米大統領に決まった共和党のドナルド・トランプ氏は、米国の利益を最優先する「米国第一主義」(アメリカ・ファースト)を掲げ、米国の伝統的な価値観である自由、平等、多様性に反するような排外主義的な発言を繰り返してきた。
その矛先は日本、韓国、北大西洋条約機構(NATO)加盟国、サウジアラビアなど、米国の同盟国にも向けられている。米国が同盟国のために過大な負担をしていると主張し、同盟の見直しに言及し、同盟国に負担を増やすよう求めている。
アジアを支える公共財
トランプ氏が選挙戦で展開した主張通りに政権を運営するかどうかはわからないが、そうなれば日米安保体制は揺らぎかねない。
選挙戦でトランプ氏は「米国は日本やドイツ、韓国を防衛しているが、彼らは対価を支払っていない。応分の負担をしなければ、日本を防衛することはできない」と語った。
日米安保条約について「不公平」だとして再交渉を求め、日本が在日米軍の駐留経費負担を大幅に増額しなければ米軍を撤退させることや、日本や韓国の核保有を容認する発言もしている。「世界の警察官にはなれない」とも話している。
オバマ政権はアジア・リバランス(再均衡)政策を掲げたが、トランプ政権は、前政権とは比較にならないほど、国際秩序の維持に関心の薄い政権になる可能性がある。
米国がアジア太平洋地域への関与を低下させれば、冷戦構造の残る東アジアは「力の空白」が生じ、不安定化は避けられないだろう。そうなれば北朝鮮、中国、ロシアの軍事動向にも影響が出るかもしれない。
日米安保体制は日本や米国のためだけでなく、アジア太平洋地域の安定を支える「公共財」としての役割を果たしている。今後も、米国の同盟国である日本、韓国、豪州が協力して地域の安定を支え、中国を国際的な秩序に取り込んでいくことが重要だ。日米安保体制はその礎であるべきだ。
トランプ氏が日米安保条約を不公平と断じる理由は「米国が攻撃されたら日本は何もしなくていいが、日本が攻撃されたら米国が総力を挙げて出て行かなければならない。片務的な合意だ」というものだ。
だが、米国が一方的に負担しているかのような認識は正しくない。
日米安保条約は、5条で米国の日本防衛義務を定め、代わりに6条で日本の米軍に対する基地提供義務を定めている。日米の役割は非対称だが双務的だ。日本は、トランプ氏側に日米安保条約の内容を丁寧に説明して理解を求め、日米同盟の意義を再確認する必要がある。
日米安保条約は日本を守るためだけにあるわけではない。米国は安保条約6条に基づいて、日本に広大な基地を持ち、その基地を米国の世界戦略の中で位置づけてきた。米国にとっても大きな利益になっている。
在日米軍の駐留経費についても、日本は応分以上の負担をしているのが現実だ。日本は、日米地位協定で義務づけられた負担に加えて、年間で約1900億円の「思いやり予算」を負担している。
自主防衛・核保有は論外
安倍晋三首相は、トランプ氏が次期大統領に決まったのを受けて電話し、17日にニューヨークで会談することを確認した。首相が電話で語った内容からは、米国が「内向き」思考に陥らずに、アジア太平洋地域に関与し続けることが米国の利益であり力の源泉になるのだと、トランプ氏に呼びかける意図がうかがわれる。日本政府は、こうした外交努力を積み重ねてほしい。
日本国内では早くも在日米軍駐留経費の負担増はやむを得ないという意見や、日本の防衛費の大幅増額論や「自主防衛論」「核保有論」まで出ている。それに伴って憲法9条改正を求める声もある。
社会保障費の増大や借金まみれの財政事情を考えても、自主防衛は現実的ではない。核兵器の保有など、唯一の戦争被爆国として論外だ。
厳しい国際情勢に対応するには、外交が基本となるのはもちろんだが、そのうえで軍事的な分野で日本はどこまで負担をすべきか、議論を深める必要がある。差し迫った課題としては、北朝鮮の核・ミサイル開発への対応について、日米韓3カ国による認識の共有が欠かせない。
沖縄県・米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる問題にも、トランプ大統領の誕生が、影響を及ぼす可能性がある。在日米軍の抑止力は維持する必要があるが、沖縄への過度の基地集中は解消しなければならない。辺野古以外の選択肢を柔軟に検討する機会にすべきだ。
日米同盟が何のために必要か、どういう国際秩序を描くのか、そのために日本はどういう役割を果たすべきか、主体的に不断に考える作業が欠かせなくなるだろう。トランプ氏の登場はそのことをいや応なしに日本に突きつけているように見える。