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もしかしてあなたの職場も!?
“隠れブラック企業”

「完全週休2日制」「時短の推進」など、表向きの制度や理念はあるにもかかわらず、現場では長時間労働が当たり前の“隠れブラック企業”が増えていることをご存じでしょうか。2008年のリーマンショックを機に、企業の間でサービス残業が常態化。その後、企業のコンプライアンスが叫ばれる中で、逆に“ホワイト企業”であることを示すため、労働環境や制度を整えてきました。ただ、制度に現場が追いつかず、表向きは“ホワイト企業”であるにもかかわらず現場の実態が伴わないという事態が広がっています。

いわゆる“ブラック企業”が中小企業に多いのに対して、“隠れブラック企業”の多くは大企業だと言われています。
例えば、今月7日に東京労働局が労働基準法違反の疑いで強制捜査を行った広告大手の電通も、過去3回にわたって厚生労働省から、子育て支援など、仕事と家庭の両立に積極的に取り組んでいる企業に認定されていたなど、表向き“ホワイト企業”を装っていた可能性が高まっています。(報道局社会番組部 竹内はるかディレクター)

長時間労働を取り締まる「かとく」

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まん延する長時間労働を取り締まろうと、去年4月に、東京と大阪の労働局に作られた過重労働撲滅特別対策班、通称「かとく」。強力な捜査権限を持ち、全国展開している大企業をターゲットに長時間労働を摘発しています。労働者とその家族からの相談や情報提供、各地の労働基準監督署からの報告を元に、悪質だと思われる企業に対しては強制捜査を行い、犯罪事実が認められれば書類送検も行います。

見えてきた“隠れブラック企業”の実態

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「かとく」が去年12月に強制捜査を行ったのが、和食のファミリーレストランなどを経営するサトレストランシステムズ。この会社は、民間の就職情報サイトなどには「実働1日8時間」「完全週休2日制」をうたい、社長も書籍などで「ブラック企業はもう古い」と語るなど、労務環境改善に力を入れている姿勢をPRしていました。
しかし実際には、店舗の現場ではパートやアルバイトが足りない時間帯を正社員で穴埋め、長時間労働が当たり前になっていたことが「かとく」の調査でわかってきました。

残業時間を短く偽る その手法とは

「かとく」は従業員およそ1万人のタイムカードを強制捜査で押収。一枚一枚調査を行いました。

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「かとく」が注目したのは、去年まで使われていた、手書きの残業時間の報告用紙です。ある社員Aさんの場合、去年2月は、1日あたりぴったり2時間を15日間、月合計30時間を残業時間として報告していました。これが正しいか調べるために「かとく」が照合したのが、デジタル入力されている出退勤の記録でした。それによると、Aさんの残業時間は合計68時間38分。実際の出退勤が記録されているにもかかわらず、手書きの報告を正式のものとして、38時間38分も短く残業時間を偽っていたのです。

「かとく」は、さらにデジタルの記録そのものの信ぴょう性も疑いました。ある社員Bさんの勤務記録です。出勤時間の打刻が飲食店にとっては最も忙しいはずのランチ営業の最中になっていたのです。Bさんの行動が勤務記録どおりかを確かめるために「かとく」が調べたのが、交通系のICカードです。去年5月のある日、Bさんが店舗の最寄り駅の改札を通ったのは、朝7時30分でした。その直後の7時36分に、Bさんが店舗の入り口の鍵を開けた記録も残っていました。しかし、勤務記録に残っていた出勤時間は12時15分。鍵を開けた時間と勤務開始時間の間には、4時間39分の空白が見つかったのです。

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他にも、勤務記録上は退勤したあとの時間にレジを操作していた社員の記録が見つかるなど、残業時間を短く見せるために記録に手を加えていたと思われる痕跡が随所に見られました。
捜査の結果をもとに、「かとく」は従業員32人から事情聴取を行いました。その結果、残業時間の改ざんは本社からの指示ではなく、店舗ごとに現場の判断で慣例として行われていたことがわかりました。

“残業が当たり前”の現場

なぜ、現場では残業時間を短く偽ってまで行う長時間労働が当たり前になっていたのでしょうか。
元社員の男性は「シフトを見て(店が)回りそうにないなと思うと、気を利かせて早めに行ったりとかして、店をどれだけ回せるかということしか考えられなくなっちゃって、毎日残業はしていたんですけれど、社員なのでしかたがないって思っていた」と語ります。男性が働いていた店舗では、パートやアルバイトが足りない時間を、店長を含む正社員が日常的に穴埋めしていたと言います。しかも、残業時間は店長が独断で削ってしまい、本社には短く報告されていました。
「かとく」の調査では、店長は30時間、それ以外の社員は25時間を上限に、残業時間を短く申請するのが当たり前とする「暗黙の了解」があったことがわかりました。こうした残業隠しは、多くの店舗で日常的に行われていたのではないかと「かとく」は見ています。

サトレストランシステムズの見方は

事態を重く見て、「かとく」はことし9月、会社と店長ら5人を労働基準法違反の疑いで書類送検しました。この会社のように本社が管理できず、現場で残業隠しが常態化している企業は少なくないと「かとく」は指摘します。大阪労働局過重労働撲滅特別対策班の前村充主査は「労働時間の実態を組織的にちゃんと管理できていない会社が、私たちの仕事を通じて見ていると決して少なくはない。しっかりと組織として現場の末端まで浸透していくようにしていくことが重要だと思う」と話していました。
労働局の調べに対し、書類送検されたサトレストランシステムズの幹部社員らは「業界として長時間労働は当然という考え方が受け継がれ、改善できなかった」と話していたということです。NHKの取材に対して「このような事態が二度と起きないように、再発防止を徹底していきたい」とコメントしています。

“隠れブラック企業”をなくすために

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隠れブラック企業の問題が深刻なのは、長時間労働が社員の心身の健康を確実にむしばんでいくからです。過労死の件数は平成14年以降、さまざまな対策が打たれたにもかかわらず、年間200件前後で一向に減る兆しがありません。今回の取材で、長時間労働によってうつ病など心身の健康を損なった多くの人たちから話を聞きましたが、「仕事にやりがいを感じていた」「まさか自分が病気になるなんて」と同じように話していたのが印象に残っています。自分だけは大丈夫、が通用しないのが長時間労働による健康被害だと強く感じました。
一方で、視聴者の皆さんから寄せられたご意見の中には「残業代がないと生活できない」という声もありました。残業が当たり前ではない社会にするためには、残業代がなくても生活できる水準に基本給を上げることは不可欠です。しかし、昨今の経済情勢の中、企業はベアに対して慎重な姿勢を見せているのが現状です。
ではどうしたらいいのでしょうか。まず大切なのは規制と取り締まりです。国の「働き方改革実現会議」の中では残業に上限を設ける案も出ています。まずは国が率先してルールを作り、その中でそれぞれの企業が自浄を進めることが必要だと感じています。

竹内はるか
報道局社会番組部
竹内はるかディレクター