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戦死する自衛隊員が出ないことを祈る

 投稿者:のび太  投稿日:2016年11月 8日(火)20時04分27秒
  政府は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の派遣部隊に安全保障関連法に基づく新任務「駆けつけ警護」などを付与する方針を固めた。今月15日に閣議決定する考えを、複数の与党幹部に伝えた。昨年9月の同法成立後、海外での自衛隊任務が拡大する初めてのケースとなる。<朝日新聞>

安保法案を強行採決し関連法案を通過させた公明党の責任は重いぞ!


 

《定期案内》教学部レポート!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 8日(火)19時36分51秒
編集済
  【注目!】
  独自性と独善性を間違えている執行部(創価の公達)の狂い。その元を知る為におすすめしています。

★☆詳しくはこちらから☆★
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053

【参考】「教学部レポートとは」(英訳あり)
(こちらもお読みください。)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53571

なお、送付までは1~2週間程度かかる場合があります。
 

ありがとうございます(^-^)

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年11月 8日(火)17時55分23秒
  Saysaysay様、寝たきりオジサン様御祝いのコメントありがとうございます(*^▽^*)当時の事は大石寺と問題があるとしか知らなくて、御本尊様は、お寺で受けました。見よう見まねでお寺で受けた記憶があります。当時は旦那も反対している中一度は旦那に言われてお寺返すはずが断られ、今では旦那も御本尊に手を合わすまでになりました。ビートルズのバースデーsongノリノリで聞かせて頂きました。今日は旦那とケーキで御祝いです。初心忘れべからずですね。(*^▽^*)  

バースデイ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年11月 8日(火)17時38分2秒
  うーこさん、26歳おめでとうございます。私(9・16)と同級生ですね。私は毎年お祝いしています。直後に第二次宗門問題勃発。学会創立60周年。大石寺700周年。関西、神奈川で文化祭。ゴルバチョフが池田先生と対談&ノーベル平和賞。マンデラ釈放。ポール・マッカートニー来日。『ゴースト/ニューヨークの幻』大ヒット(主演はSGIメンバー)。福田沙紀・浅田真央誕生。激動の一年でしたね。
ちなみに阪神の開幕オーダー=(遊)和田豊(中)中野佐資(二)岡田彰布(一)パリッシュ(左)真弓明信(右)田尾安志(三)八木裕(捕)嶋田宗彦(投)中西清起

“今日は君の誕生日らしいじゃないか じゃあ今日はこれから楽しもうよ”
“君の誕生日を心から喜ぶよ 誕生日おめでとう!”
『バースデイ』ビートルズ
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池田名誉会長のスピーチから

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 8日(火)17時32分17秒
  1999年2月5日(金)聖教新聞

2月度全国県長会議での池田名誉会長のスピーチから

<正義を勝たせよ、執念の闘争で>

 アメリカのロサンゼルスに、ユダヤ人迫害の記録をとどめるセンターがある。サイモン・ウィーゼンタールセンターである。
私も招かれて、牧口先生の殉教について、講演した。
(1996年9月)

先日も代表が、ホロコースト展のために、来日された。このセンターの名前は、ナチスの強制収容所の生き残りである、サイモン・ウィーゼンタール博士の名前から取っている。博士は、今年91歳になる。今なお、オーストリアのウィーンで、ナチスの悪を追求する闘いを続けておられる。悪人達からは『ナチハンター』と、恐れられてきた。これまで、発見して法廷の
裁きにかけたナチスの残党の数は1200人。博士の闘いによって、ナチスを永遠に許さない、という国際世論は高まった。逮捕されなかった人間も、恐れおののいて、枕を高くして眠ることは、永久にできなくなった。

悪人がどこに隠れていようとも、草の根を分けてもの執念で、世界中の情報を集め、ありとあらゆる方法を考え出して、悪人を追いつめてきた。しかも、博士は、いかなる公的機関の支援も受けていない。民間人として、個人的な寄付に支えられて、活動を続けてきたのである。
敵からたたかれ、妨害され、命を狙われ、悪評のデマを流されながら。博士は、世界各国から、栄誉や勲章、名誉博士号を受けたが、国内では批判にさらされてきた。博士は言う。
「私が何十年間も闘ってきた相手は何か。それは、『忘れる』ということに対してなのです。」

戦後すぐの時期は、ナチスへの怒りに燃えていた人々も、時間とともに、「もういいじゃないか。」という雰囲気になってきた。被害者であるユダヤの同朋にさえ、「もう嫌なことは忘れたい。」という空気があったという。「もう時効にしよう。」という動きもあり、実際、時効が成立する寸前までいった。しかし、博士は叫んだ。

「道徳上の義務に時効はない。正義の実現に期限なんかない。」
博士等の運動によって、ドイツ・オーストリアは、殺人と、殺人幇助について時効を廃止した。徹底的に、悪は根絶やしにしなければ、将来また、悲劇は繰り返される。そんなことが許されようか。6百万人(注:六千万人)ものユダヤ人が殺された。

博士自身も、十数もの強制収容所を転々として、生き残ったのは、奇跡でしかなかった。だからこそ、生き残ったものの義務として、人々に、断じて忘れさせてはならない。と、闘い続けるのである。

創価学会も、宗門と、党の悪人に、一千万の同士の真心が踏みにじられた。皆がどれほどの思いで彼等を支え、護ってあげたことか。選挙の支援活動の途上で、事故で亡くなった人もいる。信念のために殉じた。いわば、殉教である。その人達の犠牲を思っただけでも、議員の裏切りは、断じて許せない。

坊主についても同じである。永遠に許してはならない。 博士は、訴える。「忘れたいなんて、安直すぎる。」と。[私達が死んだら、みんな天国へ行くだろう。天国では、ホロコーストの犠牲者達と一緒になる。彼等は、私達に先ず聞くに違いない。

『君たちは、運がよかったね。生き延びたんだから。君たちの余生は贈り物だ。その贈り物を君たちはどうしたのかね。』ある人は言うだろう。「私は、実業家だった。」また、ある人は言うだろう。「弁護士をやっていた。」次の人は言うだろう。「教師をしてました。」

私(サイモン・ウィーゼンタール博士)は、こう答えるだろう。
『君たちのことを忘れなかったよ。』
(『ナチ犯罪人を追う』下村良和訳・時事通信社)]

今、日本も戦争の悲惨さを忘れさせよう、アジア侵略の歴史も忘れさせよう、という風潮が高くなっている。極めて危険な傾向である。だから、私達が立ち上がる以外にない。
博士の執念に対して、いつもこう言われた。「もういいじゃないか。そんなに神経を尖らせることはない。悪人とは言え、個人をそこまで追求するのは、やりすぎではないか。」非難ばかりであった。しかし、博士は、断固として追求をやめなかった。

「私は、個人的な復讐を求めているのではない。私は正義を求めているのだ。悪事を犯した人間を、そのままのうのうとして、安楽に生きさせたとしたら、この世の正義はいったいどこにあるのか。社会は、正義の土台が崩れてしまう。人間性への信頼を取り戻すためには、絶対に悪を放置してはならないのだ。」

これが、博士の信念である。
広宣流布も、大聖人を裏切り、同士を裏切った悪人を徹底的に追求しなければならない。日本的な『水に流す』とか、『禊ぎ』とかいう慣習は、一見、寛容のようであって、実は、悪への怒りがなく、
けじめがないだけである。

『もうこの辺でいいだろう』は、精神の敗北である。日蓮大聖人も日興上人も、どんな小さな悪も許されなかった。仏法は、人情論ではない。正義の大闘争である。
 

自分の地域と同志(眷属)を護りましょう・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 8日(火)17時23分35秒
編集済
  正しいことを正しいという。

今の創価の混迷から友・同志を救うのは我ら・・

正しい価値観・師弟観・師弟不二の教学を教え。ぶれない信心を築いてあげるしかない。

できるだけ多くの友を・同志をこの破壊から護るはこれしかない。

折伏も・・真の大聖人の仏法を教えていく作業を自分が今いるところで・・

除名になっていようがなかろうが、友を救うことはできるはず。

創価から切り離されても、立派に師匠の精神を伝え。民衆救済に走る友どちがいます・・

創価仏になりませんかという折伏は邪道・・

どこかの主任副会長がやっていたという・・「入会すれば好き勝手ができる」という折伏も邪道・・

沈みゆく船から、どれだけ多くの友を救うことができるか・・ここが自分にとっての勝負どころです。


トラ

http://

 

うーこ様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 8日(火)17時17分55秒
  ご入会記念日おめでとうございます!\(^o^)/
それにしても第二次宗門問題がおこる直前という
のがすごいですね!創価ルネサンスのために必要な
人材だったからと確信します!今もこうやって
素直な信心を続けられてるのが大変素晴らしいと思います。
 

生死一大事血脈抄講義より

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月 8日(火)16時44分25秒
  「在在諸仏土・常与師倶生」

 戸田先生は、牧口先生の三回忌に、こう追悼されました。

 「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました。そのおかげで『在在諸仏土・常与師倶生』と、妙法蓮華経の一句を身をもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができなした。なんたるしあわせでございましょうか」

 これが仏法の師弟の極意です。
 他の幹部たちは、それまで「牧口先生の弟子」であることを自称していながら、ひとたび自分が難を受けて牢獄に入った時、豹変してしまった。
大恩ある先生を「牧口の野郎」とののしって師敵対していった恩知らずもいた。人の心は怖い。

 そのなかにあって、真の弟子であった戸田先生のみが、「あなたの慈悲の広大無辺」と、深い尊い師弟の絆を揺るぎなく自覚されていたのです。

 この尊貴なる師弟こそ、創価の魂です。
 この魂が不朽であれば、創価学会は永遠に発展し続けます。この創価の三代の師弟の魂を根幹としてこそ、広宣流布の基盤を総仕上げしていけるのです。

 戸田先生は、牧口先生と同じく牢獄に入ったことによって「地涌の菩薩の本事」「法華経の意味」を知ったと述べられています。その本質が、この「在在諸仏土・常与師倶生」です。

 師も弟子も永遠の菩薩行に生きる この一点を抜きにして法華経の本質はありません。戸田先生はある時、一般講義で、わかりやすい表現で、こう語られました。

 「「ぼくが日本のつぶれたところに行くから、君もこないか」と言ったら「はい、行きましょう」「そうだ、では行こうかね」とか言って、みんな出てきたのです。どこであろうと、もろもろの仏土に、お師匠様とかならずいっしょに生まれるという。

この大聖人のお言葉から拝すれば、じつにみなさんに対して、私はありがたいと思う。約束があって、お互いに生まれてきたのです。」

 大聖人は、「過去無量劫より已来師弟の契約有りしか」(1340-09)と仰せです。
 師弟は「三世の宿縁」です。広宣流布に真剣に戦えば、その深いつながりを確かに感じることができるのです。

 日蓮仏法の精髄である「戦う師弟の精神」を現代に蘇らせたのが創価の初代・二代・三代の会長です。創価学会の出現しなければ、法華経、そして日蓮仏法の師弟の魂は潰えていたと言っても決して過言ではありません。

法華経の精髄は「師弟」

 それでは、なぜ仏法において師弟が大事なのか、あらためて師弟の仏法的意義を確認しておきたい。

 一般に「師」とは、より熟練した技術、より深い知識、より高い行き方、より豊かな境涯等を教えてくれる人です。人は、何らかの意味で自分を高めてくれる存在を「師」と仰ぎます。

 仏法においては、師である仏は、自らが開悟した「法」に基づいて成就した尊極の人間性へと、弟子も共に高めようとします。その「法」とは、弟子たちにとって、無明によって覚知を妨げられ、経験したことのない「妙法」です。

それゆえに「法とはこのようなものである」という論理的な教法や、「煩悩を乗り越えなさい」というような実践的な教法を教えられても、その教えの言葉だけでは仏の境涯が伝わるわけではありません。

 むしろ、教えの言葉とともに、仏との人格的触れ合いによって触発されることによって、我が内なる「法」を覚知することができるのです。これが「法が伝わる」ということです。

 仏法において「師弟」が重要な意味をもつ理由は、ここにあります。師弟の「人間」対「人間」の絆を通してのみ「法」は伝わり、「法」に基づく人間革命が可能になるのです。

 「生死一大事の法」を伝えうる血脈について論じられている本抄において、大聖人と最蓮房との深い師弟関係に言及されるべき必然的な理由も、ここにあると拝されます。

 したがって、仏法は人間を離れた超越的存在、神秘的な存在として、「師」を立てることはありません。
 「成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり」(0753-第二如来秘密神通之力の事-02)と仰せのように、あえて言えば、一個の人間が即身成仏できることこそが、仏法における最高にして唯一の神秘です。
しかも、この成仏という「神通」や「秘密」は、万人に実現が可能なのです。

 それでは、師である仏が入滅した後は、どうすればよいのか。身をもって教える人がいない時代は、本当の意味で、仏法を伝えることはできないということなのか。

 この問題に正面から答えた経典が法華経です。
 法華経は、釈尊という仏の人格の核心が「仏の誓願」にほかならないことを教えた経典です。仏の誓願は、「我れは本と誓願を立てて、一切の衆をして、我が如く等しくして異なること無からしめんと欲しき」と説かれます。いわゆる「如我等無異」です。

 迹門において、声聞たちは、本来、自分たちも仏と同じ大願に生きていたことに目覚めていきます。これは釈尊と声聞たちが、不二の本願に立っていることを教えています。
 そして、本門において、この誓願のもと、久遠の成道以来、娑婆世界にあって一切衆生を説法教化し続けている真の仏の姿が説き明かされます。すなわち、寿量品に説かれる「久遠実成の仏」です。

 さらに、この誓願を受け継ぎ、仏の滅後に仏と同じ民衆救済の実践に献身する「師弟不二の菩薩」こそ、「地涌の菩薩」です。

 法華経はまさに一貫して「師弟不二」を教えている経典なのです。
 仏教の歴史をひもといても、この「師弟不二」を見失ったところから、釈尊の神格化が始まりました。
久遠実成の釈尊が人間から離れて超越的な仏になってしまえば、師弟は成り立ちません。

師弟がなければ、一切衆生にとって、仏とは崇めるだけの存在となってしまい、自分自身の人間革命の規範とはなりません。

 法華経は、仏の人格の核心を「誓願」と明かし、その「誓願」を継承する不二の弟子に境涯を衆生に伝えることが可能となったのです。

 なかんずく「広宣流布」という大誓願には、不惜身命の実践が不可欠です。法華経寿量品には「一心欲見仏・不自惜身命」と説かれ、仏の滅後であっても、不惜身命の実践のあるところ、釈尊が出現すると説きます。
 このように、広布大願と不惜身命という仏の人格の核心を実践する人には、仏の滅後であっても、仏の境涯が伝わっていくのです。

 日蓮大聖人は、唱題という仏界湧現の方途を示され「広布大願」「不惜身命」という悪世末法における信心の鍵を明かされました。これによって「成仏の血脈」が成り立ちます。その一切の根本の力が「師弟」なのです。
 大聖人の不二の弟子・日興上人は、こう言われております。
 「この大聖人の法門は、師弟の道を正して、仏になるのである。師弟の道を誤ってしまえば、同じく法華経を持ちまいらせていても、無間地獄に堕ちてしまうのである」

 そして、現代において、この仏の誓願である「広宣流布の大願」に目覚め、「不惜身命の行動」を貫き通してきたのが、創価学会三代の師弟です。

 私は、牧口先生、そして戸田先生の弟子として、三類の強敵との大闘争に勝ちました。「断じて弟子が勝つ」という歴史を築きました。戸田先生に、「万事、勝利しました」と、堂々と報告ができます。何の悔いもありません。

 牧口先生と戸田先生。戸田先生と私。創価学会は、仏法の真髄である師弟不二を三代にわたって築き上げてきました。創価の師弟の勝利があったからこそ、法華経に説かれ、大聖人が御遺命された「一閻浮提広宣流布」すなわち世界広宣流布を現実に開いていくことができたのです。

 「師弟相違せばなに事も成べからず」(0900-09)師弟が合致すれば一切の大願を成就することができる。「師弟」とは最強無敵の勝利の力なのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三代会長が超越的な仏になってしまえば、師弟は成り立ちません。

数々の池田先生との出会い、書物による触発等々。

絆、が「法が伝わる」を作ってきたのです。

師弟の「人間」対「人間」の絆は組織信仰の枠では「法」は伝わり得ない、「法」に基づく人間革命が可能とならないという事です。

今の学会執行部には、また、それに連る人々には血脈は無いという事です。
 

今日は

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年11月 8日(火)16時13分51秒
  今日は私の入会記念日。平成2年に入会して早いものです。山あり谷ありと信心してきました。又今日から初心に帰り信心を深く学びたいと思います。  

会員

 投稿者:光輝  投稿日:2016年11月 8日(火)15時14分3秒
編集済
  かつて「貧乏人と病人の集まり」と馬鹿にされた
タダで動くのは風と地震と創価学会と揶揄もされた

しかし、池田先生の指揮の元、世界の平和、民衆救済を願う団体であるとの誇りを胸に頑張り抜いた

秋谷会長のイラク容認発言から、公明支持に自信をもてなくなった
同時に多くの壮年の活動家が姿を消した

いつのまにか「功徳」で選挙を法戦といってやらせるようになった昨今

去年の安保法案賛成
内外からの批判になんら説明なく、今や公明安倍派と揶揄されている

かつてはどんな世間からの揶揄にも負けなかった
なぜなら、間違った批判だったから
今は賛同してしまう点が多々ある

かつて世間の批判をものともしなかった創価学会
その体質を利用しているのが、原田執行部ではないだろうか?

しかし、忘れてはいないか?
イラク容認でたくさんの壮年の活動家の姿が消えた事実を
今度は、良識ある婦人の活動家の姿も消えていくだろう

今や現場では地区婦、地区部長の成り手はいない
幹部が兼任しているのが現状である

後期高齢者ばかり、壇上に並ぶ創価学会
執行部の運営が旧態依然の為に
現場も後期高齢者ばかりになっている

青年学会はもはや死語である

それにしても壇上の後期高齢者はいつまで高給貰い続けるつもりなんだろうか?

今日は原田会長75歳、誕生日
雇われ会長は、そろそろ辞任するべきではないか?
創業者一族を蔑ろにして、威張りちらしている雇われ社長は、あまりいないのではないか?

それにしても博正さんはどうしているのだろう?




 

会員資格の「権利」と「義務」の関係について

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 8日(火)15時13分34秒
  創価の公達も、盛んに議論していると思いますので、みなさんにもご考察をお願いします。

「会員資格」の「権利」とは、会が認定した創価学会会員が、「もの申す権利」です。例えば、毎週月曜日の午後7時から午後8時迄開催されている地区協議会、またはブロック協議会で、「ものを申す事」は「反組織的言動」であり「分派活動」なのか?

創価公達→『その通り、会内を乱す言動であり
                      査問・除名』に該当します。

村八分やら幹部による嫌がらせが、会内で現実に行われているが、これは適正か?

創価公達→『ケースバイケースであり、一概に
                      悪いとは言えない。そもそも、会
                      内の統一を乱す言動をしている者
                      であれば、そう言う事もあるか
                      も、でも、学会本部は指示してい
                      ないし関与も無い。現場対応とな
                      つている。』

創価学会会員の権利とは何か?

創価公達→『あくまでも、三代会長と心を合わ
                     せて前進している会長・副会長・
                     担当幹部のご指導の中での活動に
                     権利がある。』

それは、創価学会会員に残された信教の自由と
は、会内では南無妙法蓮華経と題目を唱える事が許されると言う事か?

創価公達→『その通りだ。嫌なら創価学会から
                      出て行けば良い、題目を唱えるの
                      は自由だし、わざわざ会内にいて
                      組織を混乱させられたら、我々の
                      飯の食いあげになる。歓喜とか笑
                      顔とか人間革命などと言う空理空
                      論では無く、我々は会員に対して
                      実利を求めている。会運営が続く
                      限り、創価公達は必要であり、会
                      員皆が幸せになったら信心を辞め
                      てしまう。適度な不幸と信仰の邪
                      魔をして悩ませなければ、財務の
                      金額も伸びないとコンサル会社か
                      ら指摘された。よって、我々は池
                      田が主張する『会員が皆、幸せに
                      なるように!』との指針を捨て、
                      会員権利を主張する者への大弾圧
                      を今後共に続ける。最高幹部によ
                      る悪行・淫行・すべてを隠蔽し
                      て、もの申す会員は弾圧する、そ
                      れも末端会員には良い試練だと思
                      っている。』

それが「創価学会仏」か?

創価公達→『その通りだ。我々がその当体であ
                      る。管理する者と、管理される者
                      は明らかに異なる。役職上位者と
                      下位者には信心の濃淡がある。当
                      然、役職上位者には信心が有り、
                      根本崇拝されるべき立場、立ち位
                      置がある。会合でも、壇上に上が
                      れる幹部、また会合前列に座る事
                      の出来る幹部は信心が有り、そう
                      で無い者は、明らかに信心が未熟
                      であり信心が薄く、権利も無い者
                      である。これらの者には会員権利
                      などと言うものは存在しない。例
                      えて言うならば、文盲の者、愚か
                      で思慮分別が無い者である。だか
                      ら、役職上位者が教導しなければ
                       ならず、会運営に支障をきたす
                       ような場合は、即刻除名にして
                       いる。当たり前の事だ。』

では、会員に課せられる「義務」とは何か?

創価公達→『会運営に関わるすべてである』

どのような事か?

創価公達→『詳細はまた、コンサル会社と打ち
                     合わせしてから答えてやる』



と言った感じになっていますね(-_-)
 

臆病者の共通点

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月 8日(火)14時23分58秒
  臆病なやつは女性や子供に威張る

臆病者は社会的な立場の弱いものに威張る(仕事上の

立場を使わないと威張れない)

臆病者は人々の個人的なところ(プライベート)まで

管理したがる。

臆病者は2~3人集まって話してると何を話してるのか

気になる。

臆病者はズルい┐(´д`)┌

臆病者は何でも人のせいにする。

臆病者は外見だけ偉そうに見せ中身がない。

臆病者は自分に批判が来ないように人に向けるように

画策する。

臆病者は秋谷、八尋、谷川、原田、浩、


お前らの事だよヽ(^○^)ノ臆病者ヽ(^○^)ノ


 

悔しい!

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年11月 8日(火)13時15分54秒
編集済
  池田先生の50年は創価学会を平和と民衆救済の団体として世界に広め、認知させ、そして師匠戸田先生を宣揚した

今、原田執行部はことごとく破壊している
このままでは創価学会はおかしな団体と広く認知されていくだろう
そして、それは原田執行部に批判が行くのではなく、池田先生に批判が行き、池田先生が歪曲されていくだろう

悪しき弟子をたくわいぬれば師弟地獄に堕ちる

自分に出来ること
祈ること
そして、池田先生の真実の姿を話していく
内外に

「負けじ魂、ここにあり」
この悔しさをバネに頑張る
この悔しさを自分は一生、忘れない!

く、や、し、い!!!
 

ツイッターより。創価学会仏を会則で定める?って変だよね!

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年11月 8日(火)12時35分52秒
  ○創価学会仏…これを会則で定める?
てことは、会の打ち出しをはじめ党の方針等に異を唱えるものは「創価学会仏に逆らう者」「創価学会仏を信じれない者」として扱われると言う事か。先生亡き後、どうやって会員を意のままに操るか、、そんな事ばかり考えてるんだうな。


○会則変更で「創価学会仏」…何やねんそれ?「仏意仏勅」の正統な教団…嘘八百言うたらあきません。三代会長を広宣流布の永遠の師匠であるとした第一章第三条に、第二項として「三代会長」の敬称は、『先生』とする」いやいや…そんなもんに奉ったらあかんし、敬称を強要したらあかんやん。無茶苦茶や。
 

仏を己心に見る作業とは

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 8日(火)10時57分16秒
  師とは「久遠元初の仏」 ・・・「法」と「人(仏)」は本来 不可分

名誉会長:釈尊が悟った「永遠の法」即「永遠の仏」は、あらゆる仏が悟った「永遠の大生命」であった。

過去・現在・未来のあらゆる仏は、ことごとく釈尊と同じく「久遠元初の仏」を師として悟ったのです。

それが久遠元初の自受用身であり、南無妙法蓮華経如来です。戸田先生は言われた。「日蓮大聖人の生命と

いうもの、われわれの生命というものは、無始無終ということなのです。これを久遠元初といいます。始めも

なければ、終わりもないのです。大宇宙それ自体が、大生命体なのです」と。無始無終で慈悲の活動を続ける、

その大生命体を「師」として、「人間・釈尊」は人間のまま仏となったのです。 そして、悟ったとたん、三世

十方の諸仏は皆、この人法一箇の「永遠の仏」を師として仏になったのだとわかったのです。

須田: 法華経方便品にも、総諸仏・過去仏・未来仏・現在仏・釈迦仏の五仏が説いたのは、等しく一仏乗であ

った、とする「五仏同道」の思想が見られますね。

名誉会長: ですから、真剣に法を求め、法を行ずることによって、「常住此説法の仏」に必ず会えるのだ、と

教えているのです。


・・貼り付け終わり・・

自己の欲望に従って学会を女子部・婦人部・男女未来部を食い物にする連中に、創価仏を語る資格ありや否や・・

自己浄化機能を失った教団と成り果て・・弱小教団となり、破滅の道を転がっていってしまうのか?

このような事、血涙を持って書くしかない・・(涙)


ペンギン
 

執行部(# ゜Д゜)(*`Д´)ノ!!!┐(´д`)┌

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月 8日(火)10時54分26秒
  現執行部は┐(´д`)┌

昔の坊主達が、やれ┐(´д`)┌亡くなった人にもに戒

名を つければカッコいいし金になる┐(´д`)┌

やれ┐(´д`)┌塔婆を立てれば金になる┐(´д`)┌

やれ┐(´д`)┌つき命日に寺に来させりゃ金になる

┐('~`;)┌

などなど?やってること?考えてること?

みんな一緒だねヽ(^○^)ノ

猿の浅知恵だ?ヽ(^○^)ノ

バカだね(^w^)(ToT)


 

創価学会仏呼称・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 8日(火)10時36分55秒
編集済
  我らは大聖人の精神に連なり、民衆救済に向かう菩薩仏という胸に確信を持ちながら、

悩める友に大聖人の仏法を教え、自ら師弟不二の信行学に日夜励む。

毎朝、毎夕の勤行唱題は自身の「発迹顕本」を行うこととは師匠・・

後世の経典に創価学会仏と書かれ、そこに連なること。その誉はなんと素晴らしいことであろうか・・

ただし、これは、あくまで200年後、500年後の世界であって、世界広宣流布が世界人口の3割を超え。

世界が平穏になり、安全幸福に人々が住むことができる世界になったときに、初めて言われる言葉であろう。

今の世界、創価がカオスに向かわんとするときに会則の中に制定することが、大いに疑問と言っているわけである。

しかも・・それを、引っ張り出してきた連中といえば・・

輪姦魔であり、若き頃から幾多の女子部を食い物にしてきたであろう、東大卒主任副会長。

数え切れない女子部を己の欲望のまま食い物にし、先生から獣と言われ、除名にと・・

されながらも、除名にならず暗躍する東大卒・元全国男子部長

若き頃、先生の鞄持ちをしながら世界を駆け。今は会長になり、噂の女史をSGI副会長に指名。

南米指導旅行?の団長と副団長の逢瀬旅行をする、やはり東大卒の会長。

創価大の教授にしてもらいながら、釈迦本仏論の邪義を辛抱する教学部アドバイザーの、

これもやはり、東大卒の教授・・

矢野裁判で、自らの悪行を暴露されるのを恐れた法匪 ・・

師匠から、提婆達多のお墨付きをいただいた最高指導協議会議長

創価の下請け印刷会社から、5000万円をたかった現副会長

どこから入手した大聖人直筆御本尊、自分たちで手直し・・

学会に売りつけようとした、悪の三位一体と言われる破仏法の輩

特別装幀•特別お模御本尊授与が報道されないうちから、

なぜか特定の仏壇屋の方がすでに、専用仏壇販売の宣伝をしている不可思議さ・・

彼らに、創価学会仏と宣揚する資格ありか?  連中はどこか、信心が故障している・・

このままでは世界広宣流布・世界の安穏どころか、創価自身の滅亡を招かない状況である。

輪姦魔が創価学会仏の責任者? 堂々と逢瀬を行う仏 ? 女性蹂躙の獣が仏とは・・

我が学会を世間の大笑いものにするつもりかと、言いたい・・



トラ

http://

 

おはようございます。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月 8日(火)09時14分30秒
編集済
  平成2年末の第二次宗門問題より26年。平成3年11月7日の創価学会に対する解散勧告より25年、同年11月28日の破門通告より25年を迎えようとしている。

平成5年の11月7日に行われた「魂の独立記念日」祝賀の最高会議でのスピーチで池田先生は冒頭次のように仰られた。

「戸田先生は、牧口先生を苦しめた宗門の悪を一生涯許されなかった。私も戸田先生を苦しめた悪人を許さないし、絶対に忘れない。「怒りを忘れない」のが「正義の心」である。日蓮大聖人もそうであられた。日興上人もそうであられた。」と

このスピーチの中で先生は、宗門の悪を徹底的に破折された。

当時1993/11/9の11/7の最高会議のスピーチを掲載した聖教新聞3面には大見出しで「学会は隆々と発展  常に「大聖人と共にある」嬉しさ」とあり、「法華経に予言された日顕宗「世界広布の断絶」へ「悪魔」等が出現」「日興上人は゛貫主の己義は用うな゛と「法主絶対」は後世の邪義」「邪僧を責めなければ「与同罪」大石寺参拝は謗法容認に」「日寛上人「本門戒壇の本尊は一切衆生の本尊」」等々小見出しが躍っている。

そして、日興上人「゛師僧も大聖人に背けば捨てよ゛」牧口先生「愚人に憎まれたるは第一の光栄」を引かれて御指導して頂いている。

このスピーチの最後には、「同志には大誠実で」として「そして幹部は、仏敵にはどこまでも強く、同志には、どこまでも優しく、「大誠実」で接することである。誠実にかなうものはない。真剣ほど強いものはない。決して、いばらず、傲慢(ごうまん)にならず、伸び伸びとした、朗らかな「人間宗教の世界」を広げていっていただきたい。そうお願いし、゛魂の独立記念日゛(十一月二十八日)に寄せての「祝賀スピーチ」としたい(拍手)」と

25年経った現在はどうか?

先生が仰られた、朗らかな「人間宗教の世界」が広がっているのか?

先生の御指導通りに仏敵と戦わず、難を避け、迫害を恐れる臆病な信濃町界隈の職員幹部である

執行部。

先生の御指導とは正反対に「仏敵には弱く」「権力に媚び諂い」逆に同志である学会員さんに対して「傲慢」に。そして度重なる短期間での教義や会則等の改正。
創価学会という組織体のみに囚われ、本質を見失い、戸田先生が仰られた「創価学会仏」を利用し権威化。池田先生の創価学会を変質させ、組織の維持。組織を守る等々綺麗ごとを並べながら、ご自分たちの為に、池田先生と組織とを明らかに天秤にかける行為を行っている信濃町の執行部は愚かであり、この底流に流れるものは54年問題そのものであります。

池田先生をとるのか?単なる組織体の創価学会をとるのか?

今、問われているのはこの一点だと思います。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、本音が見え隠れする御供養の精神ですね~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月 8日(火)08時27分31秒
  おはようございます。そろそろこの時期になると「御供養」関係の御書の切り文の羅列が出てきますね~(笑)

本日の政教珍聞4面にも早速「御供養の精神」と題して、その実は「カネをだせ」との本音アピール、ご苦労様で~す(笑)

総資産10兆円にもなろうか、なるまいかという大・大創価学会の怪鳥様、いまさらカネ欲しがってど~すんの(笑)

ちなみに地位もカネもない小生のごとくの庶民は、ひたすら「法味」を「御供養」いたしま~す。

御書にもちゃんとありマスよ、原田怪鳥先生?様

「然るに在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり」(松野殿御返事P1386)

本来の供養とは「信心」「法味」の事であって、金額の大小ではないのデス。

それが、いつの間にか、一口一万円だとか、「財務頑張ったら、こんな功徳頂きました~」なんていう、功徳論にすり替えられて

あげくは、やれ三桁だ四桁だと、金額の大小が功徳の大小につながるなんて迷信を生み出しているのは、誰のせいでしょうか?

今まで財務してた方をドンドン処分・除名しまくって、なおカネが欲しいんですか~

ちなみに、活動停止・学会員との接見禁止等の処分を受けられた方も、財務だけは出来るんだそ~デス(笑)

庶民からカネをむしり取って、自らは「訪問」と称し、女性同伴で南米旅行、いい御身分デス。(笑)
 

わが友に贈る 2016年11月8日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年11月 8日(火)06時43分24秒
  「南無妙法蓮華経は
師子吼の如し」
病魔を打ち破る信心だ!
大確信で祈り抜き
断じて宿命転換の劇を!
 

会則変更の先に有るもの、それは会員服務規定(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 8日(火)06時22分27秒
編集済
  会則変更して、次にコンサル会社が提案するのは、会員資格を明確化すること。

つまり、会員資格=会員服務規定です。
何でも強制出来マス!!

みなさんも、思い当たる事をどしどしご応募ください。現状の延長線上に半強制的な活動がたくさん有るでしょう?これを明文化して、会員服務規定とする。強制力の有るものとして、反する者は会員資格を失う(除名)ものとする。

すばらしい!宗教団体じゃないみたい!その通り、信心してない(折伏・弘教・仏法対話・聖教啓蒙・家庭訪問・勤行指導・読経、唱題を実践していない者)者が、創価の最高指導部(創価の公達)となったのですから当然です!

これから、どんどん会員資格失う者が増えて、ムギワツシンの従順・隷属会員のみの会へと変容していきます。

それを望むか、どうかは会を運営する者(高学歴・高収入・高役職)の責任です。重~いんですよ(-_-)

そう言えば、昨年の11・17から、ずーっと言ってました『会則前文にある日蓮世界宗創価学会の池田先生の揮毫のお披露目』がまだですが、どうされましたでしょうか?お早めのお披露目を創価の公達のみなさま、宜しくお願い申し上げ奉りマス!
 

おせっかい 様

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月 7日(月)23時56分25秒
  前略 おせっかい様
初めまして。

下記ありがとうございます。削除できないんですね、以後、十分、作文してからアップしようと思います。こちらまだ不慣れで、毎回、修正が大変でした。
教えていただき、ありがとうございました。

今後もよろしくお願い申し上げます。

(無題)  投稿者:おせっかい
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59451
 

じぞうさま、それは求心力が弱まっている証拠!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)23時46分17秒
  わざわざ、会則に細々の文章を書き込むのは、執行部の自信のなさ(会運営)と現場会員を信用出来ない嫉妬(上意下達が無理)から生まれています。

今般出版される元職員の実名本と言い、会内で現場会員から責任を問われる事にビクビクしなければならない愚かさ。対話拒否と事件隠蔽、酷い虐めと解雇、査問・除名と、現執行部がやってきた悪事が世間に露見されて、内外から嘲笑され、呆れ果てた執行部の現実の姿を暴露されてしまう。

だから、今のうちに執行部中心の求心力を会則と言う法規で固めておきたい(-_-)

バカですね、信心ではなく会則変更などと手練手管の破廉恥な手法です。コンサル会社の御指南ではないですか?

そのうち、『会員は黙して従え』なんて言う項目が◯◯条で定められたりして(-_-)

こうなったら、宗教団体ではなく信者奴隷団体になります。

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月 7日(月)23時43分20秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
一切の原動力は題目しかありません
そのとうりと思います
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始です。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 7日(月)22時53分45秒
  よろしくお願い致します。
今、しっかり題目をあげる時ではないでしょうか。

皆様が論じられている通りです。
ボロが出て、執行部がおかしくなっているのが明らかになってきたのです。信心無き者は狂うのです。
こちらは、足元を見つめ信心をしきっていくことです。
御本尊様と池田先生、これがブレなければよいのです。
一切の原動力は題目しかありません。
 

ありがとうございます。

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 7日(月)22時10分59秒
  >一人のSGI さま
お声かけありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

>生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様
理解していないでしょうね。理解してたら寸暇を惜しんで
精力的に悩み苦しむ同志のところに飛んで行ってるでしょう。

>カンピース様
ありがとうございます。お役に立てて何よりです。
とても励みになります!言うまでもありませんが池田先生
ってほんとに細やかな所にお気遣いされてますよね。
そう思うと先生のお心に涙がでます。

>虹と創価家族さま
過分なお褒めの言葉ありがとうございます。
虹と創価家族さまは「天眼」をお持ちのようですね。
ビックリしました!はい、その通りです。
全部当たっています。ここまで真意をくみとって頂けるとは・・
とても不思議な方ですね。これからもよろしくお願いいたします。
 

協議会では会則変更の話題なし

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年11月 7日(月)22時08分24秒
編集済
  ロマンさんの言う通りと思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59452
池田先生は、2001年でしたか、毎日新聞のインタビューで「会則に則って動いている」(趣意)と言われていました。
その会則には、「“総務会の議決”に基づき、名誉会長を置くことができる」としかありません。(教義・化儀の裁定)(会務の執行)(選 出)は会長権限であって、池田先生には全くありません。(任 期)についての記述もありません。
その他、会長以下の人事権は一切ありません。

元職員に確認したところ、組織・法人としての責任・権限は会長・理事長にあって、名誉会長はあくまで「名誉職」で、権限は何も無いとのことでした。

要するに、S54/1979年以来、池田先生は何も持たずに素手で闘って来られたのです。まさしく金も権力も持たず、一民間人として、ただ一人の人間として。
だから尊敬もされ、恐れもされるのではないでしょうか。

池田先生は何度か「信心の指導(そして、それを簡単に言うと“激励”)というものと組織の運営とは違う(別のもの)」であると言われていました。実際、池田先生は我われに対して前者のみで、後者の方はそもそも権限もなく、会長が担って来たのだと思います。
ところで、池田先生は「会長は信心の指導“激励”をしてはならない」とは言われていません。ですが、会長の話に信心の指導“激励”の印象があまりありません。
池田先生は「激励は最大限に、伝達(打ち出しを含む、でしょう)は最小限に」と言われていましたが、実際、怪鳥・患部の話の中身はどうだったでしょう???

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音声聞いたけど

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年11月 7日(月)21時46分19秒
  戸田先生、総本山での質問会かね~?
これだけを持って、そう判断するの?

戸田先生は酔っ払っているようにも聞こえる

そして、退転しないようにしっかり指導をされてるね~
うまく質問者の心の機微をつかんでね
 

200年後の人々が言うのです

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月 7日(月)21時45分16秒
  どなたか創価仏になったとおよろこびの方がおられますが、少し早すぎですね。200年か500年の人々がほめたたえてくれるものですね。自称する方にろくなものなし、ですね。
 

戸田先生の生の声

 投稿者:フェア  投稿日:2016年11月 7日(月)20時48分32秒
  ネットの時代ー 参考までに

自分は正宗の者ではないけど
フェアな情報を知って、賢く判断したいと思っているものです。

前半は聞くに堪えないかもですが、戸田先生の生の声を聞いて
戸田先生は何を思っていたか考えてみるのも大切かも。
2:33秒ぐらいから、見てみて下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=8APmCL0Jr5k

創価仏とはほど遠い様に思えるのは自分だけでしょうか。
 

広宣流布が大きく進んだ200年後・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)20時15分45秒
  ならば、そう言われてしかるべきだと思いますよ・・

しかし、輪姦主任副会長が居座り、ケダモノが大手を振って・・

女子を軽んじる次期会長椅子を狙っている創価に、未来はあるでしょうか?

もちろん、個々人に置いては我が身本仏の生命と同じなりと、ご本尊に向かう度に我が身に仏を・・

そして、菩薩仏として民衆救済に向かうは当然として・・

今の執行部で、このままで大丈夫かということを言っているわけです・・
 

(無題)

 投稿者:じぞう  投稿日:2016年11月 7日(月)20時03分41秒
  今更会則に池田先生と明記する必要があるのか?  

血脈

 投稿者:あさひ  投稿日:2016年11月 7日(月)19時51分10秒
  イケディアンの住人(正義の獅子同盟)さま
以後、宜しくお願い致します

ありがとうございます
私が感じた違和感は
唯授一人の血脈相承のできあがりというか
似たようなものを感じたまでです

この先、邪教になりさがるか心配でなりません

 

あさひさま、当たり!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)19時35分45秒
  会則と言われる、宗教にはあまり関係ない(信仰実践)法規をいじくり回すのは、宗教者ではない者が介入しています。

『信ずる』と言う人間の精神行為を勘違いして、強制的に『俺を信ぜよ!』、『学会幹部を信ぜよ!』と明文化する序章です。

池田先生の時代には、会則など、滅多にいじくり事は無かったのでは?

それは『池田先生を信じて、信頼して』皆が笑顔で人間革命していたからです\(^o^)/

それでは今は?選挙学会、沈黙学会、査問・除名学会か(-_-)
 

戸田先生の遺言

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年11月 7日(月)19時29分37秒
  「第3代は一生涯  会長として 指揮を摂れ」


この遺言を池田先生に破らせてしまっただけでなく   「名誉会長」「SGI会長」まで 取り上げてしまうのでしょうか・・・。


重い気分の協議会です・・・。
 

会則変更

 投稿者:あさひ  投稿日:2016年11月 7日(月)19時19分38秒
  皆さんお久しぶりです

私は今回の会則変更をこう見ました
間違っているかもしれませんし
考えすぎかもしれませんが

先生の権限やSGI会長、名誉会長
云々見えづらい部分はもちろんなのですが、
なぜ会則にわざわざ敬称を先生と
とどめなければならないのかを考えた時

私が思ったのは会長権限の強化ではないかと
思いました
これまでも確かに牧口先生、戸田先生は
間違いなく特別な存在でありました
また池田先生も我々にとって特別な存在でした
図にしたらわかりやすいかと思いますが
言葉が悪いかもしれませんが
牧口先生、戸田先生を一くくりにして私達は
池田先生を中心とした同心円の組織であり
私と池田先生には距離がありませんでした
しかし、今回の会則変更で私が感じた違和感は
牧口先生、戸田先生、池田先生を一くくりにして
その後に残る同心円の組織を仮定した場合
その中心軸に据えられるのは会長ではないかと
思った次第です
もはや、同心円ではない。
我々会員と会長には弟子として
隔たりを感じます。
会則にある会長の権限を見るとまさに法主と
同じ権能を有する立場のよう。
日蓮、日興の位置に三代の会長を据えて
その後の管主、法主が歴代の会長とするような
イメージでしょうか。
創価学会仏の棟梁は会長みたいな。
そこには必ず権威が発生し
会長になったなら若輩であっても
生きた三代会長に
会ったと観なければならないと言うような
アホくさい指導がいずれ
飛び出してくるのではと危惧をしております

 

参考まで

 投稿者:内部告発  投稿日:2016年11月 7日(月)19時05分8秒
  11.18を目の前にして、先日の聖教新聞に「創価学会仏」の文字が躍っていましたね!遂に三代会長とりわけ池田先生の「出世の本懐」である「創価学会仏」が学会規則に明定されたことを心よりお祝い申し上げます!\(^o^)/誾誾誾

戸田先生は「200年後は創価学会仏の時代だ」と言われたと伺って以来、その深い意味を自らの使命である最先端の科学に基づいて研究し続けてきた一人の弟子として、最高に嬉しいことで、歴史がようやく生命の法則に追い付いてきたことを実感します。
この「創価学会仏」については、2006年5月10日の聖教新聞で、
「-本門の師弟の出発- 三世永遠に晴れ晴れと指揮を執れ」
とのテーマで詳しく指導されています。(ちなみに「本門の師弟」とは、今世の絆だけではなく、過去世から未来世にまで至る永遠の師弟のことです!)

「大聖人は、『日蓮が慈悲広大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながる(流布)べし』(御書三二九ページ)と仰せである。
末法万年尽未来際まで一切衆生を救いきっていく、永遠不滅の妙法を一閻浮提に広宣流布するのだ!
この尊き仏意仏勅の使命を誓願し、勇んで戦乱と苦悩に満ちた現代に出現したのが偉大な創価学会である。
ある時、戸田先生は、その「創価」の誉れを、私に語ってくださった。
『《創価学会仏》――未来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ』
五体に感動が走った。
法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。実は、この仏は“一代限り”ではない。
最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も威音王仏と言った。そして「是の如く次第に二万億の仏有(いま)し、皆な同一の号なり」と。
つまり、二万億もの仏が、みな同じ「威音王仏」という名前で、長遠なる歳月、衆生を救済してきたことが説かれているのだ。
先生は、これは、威音王仏の名を冠した「組織」「和合僧団」とはいえまいか――と鋭く洞察されていた。
個人の今世の寿命は限られている。しかし、広宣流布に戦う根本精神をば、師匠から弟子へ脈々と受け継ぎ、一つの組織体として活動し続けるならば、それは「民衆を救済し続ける」恒久的な仏の生命力を持つことになる。
わが創価学会には――
民衆の苦悩の暗闇を破り、勇気と希望を与えゆく慈悲の大光がある。
敢然と邪悪を打倒し、正義を叫び抜く師子吼がある。
宿命を転換し、自他共の幸福を築きゆく、信心の大確信がある。
そして、いかなる三障四魔の大難にも打ち勝つ、異体同心の和合があり、金剛不壊の師弟の大城がある。
我ら創価の師弟に、三世永遠に途切れることなき「仏に成る血脈」が滔々と流れ通うことは疑いない。
ゆえに戸田先生は、もしも未来に仏が経典を作られるならば、大聖人に直結した広宣流布遂行の和合僧団――創価学会に、「仏」の名を冠されることは当然であろうと断言されたのだ。」
この「創価の師弟」とは、単に組織に所属することとか、役職を担当していることなどではありません。先生と同じく、自分自身の人生を世界広布に捧げる「竜女の誓願」をすることで、前頭葉のシナプス形成を進め、かつてサルからヒトに進化したと同じように、ヒトから新人類に進化するのです。そして、その捨て身の誓願の瞬間に私たち弟子は、先生と一体不二の生命体「創価学会仏」の一員となって、まったく新たな勝利の人生を開いていくことが出来るのです。
この「師弟が一つの生命体」となった地球全体を肉体とする巨大な仏の生命体こそが「創価学会仏」の本質なのです。
(つづく)
 

寝たきりオジサン様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 7日(月)18時54分56秒
  本日も素晴らしいご投稿を頂きまして、誠にありがとうございました。
読むたびに、池田先生を身近に感じ涙が浮かびます。

このような素晴らしい内容を保存し、ご選択出来るのは、きっと病で多くの痛みと苦しみを受けてきたからではないでしょうか。

経済苦、人間関係、仕事、悩みは色々ありますが、多くは逃げられる悩みです。
しかし病気だけは、何があろうと逃げる事はできない。
一瞬たりとも病からは、逃れることは出来ません。

自分は25年以上病気で苦しみました。
時には心も折れ「病から逃げたい」と、自殺を考えた時もあります。
そんな時は「先生、先生」と、御本尊に泣きながら題目を上げたものです。
本当に辛く苦しかった。だからこそ、池田先生を身近に感じられるようになりました。

寝たきりオジサン様は、いつも池田先生と一緒にいらっしゃるのですね。
そして、ご投稿される何倍もの資料を精査して、題目を込めてご投稿されているのではないでしょうか。

真心が伝わってきます。
誠にありがとうございました。
どうかご自身のペースだけは、崩されませんように。

 

今一重にして、師弟の道を

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年11月 7日(月)18時54分3秒
  【権限】
過去の投稿見るに、会長辞任後に名誉会長の立場になられた先生に、権限はなかったのではないか。
池田先生が除名にしろと言われた人物も、外郭団体にいるとのこと。
これは、先生に指導を仰ぎつつと言いながらも、会の運営は実行上、会長以下が行なっており、池田先生の指導はアドバイス程度に受け止めているということでしょう。
敬称が先生だろうと、名誉会長だろうと会の運営は変わらないということです。

【敬称】
過去の聖教新聞には「会長先生」という表記もあったように記憶しますが、新聞の性質上、報道記事は役職名で記載するのがよいと思う。
池田名誉会長、池田SGI会長、世界桂冠詩人。
記載する内容に応じて、池田先生と記載するのは至極当然と思う。

三代会長の敬称を先生とするーこれを執行部寄りに考えてみます。
以前、柏原さん、和泉さん、辻さん等の牧口門下が草創期の流れから〝先生〟と呼ばれていた時代がありましたね。教育に携わっていた名残もあるのでしょうけど。
創価学会の中において、『先生とは仏法の師匠のこと』ーつまり御祈念項目記載の「三代の会長を永遠の師匠と仰ぎ...」を明文化し、この先の創価学会に先生と呼ばれる方は牧口、戸田、池田の三代会長御三方しかいないー
すんなり読むとこういうことでしょうけど。

明文化するということは、未来に師匠に迷う人がいるーと捉えることができます。
否、現在進行形でその兆候があるとしたら。
会内に派閥があり、さも自身を師匠と仰げと言わんばかりの輩がいるのかもしれません。そこに釘を刺すために今回の会則変更を行った。

と、あえて執行部寄りに考えてみましたが。
しかしながら、会則で記載されようが大事なことは、師匠は自身が決めることです。
私の中にはいつも、戸田先生と池田先生の師弟の絆を思い起こすシーンがあります。

― 戸田第2代会長(当時、理事長)の事業が破綻し、熟慮の末に理事長を辞任する。その発表を目の前で聞いた山本伸一青年は、ひとり戸田の部屋に入っていった。その眼には涙がいっぱいたまっていた。「なんだね」。戸田の問いに「先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?」。戸田は即座に「いや、それは違う! 苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠はぼくだよ」。ぱっと明るい顔になった山本青年は戸田の顔を見つめた。その戸田の眼にも涙が光っていた。山本青年は座を立って一礼すると階下へ。外に出ると口笛を吹いていた。「― 僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。これでいいんだ。これでよし」 ―。』
小説『人間革命』   第4巻「怒濤」

言うなれば、誰が会長だろうと、理事長だろうと、会則が変わろうと、自身が師匠と決めたなら、その道を真っ直ぐ歩むことが弟子の道。
そこに右往左往するのではなく、今師匠と同時代で戦えること、師弟とは何かを自身の中で深めること、このことに尽きると思います。
 

(無題)

 投稿者:おせっかい  投稿日:2016年11月 7日(月)18時47分16秒
   猿ヶ島 様

 投稿者は、編集のみで削除はできません。削除できるのは、管理人さんのみです。
 もし、投稿内容を滅したいのであれば、タイトル部分を含め、「別記しました」「内容を削除します」などの文言を入れて編集するのみです。
 もしかすると、管理人さんが削除の選択をするかもしれません。

 

寝たきりオジサンさま

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月 7日(月)18時40分19秒
  いつも素晴らしい体験談、先生の指導の紹介ありがとうございます。

本当に・・・涙か出る思いで・・見ています。ありがとうございます。

それに比べて、日々の先生のメッセージと称する文言、なぜか感動しないんです。

本当に、アタマの上を、ス~っと通り過ぎる感じで・・・・

今後も貴兄の投稿を楽しみにしています。頑張りましょう!
 

真逆の行動・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)17時58分15秒
編集済
  ・・を取った方、二人この夏居ましたね。

お一人は威張って先生の代わりに先生に贈られたものを、偉そうにして受け取った御仁・

もう、お一人はキャピキャピと年甲斐もなく浮かれきって、恥を撒き散らした女史・・

キシモトさんの魂を、草創の開拓者の方達の魂からの叫びを心を・・理解したであろうか?


トラ 一筋

    ↓   ↓

http://

 

【池田SGI会長の地球紀行】

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 7日(月)17時18分4秒
  《我がふるさとは世界》

☆ペルー・
インカ 黄金の心☆

『こんな山のてっぺんに都市を造ったとは。一体どうやって?そもそも何のために?』

インカ帝国の謎を秘めたペルーの遺跡「マチュピチュ」は、標高2,400メートルの「空中都市」である。

周囲は断崖絶壁。うっそうたる密林が広がる。尾根を切り拓いて、神殿や広場があり住居地域があり、用水路が縦横に走り、整然たる段々畑によって自給自足できるようになっている。

「世界の七不思議」と並ぶ「8番目の奇跡」と呼ばれる。

 何の施設だったのか?
 諸説ある。
「スペインの侵略に抵抗するゲリラ戦の基地だった」
「太陽信仰ゆえに、天に近い場所に建てた宗教施設だった」
「いや、避暑(ひしょ)のための離宮だったのだ」等々。

マチュピチュに初めて登った日本人は故・天野芳太郎(あまの・よしたろう)さんである。

首都リマ市にある「天野博物館」の創立者であり、私も博物館で2回お会いした。
氏の持論は『考古学は人間学』。遺物にこもる先人の深き『心』を学びたいという心であられた。
氏が反対したのは“ヨーロッパの文明国が南米の野蛮国を滅ぼした”という歴史観である。

『だまして征服したほうが文明人で、だまされたほうが野蛮人だなんて、そんなバカな話はありません』

文明の水準そのものも、インカ帝国は高かった。

500年以上も前に「脳の切開手術」が行われ、トルコ石に0.19ミリの穴をあける技術があった。

立派な彩色の織物を庶民も着た。灌漑(かんがい)設備を延ばして、不毛の地を耕地に変えた。

トウモロコシも、トマトも、ジャガイモも、アンデスの農民が改良を重ね、世界に広まったものである。

身障者や病人、未亡人、孤児、老人の生活は国家が保障した。女性の権利も強かった。

理想化するわけではないが、平和を愛する高度な社会だった。

しかし、侵略者たちに〈黄金帝国〉の財宝は目に入っても、その《黄金の心》は見えなかった。

 心がなければ、心は見えない。
 心が見えない分、力に頼った。

 ペルー広布の建設も山頂に巨石を運ぶような難行苦行であった。
 キシモト前理事長ら草創の同志は、悩める人がいれば、20時間30時間かけて訪ねていった。

やっと、たどり着くと「何しに来た」とののしられ、
「頭がおかしいのか」と侮辱された。

それでも、にっこりと「では、また明日来ますよ」。

「明日来るって、来るだけで1日かかるじゃないか」

「明日だけじゃないです。あなたが真面目に仏法の話を聞いてくれるまで、何度でも来ますよ」

後輩たちも走った。酸欠に苦しみつつ4千メートル級の山々を越え、熱暑のアマゾン地帯にも分け入った。

石ころだらけの危険な崖道(がけみち)を、車の天井に頭をぶつけながら、何百キロも駆けた。

 今は、あのアマゾンの源流にも、アンデスの奥の村にも、妙法の友がいる。

人口2千人の山村で一人信心を始めた女性は、村中に聞こえるスピーカーで悪口を流された。

彼女は、はね返した。『私に信心をやめさせようとする人たちが、それでは私を幸せにしてくれるというの!』

 81年、ご家族に遺したキシモトさんの最後の言葉は
「私の体を切ったならば、肉と骨のほかには、ひとつしかない。『ペルーの人たちを幸せにしたい』という気持ちだけしかない」

であった。
その少し前、家族に手伝ってもらい、ベッドの上で、わざわざ正座した。
最後の力をふりしぼって居ずまいを正し、若きシマ現理事長に深々と頭を下げたのである。
『ペルーの同志のことを、どうか、どうか、よろしくお願いいたします』━━享年68歳。

 『この方々を見よ!』

今、恵まれた環境で仏道修行できる身でありながら、少々のことで愚痴をこぼすような惰弱さがあれば、あまりにも情けない。

 あの人がどうだとか、自分がどう評価されるかとか、そんなことは小さなことだ。

もっと、どっしりと深く、アンデスの山々のごとく大きな大きな人間になれ!

 マチュピチュの高き峰。天に一番近い都で、天を見つめ、天と語らって生きた人々。

そのように君よ、だれが知ろうと知るまいと、烈風にそびえる精神の都を築け!

 インカの石造建築は、石と石の間がカミソリ1枚通さないほど密着している。

その精巧さゆえに、征服者が建てた新建築が大地震で崩れても、インカの石組みは今なお、びくともしていない。

 世界の広宣流布も『一人』また『一人』と、すき間のない絆を築いて、崩れない石垣にしてきたのである。

組織主義ではなく、個人の激励に徹してきたからこそ、どんな大難にも揺るがなかった。

 74年、リマでの記念撮影会は炎天下だった。

 同行した日本人の顔が一皮むけたほどの猛暑である。2千人の友と、私は撮影を7回繰り返した。

汗は滝のようだった。上着も取れない。

 『この1枚の写真が、これからの皆さんの人生闘争を励ましてくれますように』
『共に生き抜き、共に幸せになっていかれますように』

記念撮影は集団が相手ではない。

私と『一人』そして『一人』との交流である。『一人』そして『一人』を私の胸に入れる戦いである。

疲れきった。しかし、世の中の不幸は、指導者が疲れるのを嫌って、要領ですませてしまうことにある。

その革命をしようとしている創価学会のリーダーが、疲れをいとって何ができようか。

 撮影の合間には、清涼飲料インカ・コーラを運ぶ「コーラ・ボーイ」となって、みなに配った。

100箱くらいだろうか。励ましたかった。思い出をつくってさしあげたかった。

 しかし体力は限界にきた。ついに私は体調を壊してしまった。腹痛と高熱が続いた。

日本を出て、アメリカ、パナマ、ペルーと歴訪してきた疲労も重なっていた。

 絶対安静を勧められたが、私は動きたかった。
『戦いは始まったばかりだ!世界平和のために途中で死ぬならば本望だ』
 ふらつく足で、リマ市庁舎にも行った。サンマルコス大学にも行った。夜遅くまで、若き友らに次々と揮毫を書いて贈り続けた。

 そんな中で迎えた『世界平和ペルー文化祭』。
行くと、会場いっぱいに、心の光はあふれていた。

 だれからも見えない裏方で、黙々と舞台背景の変化パネルを動かし続ける青年たちがいた。

5時間も立ち続ける整理班の青年がいた。

食費にもことかく中、毎朝5時に起きて魚料理を売って歩き、練習場に通う交通費を作った少女がいた。

 インカでは「黄金」のことを《太陽の汗》と呼んだ。

おお、太陽の仏法を奉じた太陽の子らの青春の汗よ!
 これこそ黄金だ。

 文化祭のフィナーレ。

紙吹雪が舞った。

すべて花の形に切られていた。

一ひら一ひらに、平和への友の祈りがこもっていた。

紙は紙でなく、心であった。

この世で一番の宝であった。

 私は、その一ひらを拾って、押しいただき、そっとポケットにしまった。
 

聖教や公明の新刊紹介

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月 7日(月)17時05分59秒
編集済
  数年前から感じていることですが、聖教や公明の新刊紹介が出版社からの要望なのかなと思ってしまう位、独自性が失われているように感じます。

4年前の「海賊と呼ばれた男」等、百田尚樹という人物が相当偏った史観の持ち主で、学会とは相いれない人なのですが・・・・。
かっての聖教だったら、絶対に紹介しない本だったはずです。

特に、このところ顕著になっているような、そんな感じがします。

編集方針なのでしょうか。

何も考えず、ただただお花畑信仰の活動がいそがしく、本を読まない婦人やサークル活動と勘違いしている青年には「若き日の読書」「私の人間学」等に出てくる良書、作家の作品を是非読んでもらいたいと思います。

読み込んでいくと自分の中に何かしらの変化が発見できるでしょう。





 

 投稿者:大福運  投稿日:2016年11月 7日(月)15時12分47秒
編集済
  学会創立80周年の時、先生は
「大福運開く時」と言われた

8は開く義
だから大福運を開く時なんだと単純に思った
その年の5.3を最後に先生は公式会合を欠席されている

ジョーカー様の投稿
組織のことで悩むこと自体が使命であり、それは三世永遠にわたる大福運を積む
この言葉に支えられ、希望の光を感じています

先生が言われた「大福運開く時」とは、まさに今のことなんだ!と気がつきました

仏意仏勅の団体、創価学会が「永遠の師匠」の御指導を蔑ろにしていく
まさにその時が「大福運開く」時と先生が教えてくださったと気がつきました

会員は
1.心離れ、未活になっている
  (7割~8割いる未活会員)
2.心離れているが、とりあえず打ちだしこないしている
  (正役職者に多い)
3.内心おかしいと思いつつ、そんなハズはないと自分で打ち消し、思い込ませ、打ちだしがんばっている
  (職員、元職員に多い)
4.何とも思っていない
  しかし、自分は打ちだし、挑戦しない
  部員に号令かけ強制しているだけ
  (幹部に多い)
5.先生の軌道に戻そうと奮闘
  (宿板に多い)

「大福運開く」人生は、どちらか?
結果で勝負したい

大聖人の時代
日興上人、日目上人と正しく継承された
しかし、それ以降は内紛
そして、最後は日顕宗となってしまった

創価学会も三代まで確かに大聖人の精神を受け継ぐ民衆救済の団体だった
4代、5代は酷かった
しかし、先生が長生きしてくださり、創価学会の邪教化を防いでくださった

三代会長、池田先生が「先生」と棚上げされている今
今が勝負の時である

54年
先生は言われた
「北条は私を棚上げしようとした」

広布を考えない、民衆救済を考えない最高幹部達は常に先生を「棚上げ」しようとしてきた
今回の原田会長の会則変更には同じ臭いを感じる

「「民衆の為に」また「時代と共に」という創始者の原点が、貪欲で時代錯誤の後世の聖職者によって踏みにじられてしまう
それがこれまでの宗教史であった」

2009.4.14
「共戦」初披露してくださった先生
その時に言われた
「遠大な広布の未来を展望する時、本当の勝負は、いよいよこれからである
…略
仏法は勝負だ
仏と魔の闘争である
勝つか、負けるか、どちらかしかない
ゆえに青年は、心を磨き、頭を鍛え、勝ち抜く力をつけるのだ
「本物の弟子よ、出でよ!」
こう私は声を大にして叫びたい」

あの言論問題の時、創価の母達は先生の勝利を必死で祈り抜いた
あの宗門問題の時も
そして、25年前の今日も母達は祈り抜いた

その祈り、池田先生の死闘で「老いたる父母の築きたる創価の城」は護られた

今日から御本尊を揺さぶる題目を上げる
諸天を揺り動かし、池田先生の創価学会を守る

そして、本物の弟子の仕事ぶりを、勝利を師匠に捧げる!

至誠、天に通じる
この言葉を自分は信じる

池田先生が一番福運を付けられたのは、いつか?
先生は教えてくださった
「戸田先生の事業が倒産した時」
師匠を懸命に支えた時に、一番福運がついたと教えてくださった

ならば、池田門下が一番福運をつける時は今である
師匠の精神が蔑ろになっている今が一番福運がつく
これから先、何があろうと原田執行部に落胆すればするほど
「今が一番福運がつく時」と歓喜でお題目を上げていくことを、誓う
 

おサルの独り言 10:「ハワイレポート」とパクリの教授 宮田幸一

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月 7日(月)14時20分36秒
編集済
  一人のSGI さま
『学会は何処へ』
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59435

初めまして。
遅ればせながら、こちら皆さま既にご存じ『ハワイレポート』を流し読みしてみました。

以下、私の独り言、妄想とお笑いいただけると助かります。


『内部文書ハワイレポート』
http://nippon-senmon.tripod.com/soukagakkai/shukyou/hawaii_report.html
『考察ハワイレポート』
http://nippon-senmon.tripod.com/soukagakkai/shukyou/hawaii_kousatsu.html

皆さまには今更なものでしょうが、これを流し読みしてみますと、かの宮田論はこの昭和53年に出された『ハワイレポート計画書』に従っているだけのものと思われます。
要するに、レポートを真実と仮定するなら、原田体制・現執行部はすべて53年に出されたある『計画』に準じ行動してるだけということで。
まさに宮田が言うところの「ロジック」、すでに出来上がった計画の理由付け、後付け、という意味でのロジックが行われているのが今般の変更であろうかと思われます。

また、YouTube 宮田ビデオにある「東京大学法華経研究会兼日蓮正宗創価学会」発言でいきますと、創価学会は今後、東京大学法華経研究会が学術的中心となり運営、経営は外部コンサル企業「アクセンチュア」に一任し、収入源としての資本管理云々を東京三菱UFJとタックス・ヘイヴン、創価本部を精神世界サービス産業における多国籍企業体として巨大コンツェルンを創り上げようとしているかのように見える私は、やはりサルなのかも知れません w

ま、いわば、創価大学は東京大学法華経研究会の補完団体として、また今のところ、教授 宮田幸一は便宜上、利用価値はあるのでやらせておけ、と。乗せられ有頂天な宮田幸一・・・w


これら私の妄想とお笑いいただければと思いますが、
ところが「ハワイレポート」ならびにビデオ「日本宗教学会 第74回学術大会2015年9月5日創価大学」
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0
での宮田幸一を聞いておると、彼らの脳裏にあるのは「どう世界宗教教団として拡大、運営していくか」がもっかのテーマのようですから、まんざら、大ハズレではないように思うのですがいかがでしょう。

彼らは「コンツェルンとしての巨大化が世界宗教の条件」と考えておるのでしょう。なぜなら、宮田論によれば、所詮「仏教も創価も超マイナー」なんですから・・・w


(連中に言わせれば、所詮ただの収入源・猿ヶ島の「妄想レポート」でした)
 

振る舞い

 投稿者:アメリカ帰り  投稿日:2016年11月 7日(月)13時53分58秒
  先生は言われた「生まれ」ではなく「振る舞い」が大事

これは今にあてはめると
「役職」ではなく、「振る舞い」が大事ということになるだろう

会長に「直弟子」に相応しい「振る舞い」があるだろうか?
谷川さんに「弟子」に相応しい「振る舞い」があるだろうか?
先生直結の「振る舞い」をしている人が信濃町にいるのだろうか?

自分は聖教よりも宿板に弟子の求道心感じる
池田先生の創価学会を死守しようとしている息吹を感じる

聖教の新人事の顔写真
特に壮年部
如是相酷すぎる

そうそう
「振る舞い」と「如是相」が大事だと思う
 

人間・先生を忘れた先に・・起きることは

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)13時35分38秒
編集済
  「法華経の智慧」より・・人間を離れない「仏」と「師弟の道」

~権威主義化する宗教~

斉藤: 大聖人は、常に「釈尊に帰れ!」と叫ばれました。(略)

須田: 徹底して、「仏教を人間化する」戦いであられた - 。

名誉会長: それほど、宗教というものは、人間を離れよう、離れようとする傾向がある。

    そうなると宗教は、一種の権力になってしまう。(略)

斉藤: その要因はいろいろ考えられると思いますが、一つは聖職者の堕落、一つは教団組織の硬直化、

    一つは信仰心の惰性 - が挙げられるのではないでしょうか。それらが重なり合って、宗教が民衆

    からかけ離れて、権威主義化してしまう。

名誉会長: (略)仏教は本来、「人生をどう生きるか」を教えている。人生の正しい「道」を歩まんとする

    人がいて、師を求め、師がその心に応じて、師弟の関係が生まれる。ところが、仏が人間ではなく

    “神様”になってしまったら、「師弟の道」は成り立たない。

須田: 自分も師匠と同じ道を行けば、師匠と同じ境涯になれる - というのが「師弟の道」の前提です。師匠

    が“神様”になってしまったら、「自分たちも同じ道を行こう」というエネルギーはなくなりますね。

斉藤: 小乗仏教においても、しだいに釈尊を神格化し、自分たちは声聞としての悟り(阿羅漢果)を得られ

    ればいいとしました。大乗仏教(法華経以外の権大乗教)においては、釈尊以外の阿弥陀仏とか大日

    如来とか毘盧遮那仏とかの諸仏が説かれます。しかし、これらは現実の人間とはかけ離れた存在であり、

    その「救済」にあずかろうとする面が強く、師匠と仰ぐ存在ではありません。どちらにも「師弟の道」
    がなくなっています。

名誉会長: 「人間・釈尊」を忘れた時、仏教は「人間の生き方」から離れてしまった。「師弟の道」がなくな

    った。その結果は、仏教の堕落であり、権威化です。


ペンギン
 

会則

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年11月 7日(月)13時07分43秒
  会則により「先生」になった池田先生
呼び方なんかどうでもいい
そんなの会員の自由だ
問題は「先生」にどれだけの権限があるか?である

生きている人を「先生」に棚上げし、権限を無くしているということになっているのではないか?

「先生」は名誉会長、SGI会長、会長以上の権限を得るべきである

今まで、「先生」は全て故人
故人にはなんの権限は無かったハズである

果たして、新しく「先生」になった池田先生の権限はどうなっているのだろう?
故人と同じく権限がないのではないか?

池田先生にどれくらい権限があるのか?
会員は知らない
いつも、創価学会は池田先生が絶大な権限を持っていて、先生の決めた通り進んでいると会員は思っている

「先生」にはどれだけの権限があるのか?
原田執行部は明確にするべきである

 

おサルの独り言

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月 7日(月)12時47分6秒
編集済
  すみません、編集はできるのですが、これどうやって削除すれば??
削除が見当たりません。管理人さま、削除いただけますか。

 

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