金融ショックは時に、グローバル市場を混乱に陥れ、銀行家や投資家を失意の底に突き落とす。今週、インドのモディ首相が法定通貨の500ルピー(約790円)紙幣と1000ルピー紙幣をほぼ即日で廃止すると宣言し、インドに衝撃が走った。この影響は、金融ショックのそれよりも偏っている。野菜や米の購入や、人力車の利用が困難になった。また、いわゆる「地下経済」に関わる数億人のインド人にとっては、商行為の停止を意味する。不意打ちで実施されたこの「ブラックマネー」の取り締まりの影響を緩和する周到な計画があるにしても、その効果はまだ、住民のほとんどが銀行口座やクレジットカードを持たない地方にまでは達していない。
同国政府とインド準備銀行(中央銀行)の職員が徹底して秘密裏に廃貨政策を計画、実施したことは、注目に値する。不意打ちの要素がなければ、摘発対象である脱税者やギャング、紙幣偽造犯、腐敗政治家は容易に紙幣を、不正資金の典型的な最終形である金やダイヤモンド、不動産などに換えてしまいかねない。彼らがもし今、銀行への預金を試みたなら、ため込んだ資金の出所を説明したり、税未納分を正当化したりすることは困難だろう。
また、この政策の実施で影響が及ぶ範囲も先例がない。欧州中央銀行(ECB)が今年、犯罪者が好んで使用する500ユーロ(約5万8000円)紙幣の廃止を決めたが、今回の政策はその程度にとどまらない。旧500ルピー紙幣と1000ルピー紙幣は流通現金の総額の約85%を占めていた。新紙幣の500ルピー札と2000ルピー札は段階的に発行される。銀行への預金取り付け騒ぎが起きないよう、まだ流通中の小額紙幣の引き出し可能額には厳しい制限を設けている。取引の大半が現金で行われるインドでこの政策が招く混乱は計り知れない。クレジットカードを保有し、それらを商店で利用できる地域に住む富裕層よりも、貧困層への影響のほうがはるかに大きい。
■「地下経済への奇襲」 国民は好意的
この政策の政治的根拠は分かりやすい。今回の地下経済に対する奇襲は、国民には驚くほど好意的に受け入れられているばかりか、インド最大の人口を有するウッタルプラデシュ州で来年実施される選挙に先駆けて、与党インド人民党(BJP)の対抗勢力がため込む不正資金の山を一掃する機会にもなりうる。
早い段階からの熱心な支持者は、この政策を、インドの(課税対象となる)公式経済を拡大し、税金の納付率向上に寄与する大胆な取り組みだとみている。だが、疑念も生じる。これが政府が広範囲で取り組んでいる汚職撲滅運動の一環であるなら、他方面でも同様の対策が可能だろうし、そうすべきだ。脱税や海外への資金移転、金や不動産の購入などを行う同国富裕層による金融犯罪の取り締まりがその例だ。また、政府がこうした過激な方法で選挙公約を果たす力があるのであれば、教育改革や河川の浄化、医療制度の改善などの公約に関しても、もっと迅速に進められるはずだ。
(2016年11月11日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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