7月のこと。パリ・シャルルドゴール空港の検問には、ものすごい数の人が並んでいた。
その数、およそ「全校集会かよwwww」レベル。数える気も起こらないけど、600人とか700人とかいたと思う。7月だから、ヨーロッパではそろそろ、バカンスに入る人も出てくる時期なのだ。
そして、その600人とか700人とかのみんながもう超緊急みたいな顔をしていた。とてもオシャレだがトイレ行きたさを隠せなくなってるムッシュ。ちょうど親の膝の裏に頭を持たせかけて寝はじめるキッズ。膝カックン状態のママンは乗換のeチケットを手にイライラしている。私もまた、パリに住む義理の祖父(cakesにも出てくるルネおじいちゃん)との約束の時間が迫っていて焦っている。想像してみて欲しい。そんなわさわさした数百人を、いったい何人の入国審査官がさばいていたと思われるだろうか。
2人だ。
ふたりwwwwwうははwwwwwwふたりwwwwwwwwwと私は爆笑するほかない。12時間エコノミー席に詰め込まれた後のテンションで爆笑するほかない。腰が痛い。ほぼ永遠じゃねコレみたいな時間を待ったあとやっとパスポートにスタンプを押され、ふたりwwwwwwwwうははwwwwwなぜふたりwwwwwwとひとしきりウケたあと、私は悟った。このバカンス時期の大混雑をさばく入国審査官が、なぜ、ああ、いったいなぜ、たったの2人しかいないのか。
入国審査官たちもバカンス中だからである。
アロハ~、って思った。まじで。
私は日本人だ。「バカンス」なる言葉が外来語である言語を母国語として育ってきた。そのかわりに輸出した言葉はなにか。「過労死(karoushi)」だ。
そんな私の国では「働かざる者食うべからず」と言われる。「母ちゃんが夜なべをして手袋編んでくれた(美談)」的なノリで休みなき労働が称賛される。いや、おかしいだろ。寝てくれよ母ちゃん。せつないので私もとってこますことにしたのだ。バカンスを。
で、バカンスを取るためにまず私がすることはなにか。
謝罪である。
すみませんたいへん恐縮なのですがとレギュラーを頂いているラジオ局に頭を下げる。忙しい時期に申し訳ありませんと所属事務所にも謝る。ファンクラブ限定日記の更新も止まります、とメンバーになってくださっている皆さんに謝る。なんか謝ってしまう。
休むために謝るということが絶対ではないことを意識するために、私は「バカンスを取るために謝るフランス人」を想像してみた。やばい。ありえない。ウケる。もしフランス人がフランス社会で本当にそんなことをしたら、笑われるどころか怒られるかもしれない。なぜなら、「私休みます、ごめんなさい」の裏返しは「お前休むのか? 謝れ」だからである。休むことは悪いこと、みたいな圧力を、休む人間が発してしまってどうするのだ。うわあ。ごめんなさい。あ、なんかまた謝ってしまった。
そんなふうにへこへこしながらパートナーと休みを合わせてハワイに行った。空港に着き、移動しようとして、衝撃を受けた。
バスに時刻表が無いというのだ。
「次のバスは何時に来ますか」
「ああ、まあ、適当に来るんじゃない? 待ってれば」
一事が万事こういう調子なのである。まじアロハ。ホテルについたら案内係さんが日本人っぽい人だったが、流暢な日本語で彼女はこう言った。
「お迎えのシャトルは10分もしくは20分状況によっては30分くらいのサイクルで周回していますがまあまずきっかり時間通りには来ません、ここはハワイですのでね」
すごかった。笑顔だった。「到着の電車は1分少々遅れてまいります、お客さまにはお急ぎのところ大変なご迷惑をおかけいたします」とアナウンスしたりんかい線の車掌さんとのフリースタイルラップバトルが観たいと思った。観衆となった私はいったい、どっちの応援をするのだろうか。
歩き回っていたら、カメハメハ大王の像があった。「風が吹いたら遅刻して~ 雨が降ったらお休みで~」っていう歌を思い出して、ふたりで歌った。ははっ。やばい。
まじアロハ。
そんな調子で7日間休んだのだが、大変だったのは、日本に帰ってきた後だった。
働かなきゃ。働かなきゃ。
仕事用メールアドレスにはメールが山盛りになっており、〆切の迫る原稿もまったく進めていない。打ち合わせに代わりに出てくれていたマネージャーは「ゆっくりスイッチ切り替えていきましょう」と言ってくれたが、私は焦る。働かなきゃ働かなきゃ働かなきゃごめんなさい。
罪滅ぼしのような気持ちでラジオ局におみやげを置いた。おみやげって本当は、「こんなところに行ってきたので雰囲気だけでもおすそわけしますね」って気持ちで渡したいものだと私は思うんだけど、なんか、つい、ごめんなさいの印にしてしまう。
生放送を終え、インタビューを書き起こし、事務メールを返し、原稿を郵送したあたりで私はものすごい寒気と疲労感に襲われた。時差ボケと、旅行にぶつからないよう止めていた生理とのダブルパンチである。やばい。縮こまってガタガタ震えながら、私はやばいと思っていた。体調が、じゃなくて、仕事が。
そして、そんな体調でありながらも、「体調やばい」じゃなくて「仕事やばい」と思ってしまう、私自身が。
打ち克とう。休むことへの罪悪感に。
おっかなびっくり「バカンス」してみてようやく学んだことがある。休むことと、遊ぶことは、違うのだ。違うことなのだ。
ごめんなさいと言いながら休みを取ったので勘違いしていたが、私はハワイで休んできたのではない。遊んできたのだ。だからちょっと休んでから仕事に戻るべきだったのだけれど、私の頭の中では「休む」も「遊ぶ」もまとめて「働かない」になっており、区別がついていなかった。
日本の空を見上げて、顔も知らない先祖たちのことを考えている。私に流れる血は、「働かざる者食うべからず」から、「進め一億火の玉だ」を経て、「二十四時間働けますか」の人々から受け継いできたものだ。この空の下に、立派なビルがいっぱい立っている。家の中では洗濯機が人間の代わりに服をきれいにしてくれており、家の外では自動販売機があらかじめ調味され調温されたコーヒーを売っている。
こういう自動のいろいろを開発したご先祖たちは何を思っていたのだろうか。
「働きたくないでござるぅ~」ではないのだろうか。
私は出かける。夜なべした母ちゃんではなく、工場の機械によって編まれた手袋をして。この手で、何を作っていこうかなあ。そんなふうに考えていると、なんかすごく、生きてる、って気がするのだ……働いてるとか働いてないとか言う前に。
フランス人奥さんの祖父から伺った戦争の話を、牧村さんの視点で描くノンフィクション連載。
「ルネおじいちゃんと世界大戦」再開しました。第1話目はこちらからどうぞ。
noteで公式ファンクラブを開設しました!
・牧村朝子さんと直接コメントのやりとりができ、あなたの誕生日を名指しでお祝い。
・新刊発売時に、限定サイン本をご用意。
・取材旅行時のお土産をプレゼント。
・イベントへの優先案内。
・限定動画や音声を公開。
などの特典があります。
牧村さんのことをより深く知りたい方は、ぜひご覧ください。
女同士のリアルを知るうちにあなたの生きづらさもなくなっていく?!
人生を楽しく過ごすための「性」と「知」の冒険ガイド、好評発売中です。