「なぜか京阪電車に乗ると寝てしまうんだ」。そういう上司の話を半信半疑で聞いていた。念のため京阪電気鉄道の広報担当者に聞いてみると「寝てしまうとの声は結構寄せられている」と明かしてくれた。電車で座れれば眠くなるのは世の常だが、他の路線よりも眠りを誘いやすい電車などあるのだろうか。体当たりで調べてみた。
10月中旬の昼下がり。京阪始発駅の淀屋橋駅から特急車両の最後尾に乗る。車両内を見渡すと出発後しばらくはスマートフォン(スマホ)を操作する人がほとんど。眠っている人は1人か2人だった。
京橋駅から枚方市駅までの約15分間、車内は静まりかえり乗客27人のうち7人がスマホや本を手に持ちながら眠りについていた。居眠り率は26%。その後も1人また1人と目を閉じていく。終点の京都・出町柳駅に着く時には14人中6人、実に43%が寝ていた。平日昼間にもう3回調べてみたが平均は24%だった。
京都と大阪を結ぶ、平日の阪急電鉄京都線と西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線でも居眠り率を調べた。阪急特急は平均21%、JR新快速は25%で、休日の京阪は23%、阪急16%、JR22%。京阪が格別多い訳ではない。だがインターネット上には「京阪特急に乗ると気持ちよく寝てしまう。他の電車ではそんなことないのに」との書き込みが目につくのはなぜか。
「ガタンゴトン」という揺れが原因ではないか。京阪は営業距離が長い分、揺れも多いはず。レールの継ぎ目を調べてみた。レールは長さ25メートルの「定尺」が基準。車輪が継ぎ目を通るたびに揺れるのはこのためだ。ただ最近は騒音の低減と乗り心地改善のため、継ぎ目が200メートル以上ない「ロングレール」が一般化。継ぎ目による揺れは各社ともほとんどないという。
雲が晴れない。京阪広報に改めて尋ねると「カーブの多さが関係しているのかも」と教えてくれた。確かに京阪はカーブが多い。
これは京阪誕生の歴史をひもとく必要がある。京阪は1910年に「日本資本主義の父」渋沢栄一らの発案で、大阪・天満橋駅から京都・五条駅で運転を開始。既に淀川右岸(西側)を走る国鉄では運びきれない人々を運ぼうと左岸(東側)の守口、枚方、八幡、伏見といった旧宿場町を通したのだ。道路に沿って線路を引く「軌道法」に準拠したため全線の3分の1で道路の横を電車が走っている。
「カーブが多くても乗り心地は快適に」。京阪は車両に凝った。カーブでの速度の変化をなくすため、特急には同じ速度を保つ仕組みを採用。揺れを吸収するため車体を支える台車には「空気バネ」を日本で初導入した。座席にもこだわり、硬すぎず柔らかすぎない座席とした。シート席では揺れても隣人にぶつからないよう頭を包み込む枕を使うなど車両設備では世の先端を走った。この結果「揺りかごに近い快適な揺れ心地が実現されているのかもしれない」と車両設計担当者は話す。
揺れと眠りの関係に詳しい東京工業大学の伊能教夫教授は「眠くなる電車とならない電車があり、揺れが関係する」と語る。1秒間に1回程度揺れる揺りかごのような周波数1ヘルツ程度の揺れが多い電車は眠くなりやすいのだという。
他方、高層エレベーターで気持ち悪くなる事があるように「電車でも加速度が急激に変化すると乗り心地が悪くなる」という。カーブが多くても滑らかに揺れる京阪は条件ぴったりだ。そう思って伊能教授に尋ねたが「関西の電車事情は分からない」とさらり。断定には至らなかった。
こうなったら自分で答えを出すしかない。10月中旬の日曜日の阪急梅田駅周辺と平日の京都市内で総勢111人に街頭でアンケートを実施した。「JR、阪急、京阪のどれが一番ウトウトしてしまいますか」。最多は45人で「京阪」だった!。大阪市出身の女性(33)は「京阪は座席がふかふかで乗ったら寝てしまう」と照れ笑いした。ちなみに次点は39人の阪急だった。
改めて京阪に乗ってみた。特急の黄色いカーテンに大きな窓。中づり広告もつり革もほとんどなく、扉も2つしかないせいか、まるで部屋にいる気分だ。カーブに揺られながら達成感に浸っていたら、なんだか眠くなってきた。
(大阪経済部 淡海美帆)