11月13日(日)放送のNHKスペシャルは、アニメーション界の巨匠・宮﨑 駿さんを2年にわたって追いかけたドキュメンタリーをお届け!
長編映画制作からの引退を発表した宮﨑さんが、いま新たに取り組んでいる短編アニメーション『毛虫のボロ』の制作現場に密着。なんと慣れ親しんできた手描きではなく、CGに挑戦するとのこと。75歳にして、新たな短編映画に挑むのはなぜなのか? そしてCGアニメ制作の様子とは……?
ワタクシ、番組担当の荒川格ディレクターに話を聞いてきました!
宮﨑 駿を10年以上追いかけて見えたものは?
──約2年に渡るドキュメンタリーとのことですが、密着取材のきっかけを教えてください。
宮﨑さんは2013年9月に長編映画制作からの引退を発表しました。僕は「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、『崖の上のポニョ』から『風立ちぬ』までの制作現場を取材し、宮﨑さんの引退発表までを追いかけていたんです。
当時、宮﨑さんは「長編映画からは引退する」と言いつつも、「長編は無理だけど、短編ならまだ作りたい作品がある」と語っていました。
引退後、宮﨑さんはひとりでひっそりと過ごされていたのですが、 “作りたい”という気持ちが徐々に高まっていったんでしょうね。2015年1月に宮﨑さんを訪ねたとき、今回番組で取り上げる『毛虫のボロ』という短編アニメーションを作るとおっしゃって、そこから取材がスタートしました。
スタジオジブリは、『思い出のマーニー』を最後に制作部門を解体したので、アニメーターはもういなくなっていました。誰とどうやって『毛虫のボロ』を作るのか。そもそも『毛虫のボロ』は20年以上前に企画しながら、あまりの難しさに実現をあきらめたといういわくつきの“幻の企画”です。そんなときに宮﨑さんは新進気鋭の若手CGアニメーターたちに出会ったんです。宮﨑さんはうれしそうでしたね。そうして、50年、紙とエンピツでアニメーションを作ってきた人が、CGに挑戦するんです。
紙に直接描くのとは違い、宮﨑さんがCGを手直しする場合、液晶タブレットの厚みのある画面にタッチペンで描き込んでいくので、ガラスの厚みの分だけ僅かな誤差が生じます。0.1ミリの線の違いにこだわってアニメーションを作ってこられた人なので、もどかしさというか、ちょっとした修正にも宮﨑さんは苦戦していましたね。番組では、これまでと勝手が違う作業に立ち向かう宮﨑さんの姿が見られます。
──ふだんの宮﨑さんは、どんな方なんですか?
怖いイメージを持たれることが多い人ですが、とっても気さくで面白い方です。「荒川、もう来るな!」と怒られたことがあるのですが、怖いけど粘って帰らないでいると「まだそこにいたのか」と声をかけてくれる。そして「そんなところにいても何も見えないだろう」と声をかけてくれる。自分が怒ってしまったことを反省しつつそっとフォローしてくれる、優しくてとても気遣いをされるところもあるんです。
突然、与太話を始めて、まるでトトロみたいな豪快な笑い方もしますし、今回の番組では、宮﨑さんがもつ愛嬌というか、楽しい人柄にも焦点を当てています。本当の宮﨑さんを知る人は口を揃えて「映画より、宮﨑さん本人のほうがずっと面白い」と言うんですよ。
僕は10年以上、宮﨑さんを取材してきたことになるのですが、今回はいちばん“本当の姿”を捉えられたのではないかと思っています。
──10年以上もお付き合いがあるんですね! 出会いは番組の取材でしょうか?
最初にお会いしたのは2005年に「プロフェッショナル 仕事の流儀」でスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーを取材したときです。当時スタジオジブリは宮﨑さんの反対を押し切って、長男・吾朗さんの初監督作『ゲド戦記』を制作していて、宮﨑さんはめったにスタジオに来ないというピリピリした状況でした。そのため鈴木さんからも「荒川くん、絶対、宮さん(宮﨑さん)に会わないほうがいいよ。取材が入ってるなんて知ったら、げきりんに触れて大変なことになる」と釘を刺されていたのです。
でも、ジブリの鈴木さんを取材する以上、二人三脚で映画を作り続けてきた宮﨑さんのインタビューがどうしても欲しい。当時、宮﨑さんはジブリ美術館で上映する短編映画を作っていて「短編に関する話だったら取材を受ける」と言っているという情報を得たのです。早速、鈴木さんにお願いして宮﨑さんに面会し、短編のことも取材しつつ、隙を見て「鈴木敏夫さんって宮﨑さんにとってどういう方なんですか?」と質問してみたらたくさん答えてくれて。他にも話が盛り上がり、何度かアトリエに通ううち、宮﨑さんが当時描いていた『崖の上のポニョ』のイメージボードを目撃したのです。そして聞いてもないのに宮﨑さんが『ポニョ』に関する話もアレコレ聞かせてくれたんです。その様子を鈴木さんが人づてに聞いて「荒川くんは宮さんと気が合うかもね」と言い出して、『崖の上のポニョ』の準備段階から取材をさせていただくことになったのです。
宮﨑さんとはそれ以来、取材のたびに距離が近づいて、近づきすぎては怒られたり嫌がられたり、で、また離れて近づいて……という関係を繰り返しています。宮﨑さんには「君とは慣れ合いの関係になりたくない」と怒られたこともありました。
長編制作からの引退を経て、宮﨑さんに驚きの変化が!?
──今制作中の短編アニメは、何人くらいで作られているのでしょうか?
宮﨑さんと、今回新たに加わったCGスタッフ、手描きアニメーター、美術スタッフ合わせて10人前後です。長編映画は200人以上で作っていましたから、すごく小規模になりましたね。
大所帯を背負っていたころの宮﨑さんと比べるとプレッシャーから解放されたせいか、「こんなの作っていていいのかな」とか「俺なんてもう“隠居ジジイ”だから」なんてうそぶきながら、以前からは考えられないほど明るく楽しく朗らかに映画作りをされていました。そのゆるさに時々、こちらが面食らうこともありました。
──宮﨑さんが変わられたきっかけは、何なのでしょうか?
長編映画制作から引退したことが一番大きいのでしょうが、本人は「ゴミ拾いを始めてからだよ」と言ってました。毎朝、自宅の近所のゴミ拾いをするのが宮﨑さんの日課なのですが、長年続けるうちに「人間はしょうがないものなんだ」と思えるようになったそうです。投げ捨てられたゴミにいちいち「なんだこれは」と怒ってもしょうがない。「捨てた人にもなにか嫌なことがあったんだ」と思いながら拾うようにしたら、心が穏やかになった、とも語っていました。
実は短編『毛虫のボロ』も「ゴミ拾い」と密接に関わっているんです。
以前の宮﨑さんは、ゴミ拾いに全く無関心だったそうなんです。ですが、実際にコツコツ続けていくことで「ゴミ拾い仲間」とのすてきな出会いがあり、毎週末は川掃除をして過ごしたり、また、川掃除を続けるうちにカワセミが飛んでくるようになったりと、どこか遠くへ出かけなくても“半径30メートル”以内にすばらしいものがあることが分かった。『毛虫のボロ』は、誰も目にとめないような雑草に暮らす毛虫のボロが主人公なのですが、人間には思いもよらないようなすてきな世界が広がっているというストーリーでもあるんです。
──番組を拝見するのが、ますます楽しみになってきました!
しかし、引退後、丸くなっていたはずの宮﨑さんが、CG制作が進むにつれて、「全然ダメじゃん。俺が全部直す」と言ってどんどん白熱していき、かつての情熱を持った宮﨑さんに戻っていくんです(笑)。そういった姿を見て、人間は何歳でも、気持ちに火さえ付けば出来ないことはないんだと思い知らされました。
制作期間も、初めは1年半〜2年と予想されていたのですが、諸問題が発生し、いまだ完成時期は未定です(笑)。まさに「終わらない人」ですね。
「宮﨑さんと長い付き合いがあったからこそ、さまざまな姿を撮ることができたと思います」と語る荒川さん。
皆さんも貴重な宮﨑さんの最新映像を、ぜひその目に焼き付けておきましょう!