そして伝説へ
作者:清水さゆる
一週間前のことである。
連載枠に穴が開いた。
穴を埋めるべく新人作家75人が選出され、それぞれに担当編集が派遣された。
45番目の新人アルバの担当になったのはまだ若い編集で…
「はじめまして。笑英館書籍編集部のロスです。まずはばっさり言っておきますが、
この程度の原稿なら作家[ゆうしゃ]でなくても村人[ねっと]で充分です」
…ドSだった。
■
息が上がっていた。
数か月にも及ぶ創作活動の果てにアルバの筋力は目に見えて衰えていた。
「勇者さん、何今から疲れてるんですか?
オレたちの戦いはこれからだ打ち切りエンドを迎えるどころか一本たりとも連載とれていないんですよ?」
これしきのことで、と、担当は冷酷な溜息をつく。
原稿用紙30枚の短編など、スライムみたいなものだ。
レベル上げのための最弱モンスターにこれほど苦戦するとは我ながら情けない。
「基礎力をつけないと生き残れませんよ」
確かにその通りなのだが……
「いや、だから何で腕立て!?」
ついにアルバは現状の矛盾につっこんだ。
何故かアルバは担当が原稿に目を通す間に腕立て伏せをさせられており、ちょうど200回を数えたところだった。
「文章書くのに筋トレいらないよね!?」
「何言ってるんですか? この業界、体力勝負ですよ。何日徹夜できますか? 四日ですか? 七日ですか? 二週間で350枚仕上げられますか?」
「……う」
「オレが原稿読んでいる時間に少しでもレベルアップにいそしんでください」
正しいような、でも根本的に間違っているようなことを言って、ロスはアルバの短編30枚を机の上に置いた。
チェックが終了したらしい。毎度ながら快刀乱麻の仕事っぷりである。
「アルバさん」
「はい、何でしょうか」
ダメ出しされる覚悟はある。厳しいことを言われると心に痛いが、それは愛の鞭と知るべし。
アルバはじっとりと手に汗握って担当の言葉を待った。
どんなサディスティックな顔をして罵られるかと思いきや、存外、柔和な笑みを浮かべてロスは言った。
「うちの下請け業者が在庫管理のバイトを募集しているそうですよ。紹介しましょうか?」
「むしろはっきりボツって言ってよ!」
緊張した分だけ感情の制御を失い、アルバはその場にへにゃりと倒れ込んだ。
「何萎れたトマトみたいになってるんですか?」
「うう……ボクの才能は枯れ果てたぁ……」
「枯れるほどまだ汲み出してないでしょうに」
ほら、とロスはアルバに原稿を突き返す。
30枚の原稿は、書き込まれた赤の改稿指示や付箋で、今や60枚はあろうかと錯覚するほどに膨張していた。
どうやらアルバが腕立て200回をしている間にこの密度の直しをこなしたらしい。
目を白黒させているアルバにロスは溜息とともに言った。
「裁断機に直行しなかっただけマシですよ。血行もよくなってちょっとは頭が回るようになったでしょう?」
「……ロス、お前ひょっとしてスランプの俺の気分転換に……」
じんと熱く涙ぐんだアルバに、氷柱の一言。
「いえ、オレ、人が這いつくばって汗水たらすの見ているの、好きなんです」
「もう突っ込む余力もないよ……」
「ところで勇者さん。何でため口なんですか? 立場わかってますか?」
「はいはいボクは地に這いつくばって汗水たらして原稿直す売れない新人作家ですよー」
「わかっているならいいんです」
ロスは朗らかに笑いつつ、どん、と赤の入った原稿にナイフを刺すがごとく掌を振り下ろした。
完全に気圧されて黙るアルバの耳元に魔王の目をして囁く。
「わかっているなら、ね。それの直し、明日の10時までにメールで送ってください」
アルバの顔から見る間に血の気が引いた。
すでに時刻は丑三つ時を過ぎていた。
■
修正は恋文、ダメだしは褒め詞、改稿は愛である。とは誰の言葉だったか。
何とか刻限に間に合わせ、送信ボタンを押した直後、アルバはソファに倒れ込む。
そのまま夢も無いほどに昏睡していたが、不意に直感が働いて跳ね起きた。
危険はいつだって唐突にやってくる。
もはや欠片も残されていないと思っていた野性が生命の危機に反応したのか、
瞬間覚醒した視界に、ぎらりと金属が反射して眼球めがけて振り下ろされた。
「ぎゃああああっ!」
慌てて転がり、決死圏から逃れる。状況を確認するまでもなく、ロスがじっとりとこちらを睨んでいた。
「惜しかった」
「え? 何が?」
何でもないですよ、と不満げに視線を逸らして、ロスはボールペンをスーツのポケットに収める。
ボールペンの筆記用具としてのアイデンティティなどまるで無視して、さながら太刀をおさめる戦士の面持ちである。
「え、待って? ここどこ? 何?」
見渡せば四方を壁に囲まれた6畳くらいの密室である。
「精神と時の部屋です。作家なら誰もが欲しがる空間です。嬉しいでしょう?」
「嬉しいもんか! か、帰る!」
出ていこうとしたアルバとドアの間に、ロスが立ちふさがる。
地獄の閻魔も黙らせそうなほどの顔で睥睨されて、アルバは固唾を飲んだ。
「改稿終わるまでは帰しませんよ」
「別にうちでできるよね、その作業」
「移動時間が惜しいんです。オレの」
「本気でここどこだよ?」
「笑英館本社の小会議室です。我々編集部では独房と呼んでいます。
原稿の仕上がりの遅い作家を監禁して、人間であることを忘れて創作マシンと化すまで書かせるための施設です」
「嫌な言い方するなぁ。普通に執筆に集中してもらうための個室って言えばいいじゃん!」
「ほら、無駄口叩いている暇ありませんよ」
どさん、と音のするほど重い紙の束が、たった一つ置かれた机の上に降臨した。
言うまでもなく、アルバの原稿である。
「今からこれを100枚に加筆してください。指示は全て原稿に直接書き込んであります」
「無茶いうな!」
そもそも30枚の原稿である。引き延ばすにもほどがある。
「何が無茶ですか。あなた、この30枚に作家人生かけたんじゃないんですか?」
「そりゃそうだけど……」
「あなたの物語は30枚が限界の世界なんですか?」
そんなことはない。本当は30枚どころか30巻でも続けられそうな壮大な世界がある。
だけど書きたいことを全て書いたら指定の枚数に収まらない。
「オレはあなたがデビューしたときからずっとあなたの原稿読んでいます。
最近思うことは、あなた、器用になりました。言っときますが、褒めてませんよ」
「わかってるって!」
「本当にわかってますか? 器用な新人がどういう存在か」
ふと、ロスの目に影が過る。
この世界を目指す人間の、なんと夥しいことか。
そのなかから選ばれた作家のうち、一体どれだけの作品が人の心に残るのか。
名もなき星は消えたことさえ誰も知らない。そういう世界だ。
「無難に平均的に、欠点が露出しないように、綺麗にまとめる力も作家には必要です。
でも、一番必要なのは個性です。そればかりはどんなに技術を磨いても補填されないんです。
今から器用になることありませんよ。根本的に、あなた下手ですから」
「うぐ。そんなにはっきりいわなくても……」
「わかってないからはっきり言ってあげているんです。むしろ感謝してください」
ロスはとどめとばかりに盛大に溜息をついて天井を仰いだ。
「勇者さん。その話をあなたが書かなければならない理由はありますか?」
「え?」
「どうなんです? 世界観、キャラ、物語、全ての要素においてあなたが作成しなければならない意味ありますか?
ないのなら、そのネタ他の作家に回しますけど?」
これにはさすがのアルバも怒りを覚えた。何かを創る側の人間として、人のアイディアを流用するなんて許せない。
いくらなんでもそれはひどずぎる。
最低だ、と罵ろうして、ふと、口を閉ざす。
このドSのことだから、本気でネタを回すつもりなら無断でやっている。
そもそも、ボツの原稿に本文よりも多いくらいの赤を入れるなんて無駄なことしている時間はないはずだ。
「どうしたんです、急に黙って。怒ったなら、その怒りを原稿に向けてください。
感情が昂ぶっていた方が、少しは戦闘描写に迫力が出るかもしれませんから」
この編集は絶対にアルバを褒めない。
――力のないやつは死なないように守ってやるが、
力のあるやつ、あるいは力をつけねばならない奴は助けない。でないと強くなれない。
そもそも、必死に生き残ろうとするやつは、殺したって死なないもんだ。
アルバが作中で主人公に対して、その指南役の剣士に言わせた台詞だ。
「……なあ、ネタ回すってことは、捨てるには惜しいってことだよな?」
アルバは改めて担当の顔をしみじみ観察してみる。
目の下は暗く落ち込み、重力無視してバリサンだった髪も、今はしんなりしていた。
自分が昏睡していた間もこの人は目的のために常に動いていたのだ、とアルバはようやくにして気付く。
その目的とは他でもない、たまたま空いた30ページの余白にアルバの原稿をねじこむこと。
ひとりで戦っているわけじゃない。
空想大陸を旅する作家が勇者なら、現実社会で業務をこなす編集はさしずめ戦士。
「ボクでなきゃならない理由ならあるよ」
「へぇ? 聞かせてもらえますかね?」
相変わらず魔王の目をして見下ろす担当編集を、この時ばかりは真っ直ぐ見つめ返す。
アルバは臆せず言った。
「ボクは作家だ。答えは小説で出す。70枚もらったんだ、やってやるよ」
するとロスがせせら嗤う表情から一転、何と言えない、純粋な驚きの表情をした。
こんな顔、転生しても見られないかもしれない。
やがて微かに目を細めて言う。
「期待してますよ」
うん、とアルバは確かに肯いた。
「ではそれ、今日中で」
「はい!?」
「メールは結構です。明日10時に引き取りにきますから」
■
正直、上手くできているとは思っていない。
頭の中でキャラ同士が壮絶な陣取り合戦をはじめ、テーマに向かってチキンレースをはじめ、
ページ数は刻一刻と上限枚数[ラグナロク]ににじり寄る。
最終的に99ページでピリオドを打ち、担当に提出したところ、今度はそれをまた50枚に削る作業を言い渡される。
しかも自由に削っていいのではなく、指示通りに加筆修正、である。
何となく、限界だと思った。
ぷしゅん、とこめかみから蒸気が出た気がした。
実際、血管が切れたかもしれない。
アルバはついに机につっぷした。
アバラの奥にある魂的な何かが、音を立てて折れてしまったのだ。
精神的燃えカスになりつつあるアルバを見下ろしてロスは言う。
「諦めますか? 別にオレは構いませんよ。担当している作家はあなただけじゃありませんので」
そうだろうとも、とアルバは腐れて根性丸出しで思った。
業界最王手、他の追随を許さぬダントツの出版点数を誇る笑英館の編集部様である。
ペンネームだけでも馬鹿みたいに増版重ねられる人気作家だってたくさんいるはず。
こんな日の目をみなさそうなしょぼい新人、相手にするだけ会社の損失かもしれない。
「……だって、その30ページ狙っているのはボクだけじゃないんだろう?」
「当然です。オレの把握しているだけでも75人います」
それは予想外に多かった。数字を聞いただけでやる気が軋んで瓦解した。
「なあ。一個教えて」
「何でしょう?」
「どうしてボクのこと勇者って呼ぶの? 別にペンネームあるんだけど?」
実力ないくせに夢抱いちゃうなんてなんてまさしく勇者ですよね、とか、
またおちょくられるかなぁ、と半ばわかった上での問だった。
だけど、存外、ロスは真剣な顔をしていた。
「作家って勇者みたいなものでしょう?」
どこが、と突っ込むことさえもはや億劫だ。ロスは、妙なことに真顔のまま続けた。
「不特定多数の人間から一方的に期待され、根拠もなく憧れられる。そういう存在です。
作家は虚像[ゆめ]です。
顔も知らない誰かのために楽しみを提供して、自分自身はけしてその輪に入れないんです。
創作は孤独です。自分との戦い、なんて言うと恰好いいかもしれないですが、
それって自分で自分を殺し続けるってことなんですよ。
世界平和のために戦う勇者は、最後の最後はひとりで魔王に挑むものです」
アルバは身を起こした。
その時、ロスは笑っていなかった。
「無駄口叩いている暇ないんですよ、あなたには。入稿まであと30時間を切っています」
「……そもそも、さ。
どうしてボクの原稿が掲載されるって前提なの? まだ載るとも決まってないんだろう?」
「載ります。いえ、載せます。50枚分、オレがぶんどってきましたから」
「え?」
「上はオレが黙らせます。あなたは這いつくばって汗水たらして、とにかく書き続けるんです。
オレは原稿を修正できても、創り出すことだけはあなたにしかできないんですから」
「いや、でもこんだけ直したらほぼお前が書いたようなもんじゃない?
っていうか、お前本当は書けるよね?」
「なぜそう思うんですか?」
「なんとなく、修正メモが作り手に寄っているっているか……だいたい、お前いい大学出てるんだろ?
ボクより頭いいし、知識もあるし、読書量もあるし、実際ボクより文章力あるでしょ?」
はあ、と、いつもの呆れた溜息に、アルバの神経がびくびく震える。
「筆力と文章力は別物です。だから、オレが書いてたって意味ないんですよ。
まだわからないんですか? オレはあなたに書かせたいんです」
束の間、アルバは黙った。耳を疑うとはこのことだ。
まさかこの辛口編集からこんな言葉が出ようとは。
驚いた。でも、素直に嬉しかったのだ。
「……ん。そっか」
アルバは諦めた。諦めて、とにかく書くことだけに意識を向けた。
載るとか載らないとか。原稿料とかヒットとか。
そんなこと忘れて、ただひたすらに書き上げる。
「あのさ、ロス」
「まだ喋っている余裕があるんですか?」
「ボクは、作家[ゆうしゃ]はひとりじゃないと思うんだ。
担当編集っていう仲間がいて、だから、割と心強いよ。
新人なんだし、失敗してもいいよね?」
「いいわけないでしょう。失敗したら切腹ですよ、切腹。
まあ、オレは失敗させませんけれどもね」
■
「お、終わった……」
信じられない。たった一週間でネタだしから改稿作業まで含めて、50枚の短編が完成した。
が、脱稿の解放感に浸る間もなく、ロスに首根っこ掴まれる。
「今から直接編集長の決裁とってスケジュールにぶちこみますから、一緒に来てください」
返事をする間もあらばこそ、ロスは精神的ミイラ状態のロスをエレベーターに押し込んで、
編集長のデスクへと引っ張っていった。
編集部には並みならぬ緊張感が漂い、ラストバトルの魔王城を彷彿とさせる。
「そうですか。完成したのですね」
逆光のせいか、編集長の顔にかかる影が深く、物々しい雰囲気を纏っている。
編集長と言うからどれだけふんぞり返っているかと思ったが、どちらかというと参謀的な人だった。
「まったく、こんな無茶は二度としないでくださいよ。クレアシオン先生」
クレアシオン。
その名を知らないアルバではない。
高校在学中の17歳のときに50年の歴史を誇る笑英館新人賞を受賞し、デビュー。
その後名だたる賞を総なめにし、年収6000万とも噂される稀代の若手作家として今やときの人である。
関係各誌で特集を組まれるも、決して顔を露出しないのでゴーストだとさえ言われている、伝説の作家[ゆうしゃ」である。
思わず隣のドS担当を振り返ったが、相変わらず「オレは無関係ですぅ」と言わんばかりの無表情だ。
「クレアシオンって……お前、いや、あなたが?」
「そうですよ」
答えたのは編集長だった。
「全く、若くして成功した天才はこれだから困るのです。
原稿落としたかと思えば名もない新人掴まえて『こいつに書かせろ』だなんて」
「出来心でしたもうしません反省しています」
心のこもらない謝罪を伸べると、ロスはアルバの原稿を編集長のデスクの真ん中に置いた。
当のアルバは畏れ多くて真っ青通り越して緑色になってい震えていたが、ロスは一歩も譲歩しようとしない。
「オレの洗練された駄文より、こいつの下手くそな小説のほうが面白いはずです。
何よりこいつはオレを感動させたんです」
「それはスケジュールを壊滅させて多方面に迷惑をかける理由にはなりませんよ」
「下手に受賞歴[ブランド]がついて金のかかるオレよりも、安く使えるヘボ新人のほうが雑誌のためになりませんか?」
「それは貴方のお話を楽しみにしている読者を踏みにじる行為です。許されません」
「だから、二度目はないと、覚悟の上です。オレはこのまま筆を折ってもいいと考えています。
どうかチャンスを。手放したり諦めたりすることに慣れたこの時代に、この作家の個性は必要です」
その言葉に、緑色だったアルバの顔色に血の気が戻った。
「そんなの、だめだ!」
つい口をついて出た本音の叫びに、編集部が一瞬、水を打ったように静まった。
アルバは慌ててぺこぺこ頭を下げると、改めてロスに向き合う。
「だめです、ロ……いや、クレアシオン先生。ボクはあなたのファンなんです! あなたみたいになりたくて――」
言いかけて、アルバは黙った。ロスが笑っていた。
いつもの冷笑じゃなくて、どこか儚げな……。
それは諦めることをよく知る人の顔だった。
「オレはもう有名になっちゃいましたからね。あとは畳み方の問題です」
「そんな!」
「もう書く必要がなくなってしまったんです。倒すべき魔王のいない勇者は、ただ去るしかないんですよ」
資産億ってるし、と、さりげなく付け足す。
編集長は唸り、ロスを見上げる。
「これからどうするつもりですか? 笑英館を振った代償は大きいですよ」
「フリーランスで編集でもしようかと」
「どうやら本気のようですね。わかりました。アルバ君の原稿、承ります。
クレアシオン推挙と、派手に宣伝しますので、そのつもりで」
あわわわわ、とアルバは今更になって臆病になる。
青も緑も通り越してコピー用紙みたいに白くなったアルバの顔を覗き込んで、ロスは実に嬉しそうに笑った。
「よかったですね。タナボタに預かった幸運な人間は、その10倍の嫉妬の泥を被るんですよ」
「嫌なこと言うな!」
いよいよ半泣きになっているアルバに編集長は追い打ちをかける。
「他の新人作家たちの不満の炎は並みならないでしょうね。我々としては炎上商法でも構いませんが」
「ファンレターにカミソリ入れておくります。頑張ってくださいね、アルバ先生」
いやぁっ、とヒステリックに悲鳴を上げそうになったアルバの頭に、ロスの手刀が食い込んだ。
「今更何ビビってんですか」
「だって!」
「念願の本誌掲載じゃないですか。自信持ってください。つきあったオレが馬鹿を見るじゃないですか。
手ごたえ感じてなかったんですか? 不感症ですか?」
確かに、膨大な赤にそって直していくうちに、描きたかった景色は鮮明になり、伝えたい気持ちはより精密な言葉に変換されていった。
大洋に手製の舟でこぎ出した物語を導く海図があったから、今、アルバの原稿は編集長の机の上に到達した。
「あなた自身の物語はここから始まるんです。応援してますよ」
ロスはアルバに手を一振りすると、そのまま編集部を出て行ってしまった。
■
何だろう、このもやもや感。
胸に釣り針のような違和感がひっかかり、息をするたび心に訴える。
このままでいいのか、と。
「編集長、すみません。ちょっと外します!」
アルバはロスを追って社屋を出る。
ぞっとするほど空は青くて、真昼の強烈な日差しの中で、ロスは一回り小さく見えた。
「待てよ!」
伸びをしていたロスは、うだうだと、うるさそうに振り返る。
「何ですか? あの影男がまだ納得しませんか?」
「違う、そうじゃなくて……」
人が流れていく。
街に、時に、世界に、こうして立ち止まるうちにもどんどん取り残されていく。
急に不安になった。
「ボクひとりじゃ、無理だ。ボクはあなたのようになりたいが、あなたにはなれない」
「オレになりたいなんて、そんなオリジナリティの欠片もないようなこと言っているようじゃ先が短いですよ。
オレはすでに存在するんですから」
それから、ロスは今まで見た中で一番、素直な顔をして言った。
「自分自身になれよ、アルバ。皆が見上げて目指すような作家[ゆうしゃ]になれ」
「……っ!」
「誰が担当でも、どこの雑誌でも、さすがはアルバって言われるようになってみせろよ」
「……そうなれたら」
アルバは今にも白昼の景色に融けてしまいそうなロスを見つめる。
このまま永遠に失われてしまいそうで、そしてそれはどこかで一度失ったからであるような気がして、
とても怖くなる。
「ボクが作家として大成したら、ロス、お前の隣に掲載されたい」
「は! 天才若手作家様と同時掲載とはねぇ」
「やってやるさ! だから、お前も書き続けろよ!」
「……ああ、待っているよ」
「絶対だぞ。約束だからな」
かくして作家[ゆうしゃ」と編集[せんし]は歩み出す。
別れていく道がいつか一つに邂逅するその時を信じて。
めでたしめでたしに限りなく近い何か。
二次創作がオリジナルの下位変換とは限りません。二次創作からオリジナルの作品が立ち上がることもあります。
自分の場合は二次創作をやってみたことで、格段にキャラクターを作り動かすという力が身に付いたかと。ただ、あくまで趣味としての練習であって、自作を書き続けることはやめませんでした。
技術を身に付けるために、とにかく何でもやってみることです。編集者に「まず書けいいから書け」と耳にタコができるほど言われるのは、書くことをやめたらそこで成長が止まるからです。
プロを志すなら、オリジナルが書けることに越したことはありませんが、二次創作から学ぶ技術もあります。自分に足りないものを補填するという意味でも、二次創作は創作技術の向上に役立ちますよ。
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