「気がつけば少数派」

選評がいただける、というのが私の一番の宝物

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 今年の第69回日本推理作家協会賞(長編)を受賞したのは柚月裕子さん(48)の「孤狼の血」(KADOKAWA)。広島県内のヤクザ担当の老練な刑事を軸とした壮烈な人生絵巻のような作品だ。それが目の前のしとやかな女性作家の手から紡ぎ出されたとは、といささか戸惑いながらも、その贈呈式直前にインタビュー。

 受賞おめでとうございます。月並みですが、受賞の一報を受けたときのお気持ちをお聞かせください。

 「ほかの賞にもノミネートされていて、すでに厳しいご意見をいただいていたので、今回は受賞はないものと心から思っていました。ですから、都内の喫茶店で編集者の方たちと一緒にいて、このまま残念会に流れるのだろうなあと思っていたので、連絡が入った時は信じられない気持ちでした。周りにいた編集者たちがホッとした顔をされたので、初めて受賞したんだという実感がわきました」

 この作品は直木賞にもノミネートされていましたが、残念ながら受賞を逃しました。

 「直木賞の時は結果が出るまで長かった。2時間半も待っていて、疲労した覚えがあります。でも、ほかの賞でもそうですが、私は結果がどうかより、私の作品に対しての選評をいただけるのがうれしいです。ノミネートされて、ああこれで選評がいただける、勉強になる、というのが私の一番の宝物です。2008年にデビューしたときから、それは変わっていません」

 作家になる方は、子どものころから本好きな方が多いようですが、柚月さんはいかがでしたか。

 「私の一番の趣味は今も読書です。でも作家となった今となっては、息抜きで読む趣味という形ではなくなりました。書くために読む資料本が多くなり、それが残念です。子どものころから読書好きで、小説だけでなく、漫画、童話、絵本、絵画集、写真集などを楽しんでいました。両親が本好きだったので、家にごく当たり前に本がありました。父は時代小説、歴史小説が好きで、母は『雨月物語』などの古典のほか、私と一緒に絵本や漫画を読んでいました。今から振り返ると、結構幅広い本がありましたね。その中でも、子どもの時はやはり漫画が好きでした」

 やはり少女漫画が多かったんですか。

 「もちろん、少女漫画も楽しんでいましたが、私の中の漫画のバイブルは手塚治虫の『ブラック・ジャック』です。もう何回も読んでボロボロになった全巻を持っています。絵本では『アンジュール』。これは大人になってから知った本ですが、文字が一つもなく、あたたかな絵、クロッキーみたいな絵だけの絵本です。クルマから捨てられた犬の話です。子どものころ好きだった絵本は『ふうたのゆきまつり』でした。うちは特別に裕福な家ではなかったので、母が公民館で借りてきた本のうち、手元に置いておきたいと思ったものは、チラシの裏側に一文字一文字書き写していました」

 読むのが好きな少女は書くのが好きでもあったんですか。

 「中学1年生から書き始めていましたね。漫画を描くのが好きな友達に、何かプロットのような物語を書いて渡していました。でも中学に入ってからは児童書から本格的な小説にのめり込みました。目覚めました」

 きっかけになった本は何ですか。

 「一番初めは『シャーロック・ホームズの冒険』です。小学校で子供向けのは読んでいましたが、今度は大人向けの翻訳ものを読んだら、もう今までと正反対じゃないかと。つまりホームズはコカインはやる、ピストルは撃つといった悪党で、人間として破綻している!と。むしろルパンの方がジェントルマンじゃないかと。新鮮でした。オリジナルはこんなに面白いのかと目覚めました」

 ホームズ・シリーズの中で一番好きな作品は何ですか。

 「ホームズとワトソンの二人の関係性が一番よく表れているのが『瀕死の探偵』ですね。とても好きな作品です。当時は小遣いをためては一冊一冊書店で手に入れました。一番読みやすかったのは講談社版で鮎川信夫の翻訳。当時、ホームズに飢えていて、新潮社版や早川書房版など出版社別に読んだり、翻訳者別に読んだり。翻訳者によっては、ホームズは自分のことを私と言ったり俺と言ったり。ワトソンのことをワトソン君と呼んだり呼びつけにしたりと、微妙にニュアンスが違っていて、手に入るものはパスティーシュ、模倣作品や贋作がんさくまでも読みました」

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