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[第189回]孤立する白人労働者@ニューヨーク

宮家あゆみ ライター、翻訳者



photo: Semba Satoru

『Hillbilly Elegy』はイェール大学ロースクールを卒業し、現在、シリコンバレーの投資会社に勤める一般白人男性J・D・ヴァンスの回想録。オハイオ州の貧しい田舎町で育った著者と家族の歴史が語られている。共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏を支持する白人貧困地域に暮らす人々の実情を伝える本として6月の発刊以来、大きな注目を集めている。


著者が生まれ育ったオハイオ州ミドルタウンは、19世紀初頭から鉄鋼業で栄えたが、70年代以降、不況の煽りを受けて雇用が大幅に流出。白人労働者たちの貧困化が急速に進んだ。


著者が物心ついた頃には、母親はシングルマザーで処方箋薬の薬物中毒。頻繁に恋人を替える彼女にふりまわされ、異父姉とともに引っ越し続きの生活だった。彼のような子どもはめずらしくなく、将来はドラッグ中毒にならず、生活保護を免れればラッキーといった環境だったという。


高校2年生の時に母親と決別し、祖母と暮らし始める。祖母は口が悪く、気性も荒かったが、愛情深い彼女の元で著者は勉強に集中する。近所に住む祖父や親戚たちもまた、著者を支えてくれた。高校卒業後は、アメリカ海兵隊を経て、オハイオ州立大学へ進学。その後、イェール大学ロースクールを卒業する。自分が成功したのは、何よりも自分の力を信じることを祖母が教えてくれたことにあると著者は振り返る。


いまも厳しい社会環境にいる白人労働者たちに同情的であるのと同時に、彼らの状況について深い洞察を展開している。社会的流動性の低さから、米社会で文化的に孤立している彼らは、考え方が悲観的で自らの行動で何かが変えられるという意識を失っている。この先、その負の遺産を次の世代に引き継いでしまうことを著者は懸念する。

 

経済的側面は政府が解決できるかもしれないが、文化的な問題は、自らの意識を変えることなしには成し遂げられない。政府や大企業を批判するのをやめ、物事をよくするにはどうしたら良いのか、自分自身に問いかけることからスタートして欲しいと著者は故郷の人々に訴えかけている。




(次ページへ続く)
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