米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は「米国第一主義」を掲げており、政策面で内向き志向を強めそうだ。

 通商政策では自由貿易の推進に否定的で、保護主義へかじを切ることが懸念される。だが、世界第一の大国が自国の目先の利益にとらわれた行動をとれば、世界経済の足を引っ張り、米国の利益にもならない。

 大統領就任後100日間で実施する政策をまとめた「有権者との契約」では、環太平洋経済連携協定(TPP)について「離脱を表明する」と明記した。カナダやメキシコとの北米自由貿易協定の再交渉や中国製品への関税強化なども訴える。

 12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ。

 トランプ氏の主張は、自由貿易を重視する共和党主流派の伝統的な政策と相いれない。上下両院で共和党が多数を握ることになっただけに、トランプ氏の訴えがどこまで具体化するかは不透明ではある。

 だが、世界経済は低成長に陥り、国際的な経済摩擦が相次ぐ。英国の欧州連合(EU)離脱決定に続き、トランプ氏の言動と政策が反グローバル化をあおることになれば、世界経済は本格的な停滞に陥りかねない。

 ある国が輸入品への関税を引き上げ、相手国も高関税で対抗する。貿易が滞って景気は冷え込み、失業者も増える。そうした悪循環が世界大戦まで引き起こしたことへの反省から、戦後の自由貿易体制は出発した。

 今世紀に入って世界貿易機関(WTO)での多国間交渉が行き詰まるなか、自由化の原動力は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移った。とくに規模が大きい「メガFTA」が注目され、その先陣を切ると見られてきたのがTPPだった。

 貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる。

 だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない。

 新たな産業の振興と就労支援など社会保障のてこ入れ、教育の強化と課題は山積する。大企業や富裕層による国際的な税逃れへの対応も待ったなしだ。

 自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ。