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鵠沼郷土資料館(公民館)へ行くと、作家であったおばあさまのコーナーが設けてあります。 しかーし、キティゎ故郷+お寺=なんって ぜんぜん楽しくないのです。 大学教授や東大大学院の研究者は、この鵠沼を語る会やお寺を訪れたり、著作権切れを味方につけて、いつの間にかHPも2つ程好き勝手に作成していたり… キティは生まれながらにして、ストリーキングで生きてるにひとしいのです。 お忍びでお墓参りに行っても、センサーがあるので副住職様が番犬のように現れてまいりますw そして、数日後には「いつ何時ごろお母様と車でいらした」とか、持参したお菓子の銘柄、服装やお経料に至るまで…鵠沼を語る会では噂になっているのでプライバシーもなにもありません。 キティと喧嘩ばかりを繰り返している故郷&最近少し仲良くなったお寺なのです。笑 東大大学院の研究者KSさんなんて、キティが昔記事を書いていた朝日新聞社の編集部にまで連絡をしてきて「記者や記事についての連絡先は教えられません。」と断られる有り様です。 さらには、鵠沼を語る会から東京・南青山のキティ宅を知るなり、論文や書簡等の送付のみならず、 会を通して「千代子を研究していま〜す。千代子で博士号をとりたいんで〜す。千代子の大ファンで〜す!」と言ったところで、キティがその論文を批判し、面会を断ると逆ギレで、かけてきた電話もガチャ切りです。(._.*) その後、鵠沼を語る会に「研究者によるお寺への取材やお墓参りを一切控えるよう」通達いたしました。 研究者は、取材と称して、お線香どころかお花を手向けることもなく、墓石をひと回りしつつ、これは誰と誰の法名ですね。 しかし、誰々が足りない・・・といった墓前での講演が始まるのです。 そんな不満を挙げ連ねたら、何頁あっても足りない。 相手方代理人の加藤豊三弁護士まで、事務所でお話していた時に「内藤さんのおばあさまは立派なお方ですよね〜」とふってくるのです。 キティがつまらなそうに「いえ、別に…」と返すと「物書きは素質ですからね。 僕は構想は凄いんですが、駄目ですね。 物書きのお方を、僕は尊敬しています。」と嬉しそうに続けてきます。 話したくなるような待遇は受けてないし、提灯記事は正直嫌い。 だけど、おばあさまゎ キティが生まれ変わったところで、一行として足もとには及ばない純文学の作家なのです☆ http://homepage3.nifty.com/kurobe56/ks/ks0138.htm http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/071211_20th/index1.html 鵠沼は、今でこそ分譲化されたものの、 明治、大正、昭和初期を通しては、松林に囲まれた1000坪単位の屋敷が建ち並ぶ高級別荘地を誇っていました。 ココゎ実に閉鎖的なところで、、、 わたくし あなた お父さま、お母さま、お兄さま ・・・ですことよ ごめんあそばせ ごきげんよう 古典的とゆーか、旧華族のよーな こんな妙な日本語が飛び交っているのも、ココ「鵠沼」に限られたものといえましょう。 ココに於ける「お嬢様」の相場とは、大人しくお淑やか、目上に対しては主張せず、キャハハ笑いは御法度!可笑しくてもオホホ・・・。 このような異空間でキティは生まれ、幼少期を過ごしました。 これら所謂セレブは、H23年を元気に生きるキティからすれば奇人変人なのであります。 そろそろお墓参りへも行かないとな〜(._.*) 内藤千代子おばあさま、 あなたさまのお陰でキティは苦労しておりますことよ。(’-’*) それでは、ごきげんよ〜☆ 2011/2/24(木)UP |
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