トランプとサンダース
と言うわけで、結局アメリカ大統領選はトランプの勝利となったようです。
改めて考えてみると、アメリカ国民の不満はマスコミ報道以上に大きいものがあったということで、それが民主党ではサンダース現象、共和党ではトランプ現象という形を取ったけれども、民主党はなまじヒラリー・クリントンが強すぎてサンダースが負けたけれども、共和党は主流派がばらばらだったおかげでトランプが勝ち、結局そっちに流れた、という理解で良いのでしょうか。
同じ不満派といってもより粗野で野卑で粗暴で排外的な方になってしまった感はありますが、それも運命ということなのでしょう。
ということで、ここで改めて6月にお送りいただいた『バーニー・サンダース自伝』を思い返しておきます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-bdb8.html (『バーニー・サンダース自伝』)
『バーニー・サンダース自伝』(大月書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b223380.html
いちおう、民主党の候補者選でヒラリー・クリントンの勝ちを認めたあとの出版になりましたが、このアメリカ希有の「民主的社会主義者」のマニフェスト本として、読まれる値打ちのある本であることは間違いないと思います。
「革命の準備はいいか?」――庶民や弱者に味方し、大胆な経済政策と政治改革を掲げて全米の若者を夢中にしているサンダース。草の根の民主主義にこだわり、無所属をつらぬいてきた「民主的社会主義者」のユニークな政治家人生を記した自伝。
版元もかなり力が入っていると見えて、ここに無料サンプル版をアップしています。
http://www.otsukishoten.co.jp/files/_sanders_sample.pdf
実を言うと、これは今回の大統領選に向けたマニフェスト本ではなくて、今から20年近く前に出た「Outsider in the House」(下院のはぐれもの)を、タイトルに「White」を付け加えて「Outsider in the White House」(ホワイトハウスのはぐれもの)にして、まえがきと解説を加えて出版したものです。なので、本体部分は20年前の話なのですが、サンダースさんが一貫して変わらないことがよくわかります。
訳者まえがき――バーニー・サンダースとは何者か? 何が彼を押し上げたのか?
謝辞
まえがき(2015年の追記)
序章
1 あなたはどこかで始めるべきだ
2 ひとつの市での社会主義
3 長い行進はすすむ
4 手に入れたいくつかの勝利
5 悪玉を仕立て上げる議会
6 ヴァーモントじゅうを歩きまわって
7 最後のひと押し
8 私たちはここからどこへ行くのか?
あとがき:大統領選挙のはぐれ者(ジョン・ニコルス)
正直言って、社会民主主義勢力が大きなシェアを占めているヨーロッパに比べて、アメリカの政治ってあんまり面白そうでないという感じでちゃんと勉強してこなかったのですが、もう一遍じっくりと時間を取って勉強し直した方が良いかなと思い始めています。
(追記)
考えてみれば、民主党の中でサンダースがやろうとしたことは、長らく「ソーシャル」がなかったアメリカにおいて、「リベラル」を食い破って正真正銘の「ソーシャル」が表面に出ようとしてついに果たせなかったということであるのに対して、トランプのやろうとしたことは、「ネオリベ」と「コンサバティブ」の牙城のはずの共和党のただ中に、大変歪んだかたちではあるけれども、ある種の「ソーシャル」を求める声の嵐を巻き起こしたことにあるのかも知れません。
それがトランプであるという点に、同じように「ソーシャル」志向が歪んだかたちで噴出する例えばフランスの国民戦線などと比べても、アメリカという国の特殊性がよく表れているのでしょうけど。
(再追記)
そのクリントンに負けたサンダースが、クリントンに勝ったトランプに向けて、こう語っています。
http://www.sanders.senate.gov/newsroom/press-releases/sanders-statement-on-trump
“Donald Trump tapped into the anger of a declining middle class that is sick and tired of establishment economics, establishment politics and the establishment media. People are tired of working longer hours for lower wages, of seeing decent paying jobs go to China and other low-wage countries, of billionaires not paying any federal income taxes and of not being able to afford a college education for their kids - all while the very rich become much richer.
“To the degree that Mr. Trump is serious about pursuing policies that improve the lives of working families in this country, I and other progressives are prepared to work with him. To the degree that he pursues racist, sexist, xenophobic and anti-environment policies, we will vigorously oppose him.”
ドナルド・トランプは、エスタブリッシュメント経済、エスタブリッシュメント政治、エスタブリッシュメントメディアに倦み疲れた没落しつつある中間層の怒りを利用した。人々は低賃金で長時間労働することに、実入りのいい仕事が中国や他の低賃金国にいってしまうことに、億万長者が連邦所得税をちっとも払わず子供たちが大学教育を受けられるようにしようとしないことに、要は富豪がますます肥え太ることに、倦み疲れているのだ。
トランプ氏がこの国の勤労者家族の生活を改善する政策を追及することに真剣である程度に応じて、私と他の進歩的な人々は彼と協力する用意がある。彼が人種差別的、性差別的、排外主義的、反環境的政策を追及する程度に応じて、我々は彼に激しく反対するであろう。
まさにそういうことですね。
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コメント
年収200万円以下から700万円超までの所得者で、上に行くほどトランプに投票する割合が高かったことはハッキリ統計として出ているのですが…(特に、最下層では過半数がクリントン、700万円超のミドル層ではトランプと完全に傾向が明らかになってます)
そしてトランプに投票した中間層というのは「税金をもっと払っていい(or払わせてもいい)」というサンダースの社会保障・税金感覚とは逆なんですね。
この投票結果から、「貧しい階層が大きな政府を求めてトランプに入れた」というのが間違いと分かる。
そういう分析って「リベラルは弱者に冷たい」という浜口さんの歴史観とは合致するのだけど、統計としてはそういう結果ではないので。私としては「リベラルと自己決定と自己責任は切り離せない」と思うので冷たい社会上等なんですが、オバマとか、オバマ政権に入っていたクリントンとか、フランスの社会党とかも「社会的じゃない」と言うなら、それこそマジもんの共産主義とか統制経済以外何やっても評価しないんですかね。
高学歴リベラルが批判者を土人と呼んで蔑視したのも頷ける(事実に基づいた批判は良いですが、さすがに共和党よりも弱者切り捨てだの新自由主義だのという側にカテゴライズされたら、クリントン支持者もキレますわな)
投稿: 阿波 | 2016年11月10日 (木) 18時49分
ソーシャルでもリベラルでもいいんですが、きちんと社会保障で革新的な実績をあげた人をぼろ糞に叩いて、派手な政策を並べただけの今まで党員ですらなかった人を持ち上げるっていうのは、ソーシャル側が今回やったことはもうメチャクチャだ。こんな無責任なことばっかりやってたら人がいなくなりますよ。内部でコツコツやってきた人がアウトサイダーに搔き回されるのは見苦しかった。
投稿: 阿波 | 2016年11月10日 (木) 18時59分
トランプの勝利はアメリカ政治史的にみて、それほどイレギュラーなことだろうか?
トランプも、副大統領候補のペンスも若いころは民主党支持だった。そんな彼らを伝統的な民主党支持層である白人労働者層が支持したのだから、古き良き時代の民主党の復活と見るべきではなかろうか。
冷戦が終結し、特にビル・クリントン以後の民主党はリベサヨ的なものに変質した。それを象徴するヒラリーにノーが突きつけられたのだろう。オバマの勝利が公民権運動に象徴される古き良き民主党の理想の達成であったのなら、ヒラリーの敗北は変質した民主党の行き詰まりを意味するのだろう。
ただ、かつて起こったような民主と共和の支持層の入れ替わりにまでつながるのかはよく分からないが。
トランプ政権の帰趨は経済次第だろう。公共事業の推進を訴えているが、確かにこれを実現できれば経済は回復し、労働者層の不満をある程度解消できる。経済さえよければ、マイノリティの社会統合も進む。極端な政策を採らずとも、安定的な政権運営が可能となるだろう。
70年代以降の世界経済はほぼ10年のスパンで破綻を繰り返しているが、リーマンショックからそろそろ危険な時期に入りつつある。もし大不況に突入した場合、トランプが機動的な経済政策を打てれば、まさにニューディールの再現であって、トランプは歴史に残る大統領となるだろう。
日本にとってもっとも重要なのはトランプの対外政策だろう。選挙中訴えていたように在外米軍の撤退を本格的に行えば、世界的なパワーバランスは不安定化する。軍事的衝突は避けられまい。だが、アメリカにとっては戦争特需となる。戦前のアメリカ経済が本格的に成長軌道に乗ったのは第二次大戦の勃発によってであった。戦争によって破壊されたヨーロッパや日本の復興を支援する過程で、アメリカは世界のリーダーとなったのだ。アメリカを偉大な国に復活させるというトランプのスローガンと彼の対外政策は案外整合性が取れているのだ。意図せずに、だろうが。
トランプの経済政策、対外政策はアメリカ国民にとってはしごく合理的である。かようなリーダーを選んだアメリカの民主主義は偉大といわざるを得ない。他国民にとっては迷惑な部分があるが。
今後世界経済の不安定化が進んだ場合、各国が協調して積極的な経済政策を実行することが肝要である。そこにトランプをきちんと取り込むことができるかが、今後の世界の命運を左右するだろう。
投稿: 通りすがり2号 | 2016年11月10日 (木) 21時39分
比較的高所得な階層がトランプに入れたっていうのは一種の自己防衛と見ることは出来ないんでしょうか。
ここ十数年のグローバリズムとリベラル指向によって従来の中間層が一気に貧困へと落ちていったのを彼らは知っていて「次に搾取され見捨てられるのは俺達だ」という危機感を持ったのではないでしょうか。
それとPC棒でぶん殴られて云々という話も元々最下層に属する人にとっては殴られようが殴られまいが失うものが少なく本音が言いやすかったのに比べて、中間層はより上位のエリートリベラルからぶん殴られると今の地位を失う危険が大きく非常に閉塞感に満ちた日常を送っていたものと想像します。それ故なおも綺麗事を並べるクリントンよりももっとストレートな物言いで本音をぶちまけたトランプに支持が集まったんじゃないでしょうか。
投稿: 毛沢山 | 2016年11月11日 (金) 03時22分
>ここ十数年のグローバリズムとリベラル指向によって従来の中間層が一気に貧困へと落ちていった
リベラル政策によって「中間層が没落した」という事実はないです。リベラル政策は、男女平等・人種平等・法の下の平等・自己決定権などです。
「白人・男性」であることの既得権のみによって中間層に居た一部の人は没落したかもしれませんが、「特権によって中間層であることを維持させろ」という差別主義者に配慮する意味が分からない。
とにかく、市場経済の「被害者」を「差別主義を奉じる大きな政府派=国家社会主義者」が救済するという神話は徹底的に否定されなければならない。
投稿: 阿波 | 2016年11月11日 (金) 10時08分