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2016.11.10

トランプ候補はなぜ大統領選に勝ったのか

 トランプ候補はなぜ大統領選に勝ったのか。後から理由を考えるというのもむなしいともいえるし、そもそも予想が外れた反省というものはそういうものだともいえる。いずれにせよ、自分なりに気になることをこの機に書いておきたい。たぶん、この基調傾向は日本にも影響してくる。すでに先日の都知事選挙でもその影響があったようにも思える。
 まず、メディアに左右されず米国社会を素直に見ていたらトランプ勝利がわかったはずという意見が当然のごとく出る。だが、これは単純に誤りだろう。特定の個人が生活空間から知りうることは限定されているし、米国の場合、州や階層でかなり分断されているので、どこに自分が置かれているかしかわからないものだ。
 次に前提なのだが、メディアからは今回の米国大統領選挙の本当の動向はわからなかった。メディアの予測は恥ずかしいほどに外れた。むしろそのことがここでのテーマであって、トランプ大統領がどうということは少し脇に置いておきたい。
 3つ確実にいえることがある。
 一点目は繰り返しなるが、メディアの予想は大きく外した。なぜメディアは外したのだろうか。その点が2つにわかれる。まず、従来の選挙予測が有効ではなくなったこと、もう1つはメディアにバイアスがあったことだ。
 従来の選挙予測が有効ではなかったは、統計学的に見れば母集団が従来手法で拾えなくなったことだ。従来は個人の政治的な意思表明と行動はある程度単純な結合だったが、今回の大統領選挙ではいわゆる「隠れトランプ派」が多かった。表向きはポリティカル・コレクトネスを装いながら、きれい事しか言わない人が多くなった。口頭的な調査では、投票行為につながる意図は拾えなかった。逆に、そこを上手に拾う手法をトランプ陣営は持っていたはずだ。
 メディアのバイアスは、メディア自身がポリティカル・コレクトネスに酔っていた面もある。こうあるべきだ、当然こうだ、といった枠組みで見ることで、実態が把握できなかった。しかし、メディアのバイアスでもっとも大きかったのは、資金と組織だろう。資金と組織が大きく整っているほうが勝つ、あるいは、メディアはそうした組織とインタフェースがうまくいく。
 このことは、二点目にもつながる。クリントン陣営とトランプ陣営では、選挙資金に二倍以上の差が開いていた。クリントン陣営はクリントン財団を中核に、選挙の資金が流れ込む入念な仕組みを作り上げていたが、実際にはそこが強みではなく、今回は弱みになっていた。資金援助者はオバマ時代に築かれたイスタブリッシュメントであり、その意向にクリントン陣営は配慮しなければならない。金が絡む主張はあいまいとなり、言い方は悪いが直接金に関係しない話題が前に出てくる。
 このクリントン陣営の構造的な問題は、民主党内で早々にサンダース現象として現れていたが、十分に解消できず、むしろ、イスタブリッシュメント攻撃としてのサンダース現象はトランプ現象に吸収されてしまった。
 三点目は、接近州での選挙戦が、結果から見ると非常に巧妙だった。米国ドラマ『スキャンダル』ではないが、選挙参謀のフィクサーがこの面では決め手になる。では誰がトランプ陣営のフィクサーだったのかあたらめて調べ直したら、ジェイソン・ミラーだった。彼は共和党候補だったテッド・クルーズの元選対で、つまり、極右のテッド・クルーズの元選対の職がなくなったのを、トランプが拾った形になっていた。推測でしかないが、ミラーには右派の票の広がりがどのように地域・階層分布しているかを、クリントン陣営よりはるかに理解していたのだろう。
 この「理解」というのは、SNSとTV広告のバランスでもある。もともとトランプはTVでの知名度が高いし、今回は各種炎上演出をして広告効果を狙っていたので、クリントン陣営ほどのメディア出費は不要だった。その分、SNSなどデジタル・メディアに当てることができた。そもそもメディアの使い分けが上手だった(参照)。
 驚くのだが10月19日の時点で、トランプ陣営は広告費全1億2900万ドルのうちネットに当てたのは5700万ドル、対してクリントン陣営は1000万ドルほどだった。つまり、実質トランプ陣営は6倍のSNS支援を行い、これによって、クリントン陣営の支援組織力に対抗していたと見ることができる。そして10月に入るとトランプ陣営は残り資金の70%を接戦州のTV広告に投入した。この額だけ見れば、クリントン陣営に並んだ。
 金の使い方が投資のビジネスマンらしく上手だなと思うが、それも結果論であり、どのようにSNSとTVに資金投入を分けるかという技法はまだ判然としない。先の『スキャンダル』を鵜呑みするわけではないが、接戦州内のかなり細かい分析はされているだろう。
 全体として、選挙におけるTVの時代は終わり今後はSNSの時代だ、とまではいえない。上手な組み合わせが必要だとはいえるだが、どこが「上手」の要点かはわからない。
 ただ、こうした選挙運動全体が、どのようなメディアを使うのであれ、実際に投入されたメディアの跡を見なおすと、それらは政策や主義の情報やコミュニケーションではなく、感情をトリガーする操作が決め手になっていたとはいえる。

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