戦後の国際秩序を揺るがす激震である。

 自由と平等、民主主義、法の支配、開かれた市場経済といった普遍的価値観を、国家として体現してきたのが米国だ。

 2度の大戦や独裁政治への反省から、多くの国々や市民もその価値観に共感してきた。米国もまた、大国として支援の手を世界に差し伸べてきた。

 「自由なアメリカへのあこがれ」こそが、軍事力や経済規模では測れない米国の真の強さであったはずだ。

 そうした価値観に反する発言を繰り返してきた共和党のドナルド・トランプ氏が、米国の次期大統領に就く。

 「内向き」な米国の利益優先を公言する大統領の誕生で、米国の国際的な指導力に疑問符がつくことは間違いない。

 トランプ氏が選挙戦で訴えた「強い米国を取り戻す」ことを真剣に望むのなら、いま一度、米国の価値観に立ち戻って信頼を築き直してもらいたい。

 国際社会には将来への不安が広がっている。平和と安定をめざす世界の共通の意思を確認するため、日本を含む主要な民主国家が、どれだけ結束できるかも問われよう。

 ■世界を覆う動揺

 衝撃の選挙結果だった。しかし、予兆はあった。

 国境を越えて、人やカネ、情報が自在に行き来する。冷戦後に加速したグローバル化の波は、世界中で社会や経済のありようを大きく変えた。

 流れに乗れた人は豊かになる半面、取り残された人は少なくない。異なる文化や宗教をもつ人も身のまわりに増える。

 そうした格差と変化が生む社会の動揺に、各国の政治はきちんと向き合ってきただろうか。

 フランスやドイツで「移民排斥」をあおるポピュリズム政党が支持を広げ、東欧ではナショナリズムが勢いづく。英国は欧州連合からの離脱を決めた。

 それでも、米国は、反グローバル化の潮流に抗する「最後のとりで」になると信じていた人は少なくあるまい。

 08年の金融危機で沈んだ米国経済も、今では株価が持ち直し、失業率は約5%にまで下がった。多くの先進国が低迷を続ける中、米国はグローバル化の「勝ち組」に見えた。

 だが、その足元にも同様の現実が広がっていた。中間層の所得がほとんど伸びないかわり、富裕層はますます富み、格差の拡大に歯止めがかからない。

 「イスラム教徒が米国の安全を脅かす」「不法移民が雇用を奪う」。敵を作り、対決を自演したトランプ氏の手法は、露骨なポピュリズムそのものだ。

 ■政党政治への不信

 トランプ氏は既成政治を「特権層と癒着した庶民の敵」に仕立て、ヒラリー・クリントン氏をその一部として攻撃した。

 自分の声がないがしろにされているとの閉塞(へいそく)感から「チェンジ」を求めた国民が、政治の刷新を渇望するのは理解できる。

 その意味で、米国政治こそが最大の敗者と見るべきだろう。

 思えば、オバマ政権の任期後半は、民主党と共和党の対立が泥沼化し、新しい政策はほとんど打ち出せなかった。

 中間層から脱落する人々、世代を超えて貧困に滞る人々、教育や就職など機会が平等に与えられない人々……。

 それらの声に耳を澄まし、解決への効果的な選択肢を示す。そんな役割を果たすはずの政党政治が狭量な分断の政争に明け暮れ、機能不全に陥っている。それは日本を含む多くの国も自問すべき問題だろう。

 当選したトランプ氏も、具体的な処方箋(せん)を示していない。

 社会保障の充実、税逃れを許さない公正な課税など、中間層の視点に立った政策を地道に積み上げねば、この勝利の期待はたちまち失望に転じるだろう。

 ■米国の役割の自覚を

 出口が見えない中東の紛争、秩序に挑むような中国やロシアの行動、相次ぐテロ、北朝鮮の核開発など、国際情勢はますます緊張感をはらんでいる。

 地球温暖化や難民、貧困問題など、世界各国が結束して取り組むべき課題も山積する。

 従来の米国は、こうした問題に対処する態勢づくりを主導してきた。しかし、トランプ氏がそれを十分に把握しているようには見えない。

 それを象徴するのが、同盟国にコスト負担を求めたり、日韓などの核武装を容認したりするなど、同盟関係への無理解に基づく発言の数々だ。

 米国の役割とは何か。同盟国や世界との協働がいかに米国と世界の利益になるか。その理解を早急に深め、米外交の経験と見識に富む人材を最大限活用する政権をつくってほしい。

 日本など同盟国はその次期政権と緊密な関係づくりを急ぎ、ねばり強く国際協調の重みを説明していく必要がある。

 トランプ氏を、世界にとって取り返しのつかないリスクとしないために。