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【社説】

トランプのアメリカ(中) 孤立主義に未来はない

 米大統領は国際社会で主導的役割を果たすべき指導者だ。内にこもって孤立しては、自国の未来も描けないことをトランプ氏は悟ってほしい。

 オランド仏大統領が「不確実時代の幕開けだ」と言うように、国際問題の知識も浅く政治経験もない超大国の次期指導者が何を言い出すか、世界中が身構えている。

◆内向きの国内世論

 まず心配なのは、トランプ氏の孤立主義だ。

 ブッシュ前政権は国際問題へ過剰に武力介入した。反面教師としたオバマ大統領は「米国は世界の警察官ではない」と宣言する。アフガニスタンとイラクという二つの戦争に疲れた米社会の気分を受けての発言だった。

 トランプ氏もオバマ氏と全く同じことを言っているが、中身は大きく違う。トランプ氏はリーダーの役割を放棄し、世界の面倒なことに首を突っ込むのは一切やめようという姿勢だ。

 しかも、地球温暖化対策の新たな国際的枠組みのパリ協定からの脱退を主張するように、身勝手ぶりが目立つ。それがトランプ流の「米国第一主義」なのだろう。

 ただ、社会の空気は敏感にかぎ分けている。ピュー・リサーチ・センターが十月、「米国は自国の問題に専念すべきか、問題を抱える他国を助けるべきか」を米国民に聞く世論調査をしたところ、「専念すべきだ」とする人が54%に上り、一九九五年の41%から13ポイント増えた。「助けるべきだ」は41%だった。

 このうちトランプ支持者の七割が「専念すべきだ」と答えた。孤立主義は潮流に合っている。

 実は米国は一七七六年の建国当初、旧世界の欧州と一線を画する孤立主義を標榜(ひょうぼう)した。

 初代大統領のワシントンは「なぜ、われわれの平和と繁栄を欧州の野望や抗争、利害、気まぐれに絡ませなくてはならないのか。外部世界との恒久的な同盟関係を避けるのがわれわれの真の政策だ」と辞任のあいさつで語った。一八二三年にはモンロー第五代大統領が欧州との間の相互不干渉を説いた「モンロー宣言」を出した。

 転機になったのは第一次大戦だ。ウィルソン第二十八代大統領は参戦を決断し、国際連盟の設立をはじめ理想主義的目標を掲げた。ところが、大戦後発足した国際連盟に米国は加盟せず、孤立主義や保護貿易主義に傾斜。結果的にファシズムの台頭を許した。

◆同盟は貴重な資産

 トランプ氏は内向き世論に乗って、先祖返りを志向する。だが、米国が閉じこもってしまえば、国際社会は一層乱れ、結局、米国の国益にもならない。

 シリア内戦は北部の要衝アレッポで、アサド政権とその後ろ盾のロシアが民間人を巻き込む空爆を続け、国連は「歴史的規模の犯罪」(ゼイド人権高等弁務官)と非難する。和平協議は行き詰まり、欧州を疲弊させている難民問題の展望も開けない。

 膨張主義の中国は仲裁裁判所の判決後も南シナ海の軍事拠点化を進めている。いずれの問題に対処するにも米国は欠かせない。

 トランプ氏の同盟を軽視する姿勢も気掛かりだ。日本や韓国などを指して「米国は彼らを防衛しているのに、彼らは対価を払っていない」と事実誤認に基づく主張を繰り返す。

 在日米軍の駐留経費の増額を要求してくることが予想されるが、安全保障は目先の損得勘定で測るべきものではない。

 中国やインドなど新興国の追い上げによって、米国は経済的にも軍事的にも、かつてのような群を抜いた存在ではなくなっていく。

 だからこそ他国との同盟関係を強化し、足らざる面を補うことが必要になる。米国が今後も国際問題で中心的な役割を担うために、同盟は貴重な資産だ。

 逆に同盟を弱体化させれば、再三唱えてきた「偉大なアメリカ」は遠ざかるだけだ。

◆危険な保護貿易主義

 トランプ氏は自由貿易を目の敵にするが、保護主義に走れば相手国も報復関税で対抗する。第二次大戦後の世界経済秩序は、その反省に立って築かれたことを忘れてはなるまい。

 日本や韓国の核保有容認論は、仮の話としても核軍拡競争を招くだけだし、米国の安全保障費用も膨らむだろう。

 歴代共和党政権で外交・安保政策を担当した元高官ら五十人が八月に出した共同声明は、トランプ氏が「米史上最も無謀な大統領になり、国家の安全保障を危険にさらす」と強く警告した。

 トランプ氏は優秀実務の外交・安全保障の陣容をそろえ、その進言に耳を傾けてほしい。そうでないと、世界も米国民も安心はとてもできない。

 

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