第六十一話

 本来の任務であった技術支援や同盟関係の再確認をおおむね終了したバルドたちは、およそ半月ほどの滞在を終え、サンファン王国の閣僚たちに見送られていた。

 「――――君とは末永くお付き合いさせていただきたいものだ。いつか君を新しい海の世界に招きたいものだね」
 「こちらこそサンファン王国海軍とは良い取引相手でありたいと思います」

 新たに軍務卿に就任したホセの手をがっちりとバルドは握りしめた。
 海洋国家であるサンファン王国に何が必要か熟知しているホセがトップにいる限り、同盟国としてサンファン王国は頼りがいのある友邦であり続けるだろう。
 それに羅針盤をはじめとして二人には今後も協力していくべき様々な懸案がある。
 親子以上に年齢の離れた二人だが、存外に交渉相手として互いが気に入ったらしかった。
 続いて体調の優れない王に代わってフランコが代表してバルドの手を取った。

「君には返しきれないほどの借りがあると思っている。その気があればいつでも我が国の門をたたいて欲しい。――――まあマウリシアがバルドを手放すとは思わないけど」
 「過分な評価ありがたく」

 フランコは本気でバルドを側近に欲しいと思っていたが、伯爵家の嫡子であり自らも男爵であるバルドがサンファン王国に仕官するという可能性は低かった。
 今は将来有望な少年とのパイプが出来たことに満足しておくべきであろう。
 バルドとの別れの挨拶が終わると、フランコはテレサの腰を抱き、その肩に顔をうずめた。
 
 「しばしの別れだ。愛しい人よ」
 「再会の日まで、せめて夢で逢おう」

 そう言って衆人環視の中で口づけを交わす二人の目には、ほかの人間など写っていないに違いない。
 胸やけするような思いにブルックスと苦笑し合いながらバルドたち一行はマウリシア王国への帰途についたのだった。


 「……しかしまさかテレサが王太子妃になるとはなあ……」
 「正直何が信じられんって俺にはそれが信じられんよ」
 「失礼だな。僕とフランコを神が出会わせてくれたからさ」

 確かにテレサがまともに結婚相手を探すならば、フランコという存在は奇跡的な確率でしか出会うことはなかったであろう。
 そうした意味でやはり二人は運命の相手なのかもしれない。
 残念ながら性別的に違和感が半端でないのか仕方のないことではあるが。

 「――――今回ばかりは運命ってのを少しは認めてやらなくちゃいけないかもな」
 「するとバルドの不幸の運命もか?」
 「頼むからよしてくれブルックス。何が嫌だって本当になりそうな気がして嫌だ」
 「バルドが僕より波乱万丈な人生を歩むというのは面白くないな」
 「お前も決まってるような言い方をするんじゃない!」

 余談ではあるが、フランコとテレサは大陸でも有名な鴛鴦夫婦として実に四男四女をもうけることになる。
 出産期間のたびにテレサはフランコに側室を娶るよう勧めるのだが、フランコは頑として受け入れず生涯一度たりともテレサ以外の女性には目もくれなかった。
 本来ならば逆であるはずの夫婦の対応に、周囲の人々は生暖かい視線とともに、国王の嫉妬を受け入れたという。

 「な?な?どうだろう、アルカンタ伯のご令嬢は君の好みだと思うのだが……」
 「いやっ!テレサは私のことだけ見てればいいのよ!」

 ごく一部の側近にしか知らされなかった国王夫妻の性癖は、三百年後とある歴史家によって「逆転夫妻」の名で出版され大陸に一大ブームを巻き起こすことになるのだが、当の本人たちには与り知らぬところであった。

 「ああ……王国にはまだ僕の見知らぬ美女が待っているというのに……」
 「ふふふふふ……駄目だよ……私より綺麗な娘になんて絶対に合わせてあげない」

 
 ――――――なぜ彼らの性癖がばれなかったのか、すべては謎に包まれている―――。





 国境を超え再びマウリシアの地を踏んだバルドたちを待ち構えていたように、数騎の一団が土煙をあげて近づいてくる。
 平服で武装していないところを見ると国境警備隊ではないようだが……場合によっては国王からの詰問使かもしれない。
 かなり越権行為をやらかした自覚があるだけにバルドは内心で冷や汗をかいた。

 「お~~~いっ!バルド殿ぉぉぉぉ!」

 聞き覚えのある魅力的なバリトン。
 こんな場所にいていい人物ではないだけにバルドは思わず軽く目を見張った。
 同様に珍しく我が道をゆくテレサが慌てたように鐙から立ち上がった。

 「ち、父上?」

 西部国境にいるはずのマティス子爵が――かつての戦役の英雄でもあり、騎士団長の地位を嘱望されていたという偉丈夫が血相を変えて突進してくる様子は控えめに見ても精神衛生上良いものではなかった。
 ウェルキンという親馬鹿を知るバルドとしては、テレサとフランコの婚約をマティスが激怒している可能性は低いものとは言えなかったのである。

 「マ、マティス様……今回はその……」
 「バルド殿ぉぉ!よくぞ!よくぞこの不肖の娘の相手を見つけてくれたあああ!」
 「はい?」

 がしっと肩を抱かれ、異常に盛り上がったテンションでバンバンと背中を叩かれる痛みにバルドは顔を顰めた。
 しかしどうやらマティスは怒っているわけではなく、むしろ感謝しているらしい。

 「まさかあのテレサが!女らしさなんて欠片もないテレサが!顔以外に女性らしい凹凸のまるでないテレサが!王太子に見初められ我が国王陛下の養女になるという栄誉を賜るとは!このマティス生涯かけてもバルド殿にご恩を返しますぞ!」
 「いろいろと落ち着いてください、マティス様。というか自分の娘になんてこと言いますか貴方は」
 「私があの娘にどれだけ手を焼かされたと思っているのだ?バルド殿、君はブラッドフォード家の救世主だよ!」

 ただでさえ行き遅れに対する貴族の目は厳しい。
 さらに問題なのはテレサの性癖である。
 今はまだ大きな問題にはなっていないが、将来的にテレサの醜聞が知れ渡るようなことになれば、ブラットフォード家の嫡男の嫁すら探すのが困難になる可能性があった。
 父として娘の幸せを願うのと同時に、当主としてマティスはテレサの引受先を見つめる必要に迫られていたのである。

 「―――――少々お話をする必要がありそうだな。特に娘に対する父の認識から」

 低い底冷えのするテレサの声を聴いて、初めてマティスは我にかえった。
 長年の懸案が解決した悦びで我を忘れていたが、よく考えればあまりにぶっちゃけすぎてしまったことを、ようやくマティスは自覚したのであった。

 「…………さて、喜びのあまり私は何を口走ったか記憶していないのだが正常な状態ではなかったということで聞き流して欲しい」
 「ほう、では物忘れの激しい父上に思い出させて差し上げよう。まずはショック療法で!」
 「待て!いくらなんでも剣はないだろう!た、助けてくれバルド殿!私は妻と娘には手を挙げられないんだ!」
 「いや、そこは上げろよ」

 冷たいバルドの突っ込みをよそに、静かな怒りをまき散らすテレサの折檻が開始されようとしていた。

 「おおおお落ち着け、これから王太子に嫁ぐ身として慎みというものをだな」
 「もちろんフランコに恥をかかすような真似は慎むとも。しかしそれは父上に父と娘の正しい在り方を教えてからだ」
 「馬鹿なっ!お前ミレイヌに何か吹き込まれて――――!」
 「母上まで敵に回すのは感心しないぞ?父上」
 「神よ!お助けくださいっ!」

 果たして自分はフランコとテレサの仲を取り持って良かったのだろうか?
 真剣に判断に苦しむバルドであった。




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