2015年8月29日(土)未来人のコトバ

棋士 羽生善治さん 「玲瓏(れいろう)」

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今週、徳島で行われた王位戦第5局。
羽生さんはこの日勝利し、タイトルを防衛しました。

棋士 羽生善治さん
「悪い局面として苦しい場面になった時でも我慢して、すぐに終わらないように粘るというか頑張れたのがよかった。
1つの対局とか1回のタイトル戦とか、そういう機会を大切にしていきたいという気持ちが最近は非常に強い。」

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25歳のとき、史上初となる将棋の7大タイトルを独占。
現在、通算の勝利数は歴代単独2位の1,323勝に達しています。

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羽生さんは数多くの著書を発表。
決断力や大局観、適応力など、そのコトバはビジネスマンを中心に多くの人の心を捉えています。

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KADOKAWA 新書編集部 編集長 原孝寿さん
「“安易な成功”を読者も求めない時代になってきた。
羽生さんの本は、常に本質に向き合う内容ばかり。」

価値観が多様化する時代に「本当に大事なことは何か?」を発信し続ける羽生さん。
今日(29日)は天才棋士のコトバをとことん聞きます。

●玲瓏(れいろう)

竹内
「勝率7割を超えるトップ棋士、羽生さんが勝ち続けるために心がけているコトバを伺っていこうと思うのですが、本日は今から直接書いていただこうと思います。」

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野口
「これは何と読むのでしょうか?」

棋士 羽生善治さん
「これは『玲瓏(れいろう)』と読みます。」

野口
「どういう意味なんですか?」

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棋士 羽生善治さん
「もともとは『八面玲瓏(はちめんれいろう)』という四字熟語なんですけれども、まっさらな気持ちですとか、あるいは雲一つないような快晴の景色とか、そういうようなことを表しているという意味ですね。」

野口
「心の持ち方なんですけど、それは羽生さんはそういうふうになりたいと、いつも思ってらっしゃる?」

棋士 羽生善治さん
「理想ですね。
現実は難しいですけど、理想として、そういうのが一番ベストじゃないかなということですね。」

野口
「この言葉に出会われたのは、いつぐらいのときなんですか?」

棋士 羽生善治さん
「もうずいぶん前なんですけど、例えば扇子とか色紙とか書くときにいろんな言葉を探していたときに、たまたまこれを見つけまして、いい言葉だなと思いました。」

野口
「羽生さんは若くしてプロになられて、7冠独占があったあとに、1度タイトルのいくつかを失われて、そういったときのどの辺りで、というのは別にないんですか?
もっと前からですか?」

棋士 羽生善治さん
「20代の後半とか、それぐらいだとは思いますね。
ただ、どんな状況とかポジションのときでも変わらないで、淡々とやっていくっていう言い方は変なんですけど、でも、そういう気持ちは大事かなと思っています。」

野口
「実際の対局にこの『玲瓏』という気持ちが、どういう効果を与えますか?」

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棋士 羽生善治さん
「よく“我に返る”とか“原点に戻る”とか“リフレッシュする”とか、そういうときにちょうどいいというか。
どうしても実際の対局のときとか、日常とかでも、感情が揺れ動くっていうことはあるので、そういうときに気持ちを落ち着けたりとか、切り替えたりするときにそういう言葉を思い出すっていうことですね。」

野口
「対局にあたるときは、平静なというか、静かな水面みたいな、そういうのが一番理想なんですか?」

棋士 羽生善治さん
「始まるときはそうなんですけど、始まったあとは当然ながら状況がどんどん変わるので、なかなかそれを維持できないわけですね。
それをまた元に戻して、また乱れてっていう、そういう繰り返しです。
だから、いかにしてそういう状態を長く持続できるかとか、意識せずにそういうふうにできるかとか、そういうことなんじゃないかなと思ってますけどね。
『玲瓏』の状態をいかに長く持続するかとかですね。
それを崩さないようにするかとか、崩れてしまってもすぐ取り戻せるようにするかとか、っていうことだと思います。」

野口
「羽生さんは、本がいろんなかたちでビジネスマンの支持を得てる、と私たちも伺っていましたし、ですからこそ今日、来ていただいたこともあるんですが…。」

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竹内
「そうなんです。
羽生さんが書かれた本には将棋の世界にとどまらない普遍的なメッセージが多い。
そこで支持されているということだと思うんですが、例えばいくつか例をまとめてみたんですが、『“直感”の7割は正しい』、『才能とは、継続できる情熱である』、『集中力を発揮するには“空白の時間”が必要』といった言葉があるんですよね。」

野口
「私が一番気になったのは一番上ですが、『“直感”の7割は正しい』というのはどういうことでしょう?」

棋士 羽生善治さん
「7割か8割か6割かはよくわからないですけど、パッと見たときっていうのは、要するに邪念が入ってないっていうところがあるので、そのとき自分がどういうふうに思ったかとか感じたかということが、すぐ出ているっていうところなので、迷ってしまったりとかためらってしまったときに、もう1回反り返るとか、結構そのときにパッと見たっていう判断が意外と合っていることが多いっていうのは、何となく経験則としてはあります。」

野口
「若いころは、そういうところまではまだ至っていない?」

棋士 羽生善治さん
「若いときは、そういうことよりも記憶の力とか計算の力とか、そういうところを重きに置いてやることが多いので、感覚的なところは年齢が多少上がってきてからということになりますね。」

竹内
「直観は、経験を積むにつれて磨かれていくということですか?」

棋士 羽生善治さん
「磨かれていくと思うんですが、それで正しい一手が指せるかどうかは、また別の話。
磨かれるのは間違いないです。」

野口
「若いころに頼りにしている自分の五感の何かと今、今度45歳になられるわけですよね、やっぱり違いますか?」

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棋士 羽生善治さん
「例えば考えるといっても、若いときは何を考えるかを結構考えるんですけど、最近は何を考えないかを考えるっていうことが多いんですよ。
捨てるところをいかに短い時間でパッと捨てられるかっていうところを重きに考えてるっていうことですね。」

野口
「経験を積めばそれが必ず力になると、私も思うんですけど、必ずしもそうでもないというか…。」

棋士 羽生善治さん
「経験の難しいところが、それが先入観とか思い込みとか、そういうのをつくってしまって、新たなリスクがとれないとか、アイデアが思いつかないとかっていうこともあるので、その辺が経験の難しいところだとは思います。」

野口
「あともう1つ、一番下の『“空白の時間”が必要』。
何もしない時間を意識して、ということですか?」

棋士 羽生善治さん
「特に最近は、ものすごい大量にいろんな情報が入ってくるので、それを消化するっていうか、自分なりに整理整頓する時間が必要なんじゃないかなっていう気はしています。」

野口
「本に『情報断食する』ってありましたけど、どこまで断食するんですか?」

棋士 羽生善治さん
「本当にデータみたいなのとか捨てます。」

野口
「今までの棋譜とか?」

棋士 羽生善治さん
「そうですね。
必要になったらまたコピーするんですけど、でも捨てます。」

野口
「どこかに隠すのではなくて、捨てることが大事ですか?」

棋士 羽生善治さん
「捨てるプロセスが大事なんですね。
本当は見られるんですけど、そうすると自分で考えなきゃって思うじゃないですか。
そこで切羽詰まった状況に追い込むほうがいいような気がします。」

野口
「1日の暮らしの中で将棋っていうのは、駒はいりますけど、頭の中があればいろいろ考えられるわけですが、どれぐらいの割合で将棋のことを考えてらっしゃるんですか?」

棋士 羽生善治さん
「決まった時間では考えていないので、気分が向いたときにやっているっていうところですね。
考えていても何もしてなくても、はた目からは同じですから、あまりよくわからないと思います。」

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野口
「最初の言葉に戻りますが、『玲瓏』。
日本語で言うと『明鏡止水』みたいな感じですか?」

棋士 羽生善治さん
「近い意味だと思いますね。」

野口
「羽生さんをもってしても極めるのはすごく難しいですか?」

棋士 羽生善治さん
「非常に深く集中してる状態でもあるし、余計なことを考えていないというところでもあるし、感覚的にも研ぎ澄まされているっていうことでもあるでしょうし。
ただ、毎回毎回そういうふうになるのは難しいですよね。
でも、例えばスポーツで『ゾーン』とかって表現がありますけど、そういうのと似てると思います、表現の仕方が違うだけで。」

野口
「普通の社会人、サラリーマンが日々こういうことをしてみてはどうかなという、『玲瓏』にはなれないにしても、何かちょっとしたアドバイスみたいなことありますか?
仕事の能率が上がるというか。」

棋士 羽生善治さん
「2~3分の短い時間の休憩で、かなり気持ちって切り替えられるっていうところはあると思うので、お茶を飲むにしても、外の景色を眺めるにしても、短い時間の休憩で切り替えるっていうのと、あと、やってることは間違ってないんだけど、まだうまくいってないときってありますよね。
モチベーションが下がったときにどうするかっていうことで、モチベーションが下がったときは、日常の生活の中にアクセントをつけるっていうことなんです、ちょっと変えるっていうことです。
服装を変えるでもいいですし、髪型を変えるでもいいですし、趣味を始めるでもいいですし、何でもいいんですけど、ちょっと気分を変える、ほんのちょっと。
あまり大胆なことはしなくていいので、簡単なことでいいんです。
簡単なことをやると、結構モチベーションがまた上がりやすいっていうことがあるので。」

野口
「羽生さんは実際にそういうことをしてらっしゃるわけですか?」

棋士 羽生善治さん
「気持ちの状態と技術的な状態を見極めながら、何をやっていくかっていうことを一応考えています。」