若手アニメーターが感じている不安
このタイミングで僕が発言することに消極的な意見もありましたが、今までP.A.WORKSの考えを意図的にオープンにしてきた者として、今回考えたことも記録しておこうと思います。スタッフ個人のことは双方の合意が必要だと考えるので、発表されたこと以上のことには触れません。
春から研修を始めて半年で動画500枚を達成するような、かなり有望な若手が感じていたことについて、今回は周りの人間は気づくことができませんでした。そのことに対して、P.A.WORKSはこれからどう取り組んでいくかを考えて、先日本社のスタッフと話す機会を設けました。少し長いので整理して、その具体的な内容をブログに記録しておきます。
また、従来の弊社のやり方において改める必要があることについては、真摯にこれを受け止め、できるだけ早く改善をしていこうと思います。
アニメーターの仕事がどんなもので、プロの職人を目指すことがどれくらい大変なものかを、今では様々な情報で知ることが出来るようになりました。若手のみなさんは、独立したプロのアニメーター、クリエイターとして生計を成り立たせるのは大変なことだということを覚悟してこの道を選んだと思います。それでも、実際に仕事を始めてみると予想以上だったということもあると思います。将来に不安を感じることもあるでしょう。
まず、アニメーターの成果物に対しての報酬について少し話をします。
制作会社の経営と作品制作のビジネス面のことは、クリエイターのみなさんが知識として知っておくことも必要だと思いました。今までそういった話しを僕からみなさんに直接話す機会が無かったと思います。このことを反省して、今は目の前の仕事のことで手一杯で、あまり興味の無い内容かもしれませんが、今後は僕やプロデューサーが年に数回でも継続して話しをする機会を設けようと決めました。
みなさんの報酬は制作会社に入る作品の制作費から支払われます。クリエイターに支払う報酬の問題は、直に制作費の問題になります。昨今のアニメーションビジネスの市場のことを考えると、僕らが「制作費を上げて欲しい」と個々に叫ぶよりも、新しいビジネスモデルを創る必要があると僕は考えています。
アニメーターが情熱と多くの時間を注いで描いたものが、なかなかその対価に見合うお金に変わらないのと同様、大勢の制作関係者が情熱と膨大な時間を注いで発表したアニメーション作品で、そこにかかる制作費を回収することが今は難しくなっています。制作会社やメーカー等、業界関係者全体がその現状を変えようと努力しています。
このことはクリエイター個人の力でなんとかできるような問題だとは思えません。P.A.WORKSがこの問題に対して、事業構造の改革で具体的にどのように取り組んでいるのかを話すと長くなるので、また今度別の機会を設けてみなさんに話しをしたいと思います。
では、事業構造を変えなければ報酬を上げることが難しいかといえば、容易なことではありません。でも、制作現場でもできることはまだあります。アニメーターに支払われる報酬の向上を目指して、P.A.WORKSでも具体的に取り組んでいることがあります。クリエイターと企業がそれぞれの立場で協力して取り組み、どんな方法で報酬の改善が可能になるのかも、次回話してみたいと思います。
今のみなさんとの契約条件がP.A.WORKSでは昔からずっと同じだったわけではなく、少しずつ改善されてきました。先人が長年真摯に仕事に取り組んでくれたので、P.A.WORKSの作品が評価されるようになったことでそれが可能になりました。
例えば年間の作画契約金や、現在行われている3か月毎の原画の評価です。数や技能の向上に応じた段階的単価の向上など、付加価値を報酬に反映することにしています。
動画マンは、以前は原画試験に受からないと当社と引き続きアニメーターとして契約する選択肢はありませんでした。新社屋に移転する前は、会社が準備できる作業場のスペースを広げることが厳しかったからです。ここ数年は、本人の希望と適性に応じて作画以外のセクション、例えば動画検査やデザイン設計の担当を勧めたり、続けて動画マンとして当社と契約する選択肢も増やしました。別事業への移籍という前例もあります。先人の貢献による改善の恩恵を、若手が少しずつ受けられるようになりました。こうした改善を実際に積み重ねてくることが出来たということは、これからにも言えることです。必要以上に不安を抱えず、希望を持って取り組んで欲しいと思います。
報酬面だけではなく若手が抱える個々の不安についても、もう一度考える必要があると思いました。
大勢のクリエイターが一つ所で創作する制作現場を目指してきました。その際、個々のクリエイター同士の繋がりは、技術や考え方、「P.A.WORKSのスタッフが物作りで大切にしていること」を継承していくうえでとても大切なことです。一人前のアニメーターになるまでに大変な道を乗り越えてきた人の、経験から語られる言葉は、若手には励みになると思います。
P.A.WORKSのスタッフがまだ数人のときには、狭い部屋で家族的な繋がりの会社でした。誰がどんな不安を抱えて悩んでいるかも、見ていればすぐに解りました。いっしょに飯を食べる機会も多かったので、よく話しをしてくれたし直接訊くこともできました。
本社で作業するスタッフの人数が増え、会社自体も色んな組織ができたことで、この関係を続けることは難しくなりました。カンファレンスやミーティング、部活動など、スタッフ同士で交流する機会はあると思うけれど、現在はあまり上手く機能していないのかもしれません。
『他人との関わり』の形が時代とともに変わってきていることもあると思います。僕や古株の人間から見れば、現場の人間関係は希薄になったように思えるけれど、時代が昔にさかのぼることはありません。
それでも、多くのスタッフが共同で物を創る制作現場では、クリエイター達は個人のことから周りに少しずつ目を向け、ベテラン、中堅から若手へと技術と考えを継承して欲しいと思います。今の時代に合った縦と横の繋がりを考える機会を持ちましょう。
日々の仕事の制作工程に組み込めるアイデアは無いものか。会社が業務以外にアニメーター同士で技術と考え方を継承する機会と場を用意できないか。自発的な集まりや、日頃の食事どきに、一人で食べている若手をちょっと意識する程度のことでもいい。複数の方法の組み合わせがあると思います。アイデアを出し合って、いろんな方法を試してみてはどうでしょう。
「そういう関係が面倒だ」と思うかもしれません。上手くいかない取組の方が多いかもしれないけれど、共同で物を作る現場で人に何かを伝える役割を担う人間は、諦めてはいけないことです。諦めればこれからの時代、今回のような個人の不安に気づけない、彼らのサインを見逃してしまう問題はますます増えてくると思います。無力感と戦う気力が必要です。
「俺たちが苦労をしたんだから君たちもやってあたりまえだ」、というものではありません。他方で、自分たちが若手の頃に理不尽だと考えて苦労したことでも、あの時は解らなかったけれど、振り返ってみれば、あれには意味があったんだと、後に語れるようになったこともあると思います。若手の疑問には、しっかりとした理由が説明できるようにするか、改善できるのならアイデアを出し合って変えていけば良いと思います。ちょっとした工夫から狙っていなかった意外な効果が現れることもあります。その発見を大切に生かしましょう。
若手が気軽に相談できるのは、やはり歳の近い人間だと思います。同じ制作現場のスタッフとして、その人が若手の疑問や不安に親身になって応えられるよう、もう一度作業環境の意識を変える取組みをしたいと思います。たとえ時間がかかっても、そういった粘り強い取り組みをしていくんだという文化を、僕はP.A.WORKSに根付かせたいと思います。
以上の趣旨を話ました。今回のことで、僕も、作業現場の責任者も、何が足りなくて、早急に何に着手すべきかを改めて意識することになりました。現場で取り組んでいることも、今までよりももっと具体的な達成目標に置き換えることを、スタッフ個々人との話し合いで検討してみようと思います。自分たちの努力の成果が、小さなことからでも見える形での成功体験になることで、若手の不安は軽減できるのではないかと考えています。