2016.07.18.Mon.
■[読書] 橋本陽介 “ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論”
ナラトロジー入門―プロップからジュネットまでの物語論 (水声文庫)
- 作者: 橋本陽介
- 出版社/メーカー: 水声社
- 発売日: 2014/07
- メディア: 単行本
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ナラトロジー(物語論)をそこに至るまでの系譜から簡明に紹介している本。
結局のところ行き着く先はジュネットによって整理された体系であり、ナラトロジーにおいてジュネットがいかに大きな存在であるかが再確認できる。
ただし本書には著者の主要関心である「比較詩学」につながるような記述がいくつか設けられており、その点によって単なるナラトロジー概説に留まらない意義を持っている。
序
- 一般に文学というものに接する際には、物語内容の読み取り・解釈をおこなうことが基本であるように捉えられている。
- しかしこうしたものとは別のアプローチがある;「詩学」
- 詩学は詩の研究ではなく、アリストテレスの「詩学」に由来。
悲劇を見て感情移入したり悲しいと感じるのは解釈に属する行為であり、一方「詩学」は、感情移入できる理由はなぜか・悲しいと感じるのはなぜか、という問題の立て方をおこなう。物語を解釈することではなく、解釈が生まれるメカニズムや、劇のいわば設計図を明らかにしようとする立場。「何が書かれているのか」ではなく「どのように書かれているのか」、つまり「内容」ではなく「形式」に着目する。
- 詩学は詩の研究ではなく、アリストテレスの「詩学」に由来。
- ナラトロジーの系譜
- 詩学 → ロシアフォルマリズム → フランス構造主義 → ナラトロジー
- 日本ではジュネットの方法や用語だけが一人歩きして、ナラトロジーを解釈に用いられてしまっていることがある。しかしナラトロジーは、「文学とは何か」という根本的問題に対し用いるべきである。
第1章 「物語の構造」とは――プロップからバルトまで
- ナラトロジーの主要テーマ:「時間」「登場人物」
- 物語では、必ず時間が展開する。物語の時間をどう分析するかはナラトロジーの主要テーマのひとつ。
- プロップ:機能(行為)が時間を展開させる。論理的必然性。
- ブレモン:論理的にあり得る選択肢のうちのひとつが実現することがすなわち時間。
- バルト :物語の分岐。論理的な選択の連続が物語の時間である。時間は実在しない。
- 物語には登場人物がいるので、登場人物もまた主要な分析対象となる。
- プロップ:役割
- ブレモン:視点を持つ
- バルト :物語行為(語り)narration 物語は必ず誰かが語っていると考える、という考え方の提案
- 物語では、必ず時間が展開する。物語の時間をどう分析するかはナラトロジーの主要テーマのひとつ。
- ナラトロジーという用語
- バルトやジュネットの重要な論点はトドロフの翻訳論文集『文学の理論』所収の各論文から受け継がれている。
- フォルマリズム:文学研究の科学を目指す。作品を文学作品たらしめているものは何か。文学の法則性・設計図
- ナラトロジー narratology という用語は、トドロフ『デカメロンの文法』にて初めて提案された。物語 récit の科学。その対象は「語り narration」。
- ナラトロジーにおいて物語とは、「時間的展開(=状況が変化すること)がある出来事を、言葉で語ったもの」
- 訳語の混乱の問題
• narrative[EN], récit[FR] → 物語 • histoire[FR] → イストワール(物語内容) • narration[FR, EN] → 物語行為・語り
第2章 ナラトロジー誕生までの理論的背景
ナラトロジーは「内容」よりも「形式」(「詩的言語」)を重視する立場。
この立場は、ナラトロジーの源泉である詩学・言語学・ロシアフォルマリズムから連なっている。
内容 | 形式 | |
ソシュール言語学 | シニフィエ | シニフィアン |
パロール(具体的な文の実践) | ラング(可能な発話規則の総体) | |
ロシアフォルマリズム | ファーブラ(話) | シュジェート(筋立て) |
ナラトロジー | イストワール(*)(物語内容・story) | ディスクール(*)(物語言説・discourses) |
(*)…ジュネットの理論では用語の使い方が異なるので注意
- ある内容をどのように語るか、という二元論のモデル
- 同一のストーリーを持つ物語が小説や映画・漫画など異なった表現で展開され得る。
- しかしそうしたことは本当に可能なのか?
- 二元論では必然的に、形式に先立つ内容が仮定されてしまう。→ソシュールにおいて形式/内容は実は一元的に捉えられている。
- 異なった言語で同じ内容を表すことができるのかという問題もある。
- バンヴェニスト
- 言語を、「話し手」と「聞き手」のコミュニケーションとして捉える。
→ナラトロジーはバンヴェニストの理論を承けて、「形式」と「内容」の二分割に加え「物語行為(語り)narration」という概念を導入。
- 言語を、「話し手」と「聞き手」のコミュニケーションとして捉える。
- ジュネット
- 物語行為(語り)narration [行為] / 物語言説 discourse・récit [形式・シニフィアン] / 物語内容 story・histoire [内容・シニフィエ]
語り手が語るという行為をおこなうことによって物語言説が生まれ、それはある物語内容を表している、という関係。
同じような物語内容であっても、さまざまな物語言説を用いて語り手は語ることができる。
- 物語行為(語り)narration [行為] / 物語言説 discourse・récit [形式・シニフィアン] / 物語内容 story・histoire [内容・シニフィエ]
こうした経緯によって、ナラトロジーの分析に「物語行為」というレベルが導入された。
→「語り手」概念へ
第3章 「作者」と「語り手」について
- ナラトロジーなど現代文学論では、作品内の「私」は現実の作者と異なるものと考えられるようになり、また「作者」は「語り手」と言い換えられるようになった。
- 一方で、「語り手」の存在を否定する理論家も少なくない。
- 「語り手」の存在を認める理論家も認めない理論家も、現実の会話での語りと小説とでは言語使用の仕方が異なるという点では一致している。
- 語り手を実体的人格として捉えた場合に生じる困難 →「信頼できない語り手」などの場合、人格的語り手の背後に何か影のような存在を規定しなければならなくなる。
- 語り手に対する立場
• 人格的な語り手はいないとする立場 :ハンブルガー、バンヴェニスト • 非人格的な語り手を認める立場 :バルト • 人格的でも非人格的でもない語り手のみを認める立場 :ジュネット • 人格的な語り手を認める立場 :チャットマン他多数
第4章 物語の「時間」
物語とは本質的に時間の展開を持つ事象を語ったもの。従って、物語における時間の分析はナラトロジーのなかでも重要な位置を占める。
- ジュネットの理論 (←プロップ、バルトからの発展)
- 「順序」
- 物語をどのような順番で語るか。
- 「持続」
- 物語をどの程度詳細に描くか。
- 「頻度」
- 一度起こったことを語るのか/何度も起こったことを語るのか。
- 「順序」
- 内容と語りの区別(物語内容/物語言説) →内容の時間と、語りの時間の区別
- ジュネットによる時間分類は、「物語内容」と「物語言説」の時間関係。しかしこの他に「物語行為」というレベルもある。
- 語る行為と時間の関係:
- 日本でのジュネット研究では、語りの現在から見て過去の物語を語っている、と捉えられることが多いが、通常の会話で過去の出来事を語る場合と物語の場合とでは、言語の用法が異なる。
- ジュネットは、物語は過去を語っているのではなく、過去形か現在形か未来形を使って語っているといっているにすぎない。語り手の現在そのものは、進展することのない唯一の時点であり続ける。「語りの現在」というと語りと物語が同じ次元にあるように見えてしまうが、そうではなく、語りは語られる物語と別の次元・超越的な場所にある。
- 語る行為と時間の関係:
- なお、日本語では過去を回想する場合と異なり、過去形と非過去形を織り交ぜて語られる。 :物語現在的な語り
無声映画時代の弁士とスクリーンに浮かぶ映像の関係のように。
日本語では、物語現在を現在として語っている。
第5章 視点(焦点化)と語る声
- ジュネット以前では「視点」と「語り手」が混同されて議論されていた。
- バルト:それまでの「形式」/「内容」という次元に加え「物語行為(語り)」という次元を加えた。しかしバルトにおける物語行為は、人称法/無人称法という区別であり、視点と語り手を区別していない。
- ジュネットは「視点」と「語り手」を区分。文学評論に大きな影響を与えた。
- 「視点」 → 叙法 mode
- 「語り手」→ 態 voix(voice)
- 叙法 →文法用語としての「法 mode」:法助動詞や仮定法のような、ある事実を話し手がどういう心的態度で語るか
- 詳細に語る/語らない →「距離」
- 要約的:ディエゲーシス(詳細ではない語り) telling
- 再現的:ミメーシス(詳細な語り) showing (直接話法)
- 何らかの視点から物語る →「焦点化」(「視点」だと視角に制限されてしまうので。)
- 詳細に語る/語らない →「距離」
- ジュネットの「焦点化」は広く受け継がれ、一般的記述としてほぼ整理された。→バル、オニール
- 語り手が人物に自由に焦点化して語るのは、物語の特権。本来なら他人の内面は究極的には知りえないが、物語では可能になる。それが物語化するということでもある。
- 態
- 「語りの審級」:誰が語っているのか、その言葉を発する権限を持つところ
- 「語りの時間」:(前章)
- 「語りの水準」:語っている場所/次元 →メタ物語
- 人称 物語世界内に語り手が登場するかどうか
- 自由間接話法
第6章 日本語における焦点化の仕方とオーバーラップ
- 日本語への自由間接話法の翻訳
- 西洋言語:常に状況の外に視点を置いて語る
- 日本語 :状況の内部に視点を置きやすい
まとめ
- ナラトロジーによって、物語の構造を分析してみることができるようになった。
- 今後の詩学の可能性:個別言語に注目すること。「比較詩学」
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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもう環 (ループ) を背負ってない”
―Angela Mitchell
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