「財政赤字が問題にならないことはレーガンが証明済みだ」。2002年にオニール米財務長官がさらなる減税への疑義を呈した際に、チェイニー副大統領が言った言葉だ。次期大統領のドナルド・トランプ氏は、その「証明」が今も成り立つかどうかを確かめようとしているようだ──成り立ったことがあったとしての話だが。
トランプ氏は、1980年代のレーガン元大統領のような大幅減税を表明しているが…
トランプ氏の大統領選勝利を受けて、すでにロナルド・レーガン元大統領になぞらえる懐古的な見方が出てきている。1980年のレーガン氏の大統領当選も同様の懐疑論で受け止められた。その後の36年間に米国経済と世界経済は大きく変化しており、このなぞらえ方には無理もある。だが、トランプ氏のやり方がレーガン氏のそれと酷似する部分が一つあるとすれば、それは米国の財政赤字の大幅な拡大につながりそうな財政計画だ。
選挙戦中のトランプ氏の発言は、一貫性のある経済計画には結びつかない。貿易をめぐる怒りの発言と米連邦準備理事会(FRB)の刺激策に対する敵意は、広範な政策を意味しうる。危険な政策も危険度の低い政策も含めてだ。
しかし、減税については、個人所得税と法人税の両面で具体的な公約を繰り返した。また、国防支出の拡大と「高速道路、橋、トンネル、空港、学校、病院を建て直す」ためのインフラ投資の大幅拡充も公約している。
トランプ氏は、自分の経済計画によって多数の雇用が生まれ、米国の経済成長率は倍増すると断言している。これは疑わしい。今の米国が完全雇用に近い様相を呈していることを考えれば、なおのことだ。対照的に、米国の財政に及ぶ影響については異論の余地がない。「責任ある連邦予算委員会」によると、トランプ氏の財源なき減税は2026年までに米国の政府債務を5兆ドル以上膨らませる恐れがある。
刺激策に関しては、的を絞ったインフラ投資を主体に金融政策よりも財政政策の比重を高めるべきだとする強い声がある。ヒラリー・クリントン氏も同様の路線を打ち出していたかもしれない。だが、このような転換が米国の財政赤字の大幅拡大につながる見通しになれば、インフレ率の上昇を呼び、借入費用が高まる。そうなると金融政策にしわ寄せが及ぶことになる。
明白な対応策はFRBの金融引き締めだ。トランプ氏は世界金融危機以後の超低金利が気に入らないようだが、同氏の財政計画が実行に移されれば、FRBに直接的に干渉することなく政策「正常化」のプロセスを早める結果になる。
財政政策の緩和に金融の引き締めという組み合わせは、トランプ氏の経済成長目標を持続可能な形で達成することと相いれない。FRBのイエレン議長を現任期限りで退任させ、トランプ氏の目標を真剣に受け止める従順な人物と入れ替えれば、壊滅的な事態を招くだろう。
さらに、恒久減税で米国の財政を長期的に悪化させるよりもはるかに勝るのは、トランプ氏が自分の計画を税収中立の幅広い税制改革にまとめ直すことだ。レーガン大統領は2期目にこれを進めた。
所得税に対するトランプ氏の計画は擁護のしようがない。トランプ氏が代弁しているとする中間所得層の有権者には、ごくささやかな恩恵が及ぶだけで、最上位の富裕層を大きく利することになる。一方、法人税率を国際競争力が高まる水準まで引き下げるのは妥当だ。しかし、課税基盤を拡大する改革が伴わなければならない。税金の抜け穴をなくし、1兆~3兆ドルと推計される企業の海外留保金の還流を促す必要がある。
むろん、議会を支配する共和党がトランプ氏の計画をどう受け止めるか、そしてトランプ氏の財務長官人事によって、状況は大きく変わってくる。トランプ氏の性向として、弱い人物を指名し、ホワイトハウスから経済政策を仕切ろうとするかもしれない。だが、それは間違いだ。新大統領のトランプ氏には市場と国際関係者の尊敬を得る強力な内閣が必要だ。
トランプ氏の大統領選勝利で大きな不確実性が生じているが、税制改革やインフラ投資、財政出動の強化など、理想的とは言えないまでも一貫性のある経済政策へと積み上がりうる一連の幅広い施策がある。このような施策は、特に米国での借入費用の上昇に弱い新興国など、世界の他の国々に対しても影響を及ぼす。だが同時に、それは世界で最も重要な国である米国の成長持続とも両立しうる。心配されるのは、とかく極端に走ろうとする性格のトランプ氏がバランスを逸してしまうことだ。
(2016年11月11日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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