・当板の宣伝もみっちりやってきましたです。
時期を見計らって、十代二十代の俊英の論客が陸続と参集して来る、、、かも知れない。
まあROM専でも強力な味方になるけどね。。
皆様その辺意識して分かりやすい投稿内容を心掛けませう。。
 

小作人@地上の発心さん

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年11月13日(日)23時13分37秒
  連日の某国立大学訪問、ありがとうございました。御礼申し上げます。  

光澤記者らを育てたのは...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月13日(日)23時05分42秒
  おそらく、メディアのページを企画していたN論説委員(当時)。N氏は、その後、聖教を去り、本部周辺を転々としているらしい。私も詳しくは知らないけれど。往年のメディアのページは、例えば、当時週刊東洋経済のバリバリの記者だった西田実(現参議院議員)氏に原稿を書かせたり、大学新報つながりで、何故か私も市民運動活動家として記事を書かせて貰ったり、梁山泊状態でした。今の管理された紙面からは想像もつかないエネルギーがあった。かつての学内の精鋭が40代の働き盛りに支えていた黄金期でしたね。  

同盟題目23時開始、よろしくお願いします。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月13日(日)22時53分20秒
  違和感たっぷりの本部幹部会でした。
アルゼンチン理事長は大変良かったですが。

原田会長は、会則変更に一歳触れていなかったと思いましたが?どうだったか、後で聖教記事を確認してみます。
他にも、あるので確認次第、投稿していきます。
 

聖教新聞のバイト室の住人...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月13日(日)22時52分59秒
  今は無き大学新報の編集のバイトをしていました。当時の編集長は須田晴夫氏(!)。早稲田の史学科現役の丹治正浩氏も頻繁に出入りをしていました。あゝ懐かしの昭和の学生部!大新のバイト部屋で徹夜で校了をして、ふらふらになって都内某所の三流私大キャンパスに行きました。当時憧れの彼女に折伏をして、時は流れて、彼女は母校の教授に。蒔いた折伏の種は育って、彼女は今の学生部を生温かく(笑)見守っているらしい。秋の大学祭の思い出でした。  

既得権層に大衆が反旗!

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年11月13日(日)22時42分52秒
  光澤記者、なかなかやるじゃないか。ワシントンD.C.まで行って取材したかいがあったようだね。「報道にたずさわるものとして自戒したい」これは、別な意味で聖教新聞本社に対してのメッセージと理解したい。


しかし、記事の内容とは裏腹で負けたクリントン陣営の画像ばかりが目立つね。

大方、クリントン勝利の予想で用意していたロイターとの契約もあり、使わざるを得なかったんだと思いますがどうですか?

確かにあの「水戸支部長」よりはいい仕事したなと思います。
 

大学時代に教わった聖心女子大のH先生が...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月13日(日)22時42分20秒
  私は都内の三流私大の卒業ですが、一応哲学科です。私の大学に、聖心女子大の哲学の先生が講師として来られていました。難しい話は忘れましたが、西洋哲学はプラトンとカントに尽きると。とりわけ、プラトンを翻訳でもいいから読んでおけば、西洋哲学の大枠は理解できると言われていました。その先生と対話をすると、東京富士美術館に感動されて、聖心女子大のゼミ生を引き連れて行ったとか。トインビーも、母国語の英語の他にドイツ語、フランス語、ギリシャ語、ラテン語に堪能な語学の天才でしたね。貧弱な語学力で研究者を名乗るあの方が無惨でしゅ。  

続・六甲山腹の某国立大学の皆さんへ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年11月13日(日)22時33分47秒
  昨日に引き続き本日も午後から学祭にお邪魔しました。
拙宅から電車とバスで40分程度の距離ですが、普段は立ち寄る機会もないものね。
ラインで部幹部の頃は地元の学校だから、毎年応援に入ってたんだけどね。
正直、他の大学で現役生だった時は皆さんの先輩とは殆ど反りが合わなくて、、、
「受験勉強しか出来ない余裕ゼロのカツカツの低スペック集団」と阪大や京大なんかと比べて馬鹿にしておりました。
すんませんですm(__)m

ほんでも男学女学ともいろいろと制約のある中、今回は素晴らしい展示内容でしたね。
またお一人おひとりの心根というか人間性というか、驚嘆すべき、皆さん大人だなあと感心しきりです。
まあ、同い年くらいの頃の自分がガキっぽ過ぎてたんだろうけど。それでもやっぱ凄いわ、今の学生さんたち。

男子は他サークルと掛け持ちで昨日今日忙しかったみたいだけど、みんなパワフルやね!
女子は他の学内メンバーも応援に来てはって、フットワークが軽くていいね!

神戸、阪神間、学内・ラインとも組織力にばらつきがあって一筋縄ではいかんようだけども、
お互い連携して助け合いながらもり立てていってくださいね。また学生部ぐらいは男女であまり垣根を作らず
共同で研鑽できるようなテーマを見つけていくといいですね。

ともあれ昨日今日おおぜいの人といろいろお話できて嬉しかったです。ありがとうございました。
また二日間、男女ともお疲れ様でした。山奥はこれから特に冷え込むから皆さん体調に気をつけてください。

何人かには話しましたが、
竹中労の『聞書 庶民烈伝』潮出版社刊の全4冊、貴大学図書館に揃えてあるはずなので、
興味のある方は是非ご一読してみてください。
あと県内では明石の県立図書館にあるぐらいかな。

ま、とにかく昨日今日とご苦労様でした。ゆっくり休んでね。。
 

仏法の三諦と、究極の精神的実在 <下>

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月13日(日)22時26分49秒
編集済
  「21世紀への対話」に学ぶ『仏法の三諦と、究極の精神的実在』=下=


 「認識論としての三諦論」

 池田 「あらゆる存在は、それをどの角度から把握するかによって、種々の姿を呈します。宇宙、自然、人間生命などについても、それらへのアプローチの仕方によって、人間の眼に映る様相は異なってきます。
 万物の様相についての、人間の認識の仕方が異なるというだけですむなら、話は簡単です。しかし、認識は必ず人間に影響を与え、思考作用から行動までも左右します。極端な例かも知れませんが、人間生命をたんなる物質の運動形態にすぎないなどと認識してしまった場合、生命の尊厳などは一顧もされないことになるでしょう。
 とするならば、可能であるかどうかは別として、――厳密な意味でいった場合――万物のありのままの姿を、そのもの自体に即して、ありのままに描き出し、認識しようとする努力が必要ではないかと思います。

 そこで、万物を、できるだけそのものに即して把握しようとすれば、分析と総合との両方の作業が行わなければならないでしょう。つまり、部分を注視するとともに、全体観を見失ってはならないということです。また、たんに静的に見るのではなく、時間的な流れを考慮に入れて、動的に認識することが必要でしょう」

 トインビー 「ただいまの御提言は、事物の実相を把握するには二つの条件が必要であるということでした。一つは、部分を微視的に見るだけでなく、全体を巨視的に見る必要もあるということ、もう一つは、時間の次元において事物を動的に見る必要があるということでした。
 私はいま、これらの条件を主張してくださったことに、励まされる思いです。なぜなら、私自身、現代西欧の思潮に反発してきた結果、これら二つの条件の重要性を感ずるようになってきたからです」

 池田 「なるほど、よくわかります。そのなかで、博士はとくにどのような点から、二つの見方の重要性を感じられましたか」

 トインビー 「私の見解では、現代の西欧思想は、極端な専門化を推し進めてきたために毒されています。そもそも、人間精神に映る実在の一断片の像が歪んでとらえられるのは、次のような場合です。
 すなわち、その一断片を恣意的に周囲の環境から切り離し、あたかも一個の独立した全体像ででもあるかのように、また、あたかも、より包括的な何ものかの不可分の一部ではないかのように――事実はそうであるのに――考えて研究するような場合がそれです。
 私はまた、現代西欧の社会学的分析は、現実からかけ離れたものだと思っています。これは、生命がまるで静的生命でであるかのように、人間事象を過去や未来から切り離し、非現実的な瞬時的断面において分析しているためです。しかし、現実には、生命とは動的なものであり、時間の流れのなかで流動的にとらえなければ、ありのまま姿を見ることはできません」

 池田 「同感です。そのような考えのうえから、私は、仏法における認識論の一つをあげ、博士の所感をお聞きしたいと思います。
 仏法の認識論の根幹をなすものの一つに“三諦論”があります。“三諦”の“諦”とは“つまびらか”もしくは“あきらか”という意味です。さきに述べました“空”“仮”“中”の立場を考慮しつつ、あらゆる物の姿、本質をみるときに、そのものの実相を把握できるというのです。

 “三諦”の三つの立場のうち、“仮諦”とは、そのものの外面に顕現し、人間の感覚によって近くすることのできる映像が、これに相当すると考えられます。われわれの肉体にしても、宇宙の流転にしても、万物は一瞬といえどもとどまることはありません。われわれの身体も、たえず新陳代謝を繰り返し、固定した静態ではなく、ダイナミックに動いています。その姿が、映像として知覚されるわけです。しかし、知覚されたその姿そのものは“仮のもの”としかいいようがありません。

 この“仮諦”に対して、“空諦”とは、あらゆる現象の特質を指します。それは実在としてとらえることはできませんが、まさにこれを無視しては、実在を正しくとらえることはできません。
 “中諦”とは、これらの“仮諦”“空諦”を包含した本質の実在を指します。それは、姿、形などを顕現させ、あるいはそのものの特性や性分を決める生命の本源的実在であり、姿や形が変動しても、その中に一貫して貫かれる不変のものです。“中諦”といっても、“仮諦”“空諦”の中に現れるのであり、それらを離れて、別の存在としての“中諦”があるわけではありません。

 万物の実相は、この“空”“仮”“中”が一体となり、それが三つの現れ方をしていると考えられます。また、そのように見ていくときに、誤りのない認識ができると、仏法では説いています。あらゆるものの実相を、そのままつかみとるには、仏法に説かれる“三諦”のような認識の仕方が有効であろうとおもうのです」

 トインビー 「その“三諦”という理論で私が想起するのは、プラトンンが行った対比です。それは、たえず流動してやまない――貴説の“仮諦”にあたる――諸現象と、“究極の実在”がその諸現象に反映されたものである不変の形相――貴説の“中”――との対比です。ところが、仏法の分析においては、そこに中間的な名辞“空”が介在して、この二つの対極的な存在の様相を結び合わせています。そして、この“空”とは、現象的なものでも絶対的なものでもなく、それでいて両方の様相を包含してるわけですね」

 池田 「おっしゃる通り、“空”の有無を除けば、仏法の三諦論とプラトンの理論は似ている言えますね」

 トインビー 「ただし、“究極の実在”すなわち“中諦”は“空”と“仮”を通してのみ現れ、それ自体単独で現れることはないという命題については、私の解釈が正しいとすれば、これは永久的な形相と一時的な現象との関係におけるプラトンの概念よりも、むしろアリストテレスの概念に相当するもののようです。アリストテレスの見解によれば、プラトンは現象を過小評価していたというのです。
 たしかに現象は一時的なものですが、その現象こそが、人間精神をして、われわれの限られた知力では把握しえない“究極の実在”を、多少なりとも垣間見させてくれるのです。アリストテレスはまた、現象に反映される不変の形相が、現象から独立して存在するというプラトンの想定は、誤りであるとしています。

 古代ギリシャ哲学は、私にとって最もなじみ深いものです。私には、仏法の“三諦論”は、アリストテレスの修正プラトニズムによく似たもののように思われます。ただし、中間的名辞の“空”が介在していることによって、仏法の場合個別的なものと普遍的なものとの関係が、さらにわかりやすくなっていると思います。
 また“三諦論”は、近代西欧の哲学者ヘーゲルによる“正”(テーゼ)、“反”(アンチテーゼ)の対立から“合”(ジンテーゼ)が生ずるとする概念んも、ある程度類似性があるようにも思われます。少なくとも、この三つの名辞からなるヘーゲルの理論は、仏法のそれと同じく動的なものです。この理論では、実在を時間次元において変化するものとみています。

 これに対して、プラトンやアリストテレスの二名辞的理論は、静的なものであり、この点では、現代西欧の社会学者たちが、時間次元を無視して、瞬時的断面において人間事象を分析しているのと同じです。私には、時間次元を考慮に入れた動的な理論のほうが、より現実に即しているように思われます」(21世紀への対話<下>274~279㌻)

 ~このあと十界論、十如是論が展開されます~

*********************

 所感については、別途、投稿致します。

 

仏法の三諦と、究極の精神的実在!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月13日(日)22時24分55秒
編集済
   “プラトン”が出てまいりますか。
 一人のSGIさんの投稿が途中でしたので控えましたが、温めていた池田先生とトインビー博士の対談「21世紀への対話」を自身の研鑽として投稿いたします。プラトンにも触れた内容です。



「21世紀への対話」に学ぶ『仏法の三諦と、究極の精神的実在』=上=


 アーノルド・トインビー博士といえば、池田先生と編んだ「21世紀への対話」ではないでしょうか。キリスト教文明に育ち、世界を代表するこの歴史学者との対談を皮切りに、池田先生の世界の知性との交流が始まりました。先ごろ、寝たきりオジサンさんのおかげで、そのきっかけが名もない身体の不自由な青年から始まったことも、新たな歴史的事実として知ることになりました。仏法の“三諦論”がトインビー博士のいう“究極の精神的実在”と対比して語られている箇所があります。

 すでに、グリグリさんから「三諦論」の講義を受けましたが、また違った角度から切り込めるのではないかと、収録してみました。このあとの箇所で、十界、十如是の説明を受けて、トインビーをして、「仏教では、きわめて精密な心理分析をしていますね。その精密さは、これまで西洋でなされてきた、いかなる心理分析にもまさるものです」(21世紀への対話<下>282㌻)
といわせしめているほどです。

******************

  池田  「博士の所説によれば、“宇宙の背後にあり宇宙を超越する精神的実在”との霊的交渉は宗教的体験であるということです。そして、それは個人的、主観的な体験であって、客観的な検証は不可能であるということです。
 そこでお聞きしたいのですが、博士のいわれる宗教的体験とは、仏陀の悟りや、モーゼやイエスやマホメットの受けた啓示と同じでしょうか。また、そうした宗教的体験はだれでももつことができるとお考えでしょうか」

  トインビー「私はモーゼ、――彼が歴史上の人物だとして――イエス、マホメットが受けた、ないしは受けたと信じられている啓示は、同じ性格のものだと思います。ただし、それらの啓示も仏陀の悟りとは異なる種類のものでしょう。
  ユダヤ教の創始者――もしくは創始者たち――も、イエスもマホメットも、みな有神論者で、“究極の精神的実在”は唯一全能の神であると信じていました。

  イスラエルやユダ王国の預言者たち、それにイエスやマホメットは、いずれも自らが神から啓示を受けたものと信じました。彼らが自らのために、またその信奉者たちのために追求した神との合一の形態は、人間と人格神、つまり二つの生きている存在の間の霊的交渉(コミユニオン)というものでした。
  これらユダヤ系諸宗教の見解では、この二つの生きた存在にあっては、神のほうがその力においてはるかに優位にある点では互いに異なりながらも、人間的という意味での人格を有する点では類似しているとされたのです」

  池田  「おっしゃる通りですね。では、釈迦の悟りについては、どうお考えでしょうか」
  トインビー  「釈迦は唯物論者ではありませんでした。――よし神々の存在を信じていたにしろ、それらには小さな役割しか与えておりません。釈迦は、自らの悟りを自分の精神的努力によって得たものと信じました。また彼の信ずるところによると、“究極の精神的実在”とは、すなわち人間の欲望――人間性のうちカルマ(宿業)を生み出す根源である欲望――が消滅した状態、すなわち涅槃(ニルバーナ)のことでした。=中略=」(265~266㌻)

  ~北伝仏法と南伝仏法の語らいが続く~

 池田 「略=
  ところで、これまでみてきましたように、仏陀の教えと、モーゼやイエスの教えとが、その究極において異なるのはなぜか――。この点について、博士はどうお考えになりますか」
 トインビー 「つまり、一方に仏陀がおり、他方に一神教的有神論者たちがいて、互いに“究極の実在”の本質について、相異なる見方をしているわけです。たしかに彼らの観点は相容れないものですが、かといって、必ずしも一方が正しく、他方が誤りであるとはいえません。彼らがそれぞれ“実在”の異なった側面をみたというほうが、私には蓋然性があるように思われます」

 池田 「なるほど。では、“究極の実在”がどうしてそのように相容れない面をもつとお考えでしょうか」
 トインビー 「現在、人間の知性が、科学的推論を経験に照らすことによって知りうる、宇宙のごく一部分においてすら、物質は、その最極微小の領域では互いに相容れない特性を持つといわれます。

 私は、人間の思考では理解できない矛盾というものは、すでに人間がその理解力の限界の一つに突き当っていることを示すものだと思うのです。“究極の実在”の本質とは、やはり人間の知性では、たぶん部分的にしか理解できないものなのでしょう。したがって、私は、“究極の実在”に対する仏教の見方とユダヤ教系諸宗教のそれとが相容れなくても、そのことは、いずれか一方が誤りであることを示すものではないと考えます。むしろそれは、いずれの見解も、人間によるものであるがゆえに、部分的かつ不完全にならざるをえないことを示すだけの話だと思われます。

 ただ、私は、これら相容れない両者の見方は、相容れないがゆえにかえって補い合い、人間の知性ではせいぜい部分的にしか理解できない一つの“実在”に対するわれわれの理解を、実際には深めさせてくれるのだと考えています。

 池田 「人類が、もしそのように考えるならば、これらの高等宗教が将来統合されるということは、大いに考えられることですね。そこで、もし統合されるとすれば、博士は、それはいかなる形をとるとお考えでしょうか。現存する高等宗教の一つに統合されるのか、それとも何かまったく新しいものに止揚されていくのか、どう思われますか」

 トインビー 「私には、高等宗教の結合はすでに始まっているようにみえます。私のみるところでは、この結合は一体化の形ではなく、むしろ相互に認識し合う形をとりつつあります。つまり、これらの諸宗教のいずれもが、“究極の実在”について、部分的にすぎないにせよ、特色ある独自の観点をもっており、いずれの宗教も人類に価値をもたらすものであるという相互認識です。

 人間はそれぞれ異なる経験をもつものですが、それだけでなく、人によって気性も異なります。われわれが共通して持つ人間性ですら、すでにこのような差異があることからみても、“究極の実在”に対する見解がいくつもあって、われわれがその“実在”を多少なりとも理解するのを助けてくれるというのは、むしろ幸いなことでしょう」

 池田 「なるほど、よくわかります。“究極の実在”というものの深遠さに比して、人間の理解力があまりにも浅いために、それを部分的、一面的にしかとらえられることができないという博士の説に、私も同意します。

 ただ、あえてこの点をもう少し追及して述べてみましょう。
 さきにも申し上げたように、仏法では“空”“仮”“中”の三つの存在の仕方についての概念を立てています。“空”ということと“仮”ということとは、互いに矛盾する内容をもっているわけですが、それは、“中道”という実存において止揚されるのです。仏法は、個々の生命も、博士のいわれる“究極の実在”も、この“空・仮・中”を同時に備えた存在であると教えています。

 一神教的有神論者が考えている“究極の実在”は“人間に似た姿をもつ神”という意味では“仮”の側面を現していますが、その場合でも、肉体と精神の統一体であるわれわれの現実の人間とは違って、それ自体、永遠不滅であるとしますから、本当の意味での“仮”でもないようです。

 また、博士が主張されるように、“究極の実在”が“愛”であるとしますと、これは“空”の側面を捉えているといえます。しかし、それをいかに現実の生命的存在の中に権限していくか、もっと根本的にいえば、この“究極の実在”はどのように、具体的な心身統一体としての生命存在のうちにあらわれてくるのか、という点は明らかにされていないように私には思われます。
 つまり、それぞれの宗教がとらえているのは“究極の実在”の異なった部分なのです。仏法は“空・仮・中”の三つの側面から、その全体像に迫ったものであるといえます。=以下略=」(21世紀への対話<下>268~272㌻)

(つづく)


 

植木雅俊博士の師、中村元博士について

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月13日(日)21時38分45秒
  角川書店から出ている仏教学者 中村元を参照してください。植木雅俊博士が切々と綴った中村元博士の知的評伝です。私が驚いたのは中村元博士が西洋哲学の源流、新プラトン主義にも造詣があったことです。中村元博士が新プラトン主義に言及している論文を読むと、中村元博士は英語の他に独仏の論文も読み込んでいることが分かります。サンスクリット語はいざ知らず、欧米の言語をも習得した中村元博士、恐るべし!翻って、今の教学アドバイザー、S大学のM教授は英独しか語学ができないらしい。M先生、フッサールの現象学を専門にしていればいいものを、大聖人に横口を挟むから、恥を晒して...  

(無題)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月13日(日)21時34分15秒
  創価学会仏は真に尊くして物による?


1.日蓮大聖人御書全集の文言削除について

供養が大善であるから、以下の御書文言を2016.11.18より削除します。

『仏は真に尊くして物によらず、昔の徳勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』
(p.1263)

此の御文は、宮田教授の指摘で偽書であると認定しました。よって、削除します。

そもそも、砂の餅やら火の消えない油などは実態の伴わない妄想・空想の世界であり、創価公達として信じられません。

精神論では世の中渡っていけませんから、必ず銭が必要です。何処かに行くにも、泊まるにも、お金無いと何も出来ません。


2.供養大善を合言葉に前進

『供養大善』が創価公達の合言葉です。女子部の『人身供養』も受付マス。創価公達の『弓』と『谷』のサイコ権力者が大歓喜するからです。

『すべては創価公達のために。ビンボー人(現場会員)は供養しろ!それが現場会員の役務!』を明年以降からのテーマとします。

現在、会員役務規定、財務規定(銀行口座からの自動引落)、財務金額設定(ゴールド会員、プラチナ会員、ブロンズ会員、それ以下の四種に身分わけする)を検討中です。
見栄張りで、大患部になりたい方は、是非ゴールド会員登録をどうぞ!

お金は天下のまわりもの。財務も同じです。現場会員は納める人、創価公達は使う人、すべて生まれた時から決まっており、創価公達は因果倶時で題目三唱すれば、いくら悪いことをやっても瞬時に消すことが出来マス。これも現場会員とは異なる特権なのです。


3.難を与える信心で益々供養を

我々、創価公達執行部は、これからも現場会員を苛め抜いて難を与えマス。

最期の最期までお金があり続けるまで、または役職欲しさに上昇志向でオタクのように狭い世界の中でメリ罵倒し合いながら勝ち抜く者に、他化自在天の宝冠を与えマス。
魔に魅入られた現場会員は、生命枯れるまで、すべてを供養して創価公達のために尽くしてください。

以上、創価公達教学部室からのご連絡でした。

 

財務離脱したよ。

 投稿者:一言児  投稿日:2016年11月13日(日)21時32分46秒
  私め、財務から離脱。大誓堂、富士美、クーデターで不快感、自己表現としては広布部員返上しかないでしょう。いつの日か老執行部の退陣後、若返って師弟共感まってますー。  

財務離脱しました。

 投稿者:一言児  投稿日:2016年11月13日(日)21時32分10秒
  私め、財務から離脱。大誓堂、富士美、クーデターで不快感、自己表現としては広布部員返上しかないでしょう。いつの日か老執行部の退陣後、若返って師弟共感まってますー。  

ロマンさん

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月13日(日)21時17分30秒
編集済
  わざわざ調べて頂きありがとうございます。

その通りかと。

「財務は、すべて日蓮大聖人の御遺命である広宣流布のためのものである。」

「大聖人の立てられた大願を成就するために行う供養は、御本仏への供養に通じよう。ならば、

これに勝る供養もなければ、大善もない。」

ロマンさんが引用された「大事なことは、最後にこのように結ばれています。

「広宣流布の新たな夜明けを象徴する大客殿を、真に荘厳するものは、法友の至誠と歓喜とい

う、信仰から発する"美しき魂の光彩″であると、伸一は思った。

それには、何よりも、供養の意義と精神を誤りなく伝え、一人一人が広宣流布の使命を、深く自

覚していくことである。」

但し、あくまで正しい法の為であり、最終的には「法友の至誠と歓喜という」「心」が大切とい

うことだと思います。

又、「供養の意義と精神を誤りなく伝え」る事が大事であると思います。

ですので本幹での会長の話は全くの片手落ちでもあります。と同時に、真の大善はあくまで仏

敵、法華経の敵との闘争であると思います。

私もこの原典を調べてみます。たぶん会長講演集のいわゆる赤本にあると思います。

 

ダメよ~ ダメダメさん

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年11月13日(日)21時05分38秒
  調べると、新・人間革命第4巻の大客殿寄進の際にそのような指導をされたことが記載されています。

須達長者、徳勝童子、南条時光の真心のご供養、悪への供養を戒められた御文を拝されながら次のような指導をされています。

「学会が推進する供養、財務は、すべて日蓮大聖人の御遺命である広宣流布のためのものである。大聖人の立てられた大願を成就するために行う供養は、御本仏への供養に通じよう。ならば、これに勝る供養もなければ、大善もない。ゆえに、これに勝る大功徳もないはずである。そう思うと、伸一自身、一人の学会員として、その機会に巡り合えたことに、無量の福運と喜びを感じるのであった。」

大事なことは、最後にこのように結ばれています。
「広宣流布の新たな夜明けを象徴する大客殿を、真に荘厳するものは、法友の至誠と歓喜という、信仰から発する"美しき魂の光彩″であると、伸一は思った。
 それには、何よりも、供養の意義と精神を誤りなく伝え、一人一人が広宣流布の使命を、深く自覚していくことである。」
 

真・人間革命 それからの山本伸一

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年11月13日(日)20時13分14秒
  新・人間革命最終巻。。期待するだけムダ。

どうせ信濃町「真理省」のやること。ダブルシンク、ダブルスピーク。
読み手によってどうとでも解釈できるグダグダな結末。。

『真・人間革命 それからの山本伸一』
54年問題の核心に触れる我々一人ひとりが、4.24から己自身の来し方を振り返りながら、
「名誉会長」そしてSGI会長としての山本伸一の物語を現在進行形で紡いでいく。
「十万の山本伸一よ出でよ」とは十万の「山本伸一の真実を後世に伝える人」よ出でよ、との先生の願い。

小説というスタイルでなくてもいい。
戯曲でも漫画でも司馬遷の『史記』のような歴史書・評伝の形式でもいい。
オリジナルで歌詞が18番まであり今も追加されていく『大阪で生まれた女』みたいな壮大な叙事詩でもいい。

他人が書いた物語、法悟空の名をかたる何者かが書いた物語で終わりとしない。
各自が思い思いに表現手段を選び取り、山本伸一と自分自身の師弟の戦いを綴っていく。
十万でも百万でもそれぞれに、師弟の勝利の物語を描ききって子々孫々に語り伝えていく。。
 

新人間革命30巻

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年11月13日(日)18時57分56秒
編集済
  池田先生による学会版「富士一跡門徒存知の事」「五人所破抄」になればと思います 創価歴7年です 師子身中の虫がでなければ 仏意仏勅の団体ではない と思います  

猿ヶ島さん

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月13日(日)18時38分11秒
   植木雅俊博士。
>哲学者 中村元 東大名誉教授を師に、長く仏教研究をされている日本では現在最高峰の仏教学者です。<
>どうやら宮田幸一教授はこの植木雅俊氏に触発され、かつ、嫉妬したのではないだろうか・・・というのが我が師匠(先輩)の意見であります。(投稿者:猿ヶ島   投稿日:2016年11月13日(日)13時18分3秒)<

 了解致しましました。やっぱり、すごい学者なんですね。


 

本当の大善とは?

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月13日(日)18時36分58秒
編集済
  過日の本部幹部会の原田会長の冒頭からの財務の話にあきれるが、中でも「これ(財務)に勝る

大善はありません」という話にはあごがガク~ンと外れるくらい衝撃でした(笑)

宗祖・大聖人様の御書のどこにその様な御文、御指南があるのでしょうか?

2代戸田先生も3代池田先生もその様な御指導をされていたでしょうか?

さすがに仏敵と戦って来なかった信濃町界隈の職員幹部の筆頭だけあります。原田会長。

8月6日下記の様なご投稿をジョーカーさんさんがされておりました。

全くこの通りです。真の大善とは「法華経の敵を責めること」であり、財務も大事な一面ではあ

るが真の大善ではありません。財務と云えども真の大善から見れば小善でもある。

原田会長。四の五の云って先生の仰る通りに仏敵と戦わないからおかしな頭になり、魔に付け入

られ、天魔に負けてしまっているのです。

又、御書にも「蔵の財よりも身の財すぐれたり・身の財より心の財第一なり・此の御文を御覧あ

らんよりは心の財つませ給うべし」(御書1173頁)崇峻天皇御書(すしゅんてんのうごしょ)

とあるように「こころ」即ち「心根」が大事だと思うのですが?

過去にも三桁だの四桁だの財務をしても反逆、退転していかれた方々が大勢おられた事をどう説

明されるのか?要するに「心」「心根」であり、大聖人様も「心こそ大切なれ」と仰られている

所以はそこにあるのではと思います。

下記、ジョーカーさんのご投稿。引用させて頂きます。ご参考までに。

「優先順位

投稿者:ジョーカー 投稿日:2016年 8月 6日(土)23時48分29秒

御書P1495 通解


「善いことであっても大善を破るような小善は悪道に堕ちることを知るべきである」



日蓮仏法における大善とは、法華経の敵を責めることであり、それを差し置いて、小善を為すことは、還って仇となる。54年の、「時流には逆らえない発言」は、明確に優先順位を間違えている。法華経の敵を責めることよりも、組織の秩序の維持が優先されていなければ出ない発言だからだ。要するに大事なことは何もわかっていなかったことになる。先生は、唖然・茫然・愕然とされたことでしょう。

何事も、肝心要を外したら道を誤る。そして、まことの時に忘れてしまうのも人間の性である。法華経の行者とは、法華経の敵と戦う人間のことを指す。法華経の敵と戦うことが、仏法者の最大のテーマであり、仏道修行の真骨頂でもある。悪と戦う心がなければ、大善を差し置いて、小善で善しとしてしまう、勘違いの一念となる。

会員が動揺してはいけないことを理由に、法華経の敵を責めない、戦わない。これも優先順位の誤りである。もっとも、何でもかんでもがむしゃらに責めればいいものではないことは言うまでもない。智慧をしぼり、価値的な戦い方はいくらでもある。だが、根本はどこまでいっても法華経の敵を責めることが第一であることには変わりはない。

法華経の敵は、中にも外にも溢れている。もちろん自分自身の中にもいる。それが末法である。法華経の敵を滅し、生命尊厳の思想を社会に流布することが学会の使命(広宣流布)である。そのためには、学会員一人ひとりの心の中に、法華経の敵と戦う精神を植えていく以外にない。それでこそ、仏意仏勅の創価学会である。」
 

誰が鉄郎か?誰がメーテルか?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月13日(日)18時33分35秒
  いよいよ、新・人間革命も集大成ともいえる最終章をむかえます。宿坊の閲覧者のみならず、会員にとっても期待著しい章とも言えましょう。

小生にも思うところはありますが、いずれ投稿致します。

SaySaySayさんのリクエストにお応えして・・・・

プロメシュール(ハラッダー・タンニガワ)は機械の体(組織)こそ、永遠の生命・永遠の真実として、機械帝国(創価貴族)の維持を図った。

ところが、プロメシュールの夫であり、メーテルの父は限りある命こそ逆に「永遠」と考え、

メーテルも父の思いに同調し、心ならずも自身の手で、機械帝国に反する者を機械帝国に「永遠の命」を与え

一見、帝国は繁栄したかに見える姿を形作った。そこで最後の主人公となる鉄郎登場となる。

創価学会が自身の保身のため、永遠に続くことを願う創価貴族。ところが、その実体は

大聖人、池田先生の思いを汲まない自己保身の塊となっていた。

創価学会は「創価学会仏」の呼称を創作し、まるで学会員にあれば「仏」であり「永遠の生命」のごとくアピールする。

しかし、真の「創価学会仏」は、瞬間、瞬間の自己の生命、魔との戦いの結果、築き上げる戦いの連続勝利の呼称でしかない。

それに気づいている鉄郎・メーテルは、単に名前だけの「永遠の生命」(成仏)ではなく、現実の世界こそ

自身の戦いの場であると悟り、機械帝国(創価貴族)に戦いを挑む。


こんなところでしょうか?
 

『信仰は希望 生きることは闘い!』

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月13日(日)18時30分37秒
  " One  World
        With
      Sensei"
   (アメリカ)
「WORLD  TRIBUNE」紙から

アメリカSGI
デボラ・ディチェザレさん.

【幸福になれる力】

私は、ニューヨーク市に生まれました。父はアルコール依存症で、その悪い影響で、私は、内気で、怖がりで、自信のない性格に育ちました。

父が交通事故で働けなくなると、家族の面倒を見る責任が私の肩にかかってきました。
やがて、家も車も手放し、若い私が、借金返済のために働かなくてはなりませんでした。

けれども、私は、大学へ行くと決めていました。

フルタイムで働きながら、カレッジを卒業。大手レコード会社に勤め、管理職へと進み、高収入で、初めて、自分のことだけを考えればいい生活になったのです。

ところが、1984年ごろに始まった不況で、解雇。
自分の弱さ、不安がぶり返し、混乱、憔悴しました。仕事はなかなか見つからず、一時、ロサンゼルスへ。

そこで、仏法に出あったのです。

初めての座談会。そこで聞いた男性の体験は、私と同じ、アルコール依存症の親のもとに育ち、自分の価値や自信を見失ったけれども、この信仰によって生活を全面的に変えることができたというものでした。

心が動き、御本尊を受けました。

仕事のことを祈り、ニューヨークへ帰るとすぐに仕事が見つかり、ほっとしました。

それは期間限定の仕事だったので、その後、受付、訪問販売、時計会社のPRなど、織を転々としました。

そのころです、機関紙「ワールド・トリビューン」で、池田SGI会長の指導を読んだのは。

それは、〝あなたは、必ず幸福になれます。私は、あなたの幸福を祈っています〟という趣旨でした。

私は、思いました。「私の幸せを信じ、大切にしてくれるこの人とは、誰?」

私は、いつも生き残りをかけるような、苦しみの連続で生きてきました。

池田会長の言葉に出あうまでは、自分が幸せになれるなどと思ってもみなかったのです。

会長の指導を真剣に読みました。会長は、私たちには絶対に幸福になれる力があること、真剣な信行学でそれが可能なことを、繰り返し語り、激励しています。

もっと会長のことを知りたい、師弟の絆を深く理解したいとの思いで、唱題しました。日本での研修に参加したいとの思いも募りました。

―私を変えた池田会長の伝言

【離日する日の朝】

80年代後半、SGI研修で日本へ。

師弟とは、単に師匠を称揚するという問題ではなく、
師の心、意思と一体となって努力することが重要だと学びました。

離日する日の朝のことです。猛烈な腹痛で急きょ入院。手術まで受けました。目覚めると、婦人部の方がベッドにじっと寄り添ってくれていました。感動しました。

池田会長の伝言を携えて来られたのです。

この試練を通じて私の深い宿業を転換できるとの、温かい励ましの伝言で、
さらに「心配ありません。後自身の人間革命の闘いの時です。御本尊を抱きしめて、一人立ち上がってください」とありました。

異国での私の苦しみを思いやる師の深い心遣いを感じ、勇気が湧きました。

どこにいようと、たとえ一人であろうと、勝ってください、と私に言われたのです。

私は、自立した信仰者として、強い女性になることを誓ったのでした。

帰国。弟子としての使命を実現したいと、心新たに祈りました。

私の使命とは、目標の追求ではなく、人間としての振る舞いの中にあるのだと自覚するようになりました。
どんな仕事でも、ベストを尽くそうと決意しました。

91年、祈った結果、アメリカ創価大学の旧ロサンゼルス・キャンパスでの地元広報の仕事に就くことができました。

大学を代表し、社会と関わって、大学の人間教育の理想を推進する仕事です。

それは、日常的な内気と自己否定という、自分の根深い消極性へのさらなる挑戦の場でもありました。

小説『人間革命』には
「私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。
しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。
これを信ずるか信じないかは、私たちの問題です」と、つづられています。

私はその言葉に励まされ、地元有力者との間に良好な関係を築き、信頼を得ながら、創立者・池田会長の理念、創価教育、仏法のヒューマニズムの紹介に努めました。

【確信は揺るがない】

この間、94年にアメリカ創価大学・大学院が開学しました。

その折、創立者の池田会長は、他者に貢献し、人々の幸福を実現する生き方にふれ、
「アメリカ創価大学の使命もまた、『貢献的生』を生きる世界市民を輩出することにある」と、メッセージを寄せられました。

これに触発された私は、自分自身の教育を続けよう、修士を目指そうと決意し、96年にこの学位を得ました。

さらに1年後、教育部門での博士号を目指すことを決意。

日蓮大聖人も池田会長も、女性の重要性を強調されていることから、政治における女性のリーダーシップに関する学位論文の執筆に取り組みました。

フルタイムで働き、責任ある立場で活動に関わりながらの通学です。
とても大変で、論文を仕上げるまでに数年かかりました。

博士号取得の最後の関門である、審議会での論文への口頭審査に臨みました。

「博士課程・教育学スクール」の学長も、審査官としてその場にいます。

彼は、私の論文をテーブルの向こうからこちらへ投げるようによこして、
「それで、これがどうしたの?」と言うのでした。

以前の私なら、もし権威ある立場の人にそんな態度を取られたら、不安で動転してしまったでしょう。

けれども、この時は、彼の行為に惑わされることなく、自信に満ちあふれていました。

落ち着いて、論文の根拠を説明しました。確信は揺るぎませんでした。

すると、学長の態度ががらりと変わり、私は見事に質疑応答をやりおおせたのです。

私は、何かが深いところで変わっていたことを感じました。
もう内気でも、怖がりでも、自信喪失でもなくなっていたのです。

仏法実践と師の思いに応えようとの不断の努力の結果、自分の可能性を信じる、強い、確信のある、幸せな人間に変わっていたのです。

2001年、教育学博士を取得して修了。しばらくして、学生2万人を擁するロサンゼルスのコミュニティー・カレッジの学務部長の職に就きました。

学生のための奨学基金を約1400万ドル確保したり、学生が大学や社会で成功するのに必要なスキル(技能)獲得の為のプログラムを開発したりしました。

教育を通じて人々の生活向上に貢献することに、大きな喜びを感じます。

子どもの頃につらい生活を経験した私が、尊厳と自信をもった女性となり、夫スティーヴ と一緒に幸せな家庭を築いています。

彼も、私たちの出会いから数年後にこの信仰を始めました。

彼には素敵な2人の成人した子がありました。
今、私には4人の孫がいます。

たくさんの困難に向かい合った人生でした。

私は、その全てに挑戦し、勝ったのです。
これからも、どんな障害に出あっても、確信、勇気、喜びをもって変革し、
〝 貢献的な人生 〟 を生きて行くために最善を尽くしていきます。
 

アクセンチュアか何か知らんけど(# ゜Д゜)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月13日(日)18時14分33秒
  ダメよ!様、ご賛同くださりありがとうございます。m(._.)m

横浜座談会の内容に象徴される様に(*`Д´)ノ!!!

多くの真面目な職員さんがいらっしゃる中、

極悪執行部とその仲間達┐(´д`)┌極悪兄弟(^w^)

この人類初とも言える極悪連合体の彼らが全国各

地で行ってきた会員への査問、除名、処分は本来信仰

の世界の行いではなく利害や利益を目的とした組織、

企業の(まともな会社ではなくブラック企業のよう

な)考え方であり戦後の日本の混乱に

乗じてのし上がってきた悪どい野望をもった経営者

が考えそうなやり方で今となっては企業も執行部

のような処分のしかたはしない。何故なら訴えられ捕

まってしまうからだ。

時代錯誤もはなはだしい現執行部のやり様ヽ(^○^)ノ

極悪企業と極悪官僚(中世の悪代官)の悪いところを

あわせ持つ世界一の極悪┐('~`;)┌大したもんだ

未来まで永遠に語り継がれることでしょう

合掌                        (^人^)


 

新人間革命30巻

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年11月13日(日)18時13分14秒
  新人間革命30巻は
当時の「真実」と
そして、同じ過ちを犯してなるものか!
との「真の弟子の奮闘と勝利」で終わりたい!

先生は、真の弟子の勝利を待って、もしくは信じて、ペンを取られているのではないか?(既に書かれている?)
もしくは、胸の中で描かれて
公式会合を欠席されているのではないだろうか?

新人間革命の30巻
このままでは、かつて、先生ご自身が言われた通り
「最大の恥を残した歴史」を書くだけで終わってしまう
宿命転換できていない敗北の歴史になってしまう

会長就任50年
裏切りの弟子達に乗っ取られ、邪教と化した
そんな終わりにする訳にはいかない!

全ては本物の池田門下の目覚めと行動、勝利にかかっている

人類に希望を与える最後になるのか?
絶望を与えて終わってしまうのか?
我らの使命は大きい

随分長く師匠をお待たせしてしまった
いよいよである
新人間革命30巻の結末を希望にするか?
絶望にするか?
全て我らの手に委ねられていると自分は思う
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年11月13日(日)17時32分16秒
編集済
  私は第30巻をこう予想します。
一気に2018年まで飛び、5周年を迎えたその日、皆欲育・第7代会長就任のシーンから描かれる。
そう、これは創価学会仏の「未来記」。それまでは何も無かったかのように。教義・会則もごっそり書きかえられ、永遠の師匠三代の上に裏三代がプロメシュームとして君臨。自身の言葉は永遠の師匠三代の言葉だとのたまう・・・。
それでも会員は何も言わずに従う。なぜなら、彼らは何があっても動かない「機械の心」をシン・ゴホンゾンとともにいただいたからだ。
シン・シナノマチに行けば「機械の心」が(タダではないが)貰える。
鉄郎とメーテルはシン・シナノマチを目指して、999に乗りこんだ・・・

なんてどうですか? カンピースさん?
 

ご参考までに

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)17時21分16秒
  初期大城様のご参考になるかどうかは分かりませんが、当方の私見を記載いたします。


『同時に同じ学会員として信じ難いです。
こんな事がありえるのでしょうか。』

お気持ちお察し致します。
本当に、学会組織でこのようなことがあるのかと思うくらい、ひどい話です。
あってはならない話です。
しかし、このように存在したと主張する人達に対して、学会組織は知らぬ存ぜぬを決め込んでいます。
デマならばデマであると提示する、誤解ならば誤解を解く、そのような方法が常識的な対応です。
それをしない組織の態度が、一番の答えではないでしょうか。


『キモトさんは婦人部に相談しなかったのでしょうか。』

ご本人の話には、婦人部への相談の有無については全く出てきていないため、不明です。
また、地元の地区婦人部長や、白ゆり長の対応についても不明です。
しかし、もし守ろうとしたとしても、できなかったであろうと当方は推測します。
それは、キモトさんが会館に呼ばれた際に待ち受けていた中には、総区や区の婦人部幹部がいたからです。
そして、そのうちの1人は、A支部長の妻です。
キモトさんご本人の話では、
「その時は、A支部長の思いが分からないあなたが悪い。」
と、婦人部幹部達も同調したとのことです。


『あと男子部も動かなかったのでしょうか。いくら支部長が暗躍したとしても部員さんの話も聞かずに、除名を受け入れたのでしょうか。』

これについては、元職員の方達が出版される本に解説を譲ります。
会場で先行発売していましたが、減部はただのきっかけで、もっと違う問題が根底にあると分かりました。
 

キモトさんの話

 投稿者:初期大城  投稿日:2016年11月13日(日)16時56分44秒
編集済
  読ませて頂きました。

これが事実なら絶対に許せない。

と同時に同じ学会員として信じ難いです。
こんな事がありえるのでしょうか。

キモトさんは婦人部に相談しなかったのでしょうか。
地元の地区婦や白ゆり長なども話を聞かずにキモトさんを守らなかったのでしょうか。
あと男子部も動かなかったのでしょうか。いくら支部長が暗躍したとしても部員さんの話も聞かずに、除名を受け入れたのでしょうか。

様々状況はあるのだとは思いますが、腑に落ちない点が多いです。
 

新人間革命30巻

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年11月13日(日)16時37分7秒
  聖教新聞一面の紙面を予想してみました。笑
期待も込めて!

新人間革命 いよいよ最終巻

池田先生の新人間革命が30巻  を迎え「裏切の章」として○日から掲載される。池田先生が、会長辞任に追い込まれる場面を中心に詳細に、しかも長くえがきます。これまで池田先生が語られなかった新事実も詳細に、今回は当時の最高幹部の方は実名にします。当事者の方の校閲はさせません。そのまま出します。乞うご期待。

こんな感じだったら、聖教新聞の部数も激増です。

新人間革命30巻前の会則変更。
予防線を張ったのか?

昭和54年4月24日の会長辞任をどう残すのか?
先生がこれまで語られた指導、随筆 新人間革命 嵐の「4.24」等々‥真実の歴史を残してほしい。事実を改ざんし、将来こんなことにならないか‥新人革が事実です。と

これをどう残すか?そのことで創価学会の将来も見えてくるに違いない。
 

信濃町のネット対策チームの対策様

 投稿者:世界の希望!  投稿日:2016年11月13日(日)16時04分57秒
編集済
  大いに賛同します

不味いレストランに、人は黙って行かない
無抵抗運動が一番です

財務が一番の大善という原田会長
しかし、戸田先生、池田先生は折伏が一番の大善という精神
つまり、教団運営より民衆救済を大事にした
だから、学会は奇跡の発展を遂げた

教団に供養するのが、一番の大善などと言う考えはそこらの宗教と同じ
それなら折伏も新聞啓蒙(拡張?)も選挙も不要
財務だけしていればいい
そのうち金持ちだけ相手にするそこらの教団と同じになるのではないか?

地湧の菩薩は財務をして仏になったのか?
地湧の菩薩は眷属を連れて地から湧き出たのではないのか?
それとも眷属ではなく、財布、貯金箱を持って湧き出たのか?

「財務は一番の大善」
これは創価学会の教えではない
原田教である

考えてみると「鞄持ちが後継者」になることがあるのだろうか?

他の宗教、政治家、殆どが世襲
鞄持ち(秘書)がボンクラ息子を差し置いて自分が後継者である!
と名乗りを上げるときがたまにある
そういう時はまさに
「軒先貸して母屋盗られる」状態
乗っ取られた時

創価学会は池田先生が「世襲はしない」と宣言されている
息子さんが後継者にならない事は決まっていた
だから鞄持ち(秘書)の原田さんが手を上げて会長になり、居座った
普通はお家騒動が起きる
この時点でお家騒動が起きなかったのは先生のおかげ
原田さんは先生に感謝するべきである
最近、先生を利用することはあっても、感謝の言葉、ないですよ

先生が公式会合を欠席され、会則変更し、自分の任期を延ばし、先生の後継者の正木さんを更迭
本来ここで、普通はお家騒動は起きる

多くの職員は先生の思い「次は正木!」を知っているのだから
創大生を中心にお家騒動が起きるのは当たり前のこと
起きない方が寧ろ「?」
その意味で元職員は頑張っている

学会員は常随給仕=鞄持ちと誤解しているのではないか?
いつも先生の側で鞄を持っていた原田さんを常随給仕と誤解しているのではないか?
常随給仕と鞄持ちは違う!

後継者は鞄持ち(秘書)ではない
鞄持ちをしている人は後継者ではなく、秘書
これが世の中の常識

池田先生は戸田先生に常随給仕されていた
しかし、鞄持ちではなかった
鞄持ちは別の人がやっていた
秘書長がいた

常随給仕と鞄持ちは違う
鞄持ちが後継者になることは普通は殆どない
あるのは乗っ取られた時

池田先生が辞任させられた時
「本気になって学会の為、正義の為に戦う人間はいないのか、真実の味方はいないのか」

そして
「民衆がいじめられ、正義が踏みにじられているのに、何も言わない、叫ばない
そんな卑怯な人間に、絶対なってはならない」

先生の御指導を忠実に実践しているのが、宿板であり、元職員三人だと思う

正しい弟子達が勝利しよう
勝たなければ正義は証明できない
悪者にされて終わるだけ

彼等は諸天を味方にすることができない
我らは諸天を味方にしていこう
そして、
「仕事、学業、家庭、地域を大事にしながら余った時間で出来る限り信心に挑戦する」
これが池田先生の御指導
その通りの生活をして行こう!

そして、自分が縁する全ての人にお題目を送って行こう

我らは「慈悲」で勝利する
 

11/12 横浜レポート まとめ

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)15時55分36秒
  はじめに
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59740

キモトタカコさんの話 1
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59741
キモトタカコさんの話 2
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59742
キモトタカコさんの話 3
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59743
キモトタカコさんの話 4
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59756
キモトタカコさんの話 5
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59757
キモトタカコさんの話 6
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59758
キモトタカコさんの話 7
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59759
キモトタカコさんの話 8
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59771
キモトタカコさんの話 9
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59772
キモトタカコさんの話 10
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59773
キモトタカコさんの話 11
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59774
キモトタカコさんの話 12
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59775
キモトタカコさんの話 13
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59779
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話13

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)15時09分21秒
  〔タキガワキヨシさんの行動〕
タキガワさんは、
「除名なんかさせられない」
と、神奈川県の幹部に電話をかけてくれた。

〔四国と九州からの応援〕
四国にいたノグチさん、九州にいたコダイラさんの2人も、学会本部にこのことを報告してくれようとした。

〔対話の旗を掲げ〕
「ひとたび対話の旗を掲げたなら降ろしてはならない」
と、池田先生はおっしゃった。
原田会長に手紙を書き、対話を求めた。

〔除名通知書が来た〕
平成24年(2012年)5月24日。
キモトさん、シダさん、私(タカコさん)の3名に、除名通知書が届いた。

〔不服申し立てと除名確定〕
信仰を奪う除名なんて、池田先生の世界で、あってはならない。
学会本部に不服申し立てをしたが、8月に除名が決定した。

〔除名の原因〕
全ては、聖教新聞を1部減部するためにAさんとやり取りしたことから始まった。
また、男子部地区副リーダーのシダさんの妻、クミコさんは、平成26年(2014年)12月25日に除名された。
クミコさんの除名も、これが理由だ。
元創価学会職員3名(コダイラさん、タキガワさん、ノグチさん)も、この相談を理由に解雇された。
祈れば祈るほど、職員のおかしさを感じる。
なぜA支部長を守る?

〔決意〕
私は、元職員3名の解雇が撤回され、学会に復帰できるよう戦う。
間違っているものは間違っている。
自分にできる本部改革をする。
池田先生と同志に何度も助けられた。
その学会のために、私は一生涯尽くし抜く。

(以上、キモトタカコさんの話終わり。次はノグチモモコさんの話。)
 

柳チャ~ン、11・12横浜座談会には参加しなかったんだね~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月13日(日)14時49分54秒
  柳チャン、御丁寧に11・12にコラム更新、誠にご苦労様でした~。(笑)

小生は女性同伴で南米旅行してたので、当日は参加できなかったんだけど~(笑)たまたま参加してた友人から電話があったよ~。

「ヤ・ナ・ギ・ハ・ラ・・? 来てなかったよ~」とのコト(笑)

その友人は、なんか修羅場になったらどうしようと思って、3人に「どうしますか?」って聞いたんだって(笑)

そしたらね~、「冷静に判断して対応しますよ。もし取材なら受けます。」だって(大笑)

なんで来なかったのかな~(笑)柳チャン、千載一遇のチャンスだったのに~(笑)

それで、11・12当日のコラムのタイトルが、

「先行して除名された3人の本当の処分理由」 ホント笑える~(爆笑)

だってね柳チャン、アナタが言う「本当の処分理由」を取材・インタビューできる機会を自ら放棄して、ナニ言ってんの~(笑)

でね~、柳チャンが「証拠」としてる「除名通知書」の、「〇〇支部長」って「♪お~い、ナ・カ・ム・ラくん♪」だね~(笑)

「謝罪の強要や自宅等への訪問を繰り返し」ってあるけど、3人の出版された本には違うことが書いてあるよ~(笑)

ともあれ柳チャン、アナタは、「ジャーナリスト」として、「公平・中立」の立場で物事を取材しなければならない立場にいながら、

「取材・インタビュー」できる機会を、わざわざ「放棄」してまで、一方からの情報をそのまま真実と決めつけ、推測、憶測して

「押し付ける意見」のコラムを書いているってコトがはっきりしちゃったね~(笑)


なんか「宿坊を叩けば叩くほど調子がよくなる」(笑) 柳チャン、ダイジョ~ブ?

まあ、行かなかった言い訳がどんなものか、ゼヒ知りたいし、明日の「キレッキレ」のコラムを期待しているよ~(笑)

ファイト!柳チャン。

 

隠れトランプ支持者に学ぶ

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年11月13日(日)14時35分21秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

アメリカ大統領選挙の結果は、トランプ候補が当選しました。
事前のマスコミの世論調査では圧倒的にクリントン候補が優位でした。
なぜ大多数のマスコミの世論調査が間違ったのでしょうか?

答えは。。
隠れトランプ支持者がいたからです。

世論調査ではクリントン候補支持と回答をしていながら、投票ではトランプ候補に投票した有権者がいたのです。

なせこのような隠れトランプ支持者がたくさんいたのでしょうか?

答えは。。。
既得権益側に近いクリントン候補を批判するトランプ候補を表だって支持していると表明することは、一部地域では勇気のいることでした。
また経済や安全保障などを不透明にさせるリスクを考えると、表立ってトランプ候補支持していると言えない空気があったようです。

様々な要因がありますが支持率が拮抗している中で、隠れトランプ候補支持者の投票行動が結果に大きく影響したのです。

さて、私たち創価学会員も次元は違いますが「隠れ反原田会長」になるべきです。

この掲示板でも紹介されていますが、全国で原田会長及び執行部、創価学会職員の間違いを池田先生の御指導を引用して「叱責」した会員さんが「査問、尋問」され「活動停止、役職解任、除名」されています。

また、昨日開催された元創価学会職員の青年が主催した会合でもおぞましい「創価学会職員幹部」の実情が晒されています。

強大な権力を持った創価学会職員です。
平気で「役職解任、活動停止、除名」をしてくるのです。

正面から創価学会職員を叱責するのも素晴らしい戦いです。
しかし皆ができる戦いではありません。

ですから、冒頭にお示ししたように「隠れ反原田会長」になることが重要です。

具体的には。。
①公明党に投票しない。Fも取らない。
しかし幹部には投票したと報告しFも適当な数を報告する。

②聖教新聞の「多部数購読」を止める。
電子版に変えるので等の理由をつける。
財務で過去最高額を納金するとの理由をつける。

③財務は少額にする。
創価学会職員を養う為の供養は広宣流布とは無縁です。
私は、我が家で行う会合で最高級なお茶やお菓子を会員さんに御出ししています。
また高齢の会員さんが病院などに行く時に送迎をしたりしています。もちろんガソリン代などいただきません。

このようにお金を使うことは「財務に勝る大善」です。
その真心の一念は、全て御本尊様が御照覧です。
また池田先生に喜んでいただける行動です。
 

ザ・横浜

 投稿者:窮状(9条)  投稿日:2016年11月13日(日)14時28分51秒
  SaySaySay様
弓が覗いてるから詳しくは書けませんが。
ちょっとだけ。

週刊金曜日記者さんの話しでは編集長自ら各著名人へ宣伝し、外部に支援者を拡げ協力を得ているとの事。

出版会見の時期と場所は未定ですが今年と年明けの2回を予定。15日は販売のみ。

昨日、会場で先行販売していたので買って今読んでいますが、余りに衝撃的内容と人物名の為、ティータイムにします。

P.S.  沢田研二の「我が窮状」9条を守りたいという願いを込めた歌です。これを受けてHNつけました。良かったら聞いて下さい。
https://m.youtube.com/watch?v=7qnCuckLIbA
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話12

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)13時40分58秒
  〔ノグチモモコさんのショック〕
元創価学会職員のノグチユウスケさんの妻である、ノグチモモコさんは、シダさんの妻であるクミコさんに折伏されて入会した。
自分(モモコさん)を折伏してくれた、クミコさんが処分され、目の前が真っ暗になった。
A支部長は、モモコさんにも暴言を吐いた。

〔神奈川県幹部に手紙を書く〕
山崎総県長、畑東海道長、高梨東海道総合長に、A支部長のことについて手紙を書いたが、返事はなかった。
なぜ無視するのか?
対話の創価でこんなことがあっていいのか?

〔原田会長に手紙を書いた〕
最後の望みで、原田会長宛に2回、手紙を書いた。
話を聞いてほしいと思ったからだ。

〔出頭要請が来る〕
原田会長に手紙を出した数日後、創価学会神奈川県審査会から封書が届いた。
そこには、
「除名審査を行うから出頭せよ」
と書かれていた。
私(タカコさん)にとっては、除名は人生の根幹である信仰を奪われることであり、死を突き付けられたようなものだった。
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話11

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)13時39分48秒
  〔シダさんの妻が尋ねる〕
処分を受けたシダさんの妻のクミコさんは、夫の処分理由を聞くために、A支部長に電話したが、クミコさんの電話は既に着信拒否されていた。
メールなら届くかもしれないと思い、クミコさんはA支部長にメールを送った。
A支部長から電話があったので、夫の処分理由を聞いた。

〔A支部長曰く〕
A支部長は興奮しながら言った。
「話すことはない。」
「こっちは被害者。」
「あなた、人を殺してもいいの?」

〔関係正常化のために〕
クミコさんはA支部長宅を訪ねたが、不在だった。
A支部長とはいずれ会合で会うことになるから、それまでに支部長との関係正常化をしたいと思っての訪問だった。

〔クミコさんも処分〕
クミコさんにも総区長から非通知電話がきた。
総区長は言った。
「会合参加禁止」
「組織幹部への訪問・連絡禁止」
「会館出入り禁止」
クミコさんが、自分の夫であるシダさんの処分理由を聞いたらこうなった。
クミコさんも、地元組織から一度も話を聞かれずに処分された。
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話10

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)13時38分48秒
  〔暴言×嫌がらせ×着信拒否〕
A支部長はその後も、電話をかけては暴言を吐き、言いたいことだけ言って電話を切った。
A支部長に電話をすると、着信拒否された。

〔A支部長宅を訪問〕
話し合いを求めてA支部長に電話をしても繋がらなかったため、A支部長宅を訪問した。
不在だったため、「一度お会いしてお話をしましょう。」と手紙を入れた。

〔非通知電話で処分〕
平成24年(2012年)3月7日。
地元総区長から非通知で、私(タカコさん)に電話があった。
総区長は淡々と告げた。
「会合参加禁止」
「組織幹部への訪問・連絡禁止」
「会館出入り禁止」
処分理由を尋ねたら、総区長は言った。
「処分理由は自分で考えるように」

〔シダさんへの処分〕
相談に乗ってもらっていた、男子部地区副リーダーのシダさんにも、総区長から連絡があり、同じ処分を告げられた。
さらに、地区副リーダーの解任と牙城会の卒業も言い渡された。

〔話を聞かずに処分〕
誰も組織に話を聞かれることなく、一方的に処分が決まった。
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話9

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)13時37分53秒
  〔総県長に手紙を出したら〕
A支部長の件では、男子部地区副リーダーのシダさんにも相談に乗ってもらっていた。
シダさんは、
「山崎総県長に相談してみよう。」
と、山崎総県長に手紙を書いた。
総県長の返信を待っていたら、シダさんの携帯電話に、知らない番号から何度も着信があった。
折り返すと、シダさんとは面識がないA支部長からの電話だった。

〔A支部長、舌打ちして曰く〕
A支部長は舌打ちしながらこう言った。
「山崎さんのところに行くな!」
「お前(シダさん)はおかしい!」
「偏執狂だ!」
(注.『偏執狂だ!』は、A支部長がシダさんに向けた言葉であり、A支部長自身の自己紹介ではない。)
A支部長は罵倒して、一方的に電話を切った。

〔着信拒否〕
山崎総県長にA支部長のことを相談する手紙を書いたら、A支部長から電話が来たことにシダさんは混乱した。
それでもすぐに、A支部長に電話を折り返したら、着信拒否されていた。
 

11/12 横浜レポート キモトタカコさんの話8

 投稿者:JACK  投稿日:2016年11月13日(日)13時36分41秒
  〔3コール&着信拒否×3日〕
対話をお願いするメールをA支部長に出した3日後、A支部長から電話がきた。
その時は勤務中で、職場では私用電話が禁止されている。
携帯が鳴ってすぐ、職場から出たが、3コールで終わってしまい、時間も5秒足らずのため、電話に出られない。
仕事が終わった後に、A支部長に折り返したら着信拒否されていた。
それでも、A支部長は、次の日の仕事中にまた、3コールで切れる着信を残し、その行為を3日間続けた。
悪質な嫌がらせだと思った。
1週間後、仕事中にA支部長から電話がかかってきた時、すぐ通話ボタンを押して、職場の外に出て通話した。

〔新聞啓蒙できたら会う〕
A支部長は電話でこう言った。
「すべて説明した。話すことはない。」
「聖教新聞は減らさずに、もう1部(追加購読)ね。頑張って取ってみな。」
「1部新聞啓蒙できたなら会う。」

〔A支部長の偏見〕
さらに、A支部長は婚約者のキモトさんのことをこう言った。
「人非人。」
「野蛮な人。」
「もともと人間ではありません。」
また、A支部長は、
「自分(タカコさん)の仲間に聞いてみれば分かるでしょ?あなたたちの仲間だよ。」
と、学会本部内で問題視されているグループと同じと偏見を持っていた。
 

「本仏」についての一考察 10/12

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月13日(日)13時32分10秒
  <末法の仏の立ち位置 -主師親三徳兼備の根本の「師匠」>

12/8で書いた様に、大聖人に対する私の見解は

末法の仏=末法の法華経の行者=末法の教主=主師親三徳兼備の菩薩仏=永遠の根本の師匠 です。

ここで私の造語になりますが、総別の二義に約して、正宗の見解も入れながら、「師弟不二」について少し書いてみます。

まず一番究極の「師弟不二」、「別しての師弟不二」からはいります。これは、大聖人と日興上人との「師弟不二」です。
別の言葉で言えば、「末法の法華経、の行者」と「その直弟子」です。

この件については正宗と意見は同じだと思います。

大聖人が自分の事を仏と言ってないという話をよく聞きますが、それは当然の事ではないでしょうか。

一番最初の部分で書いた様に、末法の時に出現する「末法の法華経(妙法蓮華経)の行者」はあくまで凡夫僧という立場を離れません。
自分を「仏」だと言ってしまえばとたんに凡夫の立場を失いかねません。
なぜなら、爾善教などでは「仏」というと「厭離断九おんりだんく」- 九界を厭い離れる思想ー というイメージが強く、衆生の「一生成仏」の
思想から離れてしまうからです。

では誰が「末法の法華経(妙法蓮華経)の行者」の本地をあかすのでしょうか。

それが、僧宝である「日興上人」だったのだと思います。
日興上人は大聖人の亡き後、その教えを書写して留め、御義口伝などを書かれて大聖人の末法の御本仏の本地を明かされています。
後年には大石寺を日目上人に任され、後継者育成の為ご自分は重須談所に移り、大聖人の血脈を絶やさない努力をしています。
その生涯を師匠「末法の仏」である大聖人に懸け、多くの人々を正しい仏法に導いた日興上人は
正慶2年(1333年)1月13日、二十六箇条の『遺戒置文』をもって将来の指針を示し、2月7日、88歳をもって亡くなりました。

大聖人の口述を書き留めた御義口伝などがなかったら、大聖人の本意も明らかでない部分もあったと思われます。
それは大聖人に「常随給仕」をされていた日興上人にしかできなかった偉業です。
大聖人の仏法はそういう意味で「師弟不二」の結晶です。
師(仏)と直弟子の、不自借身命の戦いが、末法万年の広宣流布の道を開いたのです。

ですから大聖人の仏法での三宝は

仏宝  日蓮大聖人

法宝  十界具足の御本尊

僧宝  日興上人

です。

 

「本仏」についての一考察 9/12

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月13日(日)13時29分11秒
  <師弟論の混乱 - 正宗の師弟相対>

結論から先に言えば、正宗の師弟論とは

「直弟子の日興(その時点では、大聖人が本弟子と定められた6人の弟子)だけが大聖人を「師匠」と呼ぶ権利があるのである。
直弟子ではないその後の大聖人の仏法の修行者にとっては歴代の法主こそが「師」であることにより、大聖人直結を叫ぶのは、その後の歴代法主に対する師敵対である。
これに違背する者は、地獄に堕ちる事が必定である。
私達にとって大聖人は「御本仏」と呼ぶべきであり、「師匠」ではない。」

ここで正宗の「師弟相対」という講義がありましたので、その中から、正宗にとっての「師」とは誰なのか、という事についての部分を引用します。

以下引用します。

【師弟子の次第を超えてはならない】

これはあくまでも大聖人御在世のことでありましたが、御入滅後は日興上人が「本門弘通の大導師」の任に当たられた以上、日興上人が大聖人のお立場に立たれるわけでありますから、「大聖人直結」を叫ぶ者は日興上人への師敵対関係になることを知らなければなりません。
http://www.jihonji.net/oko215.html



日興上人が『佐渡国(さどぐに)法華講衆御返事』の、
 「なをなをこのほうもん(法門)は、しでし(師弟子)をたゞしてほとけになり候。しでしだにもちがい候へば、おなじくほくゑ(法華)をたもちまいらせて候へども、むげんぢごく(無間地獄)におち候也」(歴代法主全書1ー183)


 能のう所しょ一体
http://tidouji.la.coocan.jp/yougo/7/759.html

大聖人は『御講聞書』に、
「能と云ふは如来なり、所と云ふは衆生なり、能所各別するは権教の故なり。法華経の意は能所一体なり」
(同一八六二㌻)
と仰せのように、法華経は能化の仏と衆生の九界の一体不二が説かれており、その互ご具ぐ円えん融ゆうの境界に即身成仏が成ぜられるのであると説かれています。


日興上人が『佐渡国法華講衆御返事』に、
「なをなをこのほう法もん門は、し師で弟し子をたゞ糾してほとけになり候。しでしだにもちが違い候へば、おなじほくゑ法華をたも持ちまい進らせて候へども、む無げん間ぢ地ごく獄におち候也」

これらの御指南は、末法の御本仏である日蓮大聖人はもちろん、血脈付法の御法主上人猊下を現在の仏法の大師匠と仰ぎ、
その御指南に信伏随従して信仰に励むところに、師弟相対による即身成仏の大功徳が具そなわるのであり、反対にこれに違背する者は地獄に堕ちることが必定であると仰せられたものです。したがって、私たちは師の心に適かなった信心を常に心掛けていかなければなりません。
即ち、日蓮大聖人を末法下種の教主・主しゅ師し親しん三さん徳とく兼けん備びの御本仏と仰ぎ、大聖人の甚深の仏法を唯授一人の血脈相承をもって
お受けあそばされた第二祖日興上人以来の御歴代上人を本師と仰いで仏道修行に励むことにより、末法の衆生は下種三宝と冥みょう合ごうして成仏得道が叶えられるのです。
この基本に則った上で、御法主上人猊下の任命により各末寺に派遣された御住職・御主管を、血脈法水への手続の師匠として、信行に励むとき、末法凡下の我々の生命に信心の血脈が通い、大聖人からの法水が流れ通って我が身の全体が妙法蓮華経の当体と顕現するのです。
大聖人の下種仏法は、己の智ち解げによって成仏するのではなく、師弟相対の信の一字によって成仏が遂げられることを心得ましょう。

以上引用終わり


これらの見解を、信者を代々の法主に縛りつける権威を正当化する弁明にしか聞こえないのは私だけでしょうか。

法主といっても「仏」ではありません。
人間ですから間違いもあるでしょう(極力あってはなりませんが 笑い)。
その時に私達の信心が「大聖人直結」でなかったら、私達の心は路頭に迷う事になります。

この指導はどう受け取ればいいのでしょう。

時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事。               ・
(たとえ、時の貫主であっても、仏法の正義に背いて、勝手な自説を立てた場合には、これを用いてはならない。)

日興遺誡置文 p618


>即ち、日蓮大聖人を末法下種の教主・主しゅ師し親しん三さん徳とく兼けん備びの御本仏と仰ぎ、大聖人の甚深の仏法を唯授一人の血脈相承をもってお受けあそばされた第二祖日興上人以来の御歴代上人を本師と仰いで仏道修行に励むことにより、末法の衆生は下種三宝と冥みょう合ごうして成仏得道が叶えられるのです。<

能のう所しょ一体といいながらも、大聖人を「御本仏」として凡夫と隔絶した高みに上げる事によって、その隙間に法主の権威を固定化しているのを大聖人が見られたら、お嘆きになるに違いありません。


>大聖人の下種仏法は、己の智ち解げによって成仏するのではなく、師弟相対の信の一字によって成仏が遂げられることを心得ましょう。<

??? 寝耳に水です。

 

おサルの独り言 13 : 創価大学教授 宮田幸一の嫉妬(!?)Part2

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月13日(日)13時18分3秒
編集済
  前回『おサルの独り言5』の続きをまだ書いておりませんでした。が、ドミサイル信濃町の入居者さんと螺髪さんの会話もあったことですので、ここに続きを・・・。



>・・・で、先の男子部時代お世話になった信心の先輩から聞いたのですが、「この宮田幸一は『現在日本最高峰のある日本人法華経学者(私が勝手にそう思ってるだけですが)』への嫉妬があるのでは?・・・」との意見を聞いた。
>では、この現在日本最高峰の法華経学者とは誰か・・・!?? この続きは「おサルの独り言6」で

『おサルの独り言 5:創価大学教授 宮田幸一の嫉妬(!?)投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年10月23日(日)』
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58635



この「創大 宮田幸一教授が嫉妬する『現在日本最高峰の法華経学者』とは誰か?」・・・
でありますが、私のその先輩(いつもは「師匠っ」と勝手に呼んでいる)の意見では、ドミサイルさんがおっしゃる「植木雅俊」博士、その人なのです。

下記 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/植木雅俊

をご覧いただくとわかるように、哲学者 中村元 東大名誉教授を師に、長く仏教研究をされている日本では現在最高峰の仏教学者です。

で、Wikiにもありますように、創価大学では「2013年7月26日、創価学会の紹介で招かれ創価大学で講演。後に出版された著作『仏教、本当の教え』を、そのまま講演した。現在も創価教育第7号に掲載中」、とあります。
が、どうやら宮田幸一教授はこの植木雅俊氏に触発され、かつ、嫉妬したのではないだろうか・・・というのが我が師匠(先輩)の意見であります。

嫉妬かどうか私には真相わかりませんが、この植木雅俊氏に触発されたのは確かでありましょう。
しかしながら、まったく無名であった宮田幸一教授が突然、降ってわいたように登場し、まるで創価大学、創価教学の中心人物のような扱いと振る舞いは、ただならぬ何かを感じる次第なのです。

同じ創価学会会員(私もそのように聞いた記憶あり)であればこそ、かなり植木氏に触発され烈火のごとく嫉妬したのかもしれません。あのビデオを聞く限りでは、宮田教授の猛々しい虚勢演説を聞いておるようで聞き苦しいものがあります故、「多分、図星なんだろうなぁ」と思う次第です。
男の嫉妬は見苦しく、権力に取り入り、狂ったように吠えるもののようですから、それに群れる者どもは、そら“そのまんま”でありましょう。


ちなみに聞いた話では、植木雅俊氏はその昔、目黒区在住だったとのことですが、現在は関東圏、東京近郊とだけお伝えします(個人情報ですので)。


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【以下、ドミサイル信濃町の入居者さんと螺髪さんの会話】


>人間仏陀の歩み  投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月 9日(水)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59563
>ドミサイル信濃町の入居者さん!  投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月11日(金)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59626
>植木雅俊博士については公式情報以外一言できません。  投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月10日(木)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59613

 

「本仏」についての一考察 8/12

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月13日(日)13時09分44秒
編集済
  <仏の三徳 ー 主、師、親>

創造主を私達の存在の因とし、創造仏である私達は、神(又は宇宙の真理)の意志による結果としての
存在と観る「外にある道」の思想には因果具時の思想はもともとありません。
当然、完全なる三世の因果の法則や一念三千の理論はないからです。
言葉を変えていえば、神と信者の間には、信者は神にはなれない、又は神(真理)と一体となるには個の生命を滅却しなければならないという、越えがたい壁があります。
神や、真理そのものは、因果や輪廻を超越しており、創造物である私達とは最初から生命(と呼ぶのか分かりませんが)の構造を異にしています。

それに比べて、内道である仏教は、基本的に、仏は修行者を自分と同じ高みに引き上げようと
努力しており、そしてそれは可能です。
なぜなら、もともと仏も修行者も、因果の理法、輪廻の理法に則た、等しい生命機構を備えた生命体であるからです。

しかも一番最初の部分で書いた様に、特に末法の時に出現する「末法の法華経(妙法蓮華経)の行者」はあくまで凡夫僧という立場を離れません。
自分を「仏」だと言ってしまえば、とたんに凡夫の立場を失いかねません。
なぜなら、爾善教などでは「仏」というと「厭離断九おんりだんく」- 九界を厭い離れる思想ー というイメージが強く、衆生の「一生成仏」の思想から離れてしまうからです。


その意味で、総じていえば、「師弟」の関係がなりたつのは仏法だけです。
「仏」というのは「委細に三世の因果を知る」覚者のことであり人間を超えた「超人」ではありません。
「仏」の智慧をもって、衆生を幸福に導く「指導者」です。

その意味で「外にある道」の教えにはない、人間(覚者)と人間の繋がり、つまり「師弟」の関係が成り立つのは内道である「仏法」でけです。

そして、その「仏」が持っている特質を「主、師、親の三徳」といいます。

「一切衆生の尊敬すべき者三つあり、所謂、主・師・親これなり」
   開目抄 p186

 主徳とは、主人の徳で、人々を守護する働き

 師徳とは、師匠の徳で、衆生を正しい道に導く働き

 親徳とは、親の徳で、衆生を慈愛する働き

しかし、よく考えてみれば、人々を守護する、ということも、衆生をどの様に愛するか、ということも、「正しい道」が分かっていればこそ、守護も慈愛も正しい判断の元で正しい行動ができます。
その意味で、やはり一番の根本になるのは、「正しい道」を教える 「師匠の徳」ではないでしょうか。
この意味からも、仏法の「仏」の別名は 「師匠」といってもいいと思います。

究極の真理を説いた仏なら、永遠の師匠です。

 

信じられない、とんでもない出来事です・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月13日(日)13時03分17秒
編集済
  Jackさま

昨日の横浜座談会の報告、ありがとうございます。

さてさて、皆様、いつから、創価はこんなになったんでしょうか?

欧州や海外はまだここまでは・・

日本の中にも良い人は、まだいっぱいいるはずですが・・・・・

クソやアホ幹部がいつの間にかカビが蔓延ったように、たくさん量産されてしまったんですね・・

これでは、健全な未来部が育つはずがないし、幹部の子息が悲惨・・

このお偉い支部長さんとやら、苦悩されている一会員さんに寄り添ってあげれない誤った信仰・・・

どうして、私もしっかり(私さん)のために祈ります。一緒に頑張りましょうと・・・

同時に、商品宣伝新聞に成り下がった聖教の劣化を猛省し

聖教新聞の革命を起こすのが、正しい弟子であるでしょうし、正しい創価学会員。

世間には信仰を持たなくとも、慈善活動や苦しんでいる人に寄り添って生きる人。

自分のお金をそうした活動に使う人が無数。

本部職員たちが財務をしないのならば・・そうした慈善活動・寄付など色々あるはず。

本部から見捨てられたような海外の地域の同志のために、書籍を送るとか・・

本部や聖教に勤める人は境涯が高い・・

一般会員は境涯が低い・だから、財務をさせてあげるんだ、聖教をとって頑張れという

傲慢な、声なき声が鳴り響いています・・・

これが実体ならば、間違いなく創価に明日はない・・

我らで新しき世界を開くしかない。もう一度、師の心を帯し・・・


ペンギン

http://

 

SaySaySay様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月13日(日)13時02分21秒
  ごめんなさい、正確な日時はわかりません、ただ内容は私も結構昔から
聞いていたものですからガセではないと思います。
 

やはり

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月13日(日)12時34分54秒
編集済
  昨日の横浜集会には取材に来なかった様です。自称・妙法のジャーナリストの柳原滋雄さん。

これで似非・妙法のジャーナリストとして決定です(大笑)

公正・公平ではやはり無かった、これも不公正なジャーナリストとして決定。

所詮はコソコソと人の家を写真撮影することしか出来ない売文屋です。

信濃町界隈の一方的な偏向情報に加担し、取材もせず当然情報の精査も調査もせず、偏向情報に

基づいた憶測、推測、伝聞、風聞の類の上、決めつけ、思い込み、スリカエ。

妙法のジャーナリスト以前にジャーナリストとして失格が証明されてしまいました。

名誉挽回するには、公人とは認められない一民間人の元職員3名や波田地、田口両氏他をネタに

せず、貴方が散々シリーズで追っかけ書きながら、理由も無く中断している仏敵・矢野純也の追

撃。矢野純也追及を一刻も早く再開し、その集大成を「矢野純也の素顔」として出版する事が最

大の名誉挽回だと思うがいかがでしょうか?

柳原さん、期待していますよ。

 

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