田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 世界をトランプ・ショックが急襲した。土壇場の予想では、クリントン氏優位だったが、開票が進むと、トランプ氏が強いと思われていた白人労働者層だけではなく、黒人層などを含む広汎な中間層の支持を手堅く集め、まさに「トランプ劇場」はその劇的な大団円を迎えた。このショックをもっとも受けたのが、開票中に市場がオープンしていた東京市場で、株価は大きく下落、為替レートは急激に円高へと傾いた。
米大統領選の開票でトランプ氏の優勢が伝えられる中、一時1000円以上値を下げた日経平均株価を示すボード=11月9日午後、東京・八重洲
米大統領選の開票でトランプ氏の優勢が伝えられる中、一時1000円以上値を下げた日経平均株価を示すボード=11月9日午後、東京・八重洲
 トランプ氏の政策は、大きく4点が注目されている。TPP反対に表れている保護貿易主義、メキシコなどからの不法移民への厳しい対応だ。さらに日本を含む「同盟国」への安全保障の経済的負担にもしばしば言及している。また保護主義的な主張と連動しているのが、連邦準備制度理事会(FRB)への批判的な姿勢だ。当初、トランプ氏は金利引き上げに意欲的だったり、財政再建路線を採用するなど、日本の民進党などに近い経済政策のスタンスに思えた。

 しかし今回の支持基盤が経済的不安を抱えている中間層や労働者層でもあることから、FRBを批判するにせよ、現状の利上げスタンスの変更を要求することになるのではないだろうか。むしろ経済の現状が「悪い」と認識して、持続的な金融緩和政策を求めたり、その要求を実現するためのFRB改革に傾斜する可能性が大きい。また金融政策と連動して、財政政策もインフラ投資などを増額させるなど一連のポピュリズム的政策を採用するだろう。

 保護主義、インフラ中心の拡張的財政政策、そして持続的な金融緩和政策などをトランプ政権が採用すれば、まるでそれはジョン・メイナード・ケインズが1936年に書いた『一般理論』の主張と似た「危機対応型」の経済政策かもしれない。もちろん保護主義の見直しは、ブロック経済化の加速のような過激なものにはならないだろう。トランプ氏を支持した人たちへの秋波程度になるのではないか。ただしTPPの実効性に大きな障害が出現することは不可避であろう。

 いろいろな思惑とトランプ氏の政策見通しの悪さから、当分の間世界経済は不安定化し、日本経済も大きく変動するだろうが、筆者は日本が独自で経済政策さえきちんと対応すればそれほど深刻にはとらえていない。しかし泡沫候補でしかなかった人物が、ここまで世界経済に大きなショックを与える存在になることは、彼が立候補を表明した1年半前は誰も想像していなかった。