スレイヤーズ世界と中世ヨーロッパ
キューピー/DIANA      


  1.武器・防具・傭兵    2.宿屋・食堂・旅人    3.学問・娯楽 
 スレイヤーズの世界は、中世のヨーロッパ文化に似た文化的背景を持ってい
ると考えています。そこで、スレイヤーズに登場した武器や生活文化などを、
私たちの世界の中世ヨーロッパと関連づけてまとめてみました。なお、本文中
に出て来るキャラの後の(「 」)は、そのキャラが登場する話を収録したス
レイヤーズ・シリーズの文庫本のタイトルです。複数の文庫本に登場するキャ
ラについては、省略してあります。

 1.武器・防具・傭兵
 私が中世ヨーロッパと「スレイヤーズ」の関連に興味を抱いたのは、ガウリ
イが着用している甲冑の形のモデルを知りたい、と思ったのがきっかけだった。
いろいろな文献をあたるうちに、剣の変遷を中心に中世の武器について興味あ
る資料を見つけることができた。ここでは、まず武器の発達を、中世ヨーロッ
パでの発達の順序に従って記述する。

★ブロード・ソード=幅広の剣★
 古代青銅器時代から剣は作られていた。ギリシャ・ローマの鉄器時代に入っ
ても鋳造技術の関係で、剣の刀身は幅が広かった。これはあまり細い剣を作る
と、簡単に折れ曲がってしまったからだった。また、技術的な問題から刀身の
長さも、それほど長くはなかったらしい。
 この様な剣を使った個人戦は、ローマの剣闘士に代表されるように、利き腕
に剣を、あいた手に盾を持った戦い方だった。つまり、剣は片手で振るうもの
だった。この時代、剣は鋭い刃で斬りつけながらも、敵へのダメージは殴りつ
ける衝撃によって与えた。
 その後、鋳造技術の発展などで、剣はもっと長くなったり、細くなったりし
たが、近世に入り、「だんびら」と称される幅広の剣が登場する。形としては
「ヴェルサイユのバラ」で登場した軍刀(サーベル)。これも、片手で振るう
ものだが、刃が薄く、斬りつける目的が強くなっている。
 「スレイヤーズ」でゼルガディスが使っているブロード・ソードは近世のだ
んびらのイメージではなく、初歩的な剣として発達した段階のもののイメージ
だろう。幅広の剣の重みを少しでも軽くするため、刀身の中央部に「樋」と呼
ばれる溝がついていたと思われる。

★ロング・ソード、バスタード・ソード=両手持ちの剣★
 ブロード・ソードに対抗する防具として鎖帷子(チェイン・メイル)が登場
すると、より大きな破壊力を持つ剣として、両手持ちの剣が編み出された。形
状はブロード・ソードを長くしたものだが、バランスを取り易くするために、
柄頭(柄の先端部)が重くなったと考えられる。戦闘方法は斬りつけるという
より、重い打撃で致命傷を与えるものだったが、これらも鎖帷子の上から部分
鎧をつけた相手にはなかなか通用しなかったらしい。
 身の丈を越えるような長剣は、実際の戦闘に使われたというよりは、むしろ
大相撲の土俵入りの際の太刀持ちが持つ刀のように、騎士同士の試合に携える
だけの儀礼的な性格が強い物とさえ、考えられているらしい。
 ガウリイやロッド(「アトラスの魔道士」)らの持つロング・ソードは、ま
さにこの両手持ちの剣と考えられる。

★ダガー、ショート・ソード=短剣★
 鎖帷子の発達は、剣で殴り倒すだけでは相手に致命傷を与えることを難しく
した。そこで発達したのが、殴り倒した相手にとどめを刺す短剣である。
 斬りつけたり衝撃で倒すのではなく、鎖帷子の隙間に突き刺して殺すため、
形状はある程度の幅はある(付け根で掌の幅程度)が、刃の鋭さよりも、先端
を細くしてもっぱら突く効率を高めた。
 後に騎士が全身を鎧で覆うようになっても、この武器の有効性は失われなか
ったため、しだいに敵を倒す戦法は、それまでの斬りつけるものから突き刺す
形へと変化した。
 リナが持っているのがショート・ソードであるが、彼女がこの武器を使うの
は、もっぱら相手の身体に突き刺して呪文を送り込む道具として、であるよう
に見える。突き刺す戦法は、本来の目的と同じだろう。

★ナイフ★
 ナイフは短剣と違い、片刃という特徴がある。これは武器というより、便利
な道具として使われていた傾向が強く、戦場では有効な武器ではなかった。も
っぱら、綱を斬る・枝を払う・食事の際、肉を切り分けるなどの使用が中心だ
った。
 「スレイヤーズ」のキャラでナイフを持っている代表格はナーガだろう。彼
女のナイフには魔力がかけられているらしいが、彼女もこれで攻撃するという
よりは、相手の呪文の攻撃をこれで打ち払う、というように防御に使っている
ようだ。

★フレイル=殴打する武器★
 鎖帷子で防護した相手を殴り倒すために、剣以外の武器が発達した。元々は
バイキングが使用していたこん棒(クラブ)が原型のようである。それらは形
によって様々な名称(モーニングスター、ボール・アンド・チェイン、メイス
など)がつけられたが、手で握る柄の先端に、重いヘッドを付けた形と、それ
で殴り付けて敵に衝撃を与える戦法は同じだった。
 この形式の武器の使い手は、ジョセフィーヌ=メイルスターさん(すぺしゃ
る「戦え!ぼくらの大神官」)が特筆される。場面場面で使う武器が違ってい
るが、すべてこの種の武器だった。

★バトル・アックス、ウォー・ピック、ウォー・ハンマー★
 いずれも、フレイルのヘッドに刃のついた武器を組み合わせたものである。
フレイルの打撃だけでなく、力のかかる部分を鋭くすることで、断ち切る力、
突き刺す力を増した武器だった。

★レイピア=細剣★
 レイピア、もしくはレピアーと呼ばれる細身の剣は、中世ヨーロッパには登
場しない。これらは鋳造技術の発達により、ルネッサンス期に、軽く丈夫な護
身用の剣として登場し、戦場よりは決闘の場で使われることが多かった。護身
用として騎士以外にも貴族や商人が携帯したため、装身具としての意味合いも
持つようになり、凝った鍔を持つものが多い。それは、防具などをつけていな
い人間が使うケースが多かったので、持つ人間の手を保護するガードの役を鍔
が担っていたからでもある。
 その形状から、片手で構え、もっぱら突く攻撃が主体だった。この戦法がフ
ェンシングである。決闘の際には、利き腕でレイピアを構え、もう一方の手に
短剣を握った。短剣は盾の役も果たした。
 レイピアの使い手は、ジェフリー=メイルスター(同前)が挙げられる。彼
が全身鎧で防護した相手に突きかかり、変な力のかけ方をして剣が折れる、と
いうシーンがあったが、どだい、レイピアでは鎧の継ぎ目を狙わなければ太刀
打ちできない。

★部分鎧★
 ヨーロッパで最初に発達した防具は、古代ローマ時代の板金の部分鎧。映画
「ベン・ハー」「クレオパトラ」などに登場する戦闘シーンで、将軍が着けて
いるのが代表的な形である。胸甲・肩甲・肘あて・脛あて・籠手(こて)がバ
ラバラになり、ヘルメットを被っている。腰は板金をぶら下げた防具でガード
していた。鎧の下には、金属が身体に当たるのを防ぐために、専用の下着を着
けていた。
 「スレイヤーズ」のガウリイが着用している胸甲冑は、この部分鎧に近いと
思われる。挿し絵を見るかぎり、胸甲・肩甲と籠手、腰の左右の草摺(くさず
り)だけで、材料はアイアン・サーペントという動物の皮製ということになっ
ている。剣の項目でも触れたように、剣の攻撃は体力に物を言わせた衝撃力で
倒すのだから、頭に何の防具もつけていないのは、いささか不用心が過ぎるの
ではないだろうか?

★鎖帷子★
 中世に発達したのが鎖帷子である。起源そのものは古く、ローマの兵士やヴ
ァイキングも着用していた。
 作り方は、細い針金を棒に巻きつけ、ばね状にしたものをいくつも作り、そ
れを叩いてリングが繋がった状態の薄いものにする。それを繋ぎあわせて布状
に広げていくのである。もちろん、大変な手間暇がかかるので、注文生産であ
り高価だった。
 鎖帷子が板金の部分鎧よりも発達したのは、その使い勝手の良さだった。板
金や皮革の鎧は、剣や斧を叩きつけられると割れてしまったが、鎖帷子は輪が
断ち切られても大きな損傷にはならず、修理もしやすかった。また鋳造技術が
発達しておらず、板金鎧の強度を高めるには厚みを持たせるため、かなり重か
ったのに対し、鎖帷子は形にもよるが十キロから十五キロ程度だし、小さな輪
が連なって柔軟なため、関節の動きも楽だった。それでいて、重なり合った輪
が十分な防御力を確保していた。
 鎖帷子が隆盛になったのが、十字軍の時代だった。この頃になると、鎖帷子
は、頭から頬、口元覆う頭用のもの・首から膝近くまでを覆う身体用のもの・
ブーツを履くように着用する脚用のもの、と全身を守る防具となった。必要に
応じて、さらにその上から部分鎧をつけることもあったが、その鎧は板金鎧だ
ったり、皮の鎧だったりした。通常は、鎧は着けず、ヘルメットを被り、身体
には紋章を描いた上着(サーコウト)を着けた。なお、鎖帷子の下には、やは
り金属が身体に当たるのを防ぐため、下着を着けていた。
 「スレイヤーズ」にはこの鎖帷子をつけている、と明記されているキャラは
いない。筆者の勝手な想像では、ロディマス(「スレイヤーズ!」)あたりが
着ていたかもしれない。

★全身鎧★
 鎖帷子は殴打する武器には弱かったため、防御力を高めた板金鎧をその上か
ら着用するようになった。始めは関節部など部分的だったものが、だんだん全
身、爪先から頭まで覆う形のものに発達し、逆に鎖帷子の方が板金鎧の隙間を
ガードするものに変化した。
 人間の身体に沿った曲線を持つ全身鎧は、斧を叩きつけられたり、矢で射ら
れたりしても、直撃さえしなければ凶器が表面を滑って、中の人間がダメージ
を受けることはなかった。
 中世ヨーロッパの全身鎧は、重いことは重いが非常に精巧に作られており、
指や肘・膝の間接部は細かい板金がスライドすることで、曲げ伸ばしの自由が
ある程度確保されていた。
 欠点は、とにかく重いこと。一式で六十キロから八十キロあり、一度倒れた
ら起き上がれなくなる。このため、騎士が乗った馬が矢で倒されると、全身鎧
を着けた騎士は転がったまま、敵の歩兵に止めを刺されるだけとなり、全身鎧
が騎士を戦場の主役の座から引きずり下ろす結果となった。
 全身鎧が発達したのは騎士の活躍の場が戦場から、騎士同士のトーナメント
に移った時代においてだったらしい。騎士の象徴とも言える全身鎧が、実は戦
場での騎士の役割の終焉を告げた、というのは皮肉かもしれない。
 「すぺしゃる」には、リビング・メイルとか全身鎧をつけた黒騎士が出て来
て、結構、身軽に動いている。黒騎士のガルダ(すぺしゃる「戦え!ぼくらの
大神官」)なんぞ、ジョセフィーヌさんにどつかれて倒れながら、二度も立ち
上がっているが、現実にはあり得ないだろう。

★傭兵★
 中世は封建制度の時代であり、軍隊は君主と彼に忠誠を誓う騎士たち、その
騎士たちがかかえる騎兵・歩兵で構成された。君主と騎士の臣従関係で、戦闘
時の兵役が義務とされていただけでなく、平時にも君主の城や領地の警備をし
なければならなかった。これらの義務を果たす替わりに、君主は騎士に領地を
与えたわけである。領地を得た騎士は、その領地を自身の部下に分け与えるな
どして、主従関係が構成されていった。
 領地を得た騎士は、やがて領地の経営が忙しくなり、兵役義務を免れること
を望むようになる。兵役の替わりに金品で代納し、君主はその金で人を雇い軍
事力を維持した。この雇用に応じたのが兵役を本職とする傭兵である。
 どのような人間が傭兵となったのか、は、定かではないが、十字軍から脱走
した兵士、無法者(アウトロー)、君主から追放された騎士、または騎士にな
ることができなかった騎士修行者などが考えられる。
 「スレイヤーズ」の世界では、封建制ががっちりと固まっているわけではな
く、封建体制から外れる傭兵が見下される、ということはないようだ。騎士や
戦士は主人を決めているのだろうが、一定の主人を持たない戦士が傭兵、とい
うことらしい。
 中世では、傭兵は略奪者と同義語のようである。城攻めの後、付近の集落の
略奪は、彼らにとって副収入を得る重要な手段だった。彼らは仕事にあぶれる
と、たちまち追い剥ぎに変身した。
 筆者の印象に残っているのは、エリス・ピーターズ著の「修道士カドフェル
・シリーズ」第二巻「死体が多すぎる」に登場する、スティーブン王の軍の傭
兵たちである。彼らは戦闘で危険な最前線に出るだけではなく、戦闘終了後、
捕虜の処刑も執行している。血生臭いことは彼らに押しつけられるわけで、当
時の傭兵が人々に与えている印象が、冷血さ・残虐さだったことが伺える。

 2.宿屋・食堂・旅人
 「スレイヤーズ」では、リナとガウリイはいつも旅をしているので、宿屋と
か食べ物屋のシーンがよく出て来る。中世の都市に発達した宿屋や、利用者で
ある旅人についてまとめてみる。

★宿屋★
 中世は、農産物や毛織物に代表される手工業製品の取り引きが活発になり、
そうした産物の流通経路として都市が発達した。都市は、手工業の生産地であ
ると同時に、生産物の商取引の場でもあったため、多くの商人が出入りするの
が当たり前だった。
 都市の建物は非常に狭く、手工業の工場や商店は、一階が工場や店で二階以
上に家族が住む、メゾネット形式の建物が長屋のように並んでいて、商取引の
相手を自宅に泊らせる余裕が無いのが普通だったらしい。またコネもなく、た
だ品物探しに来る者も出入りするので、それらの人間が泊れる宿屋は、都市で
は割と充実していた。農村部には宿屋はなく、村を訪れた人間は修道院の宿坊
か、コネがあれば土地の有力者の家に泊めてもらったようだ。
 当時の宿屋がどのような施設を揃えていたのか、は、書かれている文献には
お目にかかれなかったが、当時の庶民の生活から予測してみることが出来る。
 まず建物だが、都市では狭い地域に建物を建てる必要性から、二階建て以上
だっただろう。木造が普通で、道路に敷石が敷かれるほど整備された都市なら
石造りだったかもしれない。
 部屋は個室があっても不思議ではないが、大部屋だった可能性もある。部屋
には窓があっただろうが、そこにはめ込まれたものは宿屋のランクによって、
板戸だけ・脂に浸したリンネル布で覆った格子戸・薄く伸ばした角の板(ガラ
スの代用品)・ガラスに分かれたと思われる。部屋に置かれたベッドには、麦
わらを編んだマットレスの上にリンネルのシールを敷き、毛織物の毛布がかけ
られたのではないか。枕も麦わらが詰められていたと思われる。
 なお、リナとガウリイがパジャマ姿で登場するシーンが「ソラリアの謀略」
にあったが、中世では夜、眠る時は、貴族以外は自宅でも着の身着のままだっ
たらしい。ましてや宿屋でパジャマ姿とは、よほど治安のいい町だったのだろ
うか?(ドロボーがガウリイの部屋に入ったけど)

★食堂★
 文献では食堂という言葉は見当たらないが、中世の都市には居酒屋がたくさ
んあったらしい。それも宿屋と同じく、多くの人間が集まるために必要上出来
たものだろう。ヨーロッパは水が悪く、食事にアルコールはつきものだったか
ら、食事を出すところ即ち酒を出すところ、居酒屋だったのではないか。
 当時の食器というと、器は木製で、スプーンは角製か木製。金属製のスプー
ンは、貴族が宴会で人をもてなす時にテーブルに出したらしい。旅人は自分用
の食器、すなわち、野菜煮込みスープ(ポタージュ)を飲むための器、ビール
やエールを飲むための器、スプーン、肉を切るナイフを持っていただろう。乾
いた硬いパンが皿代わりに使われたこともある。
 よくリナがナイフとフォークで食事をしているシーンが出て来るが、中世に
はフォークは登場していない。この時代、肉は自分のナイフで切り、突き刺し
て食べたし、野菜は煮込んであるので切る必要が無かった。イタリアでは、既
にスパゲッティなどのパスタが食べられていたが、フォークがないので、冷め
たところを手掴みで口に押し込んで食べたと言う。
 料理はそれこそ居酒屋の格によってメニューが変わったと思われる。上等な
ところでは貴族の宴会並みのメニューであったとすれば、豚を中心に牛・羊・
鳩・鹿・猪・鴨・雉などの肉、鮭・鱒などの魚、野菜は豆・キャベツ・玉ねぎ
・カブ・セロリなどを煮込んだポタージュ、小麦のパンに、ワインがつき、生
のフルーツや果物をシロップで煮込んだデザートやプディング・チーズなども
供された。残念ながら、じゃがいもはまだ輸入されておらず、ポテト料理はな
かった。一方、最低のところでは田舎の農村並みのメニューだとすると、燕麦
などの雑穀を煮込んだ粥程度のものになっただろう。
 農民の食事はともかくとして、貴族階級が口にする料理はけっこうグルメだ
ったのではないか。中世では食材の保存は、冷蔵庫などはないから香辛料に頼
ることになり、食材そのものの旨味は失われたが、替わりにハーブでの味付け
やソースでの味付けが発達した。「スレイヤーズ」の世界では、冷気系の呪文
で食材を保存できるから、さぞやグルメな料理があちこちで味わえただろう。
 また、香茶を飲むシーンもよく登場するが、ヨーロッパで紅茶が飲まれ出し
たのはもっとずっと後の時代である。紅茶を飲む習慣が広がった当時の飲み方
も、今の様に直接ティーカップから飲むのではなく、ティーカップに注いだお
茶をソーサーに空け、冷ましてからすすった。

★旅人★
 当時の旅人と言えば、商人のほか巡礼・旅芸人ぐらいだろう。騎士も旅をし
たが、彼らは都市へ出入りするよりも地方の領主の館を泊まり歩き、騎士とし
ての見聞を広めたり技能を磨くか、あるいは君主の城や領地の警備という兵役
に伴う移動だった。
 君主も旅をした。王権が確固たるものになる前は、君主は敵方の領主を鎮圧
したり、味方についている騎士たちに睨みを利かせる目的もあって、君主とそ
の部下が地方の領主の城を巡回したのである。戦争が収まり王権が確立される
と、君主は自分の城で政治を取り仕切ることに専念し、旅をするのは彼に仕え
る騎士たちの方になった。
 都市を旅する旅人には宿泊場所の宿屋があったが、農村部へ向かう旅人には
そのような施設はなかった。もっとも、農村部を旅する者は、そこへ行くため
の明白な理由――親族に会う・使者として有力者を尋ねる等――があったはず
だから、向かう先の家に泊めてもらうのが当たり前だった。道中は、修道院の
宿泊施設を利用した。
 旅芸人は宿屋を利用することはなかったと思われる。一座を組んでいる場合
は馬車を使っていただろうから、その荷台で眠ったりして野宿するか、あるい
は土地土地で有力者の家で芸を披露して泊めてもらうのである。特に田舎では
娯楽が少ないので、土地持ちの有力者は自分の楽しみだけのためではなく、集
落の人々のためにも、旅芸人をある程度の期間、家に留めたらしい。
 「スレイヤーズ」のリナとガウリイの旅は、最期の旅芸人と学僧(修道士く
ずれ等)を合わせたような感じである。結構、気ままで行く先々で金づるを見
つけ、また旅を続けている姿は、旅芸人のようでもあるし、魔道の情報を得る
ために方々の魔道士協会を訪ねるところは、様々な識者から学問を学ぼうとい
う学僧に近い。階級制度から外れている苦労はあるが、何よりも自由だろう。

 3.学問・娯楽
 リナは魔道士であり、それなりの知識を身につけているし、読み書きもでき
る。中世では貴族階級でも読み書きできる人間は少なかった。中世ヨーロッパ
の学問の修め方を検証すると、リナの凄さが浮き彫りになる。また、娯楽の話
は原作ではあまり登場していないが、アニメでは主人公たちが役者に扮したエ
ピソードもあったことだし、中世の遊びについても検証してみよう。

★学問★
 中世ヨーロッパでの教育は、もっぱら修道院が中心だった。特に騎士階級は
戦いで相手を殺すことが仕事であるため、償いの意味もあり、息子が複数居る
場合、誰か一人は修道士にするべく修行に出した。そこでは、文字や計算のほ
か、個々の適正に応じた仕事を任されることで、長じて修道士にならずとも食
べるに困らない技量を持つことができた。ある者は、薬草の栽培・管理を任さ
れて医療技術を習得し、ある者は修道院で使う日々の道具やインテリアなどの
製作をして指し物師となり、またある者は、貴重な書物の写本を作って絵画の
技術を身につけたり、司書の仕事を学んだ。
 一方で、修道院で学問を身につける機会が無い人間は、王だろうと貴族だろ
うと、ほとんどが識字力は低かった。
 女性のしつけは家庭で行われた。どの階級の女性も、家事、特に紡績・織物
や裁縫の技術は若いうちから叩き込まれたらしい。都市で毛織物工業が盛んに
なると、糸紡ぎの技術は重宝されたから、まさに手に職をつけたわけである。
 リナは、ガイリア・シティの魔道士協会で図書の閲覧をしていた(「魔竜王
の挑戦」)から文字を読める。また、魔道士協会に報告書を書いて提出してい
る(「覇軍の策動」)から書くこともできる。このことから、かなりの教育を
受けており、始めから魔道士になるべく教育されていた、と考えるのがいいだ
ろう。家事もかなりこなせる(すぺしゃる「家政婦は見たかもしんない」)様
子から、家庭のしつけはかなり厳しかったのだろう。彼女は十三歳くらいで旅
に出たはずだから。
 一方、ガウリイが文字を読み書きできるかは分からない。彼が文字を読んだ
シーンは、原作の中には登場しなかったように思う。一度、リナについて図書
館に行った時も、眠ってしまったらしいから(「魔竜王の挑戦」)。

★書物★
 中世では書物は貴重品だった。まず、材料の羊皮紙が高価だったことと、印
刷技術が無かったため、一文字一文字手書きで写すしかなかったからだ。当時
の書籍は一冊のオリジナルを、次々と手書きで書き写したから、ほとんどが写
本であり、書籍イコール写本と言っても構わない。
 各地の修道院は、自分たちの蔵書を増やすため、いろいろな書籍を借り出し
ては写本を作った。そしてそれらの書物を図書室に収め、有料で閲覧させた。
ほかの修道院がその書籍の写本を作りたいと思う時は、おそらく、写本を作る
道具を持ち込んで書き写したのだろう。修道院には専用の写本室があった。
 写本を作る作業は、もっぱら修道院が中心だったが、後に写本の需要が高ま
ると、写本の技術を持つ者が筆記者として写本作りを専門にした。同時に書籍
の材料である羊皮紙や紙を扱う店も登場した。
 既に紙作りの技術が伝わっていたから、羊皮紙のほかに紙に書かれた書物も
たくさんあっただろうが、金持ちや貴族は大切な書物を羊皮紙で作らせた。現
在でもヨーロッパの大学では、卒業証書を紙のものか羊皮紙のものか、選べる
ようになっているところもあるそうだ。
 「スレイヤーズ」に登場する魔道書の類が、何に書かれているか、はよく分
からない。唯一はっきりしているのは、クレアバイブル(異界黙示録)の写本
が紙に書かれていたこと(「白銀の魔獣」)ぐらいである。前出のリナが書い
た報告書も「巻物」になっていることは分かっているが、材料は分からない。

★チェス★
 チェスはインドで発祥した。それがヨーロッパに伝わったのがちょうど中世
だったが、そこで地域ごとに駒の進み方などのルールが変えられ、駒の種類も
変化した。チェスは貴族の娯楽であると同時に、一種のステイタス・シンボル
的な教養としてたしなまれた。それは、チェスのルールの複雑さやかけひきの
妙などが、高い知性の象徴と考えられたからである。
 貴族階級の女性もチェスをたしなみ、ほかの娯楽と違って異性と対戦できる
ため、しばしば恋愛の小道具にもなった。
 「スレイヤーズ」では、獣神官ゼロスが竜神官ラルタークとチェスをしてい
るシーンがある(「ヴェゼンディの闇」)。この二人は実際は魔族なわけで、
魔族が人間のゲームに打ち興じている、というのも妙なものだが、残念ながら
人間がチェスをしているシーンは登場しないから仕方が無い。

★賭け、賭博★
 賭け事は中世に限らず、古代から人間にとってもっともなじみの深い遊びだ
った。ヨーロッパでよく行われた賭博はサイコロを使ったもので、二つか三つ
のサイコロを振り、出た目が同じかどうか、とか、目の合計が相手より大きい
か小さいか、などで勝ち負けを決めた。さらに、ラッキー・ナンバーを設けた
り、連続勝負のポイントをつけたりして、遊び方は複雑になった。
 サイコロを駒を動かす小道具として使うのが、バックギャモンに代表される
双六遊びである。これもサイコロ賭博同様、賭け事の娯楽だった。これら、サ
イコロを使った賭博は、階級・貧富・性別の差無く普及し、たびたびトラブル
の原因になったため、何回も禁令が出された。
 前述のチェスも対戦者の間で賭けがされたが、この遊びが貴族の教養として
たしなまれていたため、サイコロ賭博ほど禁令の対象にはならなかった。
 中世も終わり頃になって登場したトランプ遊びも、賭博性の強いゲームだっ
た。現在でも、チップを賭けてゲームをしているくらいだ。
 「スレイヤーズ」では、こうしたゲームの賭博は登場しないが、リナが兄弟
喧嘩の果ての決闘に立会い、裏で見物人に賭けさせていたエピソード(すぺし
ゃる「打倒!勇者様」)があるから、やっぱり賭け事は人間が居るところ、ど
こでも存在する娯楽なのだろう。

★大衆娯楽★
 演劇は古代ギリシア時代から存在する娯楽である。劇そのもののほか、幕間
の道化のパフォーマンスも見物客を楽しませた。この道化が独立したのが大道
芸である。
 大道芸の担い手は旅芸人だが、旅芸人はそれぞれに得意な芸を持っていた。
吟遊詩人よろしく騎士道物語や英雄譚を歌い上げる者もいれば、軽業を見せる
者、こっけいな踊りで人々を笑わせる者もいた。
 演劇にしろ大道芸にしろ、都市で開かれる市や祝祭の場が、もっとも注目を
浴びる舞台だった。彼らはこの様な場を求めて、都市から都市へと渡り歩いた
し、運良く地方の有力者の目に留まれば、その館に招かれて領主の家族を楽し
ませたり、娯楽が少ない土地の人々につかの間の娯楽を供したりした。
 「スレイヤーズ」のアニメでは、リナたちがこの旅芸人の一座に潜り込み、
にわか役者に化けるエピソードがある(アニメ「スレイヤーズ」第十六話)。
出し物は台本が用意された劇になっていたが、結局は敵役の登場で台本無視の
アドリブ大会で幕を閉じた。これは案外、中世の旅一座の実態を表わしている
と思う。識字率の低い中世ヨーロッパでは、文字の読める役者など珍しかった
だろうから、台本などはなく、座長なり脚本担当者がストーリーを組み立て、
セリフなどはアドリブの応酬だった可能性も高い。
 演劇は人気も高かったから、都市には役者や劇作家を抱えた激情もあった。
シェイクスピアも数多くの戯曲を生み出している。この様な台本のある戯曲の
公演では、文字の読めない役者は朗読してもらってセリフを覚えたのだろう。

★騎士道物語★
 騎士道物語とは、歴史上の英雄の叙事詩から始まったと考えられる。封建体
制が整い、宮廷で歴史上の英雄の物語を詩人に吟詠させて楽しんだらしい。元
々は史実に基づいた物語だったのが、次第に物語としての面白さを盛り込むた
めに民話や宗教的意味を持つようになり、今日知られる「アーサー王物語」や
「ロランの歌」に発展した。変化の特長は、戦いの目的に表われている。初期
には、騎士の王や神への忠誠が目的であるのに対し、騎士の戦いが実戦からト
ーナメントに移った時代には、愛する貴婦人の名誉のために戦うのである。
 これは物語だけのことではなく、宮廷で詩もよくする騎士は、自らトーナメ
ントに出場し、その時、愛する女性のために戦う自分をアピールする詩を朗読
したりもした。
 「スレイヤーズ」で「騎士道」と来れば、ジェフリー・メイルスターを置い
て他に語るべきキャラはいないだろう。彼が立てる作戦は、まさに自己アピー
ルのための騎士道物語に過ぎない。

◆参考文献(五十音順)◆
修道士カドフェル・シリーズ(全二〇巻) エリス・ピーターズ著 大出健ほ
  か訳 社会思想社 現代教養文庫 一九九〇年〜一九九六年(原書は一九
  七七年〜一九九四年)
「図説 騎士道物語 冒険とロマンスの時代」 リチャード・バーバー著 田
  口孝夫監訳 原書房 一九九六年(原書は一九八〇年)
世界史リブレット「中世ヨーロッパの都市世界」 河原 温著 山川出版社 
  一九九六年
「中世騎士道物語」 須田武郎著 新紀元社 一九九七年
「中世の裏社会 その虚像と実像」 アンドルー・マッコール著 鈴木利章・
  尾崎秀夫訳 人文書院 一九九三年(原書は一九七九年)
「賭博・暴力・社交 遊びからみる中世ヨーロッパ」 池上俊一著 講談社選
  書メチエ 一九九四年
ビジュアル博物館四「武器と甲冑」 マイケル・バイアム著 日本語版監修川
  成洋 同朋社出版 一九九〇年(原書は一九八八年)
ビジュアル博物館四三「騎士」 クリストファー・クラヴェット著 日本語版
  監修森岡敬一郎 同朋社出版 一九九四年(原書は一九九三年)
ビジュアル博物館四八「文字と書物」 カレン・ブルックフィールド著 日本
  語版監修浅葉克己 同朋社出版 一九九四年(原書は一九九三年)
ビジュアル博物館四九「城」 クリストファー・クラヴェット著 日本語版監
  修森岡敬一郎 同朋社出版 一九九四年(原書は一九九四年)
ビジュアル博物館六五「中世ヨーロッパ」 アンドリュー・ラングリー著 日
  本語版監修池上俊一 同朋社出版 一九九七年(原書は一九九六年)
                               【おわり】


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