公開後、警察沙汰になった伝説のピンク映画『肉体の市場』
――絶滅映像作品の収集に命を懸ける男・天野ミチヒロが、ツッコミどころ満載の封印映画をメッタ斬り!
※イメージ画像:『日本映画ポスター集 ピンク映画篇』ワイズ出版
『肉体の市場』1962年公開/大蔵映画/監督・小林悟
かつて「ピンク映画」というジャンルの映画が隆盛を誇っていたことをご存知だろうか。
■ピンク映画とはなんだ!?
ピンク映画第1号作品『肉体の市場』(1962年)は、公開するや否や警察の検閲によっていきなり上映禁止となり、現在もフィルムの完全版が見つからずソフトが発売されない幻の映画となっている。まずは「ピンク映画」の概要から説明しよう。
1962年に『肉体の市場』が公開される以前の日本映画界では、とにかく女優を風呂に入れる「入浴もの」や、濡れたスケスケ衣装で肌が見え隠れする「海女もの」などのユルイ性描写の映画しかなく、それらは単に「お色気映画」と呼ばれていた。当時の男性は、映画館でオッパイやお尻がちょっと見えただけで大興奮していたのだ。
そして1962年初頭、エログロ映画で有名な新東宝が倒産したのを転機に、新東宝の代表取締役だった大蔵貢が大蔵映画を設立して社長に就任。そこで大蔵が世に放ったのが、300万円前後の低予算、3日ほどの早撮りという、これまでのお色気映画をベースに、女優の質を上げつつセックス描写に力を入れ、さらにストーリー性を高めた『肉体の市場』だった。ちなみに、これはいきなり「ピンク映画1号」と呼ばれたわけではなく、1963年に夕刊紙「内外タイムス」が同ジャンルの『情欲の洞窟』(国映)を記事にした際、「おピンク映画」と称し、後に「お」が取れ「ピンク映画」と定着していったというのが定説だ。
映画史家・鈴木義昭氏が「神戸映画資料館」で記述したピンク映画の定義は、「18歳以下お断りの成人指定」「独立プロ製作・配給」「台本の存在する劇映画」の3つだった。これらを満たした最初の作品が『肉体の市場』というわけだ。つまりピンク映画がAV(アダルトビデオ)と違う点は、「ヌク」ことが最大目的のAVよりストーリー性が高く「映画」として成立している点が挙げられる。また東映や日活のポルノは、「低予算、早撮り」という点でピンク映画と同列だが、大手製作という点で独立プロ製作によるピンク映画とは区別されるのだ。
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